H3・478

――放課後、讃州中学校

 学校の授業が終わって、放課後。私、結城友奈を含む勇者部の5人は、勇者部の活動のために空き教室に集合してる。

空き教室とはいっても、雑多な荷物がこんもりと積み重なっててまるで物置にしか見えないけどね。

今日のお仕事は物置にされてる空き教室の整理。

「とりあえずこの部屋に積んでおこう」って、書類とか、使ってない机や椅子、その他諸々の

色々な荷物を放り込まれてた空き教室をしっかり掃除してから、保存されてる物の記録。そして、荷物を種類ごとに整理整頓する作業だ。

もちろん、学校の先生からの依頼。



「久しぶりの勇者部のお仕事!がんばるぞー!」

そう言って私は腕をぶんぶん振るって気合を入れる。

退院して学校に通えるようになってからしばらくは、人のためになる事をするどころか自分の事すら満足に出来なくて皆の手を借りてたけど、

そのおかげもあってリハビリも順調。ようやくある程度は元気に動けるようになって、日常生活の支障も全然無くなったんだ。

劇の練習は今でもしてるけど、それはあくまでも文化祭の演し物だから、勇者部としての通常の活動は今日が久しぶり。

今までできなかったぶん、存分に皆と一緒に部活ができると思うと嬉しくてたまらない。思わず口元に笑みが浮かんじゃう。

「友奈、燃えてる所に悪いけど、今日は軽い作業だけにしなさい。

 ようやく元気になったっていっても、完全じゃないんだから」

風先輩は、ちょっと私が心配みたい。

「大丈夫です!それに、ほら、どんどん元気に動いていかないと体も戻りませんから!」

「確かに、それは大事よ。でも、そういう事はしかるべき時と場所でしっかりとやりなさい。

 誰かが見てる前でなら、たとえフラついても倒れても助けてあげられる。

 もし友奈1人でも、何もない場所での運動なら、多少の無理をしても危険性は低い。

 でも、こんな雑然とした物置じゃそうはいかないもの。」

「そんなぁ……」

自分で思ってるよりも、風先輩からの体調評価が低い。

そんなに心配しても大丈夫、私は部活ができる……そう言ってくれるんじゃないかと、

助けを求めるように周りを見るけど、期待してた反応はなかった。

「そうよ友奈ちゃん。まだまだ本調子じゃないんだから、体調には十分に気を使って。ね?」

「病み上がりはおとなしくしてなさいっての。心配しなくてもこの程度、私たちだけでどうって事ない。

 動くなとは言わないけど、今日は仕事をこなす事じゃなくて、体の調子を把握する事に集中するのね。」

「わ、わたしも!友奈さんの分まで頑張ります!」

風先輩だけじゃなく、みんなもまだ私に仕事させるのは不安なのかな。

張り切ってた気持ちがどんどんしぼんでいく。

「うぅ。結城友奈、了解しましたぁ……体力をあんまり使わなそうな作業に専念してます」

「よろしい。それじゃ、さっそく取り掛かりましょう。

 まずはこの埃をどうにかする所かしらね。」

風先輩がそう言うと、みんなはパパっと作業に取り掛かる。



 私たち勇者部にとって、こういう倉庫整理なんかはお手の物。

福祉センターと連携して、お年寄りのお家を訪問して御用聞きをするボランティアをしてた時も、

よく物置の整理なんかを頼まれてたからすっかり慣れっこ。

だから、みんなでかかれば埃掃除やあきらかな不要物の片付けはすぐに終わった。その後は記録と整理整頓だ。

「おねえちゃん、これなんだけど」

「うん?ああ、その辺の書類は種類を問わずあっちにまとめちゃって。

 あとで先生方が確認するはずだから」

風先輩と樹ちゃんが、細やかな物をそれぞれ探しやすいように整理してる。

「てりゃあぁぁぁぁあ!!!」

夏凜ちゃんは、重いダンボール箱を上げたり下ろしたりと、体力仕事を頑張ってる。すっごい元気。

「こっちは空のコンテナ。こっちは、本?元は図書館の品のようだけど。

 それでこれは……暗幕ね。文化祭用かしら。」

東郷さんは、いつも通りに記録係。

でも、足がすっかり治った東郷さんは自分でも動きまわって荷物の整理もバシバシこなしてる。



 そんな中、私は皆の手のまわらなそうな細々とした作業をこなして回ってた。

大変な事なんてぜんぜんしてないのに、額に汗がじんわり滲んでくる。

お掃除は全身運動って言うけど、本当なんだね。普段の生活だと気付かなった衰えが実感できちゃう。

皆が心配してくれた通り、まだちょっと体力が戻ってないみたいだ。

そう気づくと、今の状況がなんだか今まで以上に寂しく感じた。

だって、私が元気だった頃は、私と夏凜ちゃんが競争するみたいな勢いで力仕事を頑張って。

頭脳労働が得意な東郷さんと、体を動かす事が好きな私で相性ぴったりだね、なんて笑い合って――

その頃の事を思い出してたら、ズキリと胸に変な痛みが来た。

「友奈ちゃん、どうしたの?何かあった?」

なんだか突然変な気持ちになっちゃったけど、それがすぐ東郷さんに見透かされたみたい。

心配そうな表情で、優しい声で語りかけられる。

「ううん、なんでもないよ。ちょっとボーっとしちゃった。」

「そう?なら良いんだけど」

そう言って作業に戻る東郷さん。また心配かけちゃった。

その事に、胸がまた小さくチクリと痛んだ。



 ……私は、人に迷惑をかけるのも、心配させちゃうのも、嫌なんだ。

思ったとおりに動かないこの体がもどかしい。

こんなの、入院してた時とくらべたら全然なんてこと無いのに、贅沢になったなって思う。

でも私は、本当は……今日の部活でみんなに「元気になったんだね」って安心して欲しかった。

すっごく心配させちゃった東郷さんに、元気な姿を喜んで欲しかった。

そうしたら、東郷さんは今よりももっと笑顔になってくれるはず。

部活の前に考えてたそんな思惑と、現状とのギャップにちょっと悲しい気持ちになって、

思わず天を仰いでため息をつく。

……あれ?

