H4・238

 N○K・仕○の流儀。
 東郷美森。
 職業──プロそのっち愛好家。
 香川県観音寺市。
 四国でも有数の“プロそのっち愛好家”であり、“そのっち愛好永世名人”の肩書を持つ東郷美森はそこで家族と共に暮らしている。
 世間にはあまり知られていないこの仕事の真髄を知るため、我々は東郷氏の一日に迫った。

 東郷美森の朝は早い。
 早朝5時、東郷氏の部屋にスマートフォンのアラームが鳴り響く。

『おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~!』

 なんとも可愛らしい少女の声の録音が東郷氏のアラームのようだ。
 その声に呼応し、布団から起き上がった東郷氏に我々はまず挨拶をした。

「おはようございます」
「……」

 東郷氏は我々の声が聞こえていないのか、我々を一瞥もせず、今だ鳴り続けているスマートフォンを手に取った。

「おはよう、そのっち」
『おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~! おはよ~わっしー朝だよ~!』
「うふふ」

 そのまま5分ほどアラーム音を聞きつづけた後、東郷氏はアラームを切り、我々のほうへと視線を向けた。

「あ、お、おはようございます……」
「はい、おはようございます。さっきは無視してしまってすみませんでした」
「いえ……お気付きになられてはいたのですね?」
「ええ。ですが、私の一日の始まり……第一声はそのっちへの朝の挨拶と心に決めているものですから。さらに言うならば、一日の一番最初に聞くのはそのっちの声。最初に見るのはそのっちの待ち受け写真だと……もう習慣ですね」

 プロになってからというもの、この習慣は雨の日も風の日も雪の日も怠ったことはないという。
 仕事に対するこのストイックさは、まさにプロフェッショナルといえよう。

「すみません。朝の習慣がもう一つあるので少し失礼します」

 東郷氏はそう言うと、我々に一度カメラを切るように指示した。
 我々がカメラを切ると、東郷氏は部屋の隠し金庫から何やら黒い布のようなものを取り出した。
 この金庫がある場所がバレるのはまずいんです、と東郷氏。

「あ、カメラもう良いですよ」
「ありがとうございます。あの、すいません、そちらは……?」
「これは、そのっちのスパッツです」

 もう2年も前のもので匂いもほとんど残ってないんですけどね、とはにかんだ顔は仕事のプロというよりもあどけない少女の顔だった。
 というより、開き直った変態の顔だったのかもしれない。

「そちらを、どう……?」
「えっ?決まってるじゃないですか。嗅ぐんですよ」

 東郷氏は言うが早いかもう辛抱たまらんといったように、その例の物に顔を押し当てた。
 すぅぅぅ……はぁぁぁ……すぅぅぅ……はぁぁぁ……。
 部屋中に東郷氏の呼吸音が響き渡る。

「んっ……はぁっ……あぅ……そのっちぃ……///」

 すぅぅぅ……はぁぁぁ……すぅぅぅ……はぁぁぁ……。

 ここで視聴者の方々にお知らせがあります。
 今回密着取材させていただく東郷美森さんは多感な女子中学生とあり、スタッフはみな女性で固めてあります。
 視聴者の方々、ご安心を。

 東郷氏はその行為を30分ほど続けた後、フラフラとした足取りでスパッツを元の金庫に戻した。

「やはり、朝一番にそのっちの香りを嗅ぐと脳が活性化します」

 脳が活性化しているのにフラフラした足取り……ひょっとして東郷氏渾身のギャグだったのだろうか?
 完全に上気した表情で東郷氏はそう語ってくれた。
 しかし、プロとして声、挨拶、見るもの、感じるもの……そのすべてを“そのっち”を毎日の最初に持ってくる。
 東郷永世名人こだわりの職人芸は我々の胸を強く打つものがあった。
 まだほんの数十分の中に、東郷氏の並々ならぬプロ意識を感じた我々は、落ち着いた東郷氏に質問をぶつけた。

「そもそもの話なんですが、“そのっち”とはなんでしょう?」
「天使すぎるアイドルなんて目じゃないくらいの天使……私の大切な人で、四国一の美少女です」
「人なんですね?」
「もちろんそうです。本名乃木園子、またの名を大天使ソノエル。その愛らしさは天界一です」
「乃木……というとあの大赦でも強い力を持つというあの……?」
「はい。そのっちは乃木家の一人娘で、私が通う讃州中学校の同級生です。そして宇宙一可愛い女の子です」

