H3・97

 あの戦いから10年がたった。
 わたし、三好夏凜は24歳になり、妻と2人の子に恵まれていた。
 妻は9年前からお付き合いを始めた結城友奈(現、三好友奈)。
 子供は今年で5歳になる長女・千秋、4歳になる次女・深冬。
 親バカなどと言われそうだが、二人ともとても愛らしく利発な子だ。
 我が家では仕事に出るのがわたしで、家事は友奈と分担している。
 もちろん休日などはわたしも家事を手伝っている。
 友奈と料理を作ったり、子供たちと遊ぶひと時は本当に幸せを感じる。
 仕事は大赦のとある部署で働いている。定時で帰れる超ホワイトだ。
 おそらくは兄貴が裏で定時に帰れる部署にわたしを入れてくれたのだと思う。
 幼いころから家族とのふれあいの時間が少なかったわたしへの、兄貴なりの配慮なのだろう。
 おかげでわたしは一般的なサラリーマンたちよりも少しは多くの時間を家族と共に過ごせるのだ。
 これでお給料も結構良いのだから、世の中のサラリーマン、OLの人たちに少し申し訳ない。
 そして私は今現在、帰りの電車の中にいる。今日もいつもの定時上がり。
 はやく家に帰って友奈たちの顔が見たい。そう思いながら車窓の外を見ていると、窓に水滴がポツンポツンと落ちてきた。

「あちゃ~、降ってきちゃったか」

 職場から出るときから少し曇ってきていた空だったが、ついに降り出してしまった。
 朝のお天気ニュースでは、降水確率は20%。
 そして降るなら夜からだと言っていたので、傘を持ってきてはいなかったのだ。
 家は駅から歩いて15分ほどの場所に一軒家を建てた。
 まだ若いわたしが家を建てることが出来たのには、これまた兄貴が関わっていたのだが長くなるので割愛する。

「う~ん……駅前で傘を買うか、もったいないけど。いや、走るか」

 そうだ。走力には自信がある。
 自慢のスピードで雨さえ避けて家にたどり着いてやろうじゃないの。
 わたしは元完成型勇者! 三好夏凜よ!
 電車を降りて、改札口へ。
 歩きながら少しストレッチをして、駅から出たら猛ダッシュ……その脳内シュミレーションはばっちりだ。
 さあ改札を抜けました。駅の出口が見えて参りました。三好選手、スタートの構えをとって……スタ──んん?
 脳内ナレーションを繰り広げ、陸上選手になったつもりで走り出そうとしたわたしの目に、見なれた姿が映った。
 あれは……。

「あ、夏凜ちゃーん! お帰りなさーい! お迎えに来たよ!」

 あれは愛しのマイワイフ友奈!わたしに向かって手を振って笑顔を向けてくれている。
 その手には傘が2本。わたしのために迎えに来てくれたなんて……どうしよ、ほんと嬉しい。

「友奈、迎えに来てくれたのね!」
「うん。夏凜ちゃん傘持って行ってないって、千秋が教えてくれて」
「そう、千秋が……。あの子しっかり者だものね!あれ、でも……来てくれたのは友奈だけ?」
「それなんだけどね。千秋はついて来ようとしたんだけど、深冬が千秋に空気を読んでお姉ちゃんって」
「……? どこに空気を読む要素が……?」
「もう夏凜ちゃんったら……」

 あれ、友奈が少し気分を害してしまっている。な、なんで?
 よくわからないけれど、わたしが悪いようなので謝ろう。社会人になってかなり丸くなったと自覚する。

「ご、ごめんなさい……?」
「はぁ……。深冬はね、私と夏凜ちゃんを二人きりにしてくれたんだよ」
「え、あっ……/// あ、あの子ったら……ませてるんだから……///」
「うん/// 深冬はちょっとそういうところあるよね。じ、じゃあ行こうか」
「え、ええ」

 友奈は私に傘を差し出すと、自分の傘を差した。
 だけどわたしは傘を差さず、友奈を見ていた。

「……」
「……? 夏凜ちゃん?」
「せっかく深冬が二人きりにしてくれたんだし、そっちに入れてちょうだい友奈」
「えっ? 相合傘ってこと?」
「いい大人になってちょっと恥ずかしいけど、久しぶりに二人きりなんだし、学生時代を思い出して……ね?」
「う、うん……いいよ。一緒にいこ///」