私の目に、壁側にある棚の上にまだ開けられてもいないダンボール箱があるのが目に入った。

確かあれと同じ箱って、もう中身の記録もして整理済みだよね?書類が詰まってる奴だっけ。

そう思ってぱぱっと確認してみると、やっぱりもうあれと同じ種類の箱に関しての作業は終わってるみたい。

っていう事は、見落としちゃったのかな?見難い場所にあるし。

夏凜ちゃんに教えて、ダンボール箱おろしてもらおっと。

そう考えて口を開こうとしたけど、その直前に、思いついちゃった。

――あれを持って、「これ残ってたよー」なんて気軽に声をかけたら、みんなちょっとは安心してくれるかも。

『なによ、思ったより元気なんじゃないの。心配して損したわ』なんてね。

我ながら、ちっちゃな子供みたいな考え方だなーって思うけど、その未来はすごく魅力的に思える。

好機逸すべからず。えーっと、踏み台になりそうなものは……使ってない椅子があるね。ちょうど良いや。

椅子を棚の前に運んで、その上に立ってダンボール箱の中身を確認。うん、やっぱり書類が入ってるみたい。

さっそくダンボール箱をおろすため、ずりずりと引っ張る。

箱の半分以上が棚の上から顔を出して、こっちに倒れてきそうになったところをしっかりと抱え込む。

そうする、つもりだったんだけど。

「あ、あれ?思ったより、重た――」

腕も、足も、どっちの踏ん張りも効かなくて、支えられない。

気づいた時には、私の体はダンボール箱に押されるようにして後ろに倒れこんでいた。



 椅子の上に立っていたんだから、後ろに倒れたら落ちちゃうな。怪我しちゃうかも。

しかもこの体勢だと、椅子から落ちた後の私のところにダンボール箱が落ちてきて直撃しちゃうよ。なんとかしないと。

今まさに落下しているというのに、どこか呆けた頭でそんな事を考える。

危機感からか一瞬の時間が何倍にも引き伸ばされて、今の状況がスローモーションみたいに見える。

でも、体勢を崩してる私に出来る事はなんにも思い浮かばない。ただゆっくりと、落ちつつある体を感じるだけ。

……ああ、馬鹿な事しちゃったな。みんなに呆れられちゃう。あんなに忠告してくれてたのに。

そんな後悔を胸に、私はもうすぐ訪れるだろう痛みを覚悟して。

「ッ!友奈ちゃんっ!!」

直後に、ものすごく焦った東郷さんの叫び声。

その声があんまりに悲痛で、思わず今の自分の状況がぜんぶ頭から消し飛んだ。

東郷さんに駆け寄って、どうしたの東郷さんって話を聞いて、東郷さんを悲しませるものなんて、私がぜんぶ――

そんな幻視が一瞬のうちに頭を巡ったけど、すぐ我に返る。

だって、東郷さんを今悲しませてるのなんて、私に決まってる。

つまりこれって、罰があたっちゃったのかな……

そんな益体もない事を考えてるうちに、結局なんの対処も出来ないまま、私の体は地面に落ちた。

どしん!と床に尻もちをつく。その時とっさに床に手をついたけど、それでもすっごく痛い。

「ぁぐっ……!」

思わず呻き声が喉から出た。でも、本当に危ないのはこれから。私の上にダンボール箱が落ちてくる。

私はせめて、頭だけは守らないとって両手で頭をかばおうとする。

でも。

「つっ……ぁぁぁぁぁあッッ!!」

まるで突風みたいな勢いで東郷さんが駆けてきて、私に迫ってたダンボール箱を思いっきり蹴っ飛ばす。

バンッッ!!!って音がするくらい、全力のキック。

それを見て、ああ、元気になった東郷さんは凄いなあなんて、ズレた事を考える。

重いものだから吹っ飛びはしなかったけど、落下地点がずれて、どすん、と床に落ちるダンボール箱。

どうやら助かったみたい。ぜんぶ東郷さんのおかげだ。

「あはは、ごめん。失敗しちゃった。

 東郷さん、ありが――」

