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怖い夢なら、目を覚まして

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怖い夢なら、目を覚まして


日も高く上り始め、風景は木漏れ日が差し込み輝く。
そんな中を、一人の女性が歩いていた。
彼女の名は、徳川まつり。
この場所に散り散りになった仲間達の事を想い―――だからこそ、道化を演じゆくアイドル。

「こんな気持ちの良い日には、ピクニックにでも出かけたかったのです」

差し込む日差しを受けて、まつりは呟く。
おだやかな陽気と合わせるように、言葉は柔らかく。しかしそんな言動とは裏腹に、彼女の表情には固い。
この先に待ち受けているであろう困難を、予感しているからであった。

まつりがついさっき出会った少女、ロコはこの場所で恐怖に怯え、正常な判断ができなくなっていた。
そこまで追い詰めた原因である誰かが、この先にいる可能性は高い。
おそらく、この場所で初めて出会うであろう『殺し合いに乗った子』。
時と場合によっては、その子の命を絶つ事も考えなくてはならない。
そんな事実に、まつりは少なからず気を張り詰めていた。

「それにしても、随分と荒れてしまっているのですね。
 山登りする人の事も、考えてほしかったのです……」

いつ、どこで対峙してもいいようにと、まつりはあたりを見渡す。
近くにキャンプ場があるのは事前に地図で確認はしていたのだが、それにしてもこの道はお世辞にも整備が行き届いているとは言えない。
それどころか、申し訳程度に案内の看板が点々としている程度で、それ以外はほとんど手付かずと言ってもいいだろう。
道沿いは見通しがいいものの、少し道からそれればすぐに山の中と言った形相である。

特に目を惹くのが道の片側。申し訳程度の柵で守られただけの向こう側には、もはや崖と言っても差支えない急斜面。
木々に阻まれ、下の様子すら伺えない光景は、もしも転落した時の恐ろしさを増幅させる。
そんな事故が起こらなかったのだろうかと、あらぬ心配までしてしまう程であった。

「……ほ?」

そうして歩を進めていくうちに、やがて前から一つの人影が迫ってきた。
駆け足でこちらに向かってくるその姿を、まつりはよく知っている。


――伊吹翼。ロコがあげた三人の、『殺し合いに乗っている子』の一人だ。



(……どうなのでしょうね? 吉と出るか、凶と出るか)

とはいえ、その情報が真実とは限らない。
錯乱していたロコは、一見何の殺意も見せていなかったはずのまつりさえも殺し合いに乗っていると判断したのだ。
同じように勘違いされた子もいるかもしれない。もちろん、楽観視はできないが。


「あ、まつりさん!」

身構えていたまつりとは対照的に、翼はまったく警戒する様子もなく声をかける。
その姿は、拍子抜けするほど無防備であった。

「あのっ、ロコちゃん見ませんでした?」
「ロコちゃん、ですか?」
「うん…私、さっき見つけて声かけたんですけど、よくわかんない事言って逃げ出しちゃって……」

そう語る彼女には、困惑の表情が見える。
どうやら、翼と出会った時点ではすでにロコはあんな状態になっていたらしい。
咄嗟の嘘でつけるような状態でもないし、彼女の事は信じてもいいだろう。そう、まつりは思った。

「ロコちゃんなら、向こうでうずくまっていたような気がするのです。
 声を掛けようと思っても、話が通じないぐらい怯えていたのです……」
「ホント? もう、一体どうしちゃったんだろ……」

だからこそ特に隠さず、この先にロコがいる事を伝える。
今の状態のロコに誰かを会わせるのに、不安を感じなくもなかったが、かと言って今のロコを放っておいても何も進展しない。
翼は、見た目こそ軽い感じではあるが仲間意識は高い。きっと、彼女ならばロコに手を差し伸べる事ができる筈。

「心配でしたが、翼ちゃんが行ってくれるならまつりも安心なのです!」
「うん…わかった! ありがとう、まつりさん!」

翼は満面の笑みでお礼を言って、まつりとすれ違って走り去っていく。
どうやら彼女は、この殺し合いに乗るつもりはないらしい。
積極的にロコを探す様から見ても、ただ怯えて逃げるだけでもないようだ。
その姿を、まつりは後ろから見つめる。


(やっぱり、翼ちゃんは翼ちゃんなのです)

彼女は、こんな場所でも自分を貫いていた。
まつりが殺し合いに乗っている可能性なんて微塵も考えず、ああやって気軽に接してくる。
人懐っこくて、人を信じられる。それは彼女の強みと言えるだろう。その事を、まつりは否定しない。

(……でも)

