内務省(明治7年)


省業務が始まったのが明治7年1月9日なんですが、大久保利通(薩摩系)が内務卿になったのは明治6年だって。
大雑把に政変のあとに作られたっていう認識になるのかな(<明治6年政変)。

メインとなるのは勧業寮と警保寮。
戸籍、駅逓、土木、地理の6寮。

明治10年1月に内局、図書局、庶務局、会計局の4事務局。
勧業、勧商、警視、戸籍、駅逓、土木、地理、寺社、衛生、博物の事業担当の10局体制になって寮は廃止。

ここちょっとややこしいんですが、そもそも大蔵省が民部省を合併したことに端を発するようです。
(大蔵省がざっくり支出、で、民部省は戸籍を持っているので税収を担当、ここを一緒にするのは合理的ではあったんですが権限が大きくなりすぎるとか支出のための租税になるとか問題ありそうよね…。)
土木と地理があるのは工部省の関係なのかなぁ、こっちも多分この流れの一つだよね。

民部・大蔵省の管轄


そのうち独立させたいんですけどね。

民部省が戸籍、租税、駅逓、鉱山、済貧、養老。
大蔵省が金殻・出納、秩禄、造幣、用度。
最終更新:2014年11月07日 22:47