「動かないで!!」

立ち上がりながらお礼を言おうとしたら、東郷さんに静止させられた。

有無をいわさない、強い口調で。

「えっと、あの、東郷さん?」

戸惑う私を気にせず、東郷さんは私に駆け寄るとじっと私を見つめると、

その後ぺたぺたって私の体を触りだした。

その表情があんまりにも真剣そのもので、私は何も言えなくなっちゃう。

「友奈、大丈夫!?なんかすごい音がしたけど」

「ちょっとちょっと、何事よ!?」

大きな音を立てたから、作業中のみんなも気づいたみたい。

作業を中断させちゃった。

「ごめんなさい、びっくりさせちゃって。

 ちょっと椅子から落ちて尻もちついちゃっただけだから、大丈夫です。」

そう説明すると、今度は他のみんなも眉をしかめちゃった。

何か言おうとしたみたいだけど、東郷さんの様子を見て言葉を飲み込んだみたい。

『おとなしくしてろって言ったのに、何やってるの!』みたいに思われちゃったかな。

そんな中でも、東郷さんは他の事が何も目に入らないみたいに私の体をチェックしてる。

「友奈ちゃん、ここに痛みはある?」

東郷さんに、ぐいっっと腰のあたりを軽く圧迫される。

それを否定すると、今度は肩、腕、手首、足首と順繰りに触る。

「ッ…」

「左手首の捻挫……床に手をついた時ね。すぐに応急処置をしないと」

私は何も言ってないけど、反応だけで東郷さんにはわかっちゃったみたい。

「風先輩、私は友奈ちゃんを保健室に連れて行きます。

 しばらく作業を抜けても良いでしょうか。」

そう言って私に手を差し伸べる東郷さんの顔は、感情を押し殺したみたいな無表情で。

優しい言葉とは裏腹に、声はどこまでも硬い。

この東郷さんには見覚えがある。何度か本気で怒らせちゃった時の、ちょっぴり怖い東郷さんだ。

「え、ええ。付き添ってあげてちょうだい。」

風先輩もそれに気づいてるみたいで、気圧されるみたいに返事をした。

「それじゃ、行きましょう友奈ちゃん。」

「う、うん……」

もちろんそれに抵抗するなんてこと出来るわけもなく、私は東郷さんに手を引かれてその教室を後にした。



――友奈と東郷の去った部屋

「さて、私たちは片付けの続きよ。

 樹。夏凜。2人の抜けた分まで頑張りましょう。」

「了解。しっかし、東郷が友奈に怒る事なんてあるのね。

 怒鳴ったりしたわけじゃないけど……友奈に対してあんな顔をする東郷、見たこと無かったからびっくりしたわ。

 前に友奈が、『時々ほんのちょっぴり怖い』だなんて言ってたけど。」

「私もです。東郷先輩、勇者として戦う時以外は友奈さんの隣でニコニコしてる所ばっかり見てましたから。」

作業を続けながらも、そんなふうに去った2人の噂をする。

樹と夏凜にとっては、さっきの東郷の表情はそれだけ衝撃的だったのだ。

部活の時の東郷は、いつだって幸せそうな笑顔だったから。

「私は見た事あるわ。さっきみたいな東郷。」

と風。

「去年の事だから、2人はまだ居なかったものね。

 詳しい事は省くけど、友奈が人のために頑張るあまり自分の事を雑に扱っちゃってたの。

 体に無理をさせたりはしなかったけど、勉強する時間も無くってテストの成績も大幅下降。

 その時の東郷が、あんな感じだったわ。それで、友奈にお説教。

 さすがに友奈も反省したみたいで、それまでの生活を改めたんだけど。」

「そんな事があったんだ……

 それだと、友奈さんは今頃東郷先輩にお説教されてるのかな?」

「多分だけどね。」

「ま、それなら良い機会よ。東郷にこってりと絞られると良いわ。

 友奈はいつだって人の事ばっかりなんだから。

 自分はさんざん人に心配させて……ああいや、私は別に、心配なんかしてないