約束
「ねえ、松田さん。やっぱり、私には似合わないんじゃ……」
「そんなことありませんよ。とっても、お似合いです」
「そんなことありませんよ。とっても、お似合いです」
二人の声だけが響く部屋の中。
千早の髪に一つの装飾が施されていた。
結びつけられたリボンは、真っ赤に存在を主張して。
千早の髪に一つの装飾が施されていた。
結びつけられたリボンは、真っ赤に存在を主張して。
「でも……やっぱりこれは、松田さんがつけておくべきだわ」
「千早ちゃんは春香さんにとって一番のお友達なんですから、もっと自信持ってください。
きっと……春香さんも、それを望んでいるはずですから」
「千早ちゃんは春香さんにとって一番のお友達なんですから、もっと自信持ってください。
きっと……春香さんも、それを望んでいるはずですから」
それは、二人で生き延びようという決意。
あるいは、これから運命を共にする証としての、呪い。
あるいは、これから運命を共にする証としての、呪い。
「……わかった。大切にするわね」
一つは千早へ。一つは亜利沙へ。
天海春香の残滓は二つに分かれ、引き継がれた。
天海春香の残滓は二つに分かれ、引き継がれた。
「……松田さん、あなたとても綺麗な髪をしているのね。いつも結んでいるから、気付かなかったわ」
「えぇっ、そ、そんなことないですよぅ! 皆さんと比べたら全然……」
「えぇっ、そ、そんなことないですよぅ! 皆さんと比べたら全然……」
髪留めが一つになったことで、亜利沙の髪は、千早のような長く透き通ったものへと姿を変えていた。
亜利沙はいつものように慌てて謙遜する。
亜利沙はいつものように慌てて謙遜する。
「そんなことないわ。松田さんこそ、もっと自信を持つべきよ」
「うぅ……そう言われましても……」
「うぅ……そう言われましても……」
ほんの一時ではあるけれど、二人に訪れた穏やかな時間。
それは、かつて皆で過ごしていた劇場での日々のようで。
それは、かつて皆で過ごしていた劇場での日々のようで。
「――っ! だ、誰ですか!?」
そう、それは本当に一時だけ。
気紛れに訪れた、偽りの平穏。
気紛れに訪れた、偽りの平穏。
「千早さん……亜利沙さん……二人とも一緒だったんですね」
「し、志保……? どうしたの? なんだか、すごく疲れているようだけど……」
「千早ちゃん危な……っ! ああぁっ!!」
「し、志保……? どうしたの? なんだか、すごく疲れているようだけど……」
「千早ちゃん危な……っ! ああぁっ!!」
モノクロの死神は、そんな平穏すらも許しはしない。
「ッ!? 松田さんっ!?」
「よく今の銃撃に対応できましたね。正直、驚いてます」
「し、志保ちゃん……なんで……」
「よく今の銃撃に対応できましたね。正直、驚いてます」
「し、志保ちゃん……なんで……」
普段亜利沙から見ていた志保と明らかに違う。
彼女から感じた、どす黒い違和感。
気付くのが遅れていたら、風穴が開いていたのは千早の方だった。
彼女から感じた、どす黒い違和感。
気付くのが遅れていたら、風穴が開いていたのは千早の方だった。
「もう、逃げたくないんです。誰に止められても、私は殺さなきゃいけないんです。それが、約束だから……」
自身に暗示をかけるように、志保が呟く。
見据えるのは、遥か先。
彼女の瞳に、二人の姿など映ってはいない。
見据えるのは、遥か先。
彼女の瞳に、二人の姿など映ってはいない。
「……っ、あぁあぁぁっ!!」
だが、そこに隙があった。
負傷しながらも突っ込んでくる亜利沙を翻せず、壁に抑え付けられる。
負傷しながらも突っ込んでくる亜利沙を翻せず、壁に抑え付けられる。
「今のうちに……逃げてください……っ!」
「駄目よ! それじゃあ松田さんが……! 待って、今助けるから……!」
「駄目よ! それじゃあ松田さんが……! 待って、今助けるから……!」
腕を掴まれ、志保は思うように動けない。
その隙に、千早は取っ組み合う二人に近づき、銃を奪おうとする。
その隙に、千早は取っ組み合う二人に近づき、銃を奪おうとする。
「っ!」
「ひゃあっ!?」
「ひゃあっ!?」
だが、志保も黙って無力化されてはいない。
千早を牽制するように、闇雲に銃を乱射する。
近付く隙がない。
千早を牽制するように、闇雲に銃を乱射する。
近付く隙がない。
「どうすれば……このままじゃ……」
