H3・655

 あの後はみんなで朝ごはんを食べて、しばらくはゆっくりした。

2人の私が東郷さんにべったりで離れられないのは相変わらずだったけど、

そうやって東郷さんにくっついてたおかげでさっきよりはいくらか気が楽になってた。

皆でトランプしたり、おしゃべりしたりと、ごく普通のお泊り会みたいに遊んで

しばらくのんびりと過ごした後に、風先輩が皆に今日の分担を告げる。

「さて。今日の役割分担だけど、私と2人の友奈でまた露店を探そうと思うの。

 あとの3人は、鏡の方を調べて貰えないかしら。」

『わかった』

「了解しました。」

「東郷と樹はともかく、私も調べ物なのね……図書館でも行けば良いのかしら。

 まあ良いわ。引き受けたわよ。だから風。そっちの事は頼んだわよ。」

「任せなさい。それじゃ、行くわよ友奈。」

「はーい。」「いってきまーす。」

そうして、私たちは夏凜ちゃんの家を後にした。



「到着したけど……」

「今日も居ないね、おばあちゃん。」

予想してはいたけど、今日も例の露店は見当たらなかった。

「やっぱ駄目だったか。もしかしたらって期待はあったんだけどねぇ。

 ま、仕方ないわ。友奈、ちょうど良い機会だからちょっとお話しましょう?」

「え、でも」「もしかしたら近くでやってるかも」

「いいのいいの。どうせ時間はたっぷりあるんだから。

 せっかくの夏休み。ちょっとそこの公園でくつろぎましょ。」

風先輩がそう言うなら、それも良いのかな。

「わかりました。のんびりしましょっか。」

そう言って、風先輩に案内されるままについていった。



 到着したのは、公園の中にある小さな休憩所。

「へー、この公園の中にこんな所あったんですねー。」

「私、何度も来たことあるのに知りませんでした。」

公園の遊歩道からちょっと見えにくい所にあって、距離的には全然はなれてないのに

まるで隠れ家みたいな様相になってる。

「いやー、私も偶然見つけてさ。人も滅多に来ないみたいだから、話するのに良いかなって。

 でも念のため言うけど、夜とかはここに来ちゃ駄目よ?

 人の目とか無いからね。」

「はーいっ!」「わかりましたー!」

風先輩の注意に頷く。

「それでね、ここに連れてきたのには理由があるんだけど……」

そこまで言って、言い淀む。なんだか踏ん切りが付かないみたいに見える。

「風先輩?」「どうしたんですか?」

私の言葉に、風先輩はパシっと頬を叩いて気合を入れると、こう宣言した。

「友奈。ごめんなさい。私は今から、巨大なお節介を焼くわ。」

「お節介、ですか?」

「ええ。本当ならそんな事する気は無かった。

 けど、今朝みたいに、自分の気持ちもきちんと理解しないままで、ただ状況に翻弄されて傷つく友奈をもう見たくないから。

 単刀直入に聞くわ。あなた達は東郷の事をどう思ってるの?」

「どう、って……」

そんなのは決まってる。

「東郷さんは、私の大親友です。」

もう一人の私が答える。うん、その通りだ。

でも、風先輩はちょっと不満そうな顔。

「そうよね。そう答えるでしょうね。じゃあ友奈。もう1つ質問。

 あなた達が昨日から、東郷の事をムキになって取り合ってるのはどうして?」

「それは、東郷さんがもう1人の私に取られちゃう気がして、怖くて。」

「だから、もう1人の私よりも近くに居たくて。」

「そう。それじゃあ、なんで東郷に対してだけそんな気持ちになるの?

 他の部員に対してはいつも通りよね?」

それは、まるでさっき私たちがしてた会話の焼き直しみたい。

その時はここで考えるのをやめちゃったけど、今は風先輩の眼差しがそれを許さない。

でもやっぱり自分の中で答えが出なくて、黙りこんじゃう。

しばらくそうしてる私達を見て、風先輩はため息をついて、態度を豹変させた。

バカにするように、あざ笑うみたいにして言う。

「そっか。友奈にとって大切な友達は東郷ただ1人だったのね。

 だから他の子なんて、どうでも良いのよね?」

言葉の意味がしばらく飲み込めなかった。絶対にあり得ない事を言われたから。

ちょっと遅れてから、2人の私で揃って慌てて反論する。

「そんなわけ、ありません!」

「夏凜ちゃんも、樹ちゃんも、風先輩も、私に取っては大切な仲間で、友達です!」

でも、風先輩の態度は変わらない。なんだか酷薄な目だ。

「そっかそっか。東郷は友達じゃなくて大親友だったもんね。そりゃ、友奈も取られないよう頑張るわよね。

 で、それより下の私達は誰かに取られても良い相手だもんね?

 それでも友達として扱ってくれるなんて、友奈は優しいわね。」

「違います!そうじゃありません!」

「本当に、本当に皆大切な友達なんです!」

「ふーん。じゃあ、私達が友奈にとって大切な友達なら、東郷の方がそうじゃないのかしらね?

 あの子に対してだけ扱いが違うんだし。」

「東郷さんも当然、友達です!大親友です!」

そう言うと、風先輩は小さく口の端をつりあげた。まるで、聞きたいことはもう聞いたとでも言うように。

そうじゃないかとは思ったけど、さっきの態度は私達を煽るためだったみたい。でも、なんのために?

疑問に思う私を置いて、風先輩は話を続ける。

「そうなの。でも矛盾してるわよ友奈。

 私たちも大切な友達。東郷も大切な友達。なら、なんで東郷に対してだけああも違う反応になるのかしら。」

「それは、えっと」

「きっと、大親友だからで……」

「それともう一つ。なんで、私たちが東郷に近寄っても友奈はニコニコして居られるのかしら。

 取られちゃうんじゃないかって、不安に思わないの?」

「だって、そんなの。友達に、取るとか取らないとかないです。」

「友達同志、みんな仲良しが良いなんて、当たり前じゃないですか。」

それを聞いて、風先輩の笑みが深くなる。

「私は、独占欲が全くない友情なんてものは信じてないけどね。

 取る取らないは、友達同志でも普通にある話よ。

 だけど友奈はそう思ってるのよね?友達同志、みんな仲良しが良いって。」

「は、はい。」

「そう、思ってます。」

なんだか、自分が失言をし続けてるみたいな気分になるけど、正直に答える。

「そう……ならやっぱり、あなたにとって東郷は友達じゃない事になるわ。

 もう1人の自分が東郷を取るかもしれないって、こんなに怯えてるんだから。」

「それは、えっと。」

でも、そう言われても、私が東郷さんを好きなのは絶対の真実だ。

これが友情じゃないなんて、そんな事ない。だって、友情じゃなかったら――

「や、やだなあ風先輩ったら。恋愛話が好きなんですから。でも、そういうのじゃないですよー。」

「そ、そうそう!それに私も東郷さんも女の子ですよ?考え過ぎで……」

「私は、恋愛の話だなんて一言も言ってないけどね。

 友奈。本当は心の奥底では気付いてるんでしょう?自分の気持ちに。

 でなければ、そんな何かを怖がるような表情になるはずもない。」

自分では笑顔でしゃべってるつもりだったけど、そうじゃなかったみたい。

思わず自分の顔を触るけど、それだけじゃ自分がどんな顔をしてるのかは分からなかった。

「自分の気持ちをしっかりと自覚した上で、その気持ちを諦めるっていうのなら、別に良いの。

 それはあなたにとっても、東郷にとっても……果てしなく残酷な選択だけれど、

 その場合でもあなたならきっと、東郷の一番の友達としてずっと共に過ごせると思う。

 だけど、もし自分の気持ちに向き合わないまま、何の覚悟もせずに東郷と共に生きてしまったら、いつか後悔に押し潰される日が来る。

 もう一度だけ聞くわ。東郷は、あなたにとっての何?」

風先輩の言うとおり、本当は心のどこかでわかってたんだと思う。自分の気持ちが、純粋な友情じゃない事くらい。

その証拠に、自分の気持ちが恋だって考えても何の違和感も驚きも出てこない。自然と受け入れちゃってる。

でも、だからってどうすれば良いの。この気持ちが恋だとしても、私も東郷さんも女の子だ。

もしかしたら、気持ち悪いって思われちゃうかも。

そこまでいかなくとも、東郷さんに拒まれたら今まで通りの関係には戻れないと思う。それがすごく怖い。

それなら私は、気付かないままで良い。

うん、そうだ。嫌われるかもしれない気持ちなんて、気付かない方が良いよ。

東郷さんは友達。恋とかどうとかは、風先輩の勘違い。それだけの話なんだ。だからもう全部忘れちゃおう。

―――この気持ちを友情だと思いこんだままで居れば、きっといつまでも東郷さんと一緒に居られるんだから!

「私と、東郷さんは……」

その先を口にするのがなんだか怖くなって言い淀んだけど、すぐに2人の私は一緒に続きを口にした。

「「大親友です」」

それを聞いて、風先輩の顔に失望が広がる。

きっと今度は、演技じゃない。

「……そう。友奈がそれで良いなら、構わないわ。

 あなたは人間関係が絡んだ話になると、意外と臆病な子だものね。

 それじゃあ、私が先輩としてしてあげられる事は、もうたった1つだけしか無い。」

怒られるかなって思ったけど、風先輩は優しかった。その事にホッと安堵する。

これで、何もかも元通りになってくれるはず。

「それじゃ、ちょっと待っててね。電話するから。」

そう言って、私からちょっと距離を取って背中を向ける。

「犬吠埼です。例の件、進めさせて頂きます。ええ、はい。その話です。はい、問題ありません。」

なんだろう、事務的な電話。だけど、用件はすぐに済んだみたいで、すぐ端末をしまった。

「急になんの電話だったんですか?」

気になる。だって、話の流れからして私に関係ある事だ。

私の質問に対して、風先輩はなんでも無い事のように返事した。

「ん?ああこれ?友奈には関係ないわ。

 東郷の婚約についての話だから。」

……え?