それでも、と。まつりは思考する。
彼女の想いは悪くない。ただ、それがこの場所でも確かに貫けるものとは限らない。
かつての仲間に、傷つけられるかもしれない。殺されてしまうかもしれない。
それに対して、彼女はあまりにも無防備すぎた。ほんの一握りの悪意で、潰されてしまう程に。
今の翼に、現実を直視できる余裕があるのかどうか。それが、心配であった。


「……ねぇ、まつりさんは一緒にこないの?」

少し離れた場所で翼は思い立ったように振り向き、目が合う。
その表情は、やはり疑う事すら知らないようであった。
彼女は純粋で、きっと立ち向かおうとする意思がある。
それを見越して、まつりは一瞬悩み、しかし決め打つ。
彼女に、より強くあってほしいと。


「まつりは、一緒には行けないのです」


だから。


「まつりは」


銃を、向ける。




「生き残りたい、ですから」



敵と、なる。



「ッ!?」

翼がその言葉に反応を示すよりも先に、耳をつんざく轟音が響いた。
それが何か、なんて考えるまでもない。
――銃声。まつりは、戸惑う事なく引き金を引いていた。


「ま、まつりさん…?」

しかし、そんな事実とは裏腹に、撃たれた筈の少女に外傷はない。
目の前には、ただ銃をこちらに向けているまつりの姿だけ。
翼は知る由もなかったが、まつりは銃を翼よりもかなり高い場所に狙いをつけていた。
当てるつもりなど毛頭なかったが、それを伝える事などしない。

「なんで……」
「理由なんて、いるのです?」

代わりに伝えるのは、『敵』としての言葉。


「まつりは、こんなところで死ぬつもりも、義理もないのです。
 だから、殺してでも生き残ります。翼ちゃんに、それを否定できるのですか?」

あえて、彼女を挑発するかのように問う。
希望の道を進む彼女が、いずれぶつかるであろう壁。
それに対する答えが出せなければ、きっと先へは進めない。

「まさか、ロコちゃんも…!?」
「さぁ、どうでしょう。弾の無駄だから、手を出してないという可能性もあるのですよ?」

そんな局面においても、翼はこの場にいない仲間の安否を気にしていた。
殺し合いに乗っている人物に出会った、錯乱した少女。確かに、最悪の想像はよぎる。
とはいえ、実際には手を掛けているはずもなく。まつりは、その事をはぐらかした。

(…その割には、翼ちゃんに放ってしまったのですが。まぁ、必要な消費なのです)

そして心の中で、咄嗟に言った自分の発言と矛盾した行動を思い返していた。
実際、拳銃の弾一発と言えど、生き残るためには無駄にできない一発の筈だ。
より自分の危機に対して使った方がいい、ともいえる。
だが、彼女は翼の為にその一発を使った。勿論、傷つけるわけではなく。


まつりは、その一発を彼女に賭けたのだ。
彼女には、殺されかけた経験が必要だと、そう感じた。
それも、かつての仲間に殺されかけるという経験が。

いつか『本当の悪意』に出会い、潰されてしまう前に。
彼女に、どんな形であれ覚悟を決めてもらうために。


「さぁ……翼ちゃん、どうするのです?」

相手は現状、丸腰。それに対しこちらは銃を突き付け、引き金を引けば相手の体を貫ける。
そんな圧倒的優位な状況で、まつりは真意を問いかける。
ここで彼女が命惜しさに許しを請いに来たとしても、まつりはそれを責めるつもりはない。
彼女も、14歳の少女でしかないのだ。まつりの要求する事は、あまりにも荷が重い。
幸い、まつりとすれ違った彼女が道沿いに逃げていけば、やがて朋花とも合流できるだろう。

ただ、それでもまつりは、こんな状況でも折れない心を持つ可能性を信じた。
まつりの知る伊吹翼という少女は底抜けに明るくお気楽で、それでいて不思議な魅力がある。
そして、一番大切なのは、諦めない心。彼女は、それを皆に与える事ができる筈だ。
翼の姿に――朋花とはまた違う、人を導ける力を感じたから。


「何もせず、まつりに殺されるか、それとも……」

だから、まつりは選択させる。
その一歩を踏み出すのは、他でもない彼女なのだから。



そうして、彼女の表情はみるみるうちに変わっていき、やがて――




    *    *    *






「まつりさん、後ろっ!!」







    *    *    *



「な―――」



何が、起こったのだろう。



彼女の言葉に、咄嗟に振り向き。
しかし、それでも理解は遅れた。


ただ、感じたのは。


「……やった」


幼く無邪気な声と、甲高い機械音。そして。


「――っ!」


背中に走った、鋭い痛み。



「まつりさん!」


足がもつれ前のめりに倒れ、その勢いで突き刺された何かからは抜け出す。
熱さにも似た痛みが背中に広がり、苦痛に悶える。致命傷ではなさそうだが、無視できるものでもない。
しかし、痛みに悶絶している暇もない。一度距離を放したまつりは即座に振り返り、襲撃者に銃を向ける。