「千早ちゃん……っ、ありさがなんとかしますから……早く逃げて……!」
「千早ちゃん……っ、ありさがなんとかしますから……早く逃げて……!」
銃撃の痛みを堪えながら、すんでのところで拮抗している。
けれど、それも時間の問題。
亜利沙の顔は既に青ざめている。
けれど、それも時間の問題。
亜利沙の顔は既に青ざめている。
「この……っ、離して……っ!」
「恵美ちゃんとの約束なら、大丈夫ですから……っ! だから、早く……っ!」
「恵美ちゃんとの約束なら、大丈夫ですから……っ! だから、早く……っ!」
亜利沙にはわかっていた。
千早が恵美との約束に……『亜利沙を助けること』に囚われていると。
千早が恵美との約束に……『亜利沙を助けること』に囚われていると。
「っ! だ、だけど……!」
「ぜったいっ! ぜったいに追いつきますから! だからっ、行ってくださいっ!」
「ぜったいっ! ぜったいに追いつきますから! だからっ、行ってくださいっ!」
ならば、行動で示すしかない。
何としても千早を逃がし、志保を封じ込める。
何としても千早を逃がし、志保を封じ込める。
「――っ! ごめん、なさい……!」
亜利沙の決意を悟り、遂に千早は家を飛び出した。
「……千早ちゃん……どうか、生きて……あぐぅっ!」
千早の姿を見届けた亜利沙に、とうとう限界が訪れた。
彼女の無事が守られた安心か、無理矢理抑え込んでいた体の痛みか。
志保への力が緩み、反撃を許してしまった。
彼女の無事が守られた安心か、無理矢理抑え込んでいた体の痛みか。
志保への力が緩み、反撃を許してしまった。
「この……よくも……っ」
「がぁっ! あぁっ!」
「がぁっ! あぁっ!」
亜利沙の頭を鷲掴みにし、壁に叩き付ける。
「どうしてっ! 私のっ! 邪魔をっ!」
「あぐ……っ、やめ……っ、んあぁ……っ」
「あぐ……っ、やめ……っ、んあぁ……っ」
何度も何度も、けたたましい音を響かせながら。
「ごふ……っ」
打つ。
「かはっ……」
打つ。
「……」
打つ。
「……」
そして、亜利沙は何も言わなくなった。
壁面には、赤く濁った染みがべっとりと張り付いている。
壁面には、赤く濁った染みがべっとりと張り付いている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
破壊衝動のままに亜利沙を壊し、息が上がっている。
興奮を冷ますように、大きく肩で息をしていた。
興奮を冷ますように、大きく肩で息をしていた。
「追いかけないと……」
亜利沙から手を離し、扉へと向かう志保。
捨てた物体はもう、何も言わない。
捨てた物体はもう、何も言わない。
「……さ…………いで…………」
そのはずだった。
「ちは…………ちゃ…………を…………ろさ…………いで…………」
歩き出そうとする志保を、何者かが呼び止める。
その者に、もう意識はなく。
それは、大切な人を守ろうとする執念だけで動いていて。
その者に、もう意識はなく。
それは、大切な人を守ろうとする執念だけで動いていて。
「……っ! どこにそんな力が……!」
遮る者に、銃弾を放つ。
血塗れで横たわるそれは、今度こそぴくりとも動かなくなった。
血塗れで横たわるそれは、今度こそぴくりとも動かなくなった。
本当に死んだのか。
死んだに決まっている。
それなのに。
振り向いた途端、すぐにでも動き出しそうな気配を感じてしまうのは、何故なのか。
死んだに決まっている。
それなのに。
振り向いた途端、すぐにでも動き出しそうな気配を感じてしまうのは、何故なのか。
◆ ◆ ◆
結局、外に出るまで、亜利沙から目を離すことが出来なかった。
千早の姿はもう、どこにも見当たらない。
千早の姿はもう、どこにも見当たらない。
やはりまだ本調子でないらしい。
けれど、これで確信した。
誰かを殺している間だけは、あの幻から逃れられる。
けれど、これで確信した。
誰かを殺している間だけは、あの幻から逃れられる。
誰が邪魔しようとも、それによってどんなに苦悩しようとも。
結局のところ、殺してしまえば同じなのだ。
気付いてしまえば、簡単なこと。
結局のところ、殺してしまえば同じなのだ。
気付いてしまえば、簡単なこと。
最悪、別の誰かでもいい。
早く、誰か見つけなければ。
早く、誰か見つけなければ。
【一日目/夕方/G-4】
【北沢志保】
[状態]健康?
