H3・776

「――う~ん、う~ん、どうしよう……」

 放課後の勇者部部室にて、結城友奈はひとり、悩んでいた。
 テーブルに向かって腰かける彼女の目の前には、ぺらりと広げられた紙が一枚。
 薄い花柄をあしらったその便箋には、ただ一言。

 『私は、あなたの事が好きです。』

 とだけ書かれていた。
 「部室に来てみたら落ちてたから拾っちゃったけど……大変なものを見つけちゃったかも」
 困ったようにつぶやく友奈。それもそのはず、彼女が拾ってしまったものは、どこからどう見ても間違いなくラブレターである。
他人の手紙をのぞいてしまった、という罪悪感もちょっぴりあるにはあるが、それ以上に彼女を悩ませている事柄がある。それは、

 「……いったい、誰から誰にあてられたものなんだろう……?」

 という事だった。
 便箋には、表にも裏にも署名はなく、また宛先さえも書かれてはいなかった。おそらくは、書いた当人が勇気をふりしぼり、
直接相手に渡される想定だったのだろうが――だとすれば。
 「……勇者部の部室に落ちてたんだから……誰が書いたんだとしても……」
 その当人は、勇者部の中の誰か、という事だ。
 「い、いったい誰なのかな……」
 自然、友奈の頬がぽっ、と赤く染まってしまう。
 (……東郷さんや、夏凜ちゃんなのかな。風先輩……は、どっちかっていうと、受け取る方だよね、きっと。……もしも樹ちゃんなら、
  すっごく、すっごくがんばって書いたんだろうな……)
 手紙を手に取って眺めまわしながら、友奈はあれこれと想像してみる。どの情景の中でも、手紙を書いている子の顔は、恥ずかしそうな、
でもどこか幸せそうな笑顔を浮かべていた。
 「……いいなあ。手書きの言葉で思いを伝えるなんて、ステキな事だよね。……私だったら、たとえば、好きな押し花を一緒に入れたりして……」
 ぽわわん、と夢見るような表情で、友奈がひとりつぶやいた時。

 「――お待たせ、友奈ちゃん」

 がらっ、と部室のドアを開けて、東郷美森がやってきた。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「ととっ、東郷さん!?」

 戸を開けた東郷の前で、机に向かって何やらつぶやいていた友奈は突然わたわたとあわてた様子を見せ、手に持っていた何かを
ばん、と机に伏せた。
 「……? どうしたの、友奈ちゃん」
 「うっ、うううん! 何でもないよっ! 私、どこかおかしいかなっ!?」
 「い、いえ、別に……」
 顔を真っ赤にしてまで、むきになって反論してくる友奈をおかしく思いながらも、東郷は友奈と向かい合ってテーブルについた。
 「……先輩たちはまだ、来られていないのね。ホームルームが長引いてるのかしら?」
 「そっ、そそ、そう、かもね……」
 東郷の質問に生返事を返す友奈は依然、落ち着かない様子であり、ちらちらとテーブルに伏せた紙へと視線を送っている。
 (……なんだか、今日の友奈ちゃん、ヘンね……?)
 それをいぶかしんだ東郷が、「ねえ、友奈ちゃん――」と、声をかけようとした、その時。
 「ああっ! わっ、私、おトイレに忘れ物しちゃったっ! ごっ、ごめん、東郷さんっ! ちょっと、取ってくるっ!」
 突然がたん! と立ち上がった友奈は、何か、ガマンの限界を迎えているかのような表情で、ぎくしゃくとした動きのままで扉をがたがたと開けると
ばひゅん、と部室を駆け出して行ってしまった。
 「……いったい、どうしたのかしら……?」
 一人残されてしまった東郷は、ぽかんとした表情を浮かべてあっけにとられていたが、ふとテーブルの上に視線を移す。
 そこに残されているのは、先ほどまで友奈が妙に気にしていた一枚の紙だ。
 「原因は、これなのかしら……」
 どうにも気になって仕方ない東郷はその紙に手を伸ばし、取り上げてみる。離れてみる分にはわからなかったのだが、その
裏面には花柄模様があしらわれており、どうやら便箋のようだった。
 そして、机に伏せられていた表面をくるり、とひっくり返してみる。
 「……えっ……!?」
 そこに書かれていた、一言――

