H4・519

「まだ暑いけど、もう空は秋っぽくなってきたね~」

それは決戦の日だった。
ショッピングモール・イネスから海沿いの公園へと向かう道すがら、そのっちは空を見上げながらつぶやいた。
私は海風と揺れ遊ぶ彼女の美しい金色の髪に視線を奪われていたのだが、その呟きに天を見上げる彼女の横顔へ視線の向きを変えた。
そのっちの顔は少しぼーっとしたようないつもの表情に見えたけれど、ほんの少しだけいつもと違っているように見えた。
親友になってまだほんの数か月の私たちだったが、共に過ごした日々の濃さはもはや10年来の友であるように私は感じていた。
そんな私だから気付けたのかもしれない。そのっちの表情には物悲しさのようなものが混じっていた。

「そうね。……秋と言ったら、そのっちは何の秋だと思う?」
「う~ん……一番は食欲の秋かな~」
「あら意外ね。そのっちならお昼寝の秋とか言うと思ったのに」
「お昼寝はオール・シーズンだよ~。わっしーは?」
「私はそうね……読書・勉学・スポーツ……色々あって選べないわね」
「そうだよね~。芸術・行楽……やりたいこといっぱいあるよ~」

天を見上げていたそのっちが私の方へと顔を向けた。
ずっとそのっちの横顔に送っていた私の視線と彼女の視線が重なって、少しドキッとした。
私と交わる視線を一瞬断ち切って、そのっちはニコりと笑みを浮かべた。

「あ、そうだ~。私ね、夢があったんだ~」
「夢?」
「うん。落ち葉でね、やきいもを焼くの。それを友達と一緒に食べること~」

そのっちの声が弾んでいる。でも、そんな些細なことが夢と言えるのだろうか?

「……それが、夢?」
「そう~。私の大体100個ある夢の一つ~」
「そのっちに100個も夢があるなんて初耳だわ。……大体?」
「正確には数えてないからね~。おじいちゃんが作った乃木家家訓に『夢はなるべく多く作るべし』ってあるから、
 思いついたら1個、やってみたいと思ったら1個……そんな風にしてたら大体100個くらいになったんだ~」

なるほどそういうことか。
あれをやってみたい、これをこうしてみたい……そういうどんな小さなことでも、自分が夢だと思うならそれは夢なのか。

「それだったら私にも100個くらい夢ができそうだわ」
「おお~!たとえばの1個を教えてわっしー」

たとえば、か。ここは食欲の秋なそのっちの願望に沿うものをまずは選んでおこうかな。

「えーと、たとえば……四国中のうどん店を制覇する!とか?」
「いいね~わっしー!それ、私の101個目の夢にもする~」

よし、食いついてきた。ここですかさず!

「他には……すべてのお城を見聞する!」
「それはパスでいいや~」
「じゃあ……“そのっちと”すべてのお城を見聞するに変えるわ」
「わぁ~。わっしーの夢じゃ仕方ないな~付き合うよ~。お城を見ながらうどんを食べていけば一石二鳥になるしね~」
「四国一周ともなるとなかなかの旅路になるわね」
「じゃあ次の冬休みから少しづつ制覇して行こうよ~!春休み、夏休みとやってけば中学校卒業くらいまでには一周できるかも~!」
「それは名案ね。……ふふっ」
「どうかした~?」
「ううん、よく考えてみたら、私たちずっと一緒にいることになるわね。学校でも一緒にいるし」
「放課後や休日も勇者の特訓で一緒にいることが多かったね~」
「その上、これからの長期休暇もほとんど一緒にいるってもう……家族みたいなものだわ」
「わっしーと家族か~。なんか照れるね~///」
「照れる?……あっ///いや、そういうのじゃないわよそのっち。私たちまだ小学生だしプロポーズとかまだ早い……ってそうじゃなくて///」
「わっしー顔赤~い」
「も、もう!からかわないでそのっち」

一回考えてしまうと、それが頭から離れなくなってしまう性質の私。
そのっちと結婚して、そのっちと家族になって、そのっちと……ずっと一緒。
そのっち、私、夢が3つ増えたわ。

「あ~でも、冬休みはきついかもね~」
「四国一周の旅のこと?たしかに年末年始は家にいないと駄目よね」
「うん~。行けるとしたらクリスマスあたり~?」

クリスマス、か。
キリストの生誕祭であり、家族と共に過ごすのが本来の形であると聞いたことがある。
しかしこの日本では――。

「そうね。クリスマスは好きな人と過ごすものっていうのが日本式だから丁度いいかもね」
「わ///わっしーにさらりと告白された~」
「ふふっ、さっきのお返しよ。ドキッとした?」
「ドキッとして、さらに嬉しかったよ~///」
「……なら、私の告白のお返事は?」
「……わっしーとクリスマスを過ごすことを私の102個目の夢にするね」