風先輩は何を言ってるんだろう。

思わず頭が真っ白になって、言葉が出てこない。

そんな私をよそに、風先輩は言葉を続ける。

「前々からね、話は出てたのよ。

 なんでも東郷って、大赦の名家に関わる血筋だったらしいの。それに加えて、勇者としての大役も果たした。

 あの見た目も影響したんでしょうね。大赦から、そんな東郷と縁を結びたいっていう人が結構出たのよ。

 で、私はその窓口になってくれって頼まれてたの。一応これでも勇者のリーダーだからね。

 ああ、心配しないで良いわ。どの候補も、人柄も、外見も、経済力も文句無しってくらいの厳選をしてあるから。

 四国中を探してもこんな良い話は他に無いくらいよ?東郷もきっと幸せになれるわ。」

「な、なんで……」「なんで今、そんな事……」

「言ったでしょう?私からあなたにしてあげられる、たった1つのプレゼントよ。

 本当はね、今の今までは、あなたに遠慮してこの話は無かった事にしてもらうつもりだったの。

 でも良いわよね?あなたの気持ちは、どうやら私の思ってたようなものじゃなかったみたいだし。

 ……いつか遠い未来に後悔するくらいなら、今のうちに後悔してしまいなさい。」

そう喋る風先輩の声音はとても穏やかで、優しい。

けど、そんなプレゼントなんて頼んでない。嬉しいはずがない。

「今からでも間に合います!止めてください!」

「そうね、まだ止めようと思えば止められる話よ。

 でも止めない。止める理由も無い。」

「理由ならあります!だって、それで東郷さんが幸せになる保証なんて――」

「確かに保証は無いわね。でもそんな理由じゃ止めない。

 会ってみたら、すっかり意気投合して東郷がベタ惚れする可能性だってあるでしょ?

 逆に、東郷が気に入らなかったら断っても良いのよ。強制でもなんでもないんだから。

 ああ、でもそうね。東郷の背中を押すためにも『友奈も喜んでたくらいの良い話よ』とでも言おうかしら。」

私はカッとなって、気がつけば風先輩の端末を奪い取ろうとしてた。

通話履歴を見れば、連絡先だって分かるはず!

風先輩が止めてくれないのなら、相手の人に言って話を止めてもらわないと!

視界の端で、もう1人の私も動いたのが見えた。でも。

「私には友奈みたいな格闘術の心得は無いわ。

 だけど、いつか勇者として戦う時のための訓練は私だってやってきた。」

2人の私が一気に端末を奪いに行ったのに、風先輩はほんの少しの動きで私達の手を捌ききった。

びっくりして思わず声をあげる。

「「嘘っ!?」」

「嘘じゃない。ってか友奈、いくらなんでも頭に血が登りすぎよ。

 普段のあなたならともかく、そんな直情的な動きじゃ2人がかりでも――」

言葉の続きを待たずに、再び挑む。けど、やっぱり風先輩にあっさりと対処されちゃう。

「……はぁ。ねえ友奈。なんでそんなに必死になるの?

 あなたの"大親友"の幸せを願ってあげる気は無いの?」

「だ、だって!お見合い結婚なんて駄目です!」

「東郷さんもきっとそんなの望んで――」

「それは東郷が決める事よ。友達のあなたが口を挟んで良い事じゃない。」

「友達の幸せな未来を望んじゃいけないんですか!」

「相手の人だって、本当に東郷さんを好きなのかも分からないじゃないですか!」

言いながらも、再び端末を奪おうとする。けど届かない。

回避、防御、受け流し。様々な手段で守りに入ってる風先輩を崩せない。

「それも全て、縁談相手と東郷の間の事よ。部外者のあなたが心配する事じゃない。

 大丈夫、東郷は素敵な女の子だもの。会えばきっと相手もすっかり惚れちゃうわ。」

部外者。

東郷さんの婚約に、私は部外者なんだって。

「「ふざけないでっ!!」」

体に今まで以上に力が入る。これなら行けるかもしれない。

けど、そんな期待はあっさりと裏切らた。簡単に腕を取られる。

「うぐっ……!」

軽く地面に転がされた。けどあんまり痛みはないし、すぐに立ち上がれた。

こんな時でも怪我しないよう気を使ってくれてるのが分かって、それが尚更腹立たしい。

「安心しなさいな。

 きっと相手の人も、東郷の事を愛してくれる。

 友奈よりもね。」

「絶対そんな事ない!私の方が、ずっとずっと東郷さんの事を愛してる!」

「そんな血筋だとか、勇者だとかで東郷さんに気づいた人なんかには、絶対負けない!」

「そうね、友奈の東郷への友情は誰にだって負けないって、私もそう思うわ。

 でも、私は恋仲の話をしているのよ。」

「……私だってッ!私だってそうだよッ!!

 それが恋でもッ!!私の方が東郷さんの事を愛してるッッ!!!」

叫んで、端末に手を伸ばす。捌かれる。

「初めてその姿を見た時、なんて綺麗で儚げな女の子なんだろうって思った!!」

もう1人の私が後ろから回って動きを止めようとするけど、それも回避される。

「一緒に過ごすうち、その温かさに惹かれた!ひたむきさの虜になったっ!」

喋りながらも、端末を奪い取ろうと必死に動き続ける。

「いつも東郷さんの車椅子を押してあげられる事が、私の密かな自慢だった!!

 東郷さんと一緒に過ごす暖かな休日は、どんな疲れだって忘れさせてくれた!!」

もう、自分が喋ってるのか、もう1人の私が喋ってるのかすら分からない。

「東郷さんが笑うなら一緒に笑いあって!!

 東郷さんが悲しむなら、私がその悲しさを半分背負う!その上で笑顔にしてみせる!!

 その場所は絶対に譲らない!!誰が相手でも、絶対に!!」

風先輩も、全力で動き続ける私達2人から端末を守り続けるのは辛いんだろう。

一瞬、体勢が崩れた。もちろんそれを見逃すつもりなんて無い。

「東郷さんは、私の大好きな人は、誰にも渡さないッ!!!」

そして、端末に手が届く。

すぐさま、風先輩に奪い返される事を警戒して距離を取った。

そうやって離れた私と風先輩の間にもう1人の私が入って、私の持ってる端末を守ろうとする。

だけど風先輩はその場から動かず、ただ呆れたようにしているだけだった。

「……そういう事は、東郷本人に言ってあげなさいよ。」

とにかく、今は早く電話しないと。さっきの話は無かった事にしてくださいってお願いするんだ。

幸い、風先輩の端末にロックがかかってなかったから、通話履歴はすぐに参照できた。

「最後に電話した相手……これっ!」

すぐに発信。すると、相手はすぐに電話に出てくれた。

「もしもし!お電話失礼します!先ほどの話なんですけど……!」

「――をお伝えします。明日の天気は 曇り 時々 雨……」

「……………。」

天気予報だこれ。

念の為に発信時刻を確認するけど、さっき風先輩が電話をかけたのもこのくらいの時間だったはず。

そこまで確認した私は、ようやく全てを理解して完全に固まっちゃった。

「ど、どうしたの……?」

もう1人の私が、固まっちゃった私を見てすごく不安そうにしてる。

そんなもう1人の私の耳に、風先輩の端末を当ててあげると、

こっちの私の動きも止まっちゃった。

そのまましばらくしてから、一言。

「風先輩、これって……」

「やーねぇ。ちょっと考えれば分かるじゃない。

 東郷はまだ中学二年生よ?それに対して大赦のエリートが大挙して縁談を申し込むなんて、

 それじゃあただのロリコン集団じゃない。堂々とそんな話を申し込んでくるわけ無いし、あっても私が受けないわよ。

 友達だろうが後輩だろうが、大切に思ってる子に来た縁談に対して心配するのなんて当然の事だもの。

 その子に恋してなきゃ口を出しちゃいけないなんて、そんな理屈もあるわけ無い。

 それにそもそも、もし本当に東郷に縁談があったとして、その場合は私じゃなくて東郷の親に話が行くでしょ普通。」

「だ、騙したんですねっ!?」

「人聞きの悪い事言わなーい。試したって言ってちょうだい。

 それで、なんだったかしら。『東郷さんは誰にも渡さない!』とか……」

「「わー!わー!」」

2人して声を出して風先輩の言葉を遮る。

風先輩に完全に乗せられて、思いっきり本心を叫んじゃったのが恥ずかしい。

しばらくそうしていると、風先輩はからかうような表情をやめて、

私達を慈しむような優しい顔になって言う。

「ごめんなさい。友奈にひどい事、たくさん言ったわ。

 私にはこんな強引な方法しか思い浮かばなかったの。

 最初にも言った通り、これはただのお節介なのよ。

 でも、自分の気持ちも分からないままに振り回されるあなた達が見ていられなかった。

 友奈。あなたの中にある気持ちは、もうちゃんと分かったわよね?」

「「……はい。」」

あれだけ叫んでおいて、いまさら否定のしようも無い。素直に認める。

「……そう。

 無責任な事を言うけど、その気持ちをどうするのかは、これからのあなた達次第よ。

 私には何の保証もしてあげられない。」

そうだよね。私が恋心を認識したって、それで全部が解決したわけじゃないんだ。

これから私は、きちんとこの気持ちと向き合っていかなきゃいけない。

「でも、どんな道を選ぶにしても、行動するのは平行世界云々が解決した後にしなさい。

 どちらかの友奈にとって、この世界はあくまでも平行世界。もう1つの世界の東郷の目から見たら浮気よ?

 そうなるのが嫌なら、自制すること。

 今のあなたたちは、もう1人の自分に怯える必要なんか無いって事もちゃんと理解出来ているはず。

 あなた達が東郷を愛していくと言うのなら、その障害になるのは、自分自身なんかじゃないんだから。

 『東郷を取っちゃうかもしれない怖い何か』っていう漠然とした恐怖を、もう1人の自分に重ねる理由はもう無いの。

 だから、解決までは普通に過ごす事。今までみたいに必要以上に自分同志で揉めない事。良いわね?」

「「わかりましたっ。」」

「よろしい。じゃあ、そろそろ帰るわよ。なんだか疲れちゃったし。それとも、どこか寄り道でもする?」

「いえ、大丈夫です。」「遅くなったら心配させちゃうかもしれませんし。」

「そうね。それじゃ……帰りましょうか。」

「「はいっ。」」

私たちは夏凜ちゃんの家へと歩き出した。

来た時と今で、私の気持ち以外は何も変わってない。

それどころか、自分の気持ちを気付かされたせいで、これからの未来が余計に怖くなった気さえする。

でも、それでも、一歩前に進めたような気がして、ちょっぴり気分が晴れやかだ。

そんな事を考えながらしばらく歩いてたら、なんでもない雑談みたいに、風先輩が言った。

「そうそう、友奈の説得手段の1つとして、こんな話を用意してたんだけど。

 相手を思い浮かべて、その相手にキス……ちゅっ、って軽いのじゃなくて、舌を絡ませる奴ね?