 『私は、あなたの事が好きです。』

 の文字に、東郷は激しく狼狽した。
 「こっ、ここっ、これ……! ゆっ、友奈ちゃんの……!?」
 思わずがたっ、と椅子から立ち上がった東郷は、手紙を持ったまま部室内をうろうろと歩きはじめた。
 「どっ、どうしましょう……! 思わずのぞいちゃったけれど、まさか、ラブレターだったなんて……! ああ、でもこの字……
  元気いっぱいのこの書き方は、間違いなく友奈ちゃんの字だわ……!」
 窃視の罪の意識にさいなまれ、思わずその場で頭をかかえてしまう東郷。だが、苦悩するうちに、東郷はさらにもう一つ、とんでもない
可能性へと思い至ってしまう。
 「も……もしかして……この手紙、って……!」
 きっ、となって窓の方をにらむ東郷。その表面にはうっすらと、驚愕の顔色を浮かべた自身の顔が映り込んでいた。

 「―――私あてに、書かれたもの……!?」

 東郷本人と、窓に映った鏡像の顔色が、みるみる真っ赤に染まっていく。
 「そ……そうよ……! だって、友奈ちゃんがこれほどまでに強く想っている男の子なんて、他に心当たりもないし……! それに、
  さっきの友奈ちゃんのあわてぶり………アレが渡そうとしていた相手、すなわち私自身に見られてしまったからだと考えれば、
  説明もつくもの……! で、でも、まさか……友奈ちゃんが私のことを……! ああっ、私はいったいどうすれば……!?」
 衝撃的な結論を導いてしまった東郷は、その場でぶんぶんと激しくかぶりを振って困惑する。
 しかし。
 「……ううん、悩んでいても、始まらないわ」
 やがて、ぴたりと動きを止めたかと思うと、静かにそうつぶやいた。
 「友奈ちゃんが、こうして自分の気持ちを伝えてくれたんだもの……私には、それをキチンと受け止めてあげて、それから――
  たとえ、どんな返事であっても――友奈ちゃんに、答えてあげる責任があるのよ!」
 ドキドキという胸の高鳴りがおさまらない中、東郷はぐっと拳をにぎり、前向きに決心を固めた。
 「待っててね、友奈ちゃん……私、ちゃんと自分の気持ちと、向き合うから――!」
 そうして友奈からの手紙を、とても大切そうに胸の前で優しく抱いた、その瞬間。

 「――ふぅ~、やっとホームルーム終わりましたぁ~」

 とことこと部室へやってきたのは、犬吠埼樹であった。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「ふぇっ!?」

 妙な声を上げたかと思うと、東郷がものすごい速さでばばっと樹の方を振り向いてきた。
 「ど、どうかしましたか、東郷先輩……? みなさん、まだ来てないんですか?」
 「あっ、いっ、樹ちゃん……だったのね。な、何でもないのよ、うふふ」
 「はあ……」
 ぽかん、としたままテーブルについた樹に対して、東郷はなんだかぎっこん、ばっこんという不自然な動きでキッチンの方へと向かってゆく。
 「そ、そうだわ! お茶でも飲んで、待ってましょうか? ……ゆ、友奈ちゃんは、ちょっとだけ席を外しているから、すぐに
  戻ってくると思うわ」
 「そうなんですか。……お姉ちゃんの方は、さっき、同じクラスの人と廊下ですれ違ったので、もうすぐ来ると思います」
 「あ、あらそうなの……って、あら?」
 樹の言葉にどこか上の空で返事をしつつ、お茶の準備をしようとしていた東郷が何かに気づいてはたと手を止め、戸棚やシンクの
下の物入れをがさごそと探し始めた。
 「東郷先輩、どうしたんですか?」
 「……大変、お茶の葉っぱをきらしちゃってるみたい。取り置きがないか、家庭の先生に相談してくるわね」
 そう言いおいて、東郷はそそくさと急ぎ足で部室を出ていこうとする。
 が、キッチンのそばの棚の上に、何やら一枚の紙を置き忘れているのに樹は気付き、東郷にその事を知らせようとした。
 「あ、東郷先輩、何か忘れ物を……」
 だが、声をかけるタイミングが遅かったのか、あるいは樹の言葉がその耳に届いていないのか、東郷はそのまま部室を後にして
しまった。
 「行っちゃった……どうしよう、これ」
 後に残されてしまった樹は、忘れ物を手に途方に暮れる。とりあえず、いったい何の紙なのかを確認しようとして、樹はきれいに
おりたたまれたそれをかさかさと広げた。何の気なしに開いてみると、その内側には、

