「風先輩、これなんですか?」
「あ!ちょっと何で外出てるの!?」
何かがびっしりと書かれた紙を慌ててお姉ちゃんは鞄にしまい直そうとするけど、縁に引っ掛かって弾かれ、こちらに滑って来る。
拾って見るとそこには『彼氏にしたいランキング 女子部門』という何だかスペースを挟んだ瞬間矛盾している文字が躍っていた。
「なに、これ?」
「彼氏にしたい女子って意味解んないわね。何なのよ?」
「なんかクラスの子たちがふざけてやってたのよ。男の子だったら放っておかないのにーみたいな奴」
そういう軽いノリにしては随分凝ったデザインの気がする。
見れば、ランキングの1位は2位の人に大差を付けてお姉ちゃんだった。
「これは納得の結果ですね」
「東郷、納得されても嬉しくないから」
「でも確かに風先輩、頼りになりますし!恋人にしたいって気持ち解ります!」
「友奈、それは嬉しいけど東郷が怖いので即フォローを」
園子先輩が『彼氏にしたい、なんて解ってないね~』と言いながらランキング用紙をペラペラと弄んでいる。
そう、まったく解ってないと思う。お姉ちゃんを男の人の代わりにしようなんて失礼だ。
お姉ちゃんは、とっても可愛い女の子なのに。
※
部活の間中、機会を見つけてはお姉ちゃんをじーっと見つめる。
それだけでお姉ちゃんはそわそわして、何だか気が気じゃ無くなってしまう。
―――バーテックスとの戦いが終わって、私たち姉妹の関係は少しだけ変わった。
私は何でも出来るスーパーヒロインだと思っていたお姉ちゃんの繊細さと弱さを知った。
お姉ちゃんはまだまだ子供だと思っていた私の中にある強さを知った、と言ってくれているけど私自身はよく解らない。
「(それともう1つ、お姉ちゃんは私が大好き)」
大赦に乗り込もうとしたお姉ちゃんを止めた時、お姉ちゃんが傷つくのも人を傷つけるのも嫌だったのは本音だ。
特に夏凛さんを傷つけるかも知れなかったのは思い出してもゾッとする。
けれど、心の中ではお姉ちゃんが私を理由にそこまで激昂してくれることへの喜びが確かにあった。
ずっと一方通行だと思っていた。姉妹の枠を超えた感情をいつかは諦めないといけない日が来るんだって。
でも、お姉ちゃんの中にもただの姉妹では片付けられない強い感情があるのを知って、私は諦めを捨てた。
「あ、あのね、樹。もしかして怒ってる?」
「うん、怒ってるよ」
多分『怒ってないよ』と拗ねたような反応が返って来ると予想していたのだろう、お姉ちゃんがピキリと固まる。
他のみんなも私の反応に目を剥いているけど、友奈先輩だけがのほほんと折紙を続けている。
流石は勇者部で一番場の空気が読めるだけはあると思う。私が次に何て言うのか解っているんだろう。
「だって、お姉ちゃんはこんなに美人で素敵な女の人なのに!男の人扱いなんて酷いと思う」
「な、なんだ、そういうこと。いやいや、おふざけだからね?あんまりムキになられるとお姉ちゃん困るなー」
口ではそう言いながら、お姉ちゃんは明らかにホッとした顔をしていた。
こういう時の表情が私はすごく好きだ。私が怒っていない、嫌っていないと確認した時のお姉ちゃんの顔。
私がちゃんとお姉ちゃんのことを好きだと知って安心する表情。とっても可愛い。
「でも解らないよ~?こういうのは本気で好意を持ってるのを隠してるのかも知れないし?」
「無い無い。女子校じゃあるまいし。ああ、友奈と東郷は除外ね」
「特別枠だよ、東郷さん!」
「どんなことでも私と一緒だと楽しめる友奈ちゃん、素敵だと思うわ」
先輩達が2人の世界に入ったのを横目で見ながら私は思う。
仮に、園子先輩が言うように本当はお姉ちゃんが好きでお付き合いしたいのを隠してあんなランキングをしているとして。
クラスでお姉ちゃんはとても頼りにされているらしいから、その内の何人が好意を持っているかは解らない。
けれど『彼氏にしたい』なんて言っている間は、私は全然その人たちに脅威を感じない。
お姉ちゃんの可愛さを知らない、お姉ちゃんの弱さを知らない、お姉ちゃんの私への気持ちを知らない。そんな人たちでは。
「(こういうのが、お姉ちゃんの言ってくれた強さなのかな)」
それはちょっと違う気もするけど、まあいいや。
お姉ちゃんはすっかり蟠りの解けた顔で折紙を続けている。
帰り道、『本当はお姉ちゃんにもちょっとだけ怒ってたんだよ』と告げたなら。
あの顔はどんな風に崩れて、そして安心した時にどんな風に笑ってくれるかな。
ふふっと口の中でだけ笑って、私は間違えたフリをしてランキング用紙を鶴の形にして折り上げる。
紙飛行機みたいにひょいと投げてみたけど、鶴はくるくると回って机の上に落ちて。それを見て私は今度は隠すことなく笑った。
※
樹が嬉しそうに笑うのを見て、あたしもすっかり安心しきった顔で笑う。
ねえ、樹。確かに樹は強くなったけど、あたしは同じくらい小賢しくなったんだよ。
「(あの紙、わざと出してたってことには流石に気付かないよね)」
樹の嫉妬、樹の視線、樹の独占欲、そしてあたしに対する樹の優越感にも似た深い理解。どれもとても心地よい。
樹の前で完璧な姉でいなければならなかった時間は、決して負担ではなかったけどずっと怖かった。
いつか弱さを覗かせた時に愛想を尽かされるんじゃないかと考え出して、夜中に叫び出したくなったことも1度や2度じゃない。
だから、あたしの弱さや脆さを好いてくれるのが―――とっても嬉しい。
「(やり過ぎはダメですよ)」
ぱくぱくと口の動きだけで友奈がそう伝えて来る。大丈夫、今日は放課後まではもう動きは無いと思うから。
前よりもずっと私たちは互いを理解していると思う。こういうのを幸せって言うんだろうな。
当て馬にしてしまったクラスのみんなに心の中で謝りながら、あたしは折紙を続けた。
最終更新:2015年02月23日 19:23