“君に恋している、だから君を救いたい”そう気炎を揚げる凌駕に追い詰められたエリザベータ。
しかし、彼が
切から
授けられた言葉を伝えた結果、彼女はその悲恋の物語に込められた
“全ての初恋とは、叶わないからこそ忘れ難い”という哲学を解し、諦観を抱いたまま、凌駕へ封じていた自己の素顔を明かす。
“兵士”でも“淑女”でもない、ただ虚無感、無常感を漂わせるエリザベータは凌駕に、自己の本質を自覚した出来事を訥々と語っていく……
それは、“兵士”の仮面と、“淑女”の素顔、それを完璧に切り替えて現実に適応してきたはずの“女優”が気づいてしまった事実。
“兵士”の化粧を被り、日常では“淑女”に戻る、それによって“私”は傷つかず、変わらずにいられたというのは偽りであり、既に自分は何よりも忌み嫌い、本質とは切り離していたはずの、他者を傷付ける冷たい暴力そのものへと成ってしまっていたという現実だった……。
以下、本編より
「私がまだ刻鋼人機では無かった頃……祖国で私は、特殊部隊の一員として反体制分子の暗殺任務に携わっていたわ」
「ある時、一人の情熱に満ちた青年教師が反乱の火種燻ぶる土地にいた。若者たちを感化する彼の言葉を、共産党政府は反体制分子と判断……」
「遣わされたのは、彼と年頃と郷里が近い一人の女兵士」
「彼はすぐ女に心を許した。女は危険の匂いを感じさせず、誰もが好ましいと思うような淑女を演じきったのだから」
「彼は女と恋に堕ち……そして殺された。一瞬にして淑女から兵士に切り替わった女の手で」
「一年後……任務終了後の休養期間を過ごす女の元を、一人の少年が訪ねてきた。
少年はあの青年教師の弟。かつて彼が、兄の恋人である自分に淡い恋心を抱いていたのも……女は知っていた」
「少年を弟のように好ましく思っていた女は、心を許しその訪問を歓待した。
長閑な日曜の昼下がり。笑顔で交わす再会の歓び。市井の何処にでもある幸福な一幕」
「そして次の瞬間、少年の手に握られた拳銃が火を噴いた。少年は兄の仇が誰かを知っていたから」
「銃声の後、女は少年の死体を見下ろしていた」
「それは無念無意識の反射即応。身に染みついた本能の賜物と言うべきもの……女は復讐者を返り討ちに果たした、というわけ」
「女は、罪なき者を殺し続けてきた……この殺人もまた、
数多積み重ねられてきたその一つに過ぎないはずだった――けれど、女は矛盾に気付いてしまった」
「この少年を殺したのは、一体誰だったのかを」
「平和な日常に“兵士”は居るはずがなく、“淑女”は殺人を犯すはずがない。
つまり……あの瞬間に少年を殺したのは、そのどちらでもなかったという事になる」
「私は逃げ場を失い、そこにあった自分自身の本質を見せつけられた……」
「エリザベータ・イシュトヴァーンの本質とは……
生きる為に躊躇なく他者を排除する、殺人者なのだと。
触れる者を傷付け命を奪う、冷たい武器と同じなのだと」
「それが、無意識の暗闇へと沈めていた私の原罪……けれど、あなたはそこに触れてしまった」
「私に近付けば傷を負い、誰もが死に至るだけ。私とはそういう女なのだから」
「銃口は人を近付けない。刃は人と触れ合えない。良し悪しではなく、武器とはそういうものでしょう?」
- ゼファーさん「わかる」マルス「その程度普通普通、皆同じ(エンタメと欲求の為に殺す奴)」 -- 名無しさん (2017-05-22 22:32:43)
- ↑主人公(仮)と殺人許可証未発行者は黙ってなさい -- 名無しさん (2017-05-23 09:55:37)
- ツルゲーネフの初恋と絡めたり、こういうエピソードの作り込みの細かさは昏式らしさが出てると思う -- 名無しさん (2017-05-23 19:31:43)
- さながら軍神に操られるブリュンヒルデ。唯一の違いが愛しいシグルドが神の思惑をも超越し得る存在だったことか。 -- 名無しさん (2017-05-23 23:23:11)
- まあ、凌駕さんは英雄じゃなくて人間だから。英雄と違って悲劇の死が確定してないから -- 名無しさん (2017-05-26 11:03:05)
最終更新:2020年03月29日 00:30