 『私は、あなたの事が好きです。』

 という一文だけが、書き記されていた。
 「―――え……?」
 その言葉の意味が理解できず、言葉さえ失ったまま、樹は立ち尽くす。
 (え……え、これって……『あなたの事が、好き』って……?)
 あなたの事が好き、あなたの事が好き。
 その言葉を何度も頭の中で反復する内、徐々に樹の鼓動がどきん、どきんと大きくなっていく。
 よく見れば、かわいらしい花柄の便箋に、多少かくばっているようにも見える、几帳面な文字。それらひとつひとつが、樹の心に、
ある一つの結論を導き出させる。
 (……ラ、ララ、ラブレター……!?)
 頭の中で唱えたその言葉に、樹の体温がぎゅーん、と急上昇する。
 そしてさらに思い起こされるのは、先ほどまでの東郷の態度。
 「……あんなに、東郷先輩らしくない動揺のしかたで、しかもあんな風にわざとらしく、わたしの目につくところに置いていくなんて……
  も、もしかしたら……」
 このラブレターは、東郷から自分へあてて書かれたものなのではないだろうか。
 「……ふぇぇっ!? そんな、まさか、東郷先輩がわたしなんかの事を……!?」
 あわてて首を振って、自分の思いつきを否定しようとする樹。だが、そのつもりになって考えてみれば、思い当たる節が全くないわけでも
ないのだった。
 「……確かに東郷先輩って、よく、わたしの事をほめてくれたり、励ましてくれたりしてた……あれももしかして、先輩なりの『好き』って
  気持ちの表れだったのかも……で、でも、もしも全部、わたしの勘違いだったら恥ずかしいし……」
 考えれば考えるほど、樹の思考はぐるぐると堂々巡りを起こしつつ、深みへとはまっていってしまう。
 「どうしよう……わたし、どうしたらいいんだろう……東郷先輩に、何て言ったら……」
 ついには手紙を手にしたまま、うう、と頭を抱え込む樹。と、その時。

 「――あれ? 樹、あんた一人だけ?」

 だるそうに鞄を肩にかけたまま、犬吠埼風が入ってきて、ぐるりと部室の中を見回した。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「うひゃあっ!?」

 その瞬間、樹がその場ですっとんきょうな声を出してとびあがった。その拍子に、何かの紙らしきものが樹の手から離れてしまい、
ひらひらと宙を舞う。
 「ななっ、何なに!? どしたの、樹?」
 あまりの大声につられて驚かされてしまった風が、一歩後ろへ下がって樹を見る。驚いて目を真ん丸に見開いたまま、樹は妙にへどもどした
しゃべり方で風に答えた。
 「おっ、お姉ちゃん……!? んーん、何でもない! 何でもないから……!」
 「あ、そ、そう……ねえ、他のみんなは? まだ来てないの? 友奈とか、東郷とか……」
 「とっ、東郷先輩……!」
 なぜだか東郷の名を出したとたん、樹の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。それを見た風が、樹に重ねて問いかけた。
 「ちょっと、樹……あんた、どっか調子悪いんじゃ……」
 「あっ、そっ、そうかも! 何か、体が熱っぽくて……ご、ゴメン、お姉ちゃん! ちょっと、外の風にあたってくるね!」
 「えっ、でも、もうすぐミーティング始めるけど……」
 「すぐ戻るからーっ!」
 と、言うや否や、樹は猛ダッシュでだだだ、と部室から出て行ってしまい、あとにただ一人残された風は、
 「……何なのかしら、あの子……」
 と、ただぽかんとするしかなかった。
 「……ん?」
 その時、かさり、とわずかな音がたったのに気付いた風は、ふと床を見る。
 そこには、ついさっきまで樹が持っていた、一枚の紙が落ちていた。便箋程度の大きさで、真ん中に何やら文字が書かれている。
 「まったく……ゴミなんか放ってっちゃって……捨てといてやるか」
 よいしょ、とそれを拾い上げ、念のために、と書いてある文章を読んでみる風。もしもゴミでないのなら、とりあえず預かっておいて、
あとで返すつもりだった。
 が。

