H4・36

「我ら古今無双~♪」

休日の午後、私はお気に入りの歌を口ずさみながら今取り込んだばかりの洗濯物を畳んでいた。
天候に恵まれた本日は絶好のお洗濯日和で、洗濯物はふわふわ、良い香り。
そんな洗濯物の手触りと良い香りに気分も盛り上がり、畳む手は休めずに一人リサイタルを開催してしまっていた。

「散った友の心~♪」
「東郷さんノリノリだね!」
「――友奈ちゃん!?」

不意に聞こえてきた声に驚き、後ろを振り返るとそこにはお隣に住む親友、友奈ちゃんが笑顔で佇んでいた。

「チャイム鳴らそうとしたら、ちょうど東郷さんのお母さんが出てきたところでそのまま入れてもらったんだ」
「ちょっと恥ずかしいところを見られちゃったわ。……もう用事は終わったの?」
「うん。東郷さんが良ければ、いつでも勉強会始められるよ」
「ごめんなさい、ちょっと待っててくれるかな。洗濯物畳んじゃうから」
「私も手伝うよ!」
「あ、いいの友奈ちゃん!……お父さんのパンツとかもあるし……」
「あっ……じゃあ少し待ってるね」
「うん」

もともと今日は友奈ちゃんが結城家の用事を済ませたら勉強会をする約束をしていた。
友奈ちゃんの話では夕方頃までかかると聞いていたので、すっかり油断していた。
友奈ちゃんをあまり待たせたくない。私はてきぱきと洗濯物を処理していった。

「東郷さん早いね!すごいな~!」
「休日はいつもやってるからね。それに、友奈ちゃんに見られてるとなんだか120%の力が出せるような気がするの」
「おお~。じゃあ私がいつも見てれば東郷さんは常に1.2倍東郷さん!」
「ふふっ、テストも120点取れるかもしれないわね」
「でも東郷さんを見てたら、私がカンニングしたって言われて0点だ~」
「友奈ちゃんは犠牲になったのだ……私の成績の犠牲にな……」
「東郷さんのためでも、さすがに留年はお父さんたちに申し訳ないから犠牲にはなれませんごめんなさい!」
「なら本当に留年しないように、今日の勉強会は厳しくいこうかな」
「あ、でも樹ちゃんの同級生になるのも楽しそうだな~」
「じゃあ私と夏凜ちゃんとは離れてもいいの?」
「はっ!そうだった!東郷教官!今日はビシバシご指導お願いいたします!」
「うむ。その意気よ友奈ちゃん」

友奈ちゃんと話している間に洗濯物はみるみる減っていき、最後の一つになった。
その最後の一つ、リボンを手に取ると私は鼻の前まで持って行く。
す~……は~……うん、太陽の匂いがする。

「東郷さん、そのリボン本当に大事にしてるよね」
「ええ、私にとってとても大切なもの……のはずだから」

記憶喪失になった時、私はこのリボンをギュッと握りしめて倒れていたらしい。
私の精霊は初めから3体いた。ということは私は満開を以前に2回していたのだろう。
一度目の満開で脚の機能を失い、二度目で記憶を失った……そう推理している。
最後の戦いが終わり、私の脚は徐々に治ってきて今では普通に歩けるようになった。
しかし、記憶の方はまだ戻ってこない。
なんとなく頭がチリチリするような感覚を何度か感じているので、これが記憶が戻ってくる兆候だと思いながら生活している。
そのチリチリが起こる度に、ベッドの上で身動きもとれず、顔のほとんどを包帯で隠さなくてはならない女の子の顔が頭をよぎる。
私に真実を教えてくれた少女。多分、私と共に戦ってくれていた仲間だったのだろう。
私を『わっしー』と呼び、リボンが似合っていると言ってくれた彼女のことを……私は思い出したい。

「――よし」

私は慣れた手つきで自分の髪にリボンを結ぶ。

「やっぱり東郷さんはそのリボン似合うね」
「ありがとう友奈ちゃん」

このリボンが似合うと言われると、なんだかとても嬉しくなる。

「あ……」
「どうしたの友奈ちゃん?」
「うん、東郷さんのなんだか柔らかい笑顔が素敵だったから見とれちゃった」
「もう友奈ちゃんったら。恥ずかしいこと言わないで」
「だって本当に素敵だったから」