 そんなキスをする自分を想像して、幸せな気持ちになったらそれが恋だっていう話があるのよ。」

「キス……?東郷さんと。舌を絡ませるような……」

そういうキスは、漫画で見たことがある。あれを東郷さんと私が……?

頭の中に東郷さんを描く。ちょっぴり顔を赤らめて、恥じらい顔の東郷さんだ。

そんな想像上の東郷さんの瑞々しい唇に向かって、私がゆっくりと唇を近づけて……

「「~~~っ!!??」」

顔が瞬間的にボンッって熱くなる。胸がドキドキする。

思わずもう1人の私に目を向けると、茹だったみたいに耳まで真っ赤になってる。

きっと今の私も、同じような色になってるんだろうな。

そんな私たちを見て、風先輩が遠い目をしてつぶやいた。

「あんな面倒な演技しなくても、これだけで一目瞭然だったんじゃない……」

そんな事言われても、知りません。


  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


 夏凜ちゃんの家に到着。

「「ただいまーっ!」」

「戻ったわよー。」

って、3人で元気に挨拶。

そうしたら、リビングから東郷さんが顔を出してくれた。

「おかえりなさい。友奈ちゃん。風先輩。」

「あら、東郷がお留守番なのね。」

「はい。誰か1人はお留守番してた方が良いだろうっていう事になって。

 私はもともと、ネットでの調べ物の方が得意ですから。

 夏凜ちゃんと樹ちゃんには図書館に行って貰ってます。」

「あー、合鍵でも受け取ってから出るべきだったかしらね。頭が回ってなかったわ。

 それで、東郷の方はあの鏡の事、何か分かった?」

「いえ、それが全く……見るからに大量生産品でメーカー名まで書いてる以上、

 生産しているメーカーに問い合わせるのも簡単だと思ったんですが、

 あの鏡のメーカーの存在すら確認出来ませんでした。」

「ふーん、それは変な話ねぇ……ちなみに、こっちも収穫なしよ。

 あとは残る2人の活躍に期待するしかないわね。」

「はい。ところで風先輩。さっきから友奈ちゃんの様子がなんだか……」

そう言って、東郷さんがはっきりと私たちの方を向く。

それだけで、また私の体温が上がっていくような錯覚がする。

本当は、さっき東郷さんがおかえりって言ってくれた時から、ずっと変だ。

自分の気持ちを認識しちゃったせいで、まともに東郷さんが見られない。

でも、駄目だ。この東郷さんは、私の知ってる東郷さんじゃない可能性だって半分くらいある。

だから、平行世界の問題が片付くまでは東郷さんを好きだって思っちゃいけない。浮気になっちゃうかもしれない。

そう分かってるつもりなんだけど、それでもドキドキは止まらない。だって外見も性格も東郷さんなんだもん。

その形の良い、柔らかそうな唇が目に入るだけで、さっきのキス妄想が頭をよぎって頭がクラクラする。

それだけじゃない。東郷さんの柔らかな手を見ただけでも、

その手をにぎる事をついつい想像しちゃう。そんな想像だけでも恥ずかしいし、緊張しちゃう。

昨日の私はよく一緒にお風呂なんて入れたなあ……今じゃきっと無理だよ。漫画みたいに鼻血とか出ちゃうかも。

そんな事を悶々と考えてたら、風先輩が取り繕ってくれた。

「ああ、これは……気にしないで良いわ。

 さすがに2人の仲違いが度を過ぎてきてたから、ちょっとお説教したのよ。

 しばらくの間は東郷と距離を取らせるけど、それも友奈のためよ。我慢して頂戴。」

「……そうなの?友奈ちゃん。」

東郷さんが上目遣いでこっちを見る。やめて。可愛すぎるから。

「う、うん。そうだよ。」

「ちょっと迷惑かけすぎちゃったかなって。」

2人でそう言うと、東郷さんは寂しそうにつぶやいた。

「そんな事、無いのに……」

私の頭の中がすっかりピンク色になってるせいか、そんな東郷さんの姿すら、

まるで私に恋してる女の子が距離を取られて寂しそうにしてるように見えちゃう。

駄目駄目。そういう勘違いした思考はよくないよ私。

ああでも、本当にそうだったらどんなに嬉しいか……

そんな葛藤をしてる私の事を、風先輩がすっごく呆れた目で見てる。

「はぁ。荒療治が過ぎたのかしら……友奈はしばらく駄目そうね。

 ああ、東郷は気にしないで。大丈夫、一休みしたら多分もとに戻ってると思うから。」



 風先輩の言う通り、さっきの過剰すぎるドキドキは一時的なものだったみたい。

夏凜ちゃんと樹ちゃんが調べ物から帰ってきて、皆でお茶して一息ついた頃にはもうだいぶ落ち着いてた。

よかった。さすがにあのままだと日常生活にも困っちゃう所だったよ。

その席で、風先輩は調査結果の話を振っている。

「私と友奈達の方も、東郷の方も、残念ながら空振りだったわ。

 そっちは何か収穫あった?」

そう聞かれると、夏凜ちゃんと樹ちゃんは顔を見合わせてコクリと頷き合う。

「ふふん、こっちはバッチリよ!……って、言いたい所なんだけどね。

 ちょっとどう役立てて良いか分からない情報が手に入ったわ。

 まず、この鏡を作ったメーカーなんだけどね、西暦の時代に日本の本州にあったみたいなのよ。」

「それってつまり……」

「この鏡って、300年以上昔のものなの?」

それはびっくり。だってこの鏡、まるで新品みたいなのに。

「そうなるわね。だから、メーカーにあたってみるなんて最初から無理だったの。

 本州はもう、ウィルスで壊滅してしまったもの。

 それでね、その事に関して樹が……ちょっと樹、さっき私に説明した時のページ見せて?」

樹ちゃんがパラパラ、とスケッチブックをめくって目当てのページを見つけると、

それを皆に見えるように置いた。

『付喪神、というものがあります。

 長い年月を経た道具には魂が宿り、妖怪変化となる。

 九十九神とも書きますね。その名の通り、100年くらい経った道具がなるものです。

 それを信じるなら、例の不思議な鏡はもう完全に妖怪になってると思います。

 いえ、300年ですから大妖怪と言えるかもしれません。

 新品同然に見えるのも、そのせいかと。』

「この鏡が、妖怪……」

そう思うと、なんだかちょっと怖いかもって思ったけど、

よく考えたら牛鬼や犬神みたいな精霊達だって妖怪だよね。そう考えると逆に可愛いかな?

