答えは最初から決まっていた――あの吸血鬼(かいぶつ)を斃す。やるべきことなど、それ以外になかった。



銀の呪いにより、死の涯てに追い込まれ、最愛の人の影に縋り無念と共に果てるはずが、
死を齎す原因を抜かれ、その救いの手を差し伸べた張本人――覚醒したはずのアリヤが、絞り取り弱った獲物()を前に、静かに語りかけてくる状況に、トシローは困惑する。
弱弱しく、「判らなくなった」と口にする少女は、違和感に硬直するトシローに、その答えを告げる。

「私は見ました、本当の怪物を。この街に現れた、あの怖気が走る非現実性の塊を」

「その怪物は言いました。『白木の杭よ、血族に滅びを齎せ』と」

語られた事実に、しかしトシローはあの絶対者ならば……と納得し、
そして自分達“血に縛られた人間(ブラインド)”はその怪物が強大となるための生贄に過ぎないという事を……
同時に、信念を得たアリヤ――“狩人”も、同じカラクリに組み込まれた歯車の一つでしかないと、理解してしまった。


「私は、どうすればよいのでしょうね? 狩れば狩るほど、あの怪物は強くなる。
必死に人の平穏を取り戻そうと足掻けば足掻くほど、あれはより絶対の存在へと生まれ変わる」

狩人(イェーガー)は、白木の杭(ホワイト・パイル)は……ただの餌やりだった。
ならば私は……いえ、私達は何なのですか? こんな養殖を続けるために、我々は――」


瞬間――ついに、押し殺していた激情が叫びとなって放たれた。


「違う! そうだ、私も師もそんなことのために生きたんじゃない!
怪物に餌を与えるために、戦ってきたはずがない!」


無慈悲な現実を前に涙を滲ませ、声を荒げるアリヤの姿に、在りし日の己を見た男は―――


「俺も……俺もまた、かつては餌やり(・・・)だった。おまえと同じだ、アリヤ」


銀を抜き取られた胸に去来するのは、過日の喪失と、己の暴走への後悔。


「愛している者を、夜の世界へと理不尽に奪われた。それでも彼女を守り抜くために、俺もまた宵闇に紛れると決めたのだ

「だが、その決意はまた届かない。血肉を削りながら抗い続けるも、そんな俺を嘲笑うかのように……美影は逝ってしまった」

「だから俺は堕ちた。悪鬼羅刹へと、喜んでこの身を貶めて――

「……残ったのは憎悪に縋った、醜悪な餌やり。猛禽の三つ指を語り、同族全てを滅ぼすと決めた、底抜けの愚か者だ」


三本指(トライフィンガー)――まさか、あなたが」


後悔に塗れた過去の告白に、アリヤはようやく彼の異質な雰囲気の理由を納得した様子であり……


「だが、その憎しみも所詮逃げ道だった。結局俺は、“憎んでもいいもの” を求めていただけなのだ」

吸血鬼(ヴァンパイア)などこの世にいない。いるのは人の情に翻弄され、嘆き、悔い、時に笑いながら世を流れていく縛血者(ブラインド)
―――ヒトの延長線上にある存在に過ぎないと、そう気づいた………」

そう――こんな曖昧で、状況に流されるような怪物が何処にいようか。
社会を作り、群れの中で安心を得る。偶々手に入れた大きな力に酔いしれ、身の丈を越えて欲望を膨らませる。
俺達は少しの感情で容易く浮きも沈みもする、半端な生き物でしかない、と。


「苦しみは消えない。おまえの言葉を聞いた上でも、俺の中には仇を望む声がある」


正誤や道徳の秤を超えて、トシローは心に燻る怒りの焔を吐き出す。
不甲斐無い己が許せない。美影を、アンヌを殺したクラウスを追い、今度こそ奴に報いをくれてやりたい。


それでもなお惑い続ける男は、逝ってしまった者達に“己の生きるべき意味”を問いかける……

美影、アンヌ。教えてくれ、俺はどうすればいい?
正当を求め、鎖輪に平穏をもたらすべく尽力せよと?
それとも、心のままに復讐の相手を追い求めろと?
永遠に続く灰色の生を取り戻した己は、これからどのように生きればいいのかと。


「まったく……本当に、あなたは人間くさい」


煩悶するトシローを見つめ、ため息を吐きながら、アリヤは笑った。
その表情はどこか手のかかる子供を前にしたような、穏やかなものであり―――


「思い悩んで、理想と現実の自分を比べては煩悶して、自分に罰を求めている。
まあ、けど───そんなあなただから、よかったんでしょうね。トシロー……」


そのまま静かに重なる二人の唇。冷たい鬼の皮膚(はだ)に、少女の温もりが伝う。


「私もまた、迷っていましたから……けど、考えてみれば簡単なことだったのです。
それしか道がないと判っていても、出来るわけないと尻込みしていただけのこと」

「答えは最初から決まっていた。
私が私として、そして白木の杭(ホワイト・パイル)としてやるべきことはたった1つ」


「あの吸血鬼(かいぶつ)を斃す。やるべきことなど、それ以外になかった」


行くべき道を睨むその瞳には、確かな決意がある。
自棄になったわけでもなく、確りとした自分の意思で。
アリヤは本物の吸血鬼(・・・・ ・・)を斃すと、そう告げたのだ。


「無理だ。勝てるはずがない」


その言葉にも動じず、白木の杭としての生を選んだ彼女は、視線を逸らさず答える。


「……知ってます。それでも自分は裏切れない。
元凶と呼ばれるものを前にして、背を向けたまま逃げるわけには……いかない」

「アリヤ・タカジョウを生かすため(・・・・・)に、私は挑むのです。
あなたなら、わかるのではないですか?」


そうだ、自分達はやるべき事を見出し、そして挑んでいく事で初めて生きていると感じられる。
――たとえ向かう先が可能性絶無の事象であったとしても、止まれば意思が死んでしまうから。


「……長生きできない人種だな」


「ええ、よく生きられたものですね。あなたは特に」


くすりと、アリヤは小さく笑みをこぼした。

彼にとってそれは初めて見る、彼女の自然な表情のように思えた。




  • トシローさん狂気で暴走してたから忘れられがちだけど銀の弾丸心臓に貰った状態で三本指として鎖輪潰し回ってたからな……普通はどっかで死んでる -- 名無しさん (2019-05-31 07:21:16)
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最終更新:2022年06月08日 15:13