H4・476

「お待たせ、東郷さん。帰ろうか。ってあれ?どうしたの?」

用事を済ませた友奈が東郷との待ち合わせ場所に着いたのだが、東郷の様子は少しおかしかった。
盛んに手をこすり合わせ、息を吐きかけている。

「なんでもないのよ、友奈ちゃん。ただ、手袋を忘れちゃって」

笑って言う東郷だったが、やはり寒いのだろう。手をこすり合わせる動作を止めようとはしない。
友奈は少し恨みがましく手袋を付けた自分の手を見た。
友奈自身はそこまで寒くはない。おそらく手袋を外しても大丈夫だろう。
この手袋をはめて、東郷さん。そう東郷に言うのはたやすい。
だが、けして受け取りはしないだろう。おしとやかな外見に似合わず彼女はかなりの頑固者だ。
そしてそれは友奈が一番よく知っていることだ。
とはいえ、やはり友奈は東郷に手袋をはめて欲しいほしい。あ
東郷は水周りの家事をよくしている。こんなことがきっかけで東郷の肌が傷ついたりするのは嫌だった。
ポケットに手を入れてみたら?と言ってみるか?それもありえない。
東郷はそういったマナーにもうるさい。他人はともかく、自分ではそんなことはしないだろう。

友奈が勉強の際には見せないほどの集中力で脳をフル回転させると、ふとある考えが浮んだ。
これなら受けていれてくれるのではないだろうか。
とりあえずは言ってみよう。そう決意し、友奈は東郷に声を掛けた。

「でもやっぱり手が冷たいんだよね、東郷さん。これ着けて」

友奈は片手の手袋を外して東郷に差し出した。

「友奈ちゃん、手袋を忘れた私が悪いんだから、貸してくれなくていいのよ」

「大丈夫。私のアイディア、きっと東郷さんも気に入ると思うよ」

友奈は笑顔を浮かべて東郷にそう言った。
春の日差しの下、満開に咲き誇る桜のような明るい笑顔。万人をひきつけるであろう笑顔。
東郷が好きな友奈の笑顔だった。
東郷は友奈を信頼している。そこまでいう友奈の言うことを聞かないわけにもいかない。
かといって100%信じるか、と言われるとそれも少し違う。友奈はたまに自己犠牲の精神を発揮する。
それをあまりに簡単に出してしまう友奈が少し怖い。東郷としては修正したいところだった。
少し疑わしそうな顔をしつつも、東郷は友奈の手袋をはめる。
渡された手袋は友奈の体温で温まっていた。
片手だけとはいえ、かじかんだ手が暖かくなる。それは確かにうれしいことあった。

「それで、後はどうするの?」

「こっちの手はね、こうするの」

そう言うが早いか友奈は東郷の手を取り、自分のコートのポケットにつっこんだ。
東郷が反応する暇もないほどの早業だった。

「うわ!東郷さんの手、すっかり冷たくなってるね。やっぱり暖めたほうがいいよ」
「で、どう?私のアイディア」

今あるものを二人で分け合う。東郷が許容するぎりぎりの線を保ったアイディアだろう。
東郷としても悪い気はしない。なにより自分のことを考えてくれる友奈の優しさがうれしかった。

「うん。暖かい。ありがとう、友奈ちゃん」

「東郷さんが気に入ってくれてよかった」

東郷の言葉に友奈の顔はさらに明るさを増した。

「そうだ、こうした方が早く温まるかな」

ポケットの中で東郷の手を放すと、友奈は東郷の指と指の間に自分の指を滑り込ませ、握りなおした。
東郷の顔が赤くなる。このつなぎ方を樹に借りた雑誌で読んだことがある。
通称、恋人つなぎ。心を通わせあった二人がする手のつなぎ方。友奈は知っててやっているのだろうか。

友奈を見つめる東郷の目に自然と力がこもる。東郷の視線に気づいたのだろうか、友奈は少し恥ずかしそうに視線をそらした。
人の視線から逃げる友奈を東郷は初めて見たように思う。恥ずかしがる、ということは友奈も知っててやっているのだろうか。
心に少し余裕ができた東郷は友奈の手を握り返した。友奈が耳まで赤くなるのがわかった。

「行こう、東郷さん」

「ちょっと待って、友奈ちゃん」

恥ずかしさから逃れるように先を急ごうとする友奈を東郷は止めた。
友奈に近寄り、自分の首に巻かれたマフラーを片手で器用に緩め、余った分を友奈の首に巻きつけた。

「私、そんなに寒くないよ、東郷さん」

「風邪の予防には首を暖めるのが効果的なのよ。友奈ちゃんに風邪をひかれては困るわ」

手袋のお返しなのだろう。そう気づいて友奈はうなづいた。
東郷もうなづき返した。
『何事にも報いを』とは最近知り合った人が口にした言葉だ。
東郷も好意には好意で返したかった。

ようやく二人は家に向かって歩き出した。今日は両家とも両親が不在だ。
どちらかの家で朝まで過ごそうと決めていた。

「夕ご飯どうしようか。友奈ちゃんは何か食べたいものある?」

「お鍋がいいかな」

「お鍋、ね。どういうお鍋がいいの?」

「どういう、っていうのもないんだけど、できれば、その・・・」

「?」

「私が東郷さんと一緒に料理できるようなのがいいかな」

「私一人でも大丈夫だけど?」

「うん、知ってる。だけど、今日は東郷さんの近くで一緒に同じことをしたいんだ」

「そっか。ありがとう、友奈ちゃん」

「ううん。こちらこそ、よろしくね、東郷さん」

「でもね、友奈ちゃん。お鍋って簡単なように見えるけど、手間がかからないというだけで、手を抜いていいわけじゃないのよ」

すっかり暗くなった夜道で、友奈は東郷の目が光ったように錯覚した。
そういえば東郷は鍋奉行だった。去年の冬は勇者部部長の風と鍋のあり方についてずいぶん熱く語り合っていたのを思い出した。
料理を選び間違えたかな、そう思わないわけではない友奈だったが、いまさら変更するわけにも、変更するあてもない。
お手柔らかにお願いします。それだけは伝えてみた。

互いに温もりを与え合いながら、電灯と月明かりの中、友奈と東郷は家路についた。
不思議だった。コートのポケットの中で握り合った手。そして二人は一本のマフラーで結ばれている。
一人で歩くよりよほど不自由なはずなのになぜかとても安心できる。
相手がどうしようとしているのか、自分がどうすればいいのか、言葉にしなくても、伝えようとしなくても理解できる。
それがとても心地よい。
こんな関係がずっと続けばいいな。そんなことを二人は同時に思った。

<了>

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年12月10日 20:22