「意外と、簡単にいけるんだぁ……これなら、私にもできるのかな」

しかし、当の本人は全く意に介していなかった。
それどころか、血が付着した電動ドリルを握り、そちらに夢中になっている。
そのドリルにより、まつりは背中を突かれたのだと気づくのに時間はかからなかった。

「…育、ちゃん?」

後ろから、翼の呆気にとられたような声が聞こえる。
まつりにとっても、目の前に受けた現実は衝撃的なものであった。
目の前にいた少女――中谷育は、自分達が知る彼女とは違っていたから。

「これで、プロデューサーさんに言われたこともできそうだね」

血に濡れた電動ドリルを回し、また同じ機械音があたりに響く。
そして、彼女は二人の元へと歩み寄っていく。
一切の躊躇も感じられないその姿に、仲間を傷つけた事による自責の念は感じられない。
その姿は、間違いなく彼女が殺し合いに乗っている事を表していた。

「育ちゃん、それ以上近づかないでください……これを知らないとは、言わせないのです」

整わない息を無理矢理抑えながら、まつりは手に持った銃を育へと向ける。
心の中で、舌打ちをした。
翼に意識を向けすぎて、本来の目的である『殺し合いに乗った仲間の説得』の事を失念していた。
その存在は、確実に分かっていたというのに。

自身の行動を悔やみつつ、しかし終わった事ばかり気にしてばかりもいられない。
やらなければならないのは、目の前の少女を止める事だ。
そしてできるならば、説得。共に帰る為に、彼女の思考を改めさせなければならない。
しかし、その難易度は筆舌に尽くしがたいだろう。
最悪、もうすでに誰かを手にかけている可能性すらある。そんな想像を、まったく否定できない。
それでも、彼女を放っておくわけにはいかず。だからこそ、まずは動きを止める為に銃を構える。

「なにいってるの? 近づかなきゃ、ころせないでしょ?」

だが、そんなまつりの思惑さえも彼女は踏みにじる。
銃を向けられても、その歩みを全く止めなかった。
銃口は確かに彼女を狙っていて、それを意味する事を知らない筈もないのに。


まつりに知る由もなかったが、今の彼女に、脅しというのは無意味であった。
もう既に、彼女はたった一人でその身に余る程、恐怖した。
まだ親離れもできないような幼さで、一人放り出され、怯えて。
その許容量をとっくにオーバーした彼女を、もう生半端なもので止める事はできない。

――単純に、認識できていないだけなのかもしれないが。その真意は彼女自身も含め、誰も知らない。


「……っ!」

ならば、もう撃つしかないのか。
説得を諦めて、危険因子である彼女をここで犠牲にしてしまうのか。

まつりの中で最終手段が頭をよぎり、その決断を、行動に―――



「育ちゃん、やめてっ!」

その目の前に、一人の少女が飛び出してきた。



「っ!?」

今まさに引き金を引こうとしていた、その指をすんでのところで止める。
危うく、彼女を撃ってしまうところだった。
そんなまつりの事を気にする様子もなく、翼は二人の間に立ちはだかる。

「なぁに? 翼さんから、先にやってほしいの?」
「…翼ちゃん、どくのです」

前と後ろから、それぞれ言葉を投げかけられ、しかし翼はそのどちらにも首を振る。


「おかしいよ……なんでみんな、そんな事ができるの……?」

絞り出すような、か細い声でそう呟く。
彼女の目線で言うならば、ここで出会ったロコもまつりも育も、全員が殺し合いに肯定的な事を言っていた。
ロコは明らかに様子がおかしかったが、それでも、そうさせた誰かがいるという事になる。
ただただ皆を信じていた翼にとって、その事実は非情なものであった。

「私達、仲間なんだよ? こんなの、絶対おかしいよ…!」

翼にとって、そもそも仲間を裏切って生き残るという選択肢自体がなかった。
最初から、仲間と共に協力する事を当たり前のように決めていた。
それは、決してただ楽観視しているわけなんかじゃない。
今まで積み上げてきたものに裏付けされた絆が、自然とそう決断させていたのだ。
無理だと思えるような夢を、叶える。アイドルはそういうものだと、翼は確かに信じていた。

