結果自体はどこまでも見えていたものであると、淡々と己の継嗣の死を見届けた伯爵。
ただ、小さな、しかし理解できない一つの疑問が彼には残った。
それは───彼女の最期の「変化」であった。
「あれほど依存していながら、最期は妙に聞き分けがいい。
悪食の性根を持ちながら、似つかわしくない終焉だ」
「……惜しいな。ようやく私の興を惹けたというのに。
せめてその心持ちだけは、おまえの口から聞いておきたかった」
健やかに、満たされて逝ったことを不思議に思う。
己の予想だにしなかった行動を取ったのが、死の間際。
蝋燭の燃え尽きる瞬間こそが最も美しいとは、よく言ったものだと伯爵は一人納得しようとして。
それが原風景だったからさ───吸血鬼
たった一人の“観客”が、疑問の答えと共に、静かに歩み寄る。
「憧れた瞬間はそれほどまでに眩しい。
後の人生を変え、全てを追い求めるための動力源へ変えてしまう。
それが再び、死に至る寸前に現れたんだ。心の一つくらい奪われるさ」
「……たぶん、あんたには判らない話だろうけどな」
『カサノヴァ』の元マスターにして、贋物の同族殺し。
アイザック・フォレストは、血族の頂点たる《伯爵》に語りかけた。
その飄々とした雰囲気を崩さぬ男に、伯爵は淡々と応答する。
「そうだな、判らぬ。理解ができぬよ」
「道具と言われ、報われぬと思い知った。ならば後は荒ぶる精神を鎮め、次なる道を選べばいい。
執着と依存にいつまでも囚われているなど、不毛であろう。童すら判る理屈だ」
魂の底から屈服を命じる圧力を、反骨心と気概でねじ伏せながら……アイザックは、王の言葉に苦笑を返す。
「それはまた、機械みたいな物言いだ……」
「そこの人形とは違い、俺達の心はもうちょっと複雑なんだ。そうそう簡単に方向転換はできやしない」
「車は急に止まれないだろう? 仮に、平然と止まれる奴がいればそれは──きっと、大した願いなんて持っていないさ」
「何でもあっさり捨てられる、ということだからな」
そのまま伯爵からの目的を問う言葉に対し、“観察”を終えたアイザックは……
「──駄目だな、コレは。つまらない」
――そう、吐き捨てた。
「……なに?」
「……言い直そうか?
がっかりした。お呼びじゃない。面倒くさそうだ。どうでもいい」
「サンタクロースの正体を知った子供の気分だよ……
やっぱりこういうのは、知らない内が花なんだろうな」
どこまでも投げやりな対応で、関心を抱かれていることすら億劫そうに。
「血族の完成系」への畏怖と憧憬ではなく、心の底からの落胆の意を示した。
そんな希少な感想を持った男に、伯爵はアイザックに問を投げる。
「ならば問おう。常道から違えた、異端の徒よ。
おまえにとって、吸血鬼とは何だ?如何なる存在を指し、怪物として真であると提唱する」
その問に対する答えに、アイザック・フォレストは一切の迷いなく、告げる。
「三本指───トシロー・カシマ」
……それこそ、己を虜にした逸脱者。
「血族でありながら、吸血鬼など居ないと口ずさむはぐれ者。
夜に堕ちながらも、夜を傍観し続けることでただの人を自称する変人」
「俺が目指したいと思った、憧れの相手さ」
自分と近しい存在でありながら、自分には選べない選択ができる者だからこそ―――アイザックは“彼”に焦がれた。
その気概、精神の光輝に惚れ込み、
こう成りたいと狂おしく望んで、今もずっと停滞を拒み、走り続けてきた。
そして同時に、今目の前にいる、精神の輝きを持たない、「何もかも想像通りの吸血鬼」という巨大な記号は……
アイザックにとってまったく、趣味に合わなかったのである。
「あんたは、吸血鬼らしすぎる。
威厳に溢れた風貌、強大な力、深淵な計画、揺るがぬ意思……
どれも想像通りで、確かに理想形だろう」
「だからかな。俺にはあんたが、安っぽく見えるんだよ。非現実的すぎるために、違和感がひどい。
定番の銀幕の向こうの怪物────よく出来ているものだと思っている」
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最終更新:2024年03月29日 11:18