 「……………!!」

 その、『私は、あなたの事が好きです。』という文章を目にした途端、そんな考えは頭の中から吹っ飛んで行ってしまった。
 「………」
 両手をぶるぶると震わせながら、風は何度も何度もその文面を凝視する。
 私は、あなたの事が好きです。
 私は、あなたの事が好きです。

 「―――ふふ……」

 やがて、風の口元がにまぁ、と形を変え、その隙間から、ぬふふ、という笑いがこぼれ落ちてきた。
 「……なーによ、もう、樹ってばぁ! こんなまわりくどい伝え方しなくったって、直接言ってくれたらいいのにー! ほんとにもー、
  あの子ったら恥ずかしがり屋なんだからぁ!」
 その場で手紙を持ったまま、くるくると小躍りし始める風。丸っこい、かわいらしい文字で書かれたその文章が間違いなく樹のものであると
確信し、ぎゅっと胸に押し付けて大喜びしている様子だ。
 「ふっふっふ~、そりゃそうよね~。がんばってがんばってラブレターを書き上げた所に、渡そうと思ってた本人が来ちゃったんだもの。
  そりゃあ恥ずかしくって逃げ出したくもなっちゃうわよね~! でも大丈夫! おねーちゃん、樹の気持ち、バッチリ受け取ったからね!」
 ちゅっ、と手紙にキスをして、ふんふんと楽しげに鼻歌を歌いつつ、気分はすっかり有頂天。そんな風に向けて、

 「……何やってんの?」

 と、呆れたような声で尋ねたのは、ようやく部室へやってきた三好夏凜だった。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「おぉう、夏凜! ちょうどいい所に来たわ、コレ! コレ見てみて!」

 両手を広げてその場でコマのようにきりきりと回転し続けていた風がぴたっと動きを止め、びしっと何かを夏凜に向けて突きつけてくる。
 「はあ……」
 経験上、風が底抜けに浮かれている時というのはたいてい面倒事が起きるものだと感じつつ、夏凜はおそるおそるそれを受け取った。
花柄模様の、かわいい便箋だ。
 「何なのよ、これ」
 「何ってぇ、見ればわかるっしょ? ラブレターよ、ラブレター!」
 「ええっ!?」
 なにげなく聞いたつもりの夏凜に対して、風が放った返答は予想を大きく超えたとんでもないものであった。震える手で折りたたまれた
手紙を開いてみれば確かに、『私は、あなたの事が好きです。』という一文が記されているではないか。
 「どう、どうどう? どう思う!?」
 「ど、どど、どうって……」
 ずずい、と迫ってきながら意見を求める風に対して、夏凜はぼっ、と顔を真っ赤に火照らせつつ、返事に困ってしまう。
 「いやー、まったくあたしも、こんな日が来るなんて夢にも思ってなかったわ。今日はホント、人生最高の一日ね!」
 喜びを隠そうともしない満面の笑みの風を見て、夏凜はますます動揺の度合いを深めていく。
 「こ、これ、いったい何のつもりで……」
 「そんなの決まってるじゃない。好きだってことよ」
 「すっ……!」
 風の口からあっけらかんと、直接その言葉が出てきてしまった事で、夏凜はもう、風と目も合わせられなくなってしまった。
 「あっと、そーいやミーティング用の資料、コピーしてないや。パパッとやってきちゃうから、ちょっと待っててね」
 そういって風は、かろやかな足取りで部室から立ち去ってしまう。その間も夏凜は、まったく同じ姿勢で固まったまま、その場にたたずんでいた。
 (……ラブレター? ラブレターって言ったわよね、あいつ……!)
 手紙に目を落としつつも、頭の中では、風が残した言葉がぐるぐると渦まき続けている。この、どこか大ざっぱで、女子力の感じられない文字は
確かに風のものだろう。何より、風自身から手渡されたものなのだから、疑う余地などどこにもない。
 (あいつ、好きって言った……私のこと、す、好き、って……!)
 生まれて初めて、誰かに告白された。
 その衝撃に耐えきれず、夏凜の思考は完全に停止してしまっており、これから自分がどうすればいいのかなどと考える事すらできない。
 どれくらいの時間が経ったのか、時間の感覚がすっかりなくなってしまった夏凜の背後から、やがて、

 「夏凜ちゃん? どうかしたの?」

 と、気遣うように声をかけてきたのは、気持ちを落ち着かせて戻ってきた友奈だった。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「どぅうえぇえっ!?」