「……だって、プロデューサーさんが」
「そんなの間違ってる! プロデューサーさんが言ったからって、殺すのがいいわけなんてない!」

育の言葉を、彼女は強く否定する。
プロデューサーが言っていたから、何だというのか。
言われたからハイそうですか、なんて事になるはずもない。
対する育は、言葉を遮られたからなのか複雑な表情をしていた。

「ねぇ育ちゃん、一緒に協力しようよ! 私達なら、絶対――」

結局、彼女の意思はどんな逆境や反抗に晒されようとも変わる事はなかった。
殺し合いに乗っていると断言して、銃弾を放った筈のまつりに背を向けてまで、目の前の少女の説得に全力を尽くす。
どこまでもまっすぐで、向こう見ず。
やはり、まつりが危惧していた通り……それ以上の純粋さで、前を向く。


そんな気持ちで、説得を続けようとして。


「うるさいっ!!」

それをまた、今度は育の方が遮った。



「翼さん、分からないの?
 プロデューサーさんも、いきのこれるのは一人だけって……だから、ころさないといけないのに!」

生き残る為に一番現実的な方法は、他の参加者を全て殺す事。
事実、プロデューサーはそう言っていた。他に方法はないと、断言していた。

「おかしいのは、翼さんの方だよ……どうして、わかんないのかな……?」

育にとっては、プロデューサーがそう言っていたにも関わらず、未だ抵抗の意思を失わない翼の方が異常に見えていた。
従わなければ、どちらにしろ死ぬ筈なのに。
目の前に立ちふさがる彼女の方が、よっぽど子供に思えていた。


「しかたないなぁ……わたしが、おしえてあげる!」

分からないなら、その身をもって分からせてあげるしかない。
そうしてその勢いのまま、彼女はドリルを彼女に向け、迫る。

「この……!」

その攻撃をすんでのところで避け、その腕をがっしりと掴む。
まるで掴まれた育の抵抗を代弁するかのように、回転するドリルの音がけたたましく鳴り響いていた。

凶器を奪い取ろうとする14歳の少女と、抵抗する10歳の少女。
まつりの時のように不意を突ければ分からなかっただろうが、真っ向からぶつかればその身体能力の差は歴然であった。

「あっ……!」

無理矢理にでも取ろうとし、勢い余ってドリルは二人の手から離れ。
そのまま空で弧を描き、道脇の急な斜面の下へと落ちていってしまう。


「そんな…っ」

育がその下を覗き込むものの、その下はやはり何も見えなかった。

「………」

武器を失ったという現実に直面し、嘆く声を上げる育と、それを後ろから見守る翼。
その光景を、後ろからまつりは見ていた。
とりあえず、当面の脅威は去ったらしい。
そう、安堵する。感謝も、しないといけないだろう。


とはいえ、問題は依然解決していない。武器を奪ったとはいえ、彼女の精神状態は何ら変わっていないのだから。
ここから彼女を救えるのだろうか。追い詰められてしまった彼女の心に、希望を灯す事が出来るのか。

(……申し訳ないのです、翼ちゃん。
 まつりがおせっかいをかける必要なんて、なかったのですね…)

ただ、それはもうまつりの仕事ではない。
もう既に、どれだけ嫌と言ってもついていくような子がいてくれる。
彼女――翼には、はっきりとその強さを見せてもらった。
今の翼なら、きっと朋花とは違う形で皆を団結させてくれるだろう。


(頑張ってください、翼ちゃん……。
 力不足なまつりは、そっと立ち去るのです)


このフォローは、翼に一任しよう。
そう思い、そっとその場から去ろうとして。





「……あは、ははは……」

乾いた笑いが、その耳に届いた。





    *    *    *





「嘘……」

「――ッ!」

「やだ、たすけ―――――」






    *    *    *




時は、少しだけ遡る。
まつりがいなくなった後、たった一人残されたロコはただ茫然と立ち尽くしていた。

あの時、確かにいた筈の三人は忽然と姿を消した。
ただ一人いたまつりも、記憶の中と実際に見た彼女で言葉が食い違っている。
元々、結構気まぐれな女性だったとはいえ、そんなにころころ変わるのだろうか。

何か、おかしい。
何かが、引っかかる。

今まで、自身が経験した事、その違和感に対し。
おぼろげに、しかし確実に彼女はそう思い始めた。

真実を知りたいという意思が、ふつふつと湧きあがっている。
本当に、みんなは仲間じゃなかったのだろうか。
本当に、自分は一人ぼっちなのか。
積み重ねてきた思い出と、この場所で確かに感じた優しさ。
今のロコに、それが嘘だと断定する事はできない。