実はもうお互いに分かっていたことだった。
どちらかが告白すれば、お互い受け入れられるってことは。
あとは言うタイミングだったのだが、銀が旅立ってから私もそのっちも憶病になってしまっていた。
戦いの途中で、どちらかが命を落とすかもしれない。
必ず二人とも生き残れるという確証がなかったから、相手に辛い想いをさせたくないと、
お互いの恋心に気付いていながら言い出せなかった。
本当は神託にあったバーテックスとの決戦が終わったあとで落ち着いたら想いを告げるつもりだった。
これはそのっちも同じ気持ちだったのではないかと思う。
しかし、なんだか今言っておかないといけない気がして……。
話題が『夢』の話になって、『未来』の約束をしたから、もう我慢できなかった。

「ありがとう、そのっち。そのっちと一緒にクリスマスを過ごす……私の6個目の夢になったわ」
「あれ?いつの間にか3つ増えてるよ~?」
「好きな人ができれば夢なんてあっという間に増えるものなのよ。そのっちだってこの数分で3つも増えたでしょ」
「確かに~。さすがわっしー、博識だね~」
「私もつい今知ったことだけどね」

そのっちと落ち葉を集めてやきいもを焼いて、一緒に食べて。
そのっちと四国中のうどん店とお城を制覇して。
そのっちとクリスマスを一緒に過ごす。
今日だけでこんなにいっぱい夢ができてしまった。
そのっちと一緒にいれば、明日にはもっと増えてるかもしれない。
増え続ける夢を叶えるには、膨大な未来が必要になる。
その未来を手に入れるためにも、私たちは近いうちに迫りくるであろう天敵に“二人とも”勝たなくてはならない。

「そのっち、落ち葉でやきいもを上手に焼く方法調べておくね」
「うん!私は四国中のうどん屋さんを調べてみるよ~」
「楽しみね、そのっち」
「楽しみだね~、わっしー」




――その日の夕刻、後に語り継がれる瀬戸大橋跡地の合戦が勃発。
私が最後に見た光景は、獅子座の攻撃に弾き飛ばされた私の元に血相を変えて駆け寄ってきたそのっちの顔だった。
もうほとんど意識はなく、そのっちは私が気絶していると思ったようだったが、ほんの少しだけ意識は生きていた。

「わっしーが、獅子座を痛めつけてくれたおかげで、私一人でもなんとかなるよ~」

そのっち……行っては駄目……。お願い、私に活を入れて。ここで意識を失ってしまったら……もう、戦えなくなる。
もう……あなたに会えなくなる……そんな気がしてしまう。

「満開!」

大輪の花が、そのっちの身体に咲き誇る。
私に背を向けたそのっちの後ろ姿が、

『またね』

銀の最期の姿と重なる。

行かないで!!私は出ない声で必死に叫んだ。
独りで行かないで!私も一緒に連れ行って!
一緒にやきいもするんでしょう!?クリスマス、一緒に過ごすんでしょう!?

「勇者は根性、だよね~ミノさん!」

そのっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
そこで、私の意識は完全に途絶えた。
次に目覚めたとき、私は大切な何かを失ったことだけは分かったのに、それが何なのかを思い出すことはできなかった。








神世紀299年、秋。
私は中学1年生になり、讃州中学校へと通っている。
引っ越し先の家のお隣に住んでいた結城友奈ちゃんと友達になり、
学校では友奈ちゃんと一緒に勇者部という部活動をして毎日が充実している。
勇者部に誘ってくれた勇者部部長の犬吠埼風先輩もとても面白くて頼りがいのある人で、いつも部活をしている時間は幸せを感じる。
でも、なぜだかふと寂しくなる時がある。
たとえば、今。
風先輩の発案で、落ち葉を集めてやきいもを焼こうということになり、目の前で友奈ちゃんと風先輩が美味しそうにやきいもを頬張っている。

「う~ん!ほくほくしてて美味しー!東郷様様ね~」
「わたし、落ち葉を燃やしてその火の中におイモを入れるんだと思ってたけど、違ったんだね」
「うん、そうなの。直接火の中に入れちゃうと皮だけ真っ黒に焦げちゃって、中が生のままになっちゃうのよ」
「燃え終わった後の灰の中に入れておくと出来るなんて知らなかったわ。さすがは我が勇者部の参謀長!」
「ふふっ、ありがとうございます」

交通事故にあったという私には近年の記憶がなく、両足も動かなくなってしまっていた。
病院でリハビリに励む毎日だったが、私が事故にあった時に握りしめていたというリボンを見たとき、
無性に落ち葉を使ってのやきいもの焼き方が知りたくなって、インターネットで調べていたのが今回は役に立った。
自分でもあの時なぜあんなにも知りたいと思ったのか、分からない。