――でも、その笑顔は『私の言葉』じゃなくて『そのリボン』のおかげなんだよね……。

そんな友奈ちゃんの心の声など私には聞こえるはずもなかった。




~シリアスでもなかったけど、シリアス終了のお知らせ~




友奈ちゃんが意識を喪失してずっと病院にいた間、授業は無慈悲にもどんどん進んでいた。

『東郷さん、夏凜ちゃん、授業についていけないよ~……』

そんな友奈ちゃんを助けるべく、私と夏凜ちゃん、風先輩とで“友奈ちゃんの勉強見てあげ隊”を結成したのはほんの少し前。
勇者部の活動がない放課後や休日に、手が空いている人が友奈ちゃんに勉強を教えていくことになった。
今日は私の担当日だったのだけど……。

「さて友奈ちゃん、日本史やろうか」
「あ、東郷さん……わたし数学見てもらいたいな!来週小テストあるし!」
「そ、そう……わかったわ。数学にしましょう」
「ありがとう東郷さん!……ほっ」

以前日本史を教えてあげた際はほんのちょっとだけ熱を上げすぎてしまい、
夜遅くまで日本という国の歴史の尊さ、そこに見出せる美しさを語ってしまっていただけに、
今回は脱線しないようにいこうと思っていたのだが……小テストがあるなら仕方ないわね。

「東郷さん、この問題なんだけど」
「ああ、その問題はね、その公式を使って――」
「ああ~!なるほど~!」

――その公式……そのこうしき……そのこ……うっ!頭がチリチリしてきた。

「東郷さん、その次は?」
「えっと……その次は――」

――その次……そのつぎ……そのつち……その……っち……!?ああ!くる!なんかきそう!この!喉元まで出かかってる!

「……東郷さん?次はその公式を使えばいいのかな?」
「――!!」

――次はその公式……つぎはそのこうしき……つぎそのこ……のぎそのこ……は……そのっち。
その時東郷(私)に電流走る。
走った電流は脳を縦横無尽に駆け巡り、私にあの光景を思い出させた。




『じゃあ、わっしーこれ持ってて』
『ありがとう。心強いわ』
『髪につけてくれてもいいんだよ~』
『戦いが終わったらつけてみるわ。似合ってたら、褒めてね、そのっち』
『うん!』

私はそのっちのリボンをすぐにつけることはしなかった。
だってそんなことしたら、私の匂いがついて、そのっちの匂いが消えちゃうじゃない。
この戦い……負けるつもりなんてさらさらないが、厳しいものになるだろう。
となれば疲労困憊の私たちは一度解散となり、このリボンを家で堪能する時間が生まれよう。
そのっちには申し訳ないが、リボン姿のお披露目はまた後日ということで。
ふ、ふふ、ふふふ……このリボンを存分に堪能するためにも、バーテックスは皆すっぱり散らせてやるわ!
とか思っていたら、散ったのは我が身我が記憶だったというオチ。笑えないわ。
2度目の満開を終え、倒れた私。
消えてゆく意識の中で、ひとつ確信があった。
次に目覚めたとき……私は、鷲尾須美でなくなっている。
その前になんとか……そのっちのリボンの匂いを……!
なんとかリボンを握りしめ、言うことを聞かない震える手で顔の前までやっとこさ持ってきたというのに……
根性なしの私の意識は甘美なはずのそれを味わうことも無く、無様に散った。




「思い……出した!」

私はすぐさまリボンを髪から外し、鼻へと持って行く。
す~……は~……うん、太陽の匂いがする。こんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
なに丁寧に洗ってんのよ私!2年の間に完っ全にそのっちの匂いなんて消え去ってるわよド畜生がっ!!!!!
私の頬をとめどなく涙が流れていた……深く、悲しい、後悔の涙。
どうしてあの時、すぐに匂いを嗅いでおかなかったのか……きっといい匂いだったに違いないのに。
まあ、そのっちの目の前で嗅ぐ勇気はないが。

「と、東郷さん……泣いて……どうしたの?」
「ヒック……友奈ちゃん……ヒック……私、思い出したの……すべて……」
「あっ……」
「とても……悲しいことがあって……それを思い出してしまって……ごめんね友奈ちゃん」
「ううん。東郷さんが謝ることなんて……」
「友奈ちゃん……ごめんなさい。今日の勉強会、ここまででいいかな。私、会いに行かなくちゃいけない人がいるの」
「東郷さん……うん、もちろんだよ。行ってらっしゃい、東郷さん」
「ありがとう友奈ちゃん……行ってきます」