「なるほど。確かに新情報ね。これをどう活かすべきかしら……」

『やっぱり、要らない情報だったかな』

「いいえ、樹ちゃん。そうとも限らないわ。

 それなら次は、そういう事に詳しい人に話を聞けば良いのよ。

 こういった霊的な現象の専門家……」

「となると、やっぱり大赦かしらねえ。

 昨日のメールの返事もまだ来てないし、あそこのメール担当ってどうなってるのかしら……

 まあ、鏡の方に関する進展はこれくらいかしらね。

 それで、もう一つ。どっちが平行世界の友奈かっていう話だけど。

 それに関しては友奈、今日は2人とも私の家に泊まりなさい。

 部屋は私の部屋を使って良いから、そこでじっくりと2人で話し合うの。

 2人の記憶が食い違う所があれば、それを頼りにどっちがどっちか分かるでしょ?」

「はーい」「お世話になりまーす」

それを見て、夏凜ちゃんが不思議そうにする。

「なんだか妙に素直ね。あれだけ喧嘩してたのに。」

「えへへ、ちょっとねー」「色々ありましてー」

「そ。まぁ、アンタはそうやって元気にしてるのが一番よ。

 今朝みたいなのは、友奈には似合わないわ。」

「今朝……って、もしかして夏凜ちゃん、起きて」

「……あっ。」

もしかしてと思って樹ちゃんの方を見ると、

樹ちゃんに思いっきり視線を逸らされた。

これは、もしかしなくても……私が泣いてたあの時、皆起きてたんだよね。

もう1人の私も、私が泣いてた事までわかってそうだし。

つまり、東郷さん以外にはバレちゃってるって事で……

恥ずかしさに顔がまた赤くなった。

不思議そうな顔できょとんとしてる東郷さんにバレてないのだけが救いだ。


  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


「「お邪魔しまーす!」」

その晩、2人の私は犬吠埼家にお世話になりに来た。

夏凜ちゃんは

「はぁ?行かないわよ。今日は1人でゆっくり眠るわ。」

って断って、東郷さんは

「ごめんなさい、私も連泊はちょっと難しいです。」

って断った。東郷さんが居ないのは普段なら寂しいけど、

今日ばかりはかえって良かったのかも。

東郷さんが居ると、私の意識がそっちにばかり行っちゃうもん。

「いらっしゃい、ってのも変ね。一緒にここまで来たんだし。」

『ゆっくりしていってください』

夏凜ちゃんの家は夏凜ちゃんの色しか無かったけど、こっちの家は普段から

風先輩と樹ちゃんが暮らしてるから、雑多な生活感があってなんだか家族って感じの空気を感じる。

特に何事もなく夕飯とお風呂を済ませると、風先輩が言った。

「それじゃ、今日は2人とも私の部屋で寝ると良いわ。

 眠るまで2人で思い出話でもして、相違点を探しててちょうだい。

 自分にしか話せないような事もあるでしょうし、自分同志で話せば気持ちの整理にもなるはずよ。」

「「はーいっ。」」

「夜中になったら、鏡の方は私と樹で調べておくわ。

 それじゃ樹、今日は久しぶりに姉妹で一緒に寝ましょっか!」

『えー、おねえちゃん寝相悪い』

「き、昨日夏凜と3人で寝た時は何一つ文句言わず嬉しそうにしてたのに……」

そんなやりとりをしてるけど、言葉と裏腹に樹ちゃんの顔は楽しそうだ。

風先輩も、多分それが分かってておどけてる。

『先に部屋掃除してくるから、お姉ちゃんはまっててね』

って、樹ちゃんはいそいそと自室に向かった。

「それじゃ、風先輩。お部屋をお借りしますね。」

「おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」



 それから、2人の私は風先輩のベッドで一緒に寝転びながら長い長いお話をした。

小学校の頃の思い出から始まって、東郷さんとの出会い、勇者部での日々、

そして、勇者としての戦いの始まりに至るまで。

けれど、ずいぶんと長く語ったのに、私ともう1人の私の記憶に相違点は見つからなかった。

だんだん2人で喋っているのか、自問自答しているのかあやふやになってくる。

しばらくそうやって2人で話し合っていると、自然と話題が東郷さんの事に偏ってきて、

そのうち、もう1人の私が切り出した。

「ねえ、私。あなたはこの状況が解決したら、東郷さんとどうしたい?」

「どう、って?」

「風先輩言ってたよね。諦めても良いって。

 自分の気持ちを押し殺して、友達として生きても良いって。」

「うん……それも、きっと1つの道なんだと思う。

 でも、そんなのやだ。だって、気付かされちゃったから。

 いつか東郷さんに好きな人が出来ちゃうかもしれないって思いながら、

 それを承知で何もしないまま隣に居続けるなんて、きっと私には地獄だもん。」

「でも自分の気持ちに素直になったら、もっと悲しい事になるかもしれないよ?

 東郷さんに嫌われちゃうかも。朝起こしてくれる事も、勉強を教えてくれる事もなくなって、

 ただ家が近くで学校が同じだけの知り合いって関係になっちゃうかも。」

「もし東郷さんが嫌がったなら、必死に謝る。

 私の全身全霊を賭けて、東郷さんとまた仲良くなってみせる。

 ……それでも、今の関係には戻れないかもしれないけど。」

「怖くないの?」

「あなたも知ってる通りだよ。怖い。すっごく怖い。

 本当を言うとね。こんなに怖い思いをするくらいなら、

 自分の気持ちなんて気づかなければ良かった、なんてちょっとだけ思ってる。」

「そう、だよね。でも、その選択はきっと」

「うん、もっと怖い未来が待ってるかもしれないんだよね。

 いつか東郷さんが他の誰かに恋をして、その人と結ばれる日が来るかもしれない。

 それを私は、一番の友達としてすぐ隣で祝福するの。なんで悲しいかも分からないまま、心の中で泣きながら。」

「そんな未来、嫌だよね。

 自分の気持ちを自覚しないのも怖い。

 自分の気持ちを自覚して、その上で見なかった事にするのも怖い。

 自分の気持ちに正直になって、東郷さんに愛を伝えるのも怖い。」

「あはは、怖い事ばっかりだ。

 でも、しょうがないよね。きっと恋って、こういうものなんだと思う。」

「うん、しょうがないよね。

 だから、私たちは前に進むしかないんだ。」

「そうだね。告白するのは怖いけど、告白しないのはもっと怖いもん。」

そこまで語った所で、一息ついて天上を見上げる。

風先輩の言う通り、自分同士でおしゃべりした事でちょっと気持ちが整理された気がする。

「がんばろうね、そっちの私。

 あなたはあなたの世界で、私は私の世界で。

 東郷さんに気持ちを伝えよう。」

「そうだね。がんばろう、そっちの私も。

 でも、そのためにはまず、今の状況をどうにかしないと。」

「そうだね。

 ……今は私が居なくなって2日目の夜かぁ。みんな、心配してないと良いな。」

「うん……せめて連絡だけでも取れると良いんだけど。」

そんな事を言っても、私ももう1人の私も分かってる。

心配してないはずがないって。私の周りに居るのは、皆優しい人達だから。

気が急くけど、私が焦ってもどうにもならない。

深呼吸して心を落ち着ける。うん、だいじょうぶ。

明日になったらまた何かわかるかもしれない。そう信じて、今は眠るんだ。

「おやすみ、わたし。」

「うん、おやすみ。わたし。」

そう言葉をかわすと、眠気はすぐに訪れてくれた。


  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


 翌日、3日目の朝。私たち4人は風先輩の用意してくれた朝食を食べている。

「そう、それじゃ結局、どっちがどっちかはまだ分かってないのね。」

「すみません……」

「謝る事じゃないわよ。あなたのせいって事でもないんだから。」

「ありがとうございます。風先輩達は何かわかりましたか?」

そう聞くと、何故か樹ちゃんがビクっとしたけど、すぐに風先輩が答えてくれた。

「それが、この前と一緒だったのよ。樹の部屋で試したから、平行世界の樹が映っただけだったわ。」

『ごめんなさい』

「そんな、それこそ謝る事じゃないよ樹ちゃん!

 夜中まで私のために色々させちゃったんだし!」

実のところ、最悪の場合でも次の満月か新月になれば平行世界への扉は開くんだと思う。

そんなに長い間行方不明になってるわけにいかないだけで、手段自体はあるんだ。

だから、より深刻なのは私たち2人の区別がつかない事の方。本当に、何が違うんだろ?

「しっかし、そろそろ手詰まり感が出てきたわね。

 何か新しい手がかりでもあれば良いんだけど……」

そんな話をしていたら、風先輩の端末から着信音が鳴り響いた。

「何かしら……あら、大赦からだわ。何か分かったのかしら。」

そう言って大赦からのメールを開封する風先輩だけど、メールを読み進めるうちにその目が険しくなる。

「風先輩?」「何かあったんですか?」

「あ、ああ。ごめんなさい、ちょっと用事ができちゃったみたい。少し出かけてくるわ。

 友奈達はゆっくりしていってちょうだい。樹、家の事はお願いするわね?

 あ、友奈も樹も、別に家に居てって意味じゃないわよ?調べ物に行くなり遊びに行くなり任せるわ。」

そう言って風先輩は出て行っちゃった。



 突如ぽっかりと時間が空いちゃって、その時間の使い道に困る。

確かに手詰まりだし、気分転換に遊ぶのも良いと思うんだよね。夏休みだもん。

だけど、遊んでて良いのかな。もう1つの世界で、誰かが心配してるかもしれないのに。

「うーん、やることが思いつかないよ。」

「樹ちゃんは、どこか行きたい所とかある?付き合うよ?」

『私も、特には』

本当にどうしよう……また例の露店を探したり、もう1人の私と問答し続けたりするべきかな?

そんな風に悩んでたら、丁度いいタイミングで端末に連絡があった。

『おはようございます。』

東郷さんだ。画面越しの挨拶をされただけなのに、ほわっと心が暖かくなった。

私が2人居るけど、端末は1個しかないんだよね。

ちょっと前だったら、これだけでわたしともう1人が喧嘩になってたかも。危ない危ない。

『おはよう。』

夏凜ちゃんからも挨拶。私と樹ちゃんも挨拶を返したけど、風先輩の反応は無い。忙しいのかな。

『友奈ちゃん、そっちの進展はあった?』

『それが、全然なんだよー。風先輩も用事が出来てお出かけ中。どうしたら良いんだろ』

『あんま思いつめても良い事なんか無いわよ?』

『では、こんな時こそ護国の思想の大切さを知る事で心を見つめなおしましょう』

『え、えーっと。それはまたこんどの機会に。』

『そう?残念。』

今一緒にお勉強とかやったら、多分ずーっと東郷さんの横顔ばっかり見つめちゃうしね。

東郷さんに見とれて何一つ覚えてません!とか言ったら確実にお叱りモードだよ。

『別に何かするわけじゃなくても、適当に外をブラつくのも良いんじゃない?』

『でも夏凜さん、今日は天気が不安定みたいですよ』

それに反応して外に目をやると、確かに空がどんよりしてた。

お出かけしても、途中で雨に降られる事になっちゃいそう。

『あー……今見たらそうみたいね。』

普段ならとりあえず東郷さんの部屋で過ごすけど、

今の状況が解決しないうちは自粛しないとだ。本当はすっごく会いたいけど、色々とまずいし。

本当にどうしようかなぁ。



 結局、午前中はずっと犬吠埼家で樹ちゃんと過ごした。

お喋りは樹ちゃんが大変な事もあって、のんびりとテレビを見たり、漫画を読んだり。

お昼ごはんの時には、調理器具を使えないっていう樹ちゃんと、味見もできない私で途方に暮れたりもしたけど、

なんとか二人三脚……三人四脚?でお料理を完成させたりして、なんだか不思議と楽しかった。

そして、お昼過ぎ。私たちの端末に風先輩からの連絡が届いた。

『ごめんなさい。今から部室に来られるかしら。』

『行けるわよ。何か進展があったの?』

『いいえ、これは友奈の件とは関係なく、勇者としての連絡。』

なんだか、真面目な雰囲気だ。

『私も大丈夫だよ。』

『私は、時間は大丈夫なのですけれど』

って、東郷さん。普段の登下校はデイサービスと契約してあるけど、今はそうじゃないもんね。

『すぐに行くよ、東郷さん。東郷さんの後ろは私の定位置だもん』

『ありがとう、友奈ちゃん』

東郷さんを心配させないためにも、2人の私で仲良くしてるところを見せてあげないとね。



 そうと決まればさっそく準備してお出かけ。

今にも降り出しそうな天気だから、傘も忘れずに持っていく。

遠回りになるから、樹ちゃんには直接学校に向かってもらって、私は東郷さんの家へ。

「東郷さーん。お迎えに来たよー。」

「ありがとう友奈ちゃん。いつもありがとう。」

「このくらいなんでもないよ。ついでに、ちょっと私の家にも寄っていくね。」

さすがに数日続けて家を留守にしてるのに電話連絡しか入れないのもなんだから、

ジャンケンをしてもう1人の私に家に行ってもらった。ついでに洗濯物を出すのも頼んじゃったり。

2人分の私の洗濯物だから、お母さんに怒られてないと良いけど。

「ふふっ。友奈ちゃん、本当にもう1人と仲直りできたんだね。」

そんな私達を見て、東郷さんが嬉しそうにする。その朗らかな笑顔が、何よりも綺麗。

でも、今の私はそれを綺麗だと思っちゃいけない。浮気、ダメ、ゼッタイ。

なんだろう、生殺しってこういうのを言うのかな……

そうして2人の私は、東郷さんの車椅子を2人で一緒に押して歩いて行く。

左右の持ち手をそれぞれ持つなんて、普通の人がやったらきっと上手く進めないと思う。

でも、私たちは自分同士だから、反対側の相手の動きが手に取るように分かる。

まるで1人で押してる時みたいに、スムーズに車椅子が進む。

「友奈ちゃん、すごいっ!」

っていう東郷さんの言葉に照れたりしつつ、私たちは学校に向かって進んでいった。



 部室には、もう皆揃ってた。

風先輩が、皆を見渡して言う。

「これでみんな揃ったわね。」

「ええ。それで、勇者としての連絡事項ってのは何なのかしら?