 この世のものとは思えないような悲鳴を上げて、夏凜がさっと背中に手を引っ込めるのを見て、友奈はびっくりしてしまう。
 「あっ、なっ、何よ、友奈! 何か用!?」
 「え、いや、用とかじゃあないんだけど……」
 「だだ、だったら黙って入ってきなさいよね! ふ、ふ、風のヤツなら、なんか、どっか行っちゃったから、もうちょっと待ってれば戻ってくるわよ!」
 そう言ってずかずかとテーブルへと近づき、どすんと腰を下ろして憮然としている夏凜。
 (……何か、あったのかな、夏凜ちゃん……あれ?)
 おかしな夏凜の様子に疑問を抱いていた友奈だったが、制服のポケットからちらり、とのぞいている物に気づいて、よく目をこらす。
 (………あっ!)
 表面に花柄の浮いたそれはまぎれもなく、つい先刻、友奈が部室で拾い上げたラブレターの便箋だった。
 「夏凜ちゃん、それ……」
 思わず言葉に出して、夏凜に声をかけようとする友奈。しかし、
 「……! だぁぁっ! こ、これは……!」
 指された友奈の指と視線に気づいた夏凜が、大声でごまかしながら、ポケットからはみ出していたそれをぐいぐいと乱暴に押し込む。
 「こ、こんなのは、別に何でもないわよ……!」
 「で、でもそれって多分、ラ、ラブ……」
 「ちっがーう!」
 両手を大きく振ってムキになって否定する夏凜に対し、友奈はそれ以上何も言えなくなってしまった。がしかし、心の中では
 (あれ、夏凛ちゃんが書いたものだったんだ……)
 と、そっと納得していた。思い返してみれば、あの……とにかく、なんとなく夏凜っぽい筆跡も、それを裏付けている。
 (夏凜ちゃん、誰か好きな人がいるんだね……でも、いったい誰に渡そうとしてたのかな? それにどうして、部室に落としたり……)
 そこまで考えたところで、友奈はふと、ひとつの可能性に思い当たる。
 (……夏凜ちゃんなら、私がいつも部室に一番のりでやってくるのは、当然知ってる……そこに、あんな風に手紙を落としたりすれば、
  私はもちろん拾うに決まっていて……も、もしかして……!)

 まさか。
 まさか、まさか。
 夏凜が手紙を見せたかった相手というのは。

 (………私………!?)

 その時。

 「お、友奈も来たか! これで全員集まったわねー」

 扉をがらっと開けて、資料のコピーを小脇に抱えた風が戻ってきて、底抜けに明るい声を響き渡らせた。
 「ふ、風先輩……!」
 驚きながらもくるっと振り返る友奈。そこには風だけでなく、今しがた目の前の廊下でちょうど鉢合わせたらしき、東郷と樹の姿もあった。
 「お、お待たせ、友奈ちゃん……」
 「どうも……」
 二人とも、何故だか知らないが、妙にぎこちない笑顔を浮かべている。
 「さてさて、そんじゃようやく、ミーティング、始めましょっか! ほら、席ついてー」
 ひとり上機嫌な風ががた、と椅子を引き、さっさと定位置に座ると、他の4人もしゃちこばった動作でそれぞれの席へと腰を下ろす。

 (――そっ、そんな、まさか、夏凜ちゃんが、私の事を……!?)
 たった今気づいたばかりの事実に、打ちのめされたままの友奈。

 (――今日の部活動が終わるまでに、自分の気持ちをはっきりさせなくちゃ。そして、友奈ちゃんにちゃんと答えを……)
 前向きな決意を胸の内に秘めた東郷。

 (――東郷先輩………でも、わたしなんかじゃ、東郷先輩にはとても……)
 いまだ混迷を続ける思考から抜け出せないままの樹。

 (――あー、今夜はお赤飯でも作ろうかしら? あたしと樹にとって、大事な大事な記念日だもんね!)
 すでに頭の中に、樹との幸せな風景を咲き乱れさせている風。

 (――………………………)
 机にべったりと顔を伏せ、まったく他の4人に表情を見せる事の出来ない夏凜。



 ――こうして、勇者部史上、もっとも予測不可能のミーティングが。
 今ここに、幕を開けようとしていた。

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最終更新:2015年08月25日 23:55