 わたしは友奈の右側に入り込んだ。そして傘を持っている友奈の右手に、自分の左手を重ねた。

「夏凜ちゃん、手、熱いね」
「緊張してるのよ。こんなに綺麗な友奈の近くにいるんだもの」
「……夏凜ちゃん、口が上手くなったよね」
「そう?」
「中学生の時はもっと口下手だったよ。そういう夏凜ちゃん好きだったんだけどな~」
「いまの私は嫌い?」
「そういうことすぐ言えない夏凜ちゃんが好きだったの!」
「あらら、嫌われちゃったわ」
「別に今の夏凜ちゃんが嫌いだなんて言ってないよ?」
「じゃあ、好き?」
「嫌いじゃないよ?」
「もう、友奈~!」
「あはははは!大好きだよ夏凜ちゃん!」
「ッ/// わ、わたしも大好きよ!」
「あ、そういうところ!中学のときの!好きだな~」
「言ってなさい/// これからどんどんレアになってくから、今のうちに楽しんでおいて」
「え~! 変わらないでいてよ~夏凜ちゃ~ん」
「うっさい! もう24なの! 大人になったの! 子供だっているんだから!」
「……そうなんだよね。私たち、もう大人になって、子供までいるんだよね」
「友奈……?」
「なんだか、すっごく速かったなって。きっと夏凜ちゃんがいてくれて、すっごく楽しかったからなんだろうな」
「そうね……わたしも讃州中学に転入してからの10年は、あっという間だったわ」
「夏凜ちゃんと出会って、恋をして! 青春して!」
「友奈と出会って、最初はふざけたやつだと思ってたけど、どんどん惹かれていって、恋してて///」
「夏凜ちゃん、私ね、この10年すっごく幸せだったよ!」
「ふふっ、わたしもよ。この10年間、誰よりも幸せだった。友奈、これからもずっと幸せにする。愛してるわ」
「……/// やっぱり夏凜ちゃん口上手くなったね。似合わないよ」
「なんとなく友奈にばかり主導権を握られるのは嫌だったからね。口も上手くなるわ」
「あ、意識的にだったの!?」
「友奈の可愛いところが見たかったのよ」
「あーもう/// そういうところ! 夏凜ちゃん10年前に戻ってよー!」
「時間は止まることはあっても、戻ることはないのよ。この10年はほとんど友奈に主導権があったけど、これからはわたしが持つから!」
「こんなの夏凜ちゃんじゃないよー! ……あっ……」
「ん? どうしたの、友奈?」
「ゎ……す……ら」
「え?」
「私、夏凜ちゃんのこと好きだから!」
「ッ!?///」

 一瞬で甦った記憶。
 夕暮れの海辺の砂浜で、友奈に言われたあの言葉。
 わたしの初恋が生まれた瞬間は、いつまでもわたしの心の中にあり続ける。
 どんなに歳をとって大人になっても、こればっかりは克服できない。

「ち、ちょ……/// 友奈、それは反則///」

 ちくしょう……やはり先に惚れた者の弱みはここよね。
 でも、そっちがその気ならわたしにだってカードはある。
 わたしは友奈の右手から手を離し、走って傘から出る。
 雨に濡れてしまうが、まあ仕方ない。友奈に背中を見せる構図にならなければいけないのだ。

「あ、夏凜ちゃん濡れちゃうよ」

 友奈が急いでわたしを追いかけてくるが、それを手で制し、カードを切った。

「友奈の泣き顔、見たくないから」
「~~~~~////// か、夏凜ちゃん! それだって反則だよー!」

 友奈は顔を赤くしながらわたしを反則だと批難する。
 先に反則したのは友奈の方だというのに……まったく、かわいい。

「もう……せっかく迎えに来たのに濡れちゃって……」
「あはは、ごめんなさい友奈。帰ったらまずお風呂ね、こりゃ」
「じゃあお夕飯の準備しておくから、あの子たちと一緒に入ってて」
「分かったわ。欲を言えば、友奈とも入りたいんだけど」
「もう……夏凜ちゃんのえっち/// ……あの子たちが寝たらね///」
「わっ/// 友奈からのお誘いは断れないわ。ちょっとマムシドリンク買っていきましょう。今夜は寝かせないわ!」
「明日が辛くなるよ?」
「むしろ活力が満ち満ちに満ちるわよ?」
「夏凜ちゃんほんとに体力凄いよね」
「友奈もね」

 格好よく決めた途端、下世話な話になってしまった。
 でも友奈との夜の約束を取り付けられた。これはにやけがとまらない。
 わたしのこれからの一日のビジョンは家に帰って娘たちとお風呂に入って、愛妻の料理に舌鼓をうち、家族団らんの時間を過ごし、
 娘たちが寝たら友奈とムフフ。
 あー、なんて幸せなんだろう。
 わたしは心底この幸せを愛している。
 愛するものを守るために戦う……それは勇者でなくとも人として当たり前のこと。
 わたしはかつて大赦の勇者だった。
 そして10年前、大赦の勇者から勇者部の部員になり、今は家族の大黒柱。
 家族の幸せを守るためにこれからもずっと戦っていくことを、改めて決意する。
 だって──。

「あ、着いたね」
「友奈、今日は迎えに来てくれてありがとう。さあ、どうぞ」

 わたしは玄関のドアを開き、友奈を先に中に入れる。
 続けてわたしも家に入ると、娘たちが走ってお出迎えに来てくれた。

『おかえりなさーい!』

 ──家族の泣き顔、見たくないから。

「ただいま!」

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最終更新:2015年06月15日 01:11