 もうバーテックスは全部倒したはずよ?」

そう夏凜ちゃんが聞くと、風先輩は大赦からのメッセージを伝えてくれた。

バーテックスに生き残りが居ること。

そのためにもう一度勇者として戦わなければならない事。

勇者達に、新たな精霊が追加される事。

まとめるとその3つ。残念だけど、あの鏡については大赦もよく分かってないらしい。

申し訳無さそうにそれらの事を告げる風先輩だけど、ぜんぜん大丈夫だよ!

夏凜ちゃん、樹ちゃん、東郷さん、私。みんなで励まし合って士気を高める。

バーテックスなんて怖くない。いつでもかかって来い!って。

だけど。

「……って、あれ?もしかしてですけど……

 平行世界の私たちって、4人でバーテックスの生き残りと戦う事になるんじゃ!?」

だって、私が居ないんだから。

皆もその事を失念してたみたいで、一気に気まずい顔になった。

「ふん、私が居るんだもの。友奈1人が居ないくらい余裕に決まってるじゃない!」

って夏凜ちゃんが励ましてくれるけど、不安は完全には消えない。

「完成型勇者どうこうはともかく、戦力面ではそこまで心配しなくても良いと思うわ。

 夏凜以外の4人には、新しい精霊も追加されてるんだもの。」

そう言って、犬神の隣にもう一匹を出現させる風先輩。

「この子、鎌鼬っていうらしいんだけど、この子のおかげで新たな武器も増えるらしいの。

 友奈も自分の精霊を確認してみると良いわ。」

えーっと、私の新しい相棒の子は……火車?

「おーい、おいでー?」「こっちだよー。」

って2人の私が同時に声をかける。

すると火車は、出現だけはしてくれたけど、私達の前で困ったようにうろうろしだした。どうしたんだろ?

「もしかして、その子にもどっちの友奈ちゃんが自分の勇者なのか分からないんじゃないかな?」

「そっか。精霊でも分からないんだ……

 あれ?それじゃ私がこの端末で変身しようとしたらどうなるんだろう?」

「良い考えじゃない。もし片方が変身できなければ、その子が並行世界の友奈で確定よ。」

そんな話が降って湧いてきた。

そっか。神樹様のお力なら私たちの区別をつけるくらい簡単だよね!

「それじゃ、私からいくよー!」

って、まずはもう1人の私。ビシィッ!ってしっかりポーズもとって変身。

「あれ、なんか足にパーツが増えてます!これが私の新しい力……!」

「友奈ちゃん、凛々しい!」

「追加装備が脚甲って、なんだか地味ねぇ……」

なんて、皆が口々にもう1人の私の勇者服への感想を口にする。

変身、できるんだ。っていう事は、これで変身できなかったら私は……

用件は済んだので、もう1人の私はすぐに変身を解除した。

「それじゃ次、そっちの友奈はどう?変身できそう?」

そう言われてちょっと緊張しながら、端末の変身ボタンを押す。

神樹様の力が私のもとに集まって……

「何よ、2人とも変身出来るんじゃないのよ……」

夏凜ちゃんの言う通り、私も普通に変身できた。

これじゃ結局、どっちがどっちだかの参考にはならない。

「精霊にも区別が付かないという事は、2人の友奈ちゃんは魂に至るまで同一の存在という事なのかしら。」

って東郷さんが仮説を述べる。

そんなぁ。そんなの、どうやって区別したら良いのか想像もできないよ。

どっちが平行世界の私かなんて、どうしたらわかるんだろう……

途方に暮れながら辺りを見渡す。勇者全員が全部の精霊を出してるから、部室がちょっとした百鬼夜行だ。

そんな部室の様子を見ていると、私の目になんだか見慣れないものが見えた。

「……!?」

あれ?

あれってさっきからずっと居た?

なんで誰も何も言わないの!?

思わず目を何度か瞬く。けれどやっぱりソレはしっかり存在している。幻とか見間違えじゃない。

「ねえ、みんな。あれなんだけど……」

私はそういって、ソレの居る方向……夏凜ちゃんの後方を指さす。みんなの目がそっちの方向を向く。けど。

「……?どうかしたの?友奈。」

「友奈ちゃん?あっちに何かあるの?」

みんな、すぐに『何も変なものなんて無いじゃない』というような反応を返してくる。

もう1人の私ですら、

「どうしたの?さっきそこに何かあったの?」

って聞いてくる。

そうなるとやっぱり、あれは私以外の全員には見慣れたものなんだ。

そこまで理解した私は、決定的な情報を得ようと震える声で夏凜ちゃんに聞く。

「ねえ、ちょっと忘れちゃったんだけど……夏凜ちゃんの精霊ってなんて子だっけ?」

聞かれた夏凜ちゃんは、阿呆な子を見るみたいな目で私を見て、言った。

「今更何言ってるのよ。マロでしょ。忘れないでよ。」


  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


「つまり、友奈の居た並行世界って言うのは……」

「夏凜ちゃんの精霊が違う世界なのね。」

「私はなんだか納得行かないけどね……何よ義輝って。

 そんな人名そのものみたいな変わり種の精霊聞いた事無いわよ。

 だいたい、精霊が違うのに出来事がぜんぜん変わってないってどういう事なのよ。」

「変わり種っていうなら、マロもそうだと思うけどなぁ……」

あれから、私が何に驚いていたのか、どうして驚いたのかを皆に話した。

そう、私の知ってる夏凜ちゃんの精霊はいつもの武士らしい義輝なのに、

こっちの世界での夏凜ちゃんの精霊は、お公家さんみたいな姿をしたマロっていう精霊だったんだ。

それを聞いたもう1人の私も、

「そっかー。それは思い出話しても気付かないはずだよね。」

って、何度の頷きながら納得してる。

実際には、もっと細かく勇者としての戦いを振り返れば気付けたんだろうけど、

牛鬼や青坊主、犬神あたりの名前しか出なかったんだよね。そういう意味では惜しかったのかも。

全員の精霊が違ってれば……例えば、犬神じゃなくてフェンリルとか、木霊じゃなくてククノチとか、

そういう名前の付いてる世界だったらすぐわかったかもしれないのに。

厄介な問題が半分くらい解決に近づいたからか、みんなはなんだかホッとした空気になってる。

だけど私はそうもいかない。

だって、ここ数日の出来事は全部私のせいだって判明しちゃったんだから。

必死に取り合って東郷さんに迷惑かけて、夏凜ちゃんの家にお世話になって、樹ちゃんに色々教えてもらって。

風先輩に至ってはどれだけお世話になっただろう。

……こっちの勇者部の皆と私は、本当はつい数日前に出会ったばっかりって事になるのに。

そう思うと、謝罪の言葉が自然と口から出てくる。

「みんな!その、今までごめんなさ痛ぁッ!?」

ガバっと勢い良く下げて謝ろうとしたけど、その途中で、誰かの手のひらが私のおでこに飛んできた。

掌底を食らうような形になってびっくりして声が出ちゃったけど、実はそんなに痛くは無い。

「な、なにするの夏凜ちゃん……」

「アンタがなんだか変に責任感じてそうだったからね。

 まったく……あのね。私たちからしたら、どっちかの友奈が並行世界の子なんて事はずっと前から分かってる事なのよ。

 それなのに、どっちが平行世界の子なのか判明した途端に申し訳無さそうにされてもこっちが困るわ。

 アンタが意図してやった事でもないんだから、堂々としてなさい。」

「そうだよ友奈ちゃん。

 私たちは、友奈ちゃんに悲しい顔をして欲しくて手伝ってるんじゃない。

 友奈ちゃんを少しでも助けてあげたくて手伝ってるんだから。」

そう言ってくれる。勇者部のみんなは、やっぱりすごく優しい。

「……ありがとう、みんな……」

「あのねぇ。お礼を言うのはまだ早いわよ友奈。

 この後も、あなたが元の世界に戻る方法を探さないといけないんだから。」

確かにそうだ。まだ大きな問題が残ってるんだっけ。

最悪の場合、あと1ヶ月近く経って新月の日にならないと私は帰れない。

夏休みだから学校は大丈夫だけど、バーテックスが襲撃してくるかもしれないならそっちの方が問題だよ。

それに、両親にも、勇者部のみんなにも、長い間心配かけちゃう。

「そっちの方は、どうしようかしらねえ。

 頼りにしてた大赦も、そんな現象に関しては心当たりが無いって言うし。

 今度こそ手がかりがゼロになっちゃったわ。」

今朝に引き続き、またもや打つ手が無くなっちゃう。

しかも今度は、大赦からの連絡によって事態が打開出来るって希望もない。

私たちが皆で頭をうならせてると、いままでずっと静かに考えこんでた樹ちゃんが

意を決したように顔をあげた。

『あの』

『そっちに関しても、なんとかなるかもしれません』

言葉だけは気弱そうだけど、目を見る限りそんなに自信がないわけじゃないみたい。

「樹ちゃん、何かわかったの!?」

『いえ、何かがわかったわけじゃありません。

 でも、この子を見てください。』

そう言われて、私たちはみんなで樹ちゃんの手元に注目する。

そこにはなんだか、緑色のうねうねした……なんだろ。足かな?髪かな?