 “そのっち”について語る東郷氏のまなざしは真剣そのものだった。
 そのっち愛好という仕事に向ける東郷氏の姿勢がそのまま、まなざしに反映されていた。
 我々は世界中を探しても一握りしかいない“本物のプロ”の匂いを感じた。

「さて、そろそろ朝食の準備をしなくては……」

 東郷氏がこれから着替えると暗に言っていることを察した我々はそそくさと部屋を出た。
 讃州中学校の制服に身を包んだ東郷氏が部屋から出てきたところで我々も後に続く。

「いつも朝食は美森さんが?」
「いえ、母の手伝いです。以前は我が家の朝食を和食限定にするため、私が作っていたのですが、今日はパンなので」
「パンがお好きになられたのですか?」
「う~ん……まあ嫌いではなかったですし、そのっちが朝食は週に2回くらいはパンだと言っていたので」

 ここで東郷氏は少し頬を赤らめた。

「そのっちと結婚したら、その……週に1、2回くらいはパンにしてあげたいなと思いまして/// 慣れる練習です///」

 まさに恋する乙女。
 プロといってもまだ14歳だ。
 先程までの職人のような厳しい表情が嘘のように、年相応の女の子の顔がそこにはあった。

「ですが美森さんはまだ14歳です。もしかしたらもっと好きになる人が出来るかもしれません」

 言ってしまってから気付いた。何て無礼なことを言ってしまったのだろうか。
 それもプロフェッショナルの第一人者に向かってだ。
 すぐさま謝ろうとした我々に東郷氏は笑顔の中に強い意志を秘めた顔でこう言った。

「私の人生には色んな選択肢が待っているのだと思います」
「あ――はい……」
「もうすぐ3年生になる私にとっては受験があり、進学先という無数の選択肢があります」
「はい」
「ですが嫁ぎ先という場合において、そのっちの隣以外の選択肢はありません。一直線なんです」
「――!!」
「もう彼女から離れたくないんです。運命にも、“神様”にだって私たちを引き裂くことなんて許しませんよ。二度と、ね」
「先程のは愚問でした……申し訳ありません」
「いえ……皆さんからすれば当然の質問です。お気になさらず。そのっちはずっと大変な思いをしてきた女の子です。でも私は……彼女が一番苦しんでいるときに側にいてあげられなかった……。だから、これからは私がそのっちを支えてあげたいんです。またやってくるかもしれない苦しみや悲しみを今度は一緒に分け合えるように……」

 東郷氏は毎日つけているというリボンをキュッと握り、苦しそうな顔をしていた。
 しかしすぐに明るい表情になるとこう続けた。

「なによりそのっちのことが大好きなので、ただ結婚したいっていうのもあるんですけどね///」

 東郷氏の幼さと歴戦の勇者のようなギャップのある言動に、我々は乃木氏との結婚は間違いないと確信した。
 なぜなら、こんなかわいい子の恋が成就しないわけがないからだ。





「しまった!!」

 朝食を終え、学校へ持って行くカバンの整理をしていた東郷氏の叫び声に、我々も思わず身構える。

「どうされました?」
「ああ……プロとしてやってはいけないミスをしてしまいました……」

 東郷氏の表情が険しくなる。

「私はほぼ毎日部活のメンバーにぼた餅の差し入れをするのですが……そのっちが入部する以前の癖で5つしか作ってなかったんです……」
「部活動のメンバーは何人なんですか?」
「私やそのっちも含めて6人です。……このままでは風先輩の分が無くなってしまう……」
「えっ? 話を聞いていた限り、乃木さんの分を作り忘れたということだと思ったのですが……」
「私はそのっち愛好のプロですよ。そのっちの分は一番最初に作るので忘れるなんてことありえません。そのっちの喜ぶ顔を想像しながら、丁寧に1個目をつくるんです。そして友奈ちゃんの分も心を込めて作ります。……あとはまあ流れで。流れに身を任せて作った結果、一番慣れていた5個目を作った時点で脳が終わりだと錯覚してしまったんです……」

 困り果てている東郷氏を見かね、我々も知恵を貸すことにした。

「……ご自分の分を削ればいいのでは?」
「……それも考えました。でも、私だけ食べないとそのっちに無用な心配をかけてしまうかもしれません。もしかしたら、わっしーは体調が悪いのでは? と優しいそのっちならそう考えるはずです。私はプロです、断言できます」
「乃木さんに心配はかけたくないですね」
「はい。なので、『風先輩の分は忘れちゃいました☆てへ』と言えば、風先輩のことなのでギャグということで落ち着くのではないかと。どうせ明日はいっぱい持ってきますとでも言っておけば風先輩自身は納得してくれますしね」