そして気づけば、その足は動き出していた。
まつりの去った――彼女がかつて逃げた筈の、その道の方へ。

まつりの言葉通りに受け取るならば、次に出会えば襲われて、殺されてしまうかもしれない。
他の三人も、出会えば無事では済まないかもしれない。
怖いという気持ちは、確かにあった。それでも、進む足取りは止まらない。
それだけ、あの言葉に勇気づけられた。真実が何なのかを、確かめたいという気持ちと共に。

そんな、仲間を信じようとした意志が、この嘘まみれな世界に一つの光明を与える事になった。
今の彼女は不安定ながら、『ほんとのこと』に気付ける、意思があった。


しかし。


『プロデューサーさんも、生き残れるのは一人だけって……だから、殺さないといけないのに!』


彼女がその騒ぎにたどり着いた時、一人の少女が叫んでいたのを聞いてしまった。
どうしてその言葉を放ったのかまでは、分からない。ただ、それを聞いただけ。
しかしその言葉は、ロコに一つの真実にたどり着かせるには充分であった。

ロコを含む765プロシアターの皆は、確かに仲間だった。
それは、胸を張って言える。楽しかった筈の思い出と、その優しさは否定できない。
でも、もうそんな事は関係なかった。
『かつて』仲間かどうかなんて事、今は何の意味もなさない。
今の状況は、人をたやすく変えてしまう程異常なものであったから。


『おかしいのは、――さんの方だよ』


考えてみれば、当たり前だった。
たった一人しか生き残れない世界で、仲間がどうとか、助けてくれるとか、そう期待するのがおかしいという事。
あの時、この場所で感じた暖かさが幻影で、この冷たい世界こそが真実だと理解する方が自然だという事に。


怖い夢から覚めても、現実は何も変わらない。
この場所で『ひとりぼっち』になるのは、必然だったんだ。



「……あは、ははは……」

もう、戻れない。信じられるものは、何もいない。
弱い心は、そのたった一つの真実で世界を決めてしまった。
ここにいる者達は全員殺し合いに乗っていて、ロコを殺そうとしてくる。
そんな事実に支配されて、一抹の希望から絶望に叩き落されて。
最早、乾いた笑いさえ出た。
その言葉に、その場にいた全員がこちらに気付いたらしい。不思議と、恐怖心はなかった。

「だったら……もう、いいか」

そう呟いて彼女が取り出したものに、周りの皆の声がひきつった。
彼女が手に握っていたものは、とってもとっても強力な彼女の支給品。

それを使うだけで、目の前の光景がまっさらに消えてしまう事を、ロコは知っていた。
緑色の絵の具も、黄色の絵の具も、黒色の絵の具も。
全部全部、ずたずたになって消えてしまう。

それを使うことを、彼女も最初は躊躇していた。
どんな状況であったとしても、彼女にとっては大切な仲間であったはずだから。
しかし、もう限界を迎えた心にそんなリミッターは存在しない。
やられる前に、やってやる。もう、自身の思考に抗う意思はなかった。
『人を殺して生き残る方』が正常なのだと。そんな大義名分を、得てしまった。

「みんな、ロコがエクスティンクしてあげます……!」


だから、周りの声に耳を傾けず彼女はそのトリガーを引く。
ただ、ピンを抜くだけだ。後は消したい光景へ投げて、自身は被害の受けないところへ身を隠す。
驚く程スムーズに、それは実行できた。




冷静に行動し、近くの木に隠れ、少し時間が経つと――大きな、乾いた音が響いた。
どんな言葉も、どんな色も消し飛ばす、大きな大きな音が。





「………」

暫く時間が経ち、彼女は身を隠した木からそっと覗きこむ。
その光景は凄惨を極めていたものの、彼女が思っていたよりも吹き飛ばす威力はないようであった。

そんな彼女に知る由もないが、彼女の想像したそれと実際の武器には多少の差異がある。
爆発こそ起きるものの、その武器は熱風よりも炸裂した破片で傷つけるものを目的とた武器。
その武器を――炸裂手榴弾と呼ぶ。


「みんな、消えちゃいましたか」

しかし、ならば殺傷能力が劣るかといえばそういう事はない。
炸裂した事により勢いよく放出される破片は十分に傷つける力があり、近くに居れば無事では済まないだろう。
事実、そこには爆風に体を晒され、ずたずたに引き裂かれた小さい人影があった。
ボロ雑巾のようになってしまった『それ』は、もうぴくりとも動かない。もう、事切れているのだろう。


「……一人?」

ロコはそこまで思考して、『一人』という数の少なさに疑問を覚える。
そこにあったのは、たった一つだけ。その小ささから、きっと一番幼いあの子だろう。
その時のロコには正確に人数を把握できる余裕はなかったが、一人という事はない筈。
避けられたのだろうか。そう思って、辺りを見渡そうとして。


