なんて精巧な姿見。等身大で、嫌になるほど似通っている。これが、同属嫌悪というものなのね……



互いが互いの在り方、言動を何故か認められず、それでいて相手を否定する言葉を吐く度に己の心も軋む。
そんな事を繰り返しながら戦う女二人の片方が、諦観とともに呟いた二人の事実。

ジュン√、天空のオルフィレウスが見降ろす中凌駕とジュンの二人が、ギアーズの指揮官・アレクサンドルと支配者の猟犬・ネイムレスに立ち向かう一方、美汐が対峙したのはエリザベータであった。


練度の差から美汐は一方的に傷を受けるも、対するエリザベータも“兵士”としての自意識の制御が乱れ、
決定的な手を打てずにいた。彼女の一向に高まらぬ兵士としての戦意、その原因がどこにあるのかといえば……

「図星でしょう? 分からないなんて言わせない。期待されていないのよ、私達は……
単刀直入に言うのなら、ええ、骨の髄から舐められている。
わざわざ訊ねないでちょうだい。私、改めて惨めになんて成りたくないの」


……怒れる感情のままに突っ込んでくる相手を、普段通りならば冷静にいなすことができたはずが、
エリザベータも自分が先程吐いた言葉により、己の心を軋ませ、結果精彩を欠いた動きが続くばかりであった。
彼女の胸には時計機構の、機械の神の意思により使い潰されるだけの存在が狂乱し、果てに機械として(意思)の「スイッチ」を切られる姿が……
彼を兄と呼ぶ眼帯の少女の涙する声が、そして彼を助けたいと決意を見せる表情が、次々と浮かんでは消え……
あんなにも得意だった“私”と“兵士”の“切り替え”が、上手くいかない。
「場違い」のはずなのに、ああ、何故だろう。今無性に、離れて暮らす大切な家族に会いたいと思ってしまう―――


エリザベータのそんな内心の戸惑いを見抜いたのか、今度は美汐がそれを嘲笑する。
兵士だの、命令だの、機構がどうだの何だのと、何もかも知った風な顔で、今までよくも口にできたものだと。
そんな貴様のキツい香水と厚化粧が、私は癇に障って仕方がないんだと。

「当ててやろうか? あんた、本当は忠誠なんて誓ってないだろ」

沈黙するエリザベータに向けて、美汐はさらに言葉を続ける、


「潰されるのが怖いから、大きな歯車に媚売ってるだけ。
お願いどうか潰さないで、ねえ止めてよ支配者様。ほぅら見て、私何でもしますから……と。
本心は大方そんなところ。ねえ違う、完璧で麗しい、完全無欠の兵士サマ?
―――臆病者が、逃げんじゃねえぞ」


表面上は相手を痛めつけるための侮蔑の言葉にも見えたが、
既にエリザベータには、彼女もまた自分と同じように、自分の吐いた言葉に傷ついているのだと理解できてしまっていた。
そうしてこの組み合わせになってしまったことに、苦笑を浮かべながら―――


「ええ、本当によく分かったわ……どうして私が、あなたのことが気に入らないのか。
どうして私が、あなたを見ると悲しくなるのか。

「なんて精巧な姿見。等身大で、嫌になるほど似通っている。
───これが、同属嫌悪というものなのね……


先程から相手に向けて投げつけた言葉は、その実何よりも自分に言い聞かせるもの。
これで納得してはどうだという行いを、どちらも現実に対しよくやってきた。

その敵手の言葉が、先のどの言葉よりも認めたくない事実であったがために、

――よりにも、よってッ」

「何を口走りやがったんだ、てめぇはァァアアアアアアーーッ!」


迸る激情を乗せて美汐はエリザベータを追い込もうとするが、彼女は悲しい目を向けたまま言葉を発する……

「さっきの指摘を肯定するわ。ええそうよ、全てあなたの言う通り。
私は、忠実な歯車を上手く装っている(・・・・・)に過ぎなかった。
用意された役割を演じる(・・・)ことが、他人より少し得意だっただけ。
そして、たったそれだけ(・・・・・・・)で……深みに嵌まった馬鹿な女