「ほら、東郷も食べなさい」
「はい、東郷さん。焼きたてだよ!」
「ありがとう、友奈ちゃん」

友奈ちゃんから焼きたてのさつまいもを手渡される。
熱い。ちゃんと中まで火が通っていることが触っただけで分かり、中身への期待が膨らむ。
さつまいもを真ん中から手折る。紫一色から白い湯気とともに温かい金色が現れる。
その温かさをたたえた金色が、何かに重なったような気がした。かつて私が美しいと思っていた……何か。
自然な甘いにおいを発するその金色を少しかじる。

「美味しい……」

甘い。温かい。優しい味がする。

「えっ!?と、東郷さん!?」
「東郷!?どうして泣いてるの!?熱かった!?火傷しちゃった!?」
「えっ……泣いてなんか――え……なんで……?」

なぜか、私の目から涙が零れ落ちていた。
何度手で拭っても、次から次へと溢れてくる理解が追い付かない感情。
なんで泣いているの私。友奈ちゃんや風先輩に心配をかけてしまうじゃない。

「この、やきいもが美味しくて……感動、しちゃった……から。本当に、美味しくて……」

我ながらこんな理由で泣く人なんていないと思ってしまうけど、事実なんだからしょうがない。
やきいもを食べたら泣いてしまって……それ以外に理由が思いつかない。

「だから何でもないの。心配しないで――」

――その時、唐突に風が吹いた。この時節の肌寒い木枯らしではなく、温かい風。
その風は私の髪をリボンごと持ち上げる。

『泣かないで、わっしー』

風で持ち上げられたリボンは私の涙を一瞬拭って、私が手に持っていたやきいもの上に着地した。

「え……?」

一瞬、何かが聴こえたような気がして周りを見渡すが、近くには友奈ちゃんと風先輩しかいない。

「どうしたの、東郷」
「あ、いえ……風の音が人の声のように聞こえてしまって」
「でも、東郷さんが泣き止んでくれて良かった!風に感謝だね!」

先程までどんなに拭ってもとめどなく溢れてきていた涙が、今はぴたりと止まっていた。
あの風とリボンに涙を拭ってもらったおかげなのかな。
だったら友奈ちゃんの言う通り感謝しなければ。これで二人に無用な心配をかけずにすむ。

「あ、東郷さんが泣くほど美味しいって言うから、東郷さんのリボンも食べたくなったのかな?」

友奈ちゃんの言葉に手元を見ると、やきいもの上に着地したリボンがたしかにやきいもを食べているようにも見える。

「東郷のリボンは食いしん坊ね~」
「……ふふっ、そうみたいです。リボンさん、美味しいですか?」

返事はもちろんあるわけがない。
それなのにまたもや温かい風がふわっとやって来て、持ち上がった私の髪と共にリボンも舞い上がり、
私の唇に一瞬重なっていつもの定位置である肩に収まった。

「返事をキスで……とはこのリボンやりおるな。食欲だけでは飽き足らず、色欲の秋か」
「風先輩、色欲ってなんですか?」
「友奈、あんたはまだ知らなくていいことよ。家に帰ってもググったりしないように」
「そう言われると調べたくなる……!」

友奈ちゃんと風先輩の会話が横でなされているのに、私の耳には全くといっていいほど入ってこなかった。
なぜなら、私は切羽詰まっていたから。
ただリボンが唇に触れただけなのに、心臓がうるさく鼓動してしまって、まるで収まりがつかない。
胸が苦しい。心が切ない。リボンが触れた唇の部分が熱くなってきて、頭がクラクラしてきた。

「と、東郷さん!?顔が真っ赤だよ!?」
「寒い中ずっと外だったから風邪ひいちゃった!?ごめん東郷、すぐ屋内に行きましょう!」

ああ……また二人に心配をかけてしまっている。
唇から広がる熱が、顔全体に、そして身体中すべてに回り、燃えるような熱さだ。
頭のクラクラも酷くなってきて……意識が遠のいていく。

「東郷さん!」
「東郷!」

私を呼ぶ二人の声が、なんだか悲鳴のようで。
こんなに心配をかけてしまったことに罪悪感を感じながら、私は保てなくなった意識を手離した。




「そのっち……会いたいよ……」

東郷がうなされながらつぶやいたその言葉は、風が呼んだ救急車のサイレンの音にかき消された。
ずっと東郷の手を握りしめていた友奈の耳にも、届くことはなかった。




私が病院で目を覚ました時にはもう体調は元通りになっていたけど、お医者さんには風邪と心労だと言われた。
毎日が楽しいはずなのに、心労なんてあり得るはずがない。
私はいつも、何かを我慢しているか、何かを欲しているのだろうか?
それが何なのか、今の私には分からないことだった。

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最終更新:2015年12月27日 09:23