がさり、と。

ぴくりとも動かない筈の少女が動きだして。


「………っ」

その下からまた一人、這い出てきた。


「……まだ、生きていたんですね」

その姿を、ロコはよく知っていた。
徳川まつり。この場所で『惑わしてきた』敵の一人だ。
育の影に隠れて直撃を免れたのだろうか。しかし、小さい体に隠れきれなかったその末端部分は無傷では済んでいない。
その手につかんでいた武器も、どうやらどこかに飛んで行ってしまったらしい。
しかし彼女は、そんなものを気にする様子もなく、茫然としていた。


「イクを、盾にしたんですか」

びくりと、その体が大きく震えた。
言葉にはしなかったが、図星なのだろう。
爆発に対し、まつりは偶然か故意か、近くにいた少女の体を使ってやり過ごした。
そこにある思惑は分からないが、起こった真実は――ロコの見た真実は、何も変わらない。

「マツリも、やっぱりそういう人だったんですね」

一歩、二歩と、ロコは彼女の元へ歩み寄る。
ついさっき、優しい言葉を掛けてくれた彼女の記憶はもう、どこにもない。
あるのは、自身が生き残る為に人を盾にした『かつて仲間だった人』の姿だけだった。

「コンパニオンをサクリファイスにする事に、躊躇しない……仲間を見捨てる、ひどい人です」

手に持っていた手榴弾を、自身のポケットにしまいこむ。
こんな近距離まで近づいては、彼女の持つ武器は使えない。
自分もろとも、消し飛ばしてしまうかもしれないから。
なら、手詰まりか。と言えば、そうでもない。


人を殺すのに、果たして『凶器』はいるのだろうか。


「ちが―――ぁ……ッ!?」

弁解しようとした声は、彼女を襲った衝撃と共に途切れる。
そして、それは言葉にならない呻き声へと変わった。
表情も、いつもの余裕が全く感じられないような苦悶のものへと変わる。

きりきり……と。ロコは、彼女の上に馬乗りとなり、その手で首を絞めていた。

「違わないですよね? マツリも、死にたくないからイクを使ってエスケープしたんですよね?」

強く絞められ、その苦痛と圧迫で視界がにじむ。
力を込めるたび、彼女の体がびくりと跳ね上がる。
足をよじらせ、ロコの腕を掴み、どうにか脱出しようとするも、傷が痛み震え、引き剥がす事もままならない。
そして、ロコはそんな彼女の事を気に掛ける様子もなく、より力を入れていく。

「か……ハ……ぁ」
「別にいいですよ。ロコも死にたくないので、マーダーしますから」

まつりの眼前が、段々と白く染まっていく。
逃れようとして、暴れて、抜け出せず、多くの息が吐かれ、体が酸素を欲し、それも叶わず追い詰められる。
このままではまずいと思考が警鐘を鳴らすも、この状況を脱する手立てが思いつかない。


「……―――っ」

かつての仲間に、このまま殺されてしまうのだろうか、と。
そんな考えすら浮かんで、意識を手放しかけた、その時。


不意に、その拘束から離れる事になる。



「!……ゲホッ……けほっ、ゴホッ!」

上からロコの姿が消え、解放されたまつりは咳き込む。
本当に、危なかった。制限されていた分、より荒い呼吸で酸素を得る。
……一体、何が起こったのだろう。
未だ涙で滲み、おぼろげな視界で横を見やれば、そこには打って変わってロコと取っ組み合う、翼の姿があった。

「やめて……もう、やめてよ……!」

あの爆発から、離れられたのだろうか。その体に傷こそあれど、人並みには動けている。
ただ、その表情は哀しく、言葉も悲痛に満ちているように感じた。

銃口をこちらに向けられ、凶器を躊躇なく向けられ。
戸惑いなく、爆弾を投げつけられて。かつての仲間に、心も体も傷つけられて。
そして、かつての仲間が呆気なく死んで。もう、充分というほどに現実を味わった。
それでも、彼女の意志はギリギリのところで折れない。
どれだけ哀しくて、心折れそうになっても、信じたものを捨てる選択肢は選べなかった。

「何を……そう簡単には殺されませんよ、ツバサ!」

しかし、そんな悲痛な言葉ももう彼女には届かない。
ロコはもう、人を――かつての仲間を殺してしまった。
もう、引き返せない。ロコには、罪を背負えるような心を持っていなかった。
そんな彼女が心を保つ為には、都合よく解釈するしかない。
幻覚と幻聴が、全てロコの殺人を正当化させるために働く。