[装備]ベレッタM92(4/15)
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1、9x19mmパラベラム弾入りマガジン(2)、タオル、着替え
[思考・行動]
基本:"ジョーカー"として動く
1:とにかく、人を殺していく。殺し続けていれば、きっと迷わない
2:嘘をついてなくちゃ――――
3:可奈の『呪い』を背負い続ける?
4:人に会いたくない、見られたくない
5:発電所に行かなくちゃ
[状態]健康?
[装備]ベレッタM92(4/15)
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1、9x19mmパラベラム弾入りマガジン(2)、タオル、着替え
[思考・行動]
基本:"ジョーカー"として動く
1:とにかく、人を殺していく。殺し続けていれば、きっと迷わない
2:嘘をついてなくちゃ――――
3:可奈の『呪い』を背負い続ける?
4:人に会いたくない、見られたくない
5:発電所に行かなくちゃ
◆ ◆ ◆
走った。
ただひたすらに走り続けた。
ただひたすらに走り続けた。
何も目に入らぬように。
何も耳に入らぬように。
何も耳に入らぬように。
共に生きる道連れが欲しかった。
けれど、身代わりが欲しかったわけじゃない。
こんな目にあわせる為に、彼女を生き永らえさせたんじゃない。
けれど、身代わりが欲しかったわけじゃない。
こんな目にあわせる為に、彼女を生き永らえさせたんじゃない。
勝手な我儘で仲間を繋ぎ止め。
危機に陥れば容易く見捨ててしまう。
自身の下劣さに吐き気がする。
危機に陥れば容易く見捨ててしまう。
自身の下劣さに吐き気がする。
死を何度も願っていたはずなのに。
誰かを殺すくらいなら自分が死ぬと、ずっと思い続けていたはずなのに。
恵美に、亜利沙に、明日へ進むことを望まれたこの体は。
誰かを殺すくらいなら自分が死ぬと、ずっと思い続けていたはずなのに。
恵美に、亜利沙に、明日へ進むことを望まれたこの体は。
生きたいと、願ってしまった。
【一日目/夕方/G-4 民家】
【如月千早】
[状態]健康、虚無
[装備]春香のリボン(1本)
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:生きる
1:もう何があっても死ねない
2:激しい自己嫌悪
[状態]健康、虚無
[装備]春香のリボン(1本)
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:生きる
1:もう何があっても死ねない
2:激しい自己嫌悪
◆ ◆ ◆
春香さん。美奈子ちゃん。恵美ちゃん。
見ててくれましたか?
見ててくれましたか?
ありさ、やっとアイドルちゃんを守れたんですよ?
こんなドジでダメダメなありさでも、誰かの助けになれたんですよ?
こんなドジでダメダメなありさでも、誰かの助けになれたんですよ?
ありさは……残念ですが、ここでお終いです。
後悔してないかと言えば、嘘になっちゃいますけど……。
でも、あの時全部投げ出してたら、きっと今よりももっと後悔してたと思うんです。
後悔してないかと言えば、嘘になっちゃいますけど……。
でも、あの時全部投げ出してたら、きっと今よりももっと後悔してたと思うんです。
頑張ってよかった。
諦めないで、よかった。
諦めないで、よかった。
千早ちゃん。
ありさからもお願いです。
ありさからもお願いです。
どうか千早ちゃんも、最後まで諦めないでください。
一秒でも多く、長生きしてください。
一秒でも多く、長生きしてください。
ありさのことは……忘れてしまって、構いませんから……。
【松田亜利沙 死亡】
サーチライト | 時系列順に読む | |
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"のろい" | 如月千早 | |
松田亜利沙 | 死亡 | |
マボロシ | 北沢志保 |