そんなのをたくさん生やして、鏡を背負った精霊が居た。

あれ?鏡の精霊?っていう事は……

「樹ちゃん!もしかしてその子も、平行世界に行ったり出来るの!?」

もしそうなら、今すぐにでも帰れる。

そんな期待をする私に、樹ちゃんは慌てて両手を体の前でぶんぶんしながら首を横に振った。

『ごめんなさい、違います』

『端末によると、この子の名前は雲外鏡。

 雲外鏡は鏡の妖怪とはいっても、そういった力を持っているわけではないんです。

 いえ、それどころか、伝承通りなら、何か特別な事をするような妖怪でさえありません。でも』

『でも、この子は付喪神の一種とも考えられてるんです。

 その歴史は江戸時代まで遡る程、古い付喪神。

 加えて、今はその身を神樹様のお力によって顕現させている。

 つまり、霊的な格は付喪神の中でも最上の中の最上。だから』

『だから、この子に頼めば、友奈さんの鏡も言うことを聞いてくれるかもしれません。

 新月に霊的な力が高まって平行世界への扉が開くなら、そのぶんの力をこの子が手助けする事も出来るかもしれません。』

「なんだか仮定だらけの話ね……

 でも、他に手も無い。頼んだわ樹。あとはあなただけが頼りよ。」



 早速樹ちゃんに例の鏡を渡して、平行世界に行けないか試してみる。

『おねがい雲外鏡。この子を、もう一つの世界へとつなげて』

って樹ちゃんがお願いすると、ふわふわと例の鏡の前に飛んでいったかと思ったら、

緑色の何かを伸ばして例の鏡をまさぐりだした。

うねうね、ぐにぐにって蠢いていて、私が頼んだのになんだかちょっと怖い。

「鏡同士のコミュニケーションって、もうちょっと神秘的なものだと思ってたわ……

 こう、ぱーっと光ったり。」

風先輩が言うけど、同感。

しばらくそんな感じでうねうねしてたけど、雲外鏡がパッと例の鏡から身を離した。

「……?

 何も起きないわね……」

って夏凜ちゃんが言うけど、確かに何も起こってない。

「いいえ、夏凜ちゃん。これを見て。」

って東郷さんが例の鏡を皆に向けると、そこには誰も居ない部室が映ってた。

「あっ、これって平行世界の?」

「確かにもう一つの世界に繋がってる。けど……」

って、もう1人の私が鏡をつんつん。向こう側に行けたりはしないみたい。

ちょっと便利になったけど、これでもダメかー。

見ると、樹ちゃんが雲外鏡と顔を向け合ってなんだか頷き合ってる。

何度か頷いたり首を振ったりしてから、樹ちゃんが皆の方を向く。

『ごめんなさい。この子の力でも、真夜中にならないとダメみたいです。

 平行世界を覗くだけならいくらでもできるけど、

 日付けの境界線じゃなければ異世界の扉を開く事は出来ないと。』

言ってる内容はすごく衝撃的だ。もう、全部の問題が解決したようなものだもん。

でも、私はついついそれよりも別の事の方が気になっちゃった。

「えと、樹ちゃん。雲外鏡の言ってる事がわかるの?」

精霊とお話できるなんて、聞いたことないよ。

牛鬼なんて、お話するどころか私の言う事すらぜんぜん聞いてくれない。

『いえ、なんとなくのニュアンスが分かるくらいです』

「その割にすっごい具体的なお話だったけど……

 でも、とにかく帰れるんだよね!?」

『はい。だからもう全部大丈夫です。

 今日の夜には友奈さんは自分の世界に帰れますよ。』

そこまで読んで、ようやく嬉しさが湧いてくる。

よかった。これでもう安心だ。バーテックスだってきっと今日すぐには来ないよね。

「よ、良かったぁ~……」

って、安心して体から力が抜けちゃう。

「良かったね、友奈ちゃん。」

って、東郷さんが頭を撫でてくれる。ああ、あったかいなぁ。

だけど、私がこの世界の人間じゃないって確定しちゃったから、

ますますもってこっちの東郷さんに好意を抱いちゃだめだ。気を引き締めないと。

「えへへ。東郷さん、今までずっとありがとうね。」

「ふふっ。友奈ちゃんのためだもの。このくらいなんでもないわ。」

「もう1人の私も、いろいろとごめんね。

 さんざん付きあわせちゃった。」

「ううん。最初はとっても不安だったけど、今ではあなたが来てくれて良かったって思ってる。

 あなたのおかげで、私は私の気持ちに向き合えたんだから。あなたも、そこは一緒だよね?

 だからきっと、これは良い出会いだったんだよ。」

「そっか……そうだよね!」

心配事が何もなくなって、気分はとっても晴れやか。

これで後は今夜を待って帰るだけだ。

けど、そんな中で夏凜ちゃんが言った。

「しっかし、平行世界に繋がったって言っても、誰も映ってないんじゃあんまり意味無いわねえ。

 あっちの世界の私たちの所には端末が戻ってきてないのかしら。」

そんな何気ない疑問。

そのくらい、大した違いじゃない。たぶん部員の誰かの家に集まってるんじゃないかな?って、そう思った。

だけど、それを聞いた風先輩と樹ちゃんの顔がほんの少しだけこわばる。

「風先輩?樹ちゃん?」

私が名前を呼ぶけど、2人は気まずそうにして顔を見合わせる。なんだか迷ってるみたい。

しばらくそうした後、決心したみたいに私の方を向いた。

『友奈さん、実は』

「いえ、樹。私が話すわ。

 実は、こっちの世界と向こうの世界の勇者部の行動の違いに関しては心当たりがあるの。

 友奈、昨日あなたたち2人には私の部屋で寝てもらったでしょう?

 だから、私と樹は樹の部屋でその鏡を通して平行世界を見た。

 そしたら、当たり前の事だけど樹が映ったのよ。深夜なのに夢中でパソコン弄ってて、

 『平行世界でも夜更かししてるのね……』って最初は思ったんだけど、なんだか表情が真剣でね。

 画面を覗きこんだら、勇者部のページを編集してたのよ。『行方不明の子を探しています』って、友奈の写真を載せてね。

 向こうで大事になってるって知ったら友奈が心配するかと思って黙ってたんだけど、今晩にも帰れるなら知っておかないと。」

「そんな、それじゃあ、みんなが今この場に集まってないのも……」

「ええ。今この時も友奈を探してるのかもしれない。」

「……!!

