肉体さえ持たない、地磁気に記録された情報である照。
ある男の死とともに生まれた、多重人格に過ぎない天願。
どちらも一個の命と呼んでいいのかさえもわからないあやふやな存在……
それでも、何かをしたい───したくないという感情はある。
その感情が命じゃないと言うならいったい自分たちはなんだというのか?
その答を知りたい照は、自分の中にあるたった一つの答を。
それを問うべき相手にぶつけながら歩み出す。
「駄々をこねんなよ、オッサン。死にたくねーのは誰だって一緒だろ。あんただけが特別じゃない」
「俺にはあんたなんかの命より、惚れた女の命の方が大事なんだ。さっさと消えてくれよ」
このDEADDAYSを共に潜り抜けてきた仲間であり、時にはぶつかった因縁の相手。
この場の誰よりも、天願を一人の人間、一個の命として認めている。消えたくないという想いを理解している。
そして、その上でその命を否定する――俺だけの都合で。
お前が消えるべきなのは無価値だからじゃなく、ただ俺にとって邪魔だからなんだと。
「暮坂……」
そうだ。こいつの抱いた行き場のない赫怒を真正面から受け止められるのは、この俺しかいない。
今この場で、天願壮吉という命を唯一認めて向き合ってるのが俺だから。
「暮坂ァァァッ!!」
「オオオオォォッッ!!」
そのまま……俺と天願は愚にもつかない殴り合いを始めた。
+
|
どうした暮坂ァァァァッ!! |
……ペース配分もクソもあったもんじゃないから、ものの数分足らずで息切れしてバテた。
さっきまで燃え上がっていた闘志も情熱も、どこへいったのかっていうぐらい残ってない。完全に惰性だ。
精神力とか意志力って、ほんといい加減なもんだよな。
疲れたらやる気なくすって、人間ってほんとわかりやすくできてるわ。
てか俺、こんなとこで何やってんだ?
こいつと感情に任せてこんなことしたって、状況は何も変わりゃしねーのに。
天願も、いい加減にやめろよ。
でも相手はしつこく殴ってくるので、身体が勝手に反射で動いて反撃しちまう。
………おい、今ちょっと笑ってただろ。見たぞ、ふざけんなよ。
んなキツくてタルいこと、愉しんでんじゃねーぞてめー。
つか……なんで俺、やめないの? さっさとギブしちゃえばいいじゃん。
こんな勢いだけで始まっただけの殴り合いに、勝ちも負けもないんだから。
でも、なんでかやめたくないんだよな。
もしかして、ただの相手に対する意地って奴なのか? だとしたら、救いようのないバカだな俺。
そんな意地っ張りだから、真魚とのこともこんだけ回り道しちまったんだ。
俺って、昔からほんと………
|
最終更新:2021年03月05日 07:57