今の彼女には、翼は『全力でこちらを殺害しにくる敵』にしか見えていなかった。

「……っ!」

ロコが抵抗するたびに、翼の表情がひきつる。
やはり彼女の負った怪我はそう軽いものではなく、苦痛がその動きを阻害する。
傍から見ても、彼女の劣勢は明らかだった。

「翼、ちゃん……」

まつりの方も、未だ息は整っていない。
しかし、かといって悠長に体制を整えてる暇もない。
心身共に弱った彼女がやられてしまうのも、時間の問題だ。
その抵抗をやめさせるには、彼女が身を挺して止めている今しかない。


だから。

助けなくては、と。

無我夢中で、二人の方へ身を乗り出して。



小さな、衝突の音と共に。




「………え?」



二人の姿は、なくなっていた。





代わりに映ったのは、生い茂る木々の光景。
そして、それと道を分断していたはずの、柵であったもの。


茫然とする彼女の元に、何かが激しくぶつかりあう音が耳に届く。
それは、彼女の下から響いていた。

視線を下に移せば、すぐにその原因が分かりそうな程、近くから。


「っ……ぁ……」

しかし、まつりはその事実を知ってなお後ずさる。
下を見る事が、できなかった。
薄々感付いていた、自分の罪を直視する事ができなかった。


徳川まつりが――二人を突き落としてしまった、なんて罪を。


「まつりは、なにを、やって」

頭を抱え、たどたどしく言葉がもれる。
その行動に、思考は伴っていなかった。
自らの行動を理解するよりも早く、その結果が眼前に広がっていたから。
今まで、少しでもあったはずの冷静さが、今の彼女にはもう、なかった。


「ち、違う……助けなきゃ、たすけないと……!」

ただ、焦る気持ちばかりが募っていく。
このままじゃいけない。まだ、間に合うかもしれない。
そう思い、自らを取り繕う事も忘れ、立ち上がってその坂の下へ身を乗り出し。




そして、見てしまった。


斜面にむき出しになった――血がべっとりと付いた岩を。




「…………は」

そこから下は、やはり草木に阻まれ見えない。
見えない方が、幸運だったのかもしれない。起きてしまった事は、変わらないのだから。

息を吐き、その場にへたり込む。
今この場所に立っているのは、まつり一人となってしまった。
そして、他の全員がいなくなってしまった理由は彼女にある。
故意かどうかなんて、関係ない。真実は変わらず、彼女の行動が引き起こした事。


『敵』を演じていた筈の徳川まつりは、正真正銘、彼女達の『敵』となってしまった。


元々、説得のできない相手には手を汚す事も厭わないつもりではあった。
事実、ああなってしまった育とロコを救う事はかなり難しかっただろう。
正当化する事なんてできないけれど、殺す程の勢いで、止めなければならなかった。

しかし、翼はどうだ。
彼女は全然関係がなかったはずだ。
それどころか、強く導いてくれる筈だと思っていたのではなかったのか。
そんな彼女を、まつりは自身の手で突き落としてしまった。
目を逸らす為、自身が生き残りたいが為に。


「………っ」

地面の砂利ごと、手を強く握る。
どうして、こんなにも悪い事ばかり重なってしまうのだろう。
都合よくいかないだろうというのは、分かっていた。
それでも、こんな結末は望んでなどいなかった。

結局、まつりは仲間の説得なんて出来ず、ロコも幻覚から逃げる事は叶わなかった。
それどころか、自分の命惜しさに全てを投げ出したかのように、希望の種さえも摘みとって。

『まつり姫』なんて殻は、とても脆いものだった。
生死の境に晒されれば、こんなにも呆気なく素を晒してしまう。なりふり構わず、なってしまう。
そしてその結果は、もう嫌という程実感していた。

自身の選んだ方針自体が、間違っていたのだろうか。
最初から『敵』なんて演じずに、皆の味方になった方がよかったんじゃないか。
そんな後悔の念ばかりが渦巻いて、その思考は終わらない。


震えるその姿に、かつてのまつりの姿はない。

ただ、等身大の少女に見えた。




――――それでも。



「まつりは」


それでも、彼女は顔を上げて。


「止まりません」



弱さを見せたのも、もう一瞬。
顔を上げた時には、もういつもの徳川まつりであった。


「無駄にしたら、いけないから」

ふらふらと、自らの足で立ち上がる。
ここで挫けてしまっては、今までの行動も全部無駄になってしまう。
もう既に、一人の少女に託したのだ。そのために、敵を演じなければならない。
例えそれが、限りなく本物に近づく行為だったとしても。

近くに転がり落ちていた拳銃を、拾う。
傷ついてはいるが、まだ使えそうだ。手に未だ武器を持てる事は幸運だった。
まだ、戦える。徳川まつりは、『絶対悪』として振る舞える。
たとえ、もうその資格がなかったとしても、彼女は皆の事を想い続けられる。





彼女の名は、徳川まつり。
どこまでも、その役割を演じ切る。



【一日目/昼/E-5】

【徳川まつり】
[状態]四肢と背中に傷
[装備]二十六年式拳銃(5/6)
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1、二十六年式拳銃実包×24
[思考・行動]
基本:『敵』を演じるのです
 1:???