「だから望み通り、素顔を見せてあげるわ。青砥美汐(アオト・ミシオ)
そうよ。私だってこんな現実は嫌だもの――ッ!」


似た者同士の少女を見つめながら、エリザベータは役柄を捨て、己が真実(イド)をさらけ出す―――


「影装・重鋼嵐弩(ヘヴィメタル・テンペスト)


影を露としたエリザベータからは殺意も敵意もない。
だが、対峙する美汐にとっては、
弱く、脆い自身の素顔の解放と、そこに付き纏い続ける恐れ……
そんな一変した彼女の雰囲気を――、今までの自分の選択を強く否定する姿を見せつけられて、立ち竦むしかない。

「お願いお願い、こんな素顔(かお)をどうか見ないで。
私はもう冷たい兵器なの――近づけば、鉄の雨に打たれてしまう。
こんな風に、こういう風に。見るも無残な傷だらけになってしまう」

「それでも、どうか、この暴風を潜り抜けて。
身勝手な私の弱さを、そのまま砕いて……引き上げてよ。
そう怯えながら、歯車の影に寄り添い続けていたわ。
もう長い間……ずっと、ずっと。こんなところに来てしまうまで」



美汐が、訥々と語っていくエリザベータの姿に忌避感を感じ、身動きが取れなくなる中……
戦場に砕きばら撒かれた無数の鉄片が女の周辺の空間に引き寄せられ、陣容が整えられていく。


諦観の独白に耐えきれず美汐は「私は違う」――そう吼えるも……

「いいえ同じ。私のように、演じることで心を保とうとしたことも。
あなたのように、本音を騙そうと強がってきたことも。
自らを欺こうとした行動に、どんな違いがあるというの?」

兵士という役を演じきるか、強者の振りをして立つか。
心理学的な見方をするなら、どちらも同じく精神的な防衛行動に分類される。
本当は脆いから、怖いから。異なる理屈で困難への解決策を導き出すという辺り、
二人の手段には共通している部分が多いのは、否定しようもないことだった。

そうして射出の直前、エリザベータは俯く少女に向け、試すかのように―――


「さあ、私は全てを見せたわよ。
あなたもまた、その厚化粧を取りなさい」


告げた瞬間、美汐の総身を砕いてなお余りあるほどの鋼鉄雨が撃ち出されたのであった……。



  • 似てるけど2人の√の結末は………対極的だよね。 -- 名無しさん (2017-05-21 14:58:51)
  • 決して真理には到達できない二人だからこそ、人間味があっていいんじゃないか -- 名無しさん (2017-05-21 19:55:26)
  • マレーネとジュンが凌駕を良い神に方向修正させるのに対して、リーザと美汐は凌駕を人間の位階に下げる印象。どっちも素晴らしいことだけど、俺は後者が好き。 -- 名無しさん (2017-05-21 20:18:47)
  • 人を解する神にするか、人に堕とすか……ってところかねぇ -- 名無しさん (2017-05-21 20:21:24)
  • 形月でやったらどちらも至極のテーマになりそうだな。 -- 名無しさん (2017-05-22 09:57:38)
  • 何気に自分と似た負け犬や弱者に優しくて、同属嫌悪をしないゼファーさんの特異性を示してな、この台詞 -- 名無しさん (2017-05-22 22:24:55)
  • ゼファーさん同属にはむしろ同情・同調するからな。自分が嫌いで変わりたいと思ってるが、それを他者に押し付けない -- 名無しさん (2017-05-22 22:35:38)
  • まあ、受け入れることが滅奏者の答えだからね。 -- 名無しさん (2017-05-26 11:09:56)
  • ↑8一人でも影装到達出来るリーザと一人じゃ絶対に影装到達出来ない美汐の心の強さの差っていうか。同族でも精神の強さに差があるって悲しいものがある -- 名無しさん (2018-09-20 20:33:54)
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最終更新:2020年12月31日 03:07