 我々はプロフェッショナル東郷に感心していた。
 全力でやるべきところは全力を注ぎ、力を抜くところは抜く。これこそプロとしてのメリハリであろう。
 今回は力を抜いたところからミスを生んでしまったが、長くプロ生活をしていればそういう日もある。
 そういうごく稀にあるピンチを切り抜ける鮮やかなファインプレーもまた、プロの業である。

「いや、待てよ……」

 しかし“本物”のプロはピンチを“切り抜ける”だけでは飽き足らない。

「ぼた餅とは言ってしまえば、お餅を餡子で包んだだけの代物……。私が愛読している美少女麻雀漫画には胸のことをおもちと呼ぶアニメ版の声がそのっちにそっくりな超絶美少女がいたわ。つまり……私のおもちに餡子を載せて、こっちがそのっち専用のぼた餅よと……///」
「あの、ひょっとしてそれはギャグで言ってるんですか?」
「私は至って本気です」

 本物のプロフェッショナルは、ピンチを“チャンス”に変えてしまう。
 東郷氏の深淵にある叡智……我々ごときでは理解の及ばない、真のプロフェッショナルならではの神算鬼謀。
 我々はもはや感服するばかりだ。

「こうすれば風先輩が犠牲にならずに済むし、私もそのっちと……///」
「ですが、学校でそれをやるのは恥ずかしくないでしょうか?」
「もちろん学校ではやりません。そのっちの分は特別に作ってあって、家にあるからとそのっちを誘います。そして私の部屋でそのっちに私のぼた餅を心ゆくまで堪能してもらい、私もまたそのっちを堪能させてもらう……完璧ですね」

 その作戦はまさに完全無欠。かの諸葛亮孔明も「ははは……」と乾いた笑いを浮かべるであろう策であった。
 まさに稀代の天才。
 もし東郷氏が戦国の世に生まれていたら、『今孔明』と呼ばれていたのは竹中半兵衛ではなく、東郷氏であったかもしれない。
 それを東郷氏に伝えると、「そんな、比べられるのもおこがましいです」と謙遜。
 こういう謙虚なところもまた東郷氏の美点であろう。

「なので申し訳ないのですが……この策を実行しなければならないので、放課後に予定していた取材の方はキャンセルしていただきたいのですが……」
「はい、もちろんです。讃州中学校の方に取材許可を貰っていないので、学校の方にも行けませんから今日のところは我々は撤収します」
「ありがとうございます」
「あの、最後に聞かせていただけますか」

 ――あなたにとって、プロフェッショナルとは?

「『好き』という情熱を燃やし、一生懸命でいること。もし他人にとってくだらないと映っても、自分にとっては大切なことなんだと孤独であっても突き進めること。そして……夢を実現できる人のことです」
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。友奈ちゃんを起こしに行ってきます」

 行ってきます、と家族に告げて家を出ていく東郷氏。
 その背中に、夢を実現させようと未熟ながら力強く羽ばたく翼を、我々は幻視した――。





             N○K・仕○の流儀‐東郷美森‐~プロそのっち愛好家~





















 だが我々は一つのミスを犯していた。
 カメラは全台撤収したと思っていたのだが、東郷氏の部屋の定点カメラを一つ撤収し忘れていたのだ。
 そのカメラはずっと回り続け、東郷氏と乃木氏の特別なぼた餅食事会を一部映してしまっていた。
 その様子をほんの少しご覧いただこう。

「そ、そのっち/// これがそのっち用のぼた餅よ……///」
「わ、わっしー……?///」
「ど、どうかな? 食べてくれる?///」
「わっしーって大胆だよね~/// ……こんな美味しそうなぼた餅、食べない手はないよ~! いただきま~す!」
「あっ……///」

 いかがだったろうか。
 まだ続きはあるのだが、この続きは受信料をちゃんと払っている方のみデータ配信でご視聴いただけるものとなっている。
 ……ん? 大赦から連絡?
 今すぐデータをよこせ? さもなくば局ごと潰す……っ!?
 あわわわわ……大赦に逆らったら四国では暮らしていけない……。
 データはすべて大赦管轄とさせていただきますので、視聴者の方々には申し訳ない。




「園子様、N○Kからデータを奪うことが出来ました」
「こんなデータ流出されたら困るからね~。私もあのとき興奮しててカメラに気付かなかったなんて不覚だよ~。ところで――」

 ――プロそのっち愛好家ってなんだろ~?

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最終更新:2015年10月25日 13:55