 ねえ、樹ちゃん!その子の力で今みんながどうしてるか分からないかな!」

思わず樹ちゃんの肩を掴んでゆさぶる。

ただ他の場所に集まってるだけなら良いけど、皆にそんなに心配かけてたら……

もし心配かけてたとしても、私は今日の夜までその心配を晴らす事が出来ないけど、

それでも知りたい。できることなら、他の場所で集まってるだけであって欲しい。

「落ち着きなさいっての!そんなに詰め寄ったら樹も返答できないでしょうが!」

って夏凜ちゃんに引き剥がされる。う、ごめんね樹ちゃん……

『ためしてみます。待っててください。』

そうしてから、樹ちゃんはまた雲外鏡と顔を見合わせてなんだか頷きあってる。

言ってる事がわかるとかどうとかじゃなくて、あれもうテレパシーか何かなのかな……

『できそうです。鏡を見ててください。』

慌てて鏡を覗きこむ。

最初はただ部室が映ってるだけだったけど、次第にその景色が滲んでいき、

その後また徐々に焦点があってくる。

再び映像が鮮明になった時、そこにはあっちの世界の東郷さんが映っていた。



――もう一つの世界の東郷視点

「探し人です!ご協力をお願いします!」

人通りのある繁華街の道中で、そう声を上げながら道行く人にビラを配る。

だけど、手にとってくれる人はあんまり居ない。

でも今の私にできそうな事はこれくらいしか思い浮かばないから、

必死に声をあげて、道行く人たちに協力を呼びかける。

友奈ちゃんが居なくなってしまったあの日から、私の世界は灰色のままだ。



 最初、友奈ちゃんを起こしに行った時は、「あれ?友奈ちゃん今日はもう起きたのかな?」って思った。

部屋が荒れてるわけでもないし、ただごく自然に目が覚めてベッドから出たようにしか見えなかったから。

次に、友奈ちゃんのご両親に確認を取った時、初めて心のなかに小さな不安が生まれた。

でも、それでもまだ小さな不安だった。「おトイレにでも言ってるのかな?」とか、

「夏休みだし、子どもたちと一緒にラジオ体操でもしてるのかな?」とか、平和な想像をしてた。

だけど、どれだけ時間が経っても友奈ちゃんは戻ってこなくて。どんどん不安は大きくなっていく。

勇者部の誰かの所に行ってるんじゃないかって、連絡を回しても。

学校の友だちの所に遊びに行ってるんじゃないかって、思いつくままに連絡を取っても。

友奈ちゃんの足跡は何一つとして見つからない。

その時にはもう、私の心は不安で張り裂けそうになってた。

友奈ちゃんを失うのが怖い。

あの暖かな笑顔と共に過ごしてきた私にとって、友奈ちゃんの居ない世界は寒々しすぎる。

あの暖かさを知る前だったら、耐えられた。

でも、私は知ってしまったんだ。友奈ちゃんと共に生きる暖かさを。

だから耐えられない。もう、友奈ちゃんの居ない世界なんて考えられない。

本当は、自分の足で走り回ってでも友奈ちゃんを探したい。四国全土を横断したって良い。

でも、私にはそれが出来ないから。誰かに助けを求めるしか出来ないから。

そんな私に、夏凜ちゃんは

「安心しなさい東郷。友奈は勇者なのよ?つまり、大赦にとっても大切な存在。

 大赦っていう、四国において最も力のある組織が全力で友奈の捜索にあたってくれるわ。

 だから……あなたは友奈の帰りを待っててあげなさい。そんな顔してたら友奈も責任感じちゃうもの。

 あなたがいつも通り待っている事が、きっと何よりもあの子にとっては嬉しい事だから。」

って、そう慰めてくれた。風先輩や樹ちゃんも、無理はしないでって言ってくれる。

でも、そうする事に私自身が耐えられない。

私の部屋は、友奈ちゃんとの思い出でいっぱいだ。

どこを見たって、友奈ちゃんの柔らかな声を思い出してしまう。

友奈ちゃんが私の髪をとかす、幸せな時間を思い出してしまう。

そんな空間で、いつも通りだなんて出来るわけがない。

友奈ちゃん、お腹すかせてないかな。私が居たら、友奈ちゃんのためにご飯を作ってあげるのに。

友奈ちゃん、怖い思いしてないかな。いつだって友奈ちゃんは私を守ってくれた。今度は私が守ってあげたいのに。

友奈ちゃん、怪我なんてしてないかな。私は入院生活にだって詳しいもの。色々と手伝ってあげられる。

そんな空想がどんどん頭を埋めていく。

ううん、時にはもっと酷い想像だってしちゃってた。

私みたいに事故にあって、記憶まで失ったんじゃないかとか。

酷い男の人達にさらわれて、乱暴されてるんじゃないかとか。

もしかすると、もうこの世には――

私は、いつも悪い事を考え過ぎちゃう癖があるから、考えれば考えるほど不安になっていく。

そんな時、いつもなら友奈ちゃんがそんな私を抱きしめて、心地よい熱で満たしてくれた。安心させてくれた。

でも、今はその友奈ちゃんは居ない。

だから、その不安に急かされるようにして、私は必死にビラを配っている。

友奈ちゃんのために、何か少しでも助けになれるんじゃないかって思いながら。

私はネットの方が得意だけど、声の出ない樹ちゃんにやらせるわけにもいかないから、そっちを樹ちゃんに担当して貰ってる。

「お願いします!探し人です!ご協力を――」

だけど、そのビラもあんまり受け取ってくれる人は居ない。

私は車椅子だから、道行く人に歩きよって受け取ってもらうのには距離的な限界がある。

自然と、ある程度近くを歩く人だけが対象になる。

ここよりもっと人通りの激しい所は風先輩が受け持ってくれたのに、

それにも関わらず自分の担当が十全にこなせていない。その事に歯噛みする。



 そんな時、ポツリ、と頬に水滴があたった。

「雨……?」

そういえば、そんな予報だった気がする。今日は曇り時々雨だったか。

最初はポツポツだった雨も次第に強くなっていき、そのうち結構な雨脚になった。

「折り畳み傘、持ってて良かった。」

折りたたみ傘を展開して、しっかりとビラを保護する。うん、これなら濡れないよね。

けれど、ビラ配りはますます大変になった。

みんな傘をさしてるから受け取ってくれにくいし、私も傘でビラを守りながらだから配るのにも難儀する。

「お願いします!探し人にご協――きゃっ!?」

風も強くなってきていて、ついビラが風に煽られて、けれども完全には飛ばずに足元に転がる。

私はあわてて、車椅子から身を乗り出してビラを集めにかかる。

すぐに集めないと、この雨でビラが駄目になっちゃうから。

……本当は、ビラなんて刷り直せば良いってちゃんと分かってる。

私が足元の物を拾い集めようと思ったら、這いつくばるしかない。そこから車椅子に戻るのだって大変だ。

何もそんな事しなくたって、また刷り直してもう一度ここに来れば良いんだ。

ビラがたくさんのゴミになっちゃうけど、それは掃除すれば良い。

でも、頭はそう考えたのに、体が勝手に動く。

地に落ちたビラが雨に濡らされるたび、友奈ちゃんが遠くなっていくような気がして。

私が何か失敗をする度に、友奈ちゃんにまた会える可能性が減っていくような気がして。

友奈ちゃんの写真の印刷されたビラが雨に濡れるたび、友奈ちゃんの顔が涙で濡れてるような錯覚を起こす。

そんな事は無いはずだけれど、そう思ってしまうのだから仕方ない。

けど、そうやって這いつくばってビラを集めている最中も、道行く人達によってビラは踏みつけられていく。

友奈ちゃんの写真が踏みつけられていく。

別に通行人の人に悪意があるわけじゃない。ビラは結構広く散っちゃってるし、みんな突然の雨で急いでるだけだ。

むしろ、普通に考えたら人通りの多い道をこんなにしちゃった私の方が悪いだろう。

だけど、その光景を見て、心の中の何かが折れてしまった。

地面に這いつくばったまま、涙を流す。

「うぅっ……うぇぇぇ……ゆうな、ちゃん……」

私は何をやってるんだろう。友奈ちゃんのためにビラを配るっていう簡単な事も出来ず、こんな所で一人で泣いて。

「――東郷っ!?何やってんのあんたは!!」

「あ、風先輩……」

「雨が降ったから心配になって来てみれば……無茶しないようにって言ったでしょう!」

「でも、ビラが……」

「ビラは私がどうにかしておくから、アンタはまずそのびしょ濡れの体をどうにかしなさい!」

そう言って、色々と世話をやいてくれる。

結局、私がやった事は何の役にも立たなかったのかな。

心の中が、更なる失望に染まる。

私には、なんにも出来ないのかな。もう、友奈ちゃんに会えないのかな。

……神樹様、お願いします。私ならなんでもします。だから。

だから、友奈ちゃんに、もう一度会わせてください。

今の私に出来る事は、もう、祈りを捧げる事くらいしか残ってなかった。



――友奈視点

「なに、これ……」

鏡の中には、必死になって通行人に声をかける東郷さんの姿が映ってた。

配ってる紙には、私の写真が映ってたと思う。だから、あれは私のためなんだろう。

あんなに必死で、辛そうな東郷さん、見たことない。

そんな顔をさせちゃったのも、私のせいなんだ。

そして、最後には――

「声は聞こえなかったけど、東郷さん、泣いてた……」

泣いてた、じゃない。"私が泣かせた"んだ。

「私は……私は馬鹿だよっ!!」

気持ちのやり場がなくて、つい部室の壁をバンッって叩く。

そんな事しちゃ駄目だって分かってるけど、止まらなかった。

「『心配してないと良いけど』なんて甘い事考えてた!

 東郷さんは、こんなになって私の事を探してくれてたのに!」

感情のまま、喚き散らす。そんな事したって、どうにもならないのに。

「落ち着きなさい友奈。あなたはずっと帰る手段を探してた。

 あなたがどんなにあっちの事を不安に思ってても、何かが変わったわけじゃない。

 もしあなたが今までその事ばっかり気にしてるようだったら、今度はこっちが困ってたわ。」

「そうそう。だいたい、どんなに無理して頑張っても、今日の夜までは結局帰れなかったと思うわよ?

 あなたに責められるような事なんて無いんだから、しゃきっとしなさいっての。」

「でも、私に……私に、あそこに帰って東郷さんの友達みたいな顔する資格なんて……」

パンッ!!

そこまで喋った所で、突如頬を叩かれた。

ビンタじゃなくて、両手で頬を挟み込んでる。気合を入れる時にやるアレだ。

「資格とかどうとか、そんなの無いよ。」

そう言うのは、もう一人の私だった。

「ごめんね。私がズルいのは分かってる。

 あなたと私は今の今までずっと同じ事を考えて、同じ事をしてきた。

 だから、あなたが自分を責めている時に、他人事みたいにそれを否定して良い立場じゃない。

 何かが1つ食い違ってたら、そうやって嘆いてるのだって私だったのかもしれない。」

私の目をしっかりと見据えたまま、そう言う。

「だけど、それでも。口を出すよ。

 半分は自分自身の事だけど、半分くらいは他人事でもあるから、こんな事も言えるんだ。

 ……資格だとかなんだとか、決めるのはあなたじゃない。

 東郷さんを泣かせたのがあなただとしたら……

 東郷さんの悲しみを止められるのもあなただけなんだから。」

風先輩と争ってる時、確かそんな事を口にした、ような――

「東郷さんを誰よりも愛してるって、そう言ったよね。

 東郷さんが泣いてたら、その涙を止めてみせるって。

 ……だったら、自責の念なんかで潰れないで。あなたがするべきはそんな事じゃない。

 そんな事で悩んだって、誰一人幸せにならない。あなたの自己満足にしかならない。」

「で、でも……」

「でもも何もない!

 これから先、一生愛し抜くって、誰にも譲らないって、私たちは誓ったはずだよ。

 そう誓ったんだから……あっちの世界の東郷さんを幸せにしてみせてよ!

 あの東郷さんの悲しみを癒せるのはあなただけなんだから!

 私達が東郷さんから離れるのは、東郷さん本人に拒まれた時だけで良い!」

そう必死に私の事を説得する、もう1人の私。

それを見て、少しだけ落ち着く。

……そっか。きっと私も、立場が逆だったらこの子と同じような事を言ったはずだよね。

岡目八目って言うのかな。自分の事でも、外側から見た方が助言を出来るのかもしれない。

「ごめんね、ありがとう。私。

 ……そうだよ。うだうだ言う前に、私にはやるべき事があったんだ。」

そう言うと、風先輩がささっと寄ってきて私の腕を掴んだ。

「あー……真面目なやりとりしてる所に悪いんだけど、平行世界の友奈はちょっとこっち来なさい。」

「え?どうして……」

「良いから来る。あんたがこの部屋に居たまんまだと、そっちの未来に何か悪影響があるのかもしれないのよ。」

「???」

風先輩の言ってる事は良くわからないけど、腕を引っ張られるまま、私は廊下へと連れだされるのだった。



――夏凜視点

「私も、この空間に居たくないんだけど……逃げそこねたわ。」

『同感です。極力存在感消してましょう。』

そんなふうに、ヒソヒソ喋りの私と無音の樹でやりとりをする。

部屋の反対側では、友奈と東郷が顔を真っ赤にして見つめ合ってる。

「そ、その、友奈ちゃん。さっきの話……」

「え、ええとね!?その、あれは……」

友奈は本人の前であれだけ愛してるだのなんだの言って何を躊躇してるのやら。

「はぁ、全く面倒くさい連中よね。」

『そうですか?』

「そうでしょうよ。だいたい、向こうの東郷だってオーバーなのよ。

 友奈は現役勇者よ?東郷がわざわざ探さなくても、大赦がしっかり捜索してるに決まってるじゃない。

 それを無茶して自分で探そうなんてするから、結局余計な心配を周りに増やしただけじゃないの。」

『そんな夏凜さんに見せたいものが』

「ん?何よ。」

そういって樹が取り出したのは、例の平行世界が映ってる鏡だ。

「また向こうで何かあったの?」

そう言って覗き込むと、そこには雨が降る中、必死な顔で自転車を走らせる私が映ってた。

しばらく見てみたけど、どうやら声をあげながら転落したら危なそうな場所とか

うっかり事故に繋がりそうな場所を訪れて回ってるみたい。

『これ口の動きを見る限り、ゆうな、って言ってますよね』

私は読唇術なんて出来ないけど、そうだろうってのは分かる。

つまり、向こうの私は……1人で地道に捜索してるんだろう。

これじゃ東郷の事をどうこう言えない。というか私の方が馬鹿っぽいじゃない!