私はすぐさま家を飛び出した。
目指すは2年も待たせてしまった彼女のいる病院。
髪には、あの約束のリボンを結んで――。




「えっ!会えない!?どうしてですか!私は東郷美森、鷲尾須美!そのっちの親友です!」
「あなたが東郷様だから、ですよ」

彼女の病室の前に立っていた大赦仮面の男が、そう答えた。

「私が東郷だから……?いったいどういうことですか!?」
「園子様のご意向です」
「そのっちの……?」
「そうです。園子様が私に厳命されたのです。もし東郷様がいらっしゃっても、何かと理由をつけて追い返してほしいと」
「そんな……うそよ……」

そのっちが……私に会いたくない……?
やっぱり怒っているの……?私があなたを忘れてしまっていたことを。
もう友達じゃないっていうの……?2年もあなたを独りにしてしまった私のことは。
まさかバレてしまっていたの……?あなたのスパッツを盗んでいたことを……!

「本当です。園子様が讃州中学校にサプライズ転入して東郷様をビックリさせる計画が成功するまでは、園子様はお会いにはなられません!」
「…………えっ?」
「ですから、園子様の『わっしー☆サプライズ計画』が成功するまでは、園子様はあなたにだけはお会いになられないのです!」
「……あの、それって私に言っちゃいけないやつなんじゃ……?」
「…………あっ」
「…………」
「…………あの、忘れていただけますか?」
「……善処します」
「お願いします……すみません……」

私はとぼとぼと歩いて病院を出ると、友奈ちゃんの家に向かった。
チャイムを鳴らすと勢いのいい足音。これは友奈ちゃんの足音だ。

「はーい……あ、東郷さん!?もう帰ってきたの?まさか会えなかったとか……?」
「友奈ちゃん……私……」
「東郷さん……?」
「また記憶喪失になりたい……」
「ええっ!?」




それからの毎日は、そのっちのサプライズを今か今かと待ち受けるプレッシャーの日々だった。
国防仮面なんてヒーロー設定をノートにぎっしり書いてしまうほど、
何か別のことを考えていないと逸る気持ちを抑えきれなくなりそうだった。
もうすぐ、もうすぐ、そのっちに会えるんだ。
そして、その忍耐の日々にもようやく終わりが訪れた。
友奈ちゃんとの通学途中、黒い高級車が目の前にキキッと止まった。

「おぉ、なんだろう」
「大赦の印がついた車……?(棒)」

やっと……やっと会えるのね、そのっち。
ずっと待ってた……いや、待っていた期間はそのっちの方が全然長いよね。

「こんにちわ~、ふたりとも~」
「っ!?」

聞きなじみのある、間延びしたトーン。
きゃあああ!かわいい!声だけでも超かわいい!

「じゃじゃじゃ~ん。乃木さん家の園子です」

…………。

「今日から同じクラスだよ~よろしくね~」

…………はっ、あまりの可愛さに意識が飛んでしまう……そのっちあるあるね!

「そのっち……」
「どうしたの~ぼけっとして。へいへいわっしー、園子だよ~」

あぁんもう可愛い!そのっちにあえてもう一つ名前をつけるとしたら『天使』ね!

「驚いてる驚いてる~サプライズは成功~」

うん驚いたわそのっち。転入してくることは知ってたけど、あなたのキュートさに驚いてるわ!もうビックリ!

「わっしー、この制服似合ってるかな~?」

そのっちがくるりと回って讃州中の制服をたなびかせる。
でも制服よりもまず私を捉えたのは、ふわりと漂った、そのっちの髪の匂い。
あふん……これヤバい。理性が吹っ飛びそうだわ……あ、リボンの悔しさがまたこみ上げてきた……。

「うん、とてもよく似合ってるわよ」
「えへへ~、ありがとうわっしー」

照れてるそのっち、かわいい、超かわいい、激かわいい。
かわいいがゲシュタルト崩壊してきたわ……でもかわいいが止まらない。
もうCCBのロマンティックが止まらない以上に止まらない状態よ!

「わっしーも――」
「――ぁ」

興奮してた私だけど、すぐに冷静さを取り戻せた。
そのっちの次の言葉が、すぐに予想できたから。
だって、ずっと欲しかった言葉だったから。




『戦いが終わったらつけてみるわ。似合ってたら、褒めてね、そのっち』
『うん!』




「――リボン、似合ってるね。わっしー、かわいいよ」
「褒めてくれてありがとう、そのっち。やっと……戦いが終わったね」

この時、私とそのっちの“瀬戸大橋跡地の合戦”が終わったのだった。
















あっ……あとで鷲尾家の部屋に隠してあったそのっちのスパッツ、回収に行かなくちゃ。

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最終更新:2015年10月02日 22:40