    *    *    *



「っ、たぁ……」


目の前が、ぐらぐらする。

体中が痛くて、気持ち悪い。

転がり落ちる衝撃から解放された『彼女』が思ったのは、そんな事をごちゃまぜにしたような感情だった。


何が、起きたのだろう。
気付けば、『彼女』は日差しも満足に差し込まないような場所で寝転がっていた。
節々が痛む体を抑え、仰向けになり上を見る。
おぼろげに差し込む光以外は、何も見えなかった。

自身の置かれた状況を、改めて整理する。
どうやら、この上から相当な距離を転がり落ちてしまったらしい。体が痛むのも、そのせいだろう。
ただ、見上げたその坂は相当に荒れていて、それを改めて確認した『彼女』をぞっとさせる。
無事ではないとはいえ、この程度で済んだのは幸運だったのだろう。そう、認識した。

それにしても、何故落ちてしまっだろうか。『彼女』は、そんな思考に移る。
確か、直前までは『■■』と取っ組み合っていて……。


「――――た、ぁ」


どこかから、呻き声のようなものが聞こえた。
それは、立ちすくんでいた『彼女』のものではなく、別の方向から。
近くに誰か、いるのだろうか。
『彼女』はあたりを見渡す。暗くて景色の見えづらい中、目を凝らして。


そして。『それ』はすぐ近くにいた。



「た……す、ぇ……」



木の影から漏れた声は酷く弱々しく、言葉をなしていない。

日に当たった足は大きく裂かれ、あらぬ方向へと曲がっている。

地面には身もよだつ程の量の血液がしみ込み、それを伝って尚、流れ出ていく。


そして、うつろに空を見上げるその頭は陥没していて。最早、人としての形を成しておらず。


ぴくりとも動かない体は、もう、かつての面影を残していない。




そんな、今にも息絶えてしまいそうな――『伊吹翼』の姿が。



「ひっ……ぁ………あぁぁ……!?」



今の『ロコ』には、一体どんな風に映ってしまったのだろう。




「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



顔を青くそめて、脇目も振らず、おぼつかない足を引きずり逃げ去る。


「……ぁ……」


その後ろ姿を見る翼の視界は歪みきって、もう形も認識できない。


もう、痛みも感じない。

ただ思うのは、寒くて、気持ち悪くて。
寂しくて、心細くて―――哀しい。



やだ、いやだ。こんなところで、終わりたくなんかない。
死にたくない。誰か、助けて。


そんな感情の羅列がごっちゃになって、やがて人としての思考を成さなくなってゆく。






こうして、沢山の人に囲まれ、華やかな人生を歩んでいくはずだった少女は。




「し……に、た……く……………な――――」




誰にも気付かれることなく、その人生を終えた。







【中谷育 死亡】
【伊吹翼 死亡】





【一日目/昼/E-5 道端、坂の下】

【伴田路子】
[状態]右腕に傷、全身に擦り傷と打撲、過度なストレスによる幻覚・幻聴
[装備] なし
[所持品]支給品一式、MkⅡ手榴弾(残4個)ランダム支給品(0~1)
[思考・行動]
基本:最後の一人になって、生き残る。
1:???


【MkⅡ手榴弾】
伴田路子に支給。5個セット。
手榴弾と呼ばれる中でもおそらく一番有名な、四角いでこぼこの付いた楕円状の奴。通称パイナップル。
漫画のような派手な爆発は起こらず、どちらかと言えば爆発時の破片で殺傷するタイプ。

 The Trojan Horse   時系列順に読む   ナナオリミックス 
 The Trojan Horse   投下順に読む   無邪気の楽園 
 争いが絶えない世界に僕らが迷い込んでも  徳川まつり  武器を持った奴が相手なら、『うみみんバックハンドスプリング』を使わざるを得ない
 伴田路子   IT'S "YOU" IT'S "YOU"
 エスケープフロムディストピア   中谷育  死亡 
 伊吹翼  死亡 


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