「樹……この事は皆には黙っててくれるかしら。」

『はい』

私が頼むと、樹が気軽にそう返事してくれた。変な所で素直な子だ。

ふと部屋の反対側を見ると、友奈と東郷がなんだか語り合ってる。

今は平行世界の問題がまだ残ってるから、その時まで待っててとか。

いつか東郷さんの目をみて、しっかり自分の気持ちを伝えるから、

その時まで返事はしないでとか、そんな感じの話だ。

「はぁ、誰も彼もが面倒くさい考え方するわよね……

 東郷の返事なんて、聞かなくてももう分かってるようなもんでしょうに。」

なんてつぶやきながら、友奈と東郷の話が終わるのを待った。



――友奈視点

 風先輩に連れだされてからしばらく。

まだ少し気持ちが落ち着かない私に、風先輩が色々な提案をしてくれた。

それを聞いて、どんどん心が落ち着いてくる。やっぱり風先輩って、先輩なんだなぁ……なんて実感する。

そして十数分くらいしから、樹ちゃんから風先輩に、もういいよっていう連絡が来たから部室に戻った。

けど、なんだか部室の空気が変。なんだか東郷さんともう1人の私は不自然なくらい表情を消そうとしてるし、

樹ちゃんは少しツヤツヤしてる。

そんな中、なんだか遠い目をした夏凜ちゃんが迎え入れてくれた。

「あぁー、おかえり友奈。何があったのかは聞かないように。」

「う、うん……」

実を言うとすっごく気になる。

けど、この部屋の出来事を聞くと私と東郷さんが不幸になるかもって風先輩に脅されてるから、聞いちゃ駄目だ。

部屋に漂う変な空気を消し飛ばすみたいにして、風先輩が話をする。

「はいはい、みんな注目。

 今日の晩でこっちの友奈は自分の世界に帰っちゃうんだけど、そのための準備をしようと思うのよ。」

「準備、ですか?」

「そう。身一つであっちの世界に帰って、平行世界に行ってきましたーだと、

 多分大赦の人とか納得してくれないと思うのよ。

 あっちの私たちも、話だけ聞かされてもいまいち実感できないでしょうし。

 それどころか、しばらく行方不明になってた友奈が『平行世界に行ってました』なんて言い出したら

 心配されて病院に連れて行かれてもおかしくない。

 特に東郷なんて心配性だからね。

 だから、私達からあっちの人たちに向けて色々まとめておくのはどうかしら。」

それは、さっき廊下で先輩からされた話。

私がパジャマを来てこっちの世界に来たくらいだから、物品の移動は可能なはずだ。

あっちの世界の皆も、自分の書いたとしか思えないメッセージを読んだら

平行世界がどうとかっていう話もきっと受け入れやすくなる。

それに何より、こっちでの出来事が分かるようにすれば、東郷さんもすぐに安心してくれるかもしれない。

「それじゃ、勇者部出動よ!」

「「「「おーっ!」」」」


  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


――東郷視点

「……眠れない。」

ビラ配りに失敗したあの後、さすがにびしょ濡れになったままで居るわけにもいかないという事で、

風先輩に家まで車椅子を押してもらって家まで帰ってきた。

その時から、友奈ちゃんの行方に関して何一つ進展していない。

ネットの方でも情報を募っているけれど、そっちにも何の報せも来ていなかった。

もう、今日できる事は何もない。そう分かっているけれども、どうしても眠れない。

目を閉じると、どんどん悪い想像が膨らんでいく。

友奈ちゃんの悲しそうな顔が頭に浮かんで離れない。

それに耐え切れず、ぼーっと外を眺める。

少しでも友奈ちゃんを感じられる気がして、友奈ちゃんの部屋の窓をつい見てしまう。

いつか私の体が睡魔に負けて眠れるまで、ずっとこのままで居ようと、そう思う。けど。

「……え?」

友奈ちゃんの部屋に明かりがつく。

もしかして友奈ちゃんが帰ってきたんじゃないか、なんて、そんな期待が胸に湧いてくる。

でも、駄目だ。期待してはいけない。

期待は裏切られた時、大きな失望になるから。どんなに悲しい思いをする事になるか分からないから。

だけど、だからといって確かめない事なんて出来るわけがない。

友奈ちゃん本人じゃなくても、何かしらの手がかり……

例えば誘拐犯が犯行現場に再び来たとか、そういう可能性だってあるんだもの。

「友奈ちゃん……」

名前をつぶやいて勇気を貰うと、私は作務衣を来たまま、車椅子で外に出た。

真夜中とはいえ、今は夏。この格好でも蒸し暑いくらいだ。

外に出て、友奈ちゃんの部屋を外から見上げる。

あそこに友奈ちゃんが居てくれたら、どれだけ――

そう考えてると、ひょっこりと窓から友奈ちゃんが顔を出してこっちを見た。

「東郷さんっ!?」

って、驚いた様子で言ってから、すぐに引っ込んでしまう。

……嘘。

もしかして私は、都合のいい幻を見てるのかな。

だって今、友奈ちゃんがあそこに。

けれど、そう呆然としている私の耳に、バタバタと音が聞こえてきて。

玄関から、パジャマ姿の友奈ちゃんが現れた。

見間違えなんかじゃない。私の知ってる友奈ちゃんが私に駆け寄ってくる。

「ごめんね、東郷さんッ!実は今まで――」

友奈ちゃんが何か謝っているけれど、私は友奈ちゃんがそこに居るって確かめたくて、

実感が欲しくて、ぐいっと友奈ちゃんの服を引っ張って自分の元に引き寄せた。

「って、うわぁっ!?」

ガシャンッ!って音がする。

引き寄せるだけのつもりだったけど、勢い余って車椅子ごと倒れちゃったみたい。

友奈ちゃんの家の庭先で、私も友奈ちゃんも横になって寝転んでる。

「と、東郷さん……?」

目を白黒させてる友奈ちゃんを、地面に寝転がったままでぎゅっと抱きしめる。

友奈ちゃんの体の匂いと、友奈ちゃんの体の熱が伝わってくる。

「友奈ちゃん。ほんものの、友奈ちゃんだ……」

感極まって、また涙が出てきてしまう。

今日はなんだか泣いてばっかりだけど、こんな涙だったら、良いよね。

「友奈ちゃん……会いたかった……!寂しかったよ……!」

抱きしめたまま、理不尽に気持ちをぶつける。

友奈ちゃんだってきっと、そうしたくて私の前から居なくなったわけじゃないのに。

最初はびっくりしてた友奈ちゃんだけど、すぐに私の事を抱きしめ返してくれた。

「うん……うん。ごめんね東郷さん。

 いっぱい心配させちゃった。いっぱい寂しがらせちゃった。」

そう言って、まるで子供をあやすみたいにして私の頭を撫でる。

「ううん……いいの。無事に帰ってきてくれたなら、それだけで嬉しい……

 でも、もう私の前から居なくなったりしないで。一人にしないで……」

「うん。約束する。

 私は、東郷さんがもう嫌だって言うまで、

 もう私の顔なんて見たくないって言うまで、ずっと東郷さんと一緒に居る。」

「……それだと、一生私と一緒に居る事になるよ?いいの?」

「いいも悪いもないよ。私がそうしたいんだ。

 いつだって、東郷さんの隣を歩いていける私でいたい。」

……ああ、やっぱり。友奈ちゃんと居ると心が暖かいな。

うん。もう離れないで。離さないで。

私はいつだって、あなたを愛してるから。



――友奈視点

 あれから、すぐに玄関からお父さんとお母さんが出てきて、

さんざん泣かれちゃった。でもって、心配かけた事をさんざん怒られた。

本当はちょっと前から物音に気付いてたらしいんだけど、東郷さんと私の様子から出て行きにくかったんだって。

後から、恥ずかしそうに教えてくれた。でも、その話で恥ずかしいのは私の方じゃないかな……

勇者部のみんなにも連絡した。夜中だから迷惑かなーって思ったけど、

もうさんざん迷惑をかけた後だから今更だよね。

みんなも私が帰ってきた事を喜んでくれたけど、夏凜ちゃんだけは

「まったく。3日やそこらでみんな心配しすぎなのよ。まったく騒々しいったらない。」

なんて言ってた。

でも夏凜ちゃん優しいから。きっと私が気にしないようにそう言ってくれてるんだろうな。

例の鏡は、大赦の人に頼んで保管してもらえる事になった。

あっちの世界の勇者部の皆がまとめてくれた資料が思った以上の効力を発揮してくれたみたいで、

あっさりと信じてもらえた。



 私の東郷さんへの気持ちは、今でもまだ内緒だ。

あっちの友奈に申し訳が立たないよ。

でも、なかなか踏ん切りがつかないっていうのもあるけど、

あれから次から次へと大変な事が起こって告白どころじゃなくなっちゃったのが一番の理由。

だからまずは、自分の心の思うがままに、東郷さんを守り続けようと思う。

心も体も。東郷さんを傷つける全てのものから。

そしていつか、全ての戦いが終わる日がきたら、その時こそ自分の気持ちを伝えようって思う。

その日が来るのが、怖いような気もするし、待ち遠しいような気もする。

その時まで、一緒にがんばろうね、東郷さん。


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


――そして、いつか、どこかで。

「一人の女の子として、東郷さんを愛してる!私と生涯を共にして欲しい!」

天の神様も、バーテックスも、地球の未来も。

全ての問題が片付いた後、私は真正面から東郷さんに愛の告白をした。

ううん、生涯を共に、だからプロポーズかな?

その言葉を聞いた東郷さんの嬉し泣きする姿と、

「……はいっ!」っていう返事の響きは、きっと一生忘れないと思う。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年08月23日 23:47