H4・529-530

「家に帰ったら何しようか、東郷さん」

「やりたいことはいろいろあるけど、まずは勉強よ、友奈ちゃん。明日提出の宿題、まだ終わってないでしょ」

「あー、ばれてたか。もう少しなんだけど、わからないところがあってね。手伝ってくれる? 東郷さん」

「もちろんよ」

神世紀300年秋。授業が終わった友奈と東郷は二人で自宅への帰路についていた。
東郷は車椅子で生活しているので、登下校には福祉サービスの車を利用することが認められている。
だが、最近は友奈の慣れもあり、坂道を登る登校時はともかく、下校時は二人だけで帰ることが多くなっていた。
なにしろ二人は帰宅部。特にこれといってやることがないのだ。

そう、帰宅部。
昨年度末まで二人は勇者部という部に所属していた。
一年先輩の犬吠埼風が創設したその部は、勇ましい名前とは裏腹にいってみれば地元に密着したボランティア活動を主とした部活だった。
勇者部ですごした時間は充実していた。
しかし、その時間も風の突然の転校で幕を下ろした。

引越し間際、最後に風と会ったときのことを二人はよく覚えている。
突然の転校にを謝っていた。だけど、その時の風の表情をどう表現すればよいのか、二人は今でも図りかねていた
喜び、決意、戸惑い、不安。それらが綯い交ぜになったあの顔が忘れられなかった。

『勇者部のこと、ごめんね。二人には一年間、ううん、三年間無駄にさせちゃったかもね』

そんなことをいう風の顔は、なぜか少し嬉しさが混ざっていたように今では思える。

『そんなことありません。この一年間のこと、私は忘れません。来年も勇者部は存続させます』

『そうですよ、私も楽しかったです。お元気で。またどこかで会いましょう。風先輩』

東郷と友奈の言葉に笑顔で応えた風だったが、凄惨とも言える何かの決意を帯びた笑いだった。
東郷にはあの笑顔が、死地に赴く者のそれのように思えてならなかった。
一度だけ、友奈とこのことについて話そうとしたことがある。
でも、できなかった。話を向けようとしたときに、友奈にとめられたのだ。

『その話はやめよう、東郷さん。風先輩とは必ずまた会えるよ』

友奈にはいつもの笑顔がなく、東郷は友奈も自分と同じ思いであることを悟った。

新年度が始まり、二人は部の勧誘活動したのだが、新入部員は入らなかった。
讃州中学では部活動は部員が三人以上であることが原則であり、勇者部は廃部が決定した。
廃部が決定し、実は二人はほっとしていた。
風の最後の表情を思い出しながら、勇者部の活動を続けることに心のどこかで気まずさを感じていたのだ。
あの部活には何か思いもよらない秘密があったのかもしれない。そう思えた。

帰宅途中の二人は 八百屋の前を通りがかる。
買い物途中の主婦が集まって井戸端会議をしていた。
会話が聞こえてくる。どうやら、またどこかで山火事があったらしい。
ずいぶん広範囲に渡って起こった山火事は、あろうことか、神樹様の近くで起こったらしい。
思わず二人とも眉をひそめる。

今年の春から、こういった火災や事故などが頻発している。
神世紀300年、という区切りのよい年だからだろうか、末法思想、というのが初夏に流行した。
旧世紀に存在した宗教と関連付けられるそれは瞬く間に四国全土に広がり、そしてあっという間に沈静化した。
今ではそれを語る人はいない。書籍もない。ネット上でも情報が完全に消されていた。
興味がわいた東郷は調べようとしたが、友奈が全力で止めた。
怖いから、やめよう、東郷さん。怯えた友奈の表情は真剣そのもので、東郷は友奈に絶対やらないと誓ったのだ。
友奈と東郷が二人だけの時間を少しでも多く持とうとしているのは、この不穏な空気が原因かもしれなかった。

やがて友奈と東郷は自分達の家に着いた。
二人は家は隣同士。昔のつきあいではなく、中学に上がる時に東郷が引っ越してきたのだ。
二人だけではなく、両親同士も仲がよい。よいご近所づきあいだ。
だが、両家とも最近大人が家を空けることが多い。それだけが少し気がかりだ。
今日も家に誰もいない予定で、二人は東郷家で過ごそうとあらかじめ決めていた。
二人が門をくぐろうとしたちょうどそのとき、二人の端末から同時に警報が鳴った。
先ほど聞いた山火事のような事故が近くであったのだろうか。慌てて端末を取り出そうとする二人。
端末をほぼ同時に取り出す。最近新しくなったそれは親からプレゼントされた物だ。
御揃いのデザインの端末はやはり同時に警報を出していた。
端末の画面を見た二人は驚いた。

『樹海化警報』

液晶に大きく映ったそれは、二人には意味の分からない言葉だった。
どう操作しても警報は鳴り止まない。
周囲を見渡した二人は二度目の驚きに見舞われた。
総てのものが静止していた。
空を飛ぶ鳥も、風に舞う葉も、写真に写っているかのように動きを止めている。
愕然とした二人を更なる驚きが襲った。
海の向こう、神樹様の作り出した壁を越えて、虹色の何かが進入してきていた。
友奈は慌てながらも門の扉を閉め、東郷を連れて玄関を開け、中に入る。
この行動が正解なのかはわからない。だが、友奈の本能は『あれ』がよくないものだと告げていた。

「友奈ちゃん、なんなの、あれ、私、怖い」

「大丈夫。東郷さんは私が絶対守るから」

そういって友奈は東郷を抱え込むように抱きしめる。
東郷も友奈をすがりつくように抱きしめた。
強い決意の言葉とは裏腹に友奈の体は震えていた
怯える二人は同時に何者かの声を聞いた。

『目覚めなさい、勇者よ』

その声を東郷は以前何処かで聞いたことがあるような気がした。

家の中にいても感じる、全てを塗りつぶすような光が周囲全てを白色に変え、二人が気がついたときには世界は一変してた。
見慣れた風景も、何もかもが変わっていた。
極彩色に彩られた木の根のような何が這い回る世界。
根自体が発光しているからだろうか、周囲は明るかったが、空は黒一色で固められ、太陽も星もなかった。

友奈と東郷はこの日この時、自分達の日常が終わったことを知った。

<結城友奈は勇者であるハードモード 第一話 Aパート 完>

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最終更新:2016年01月04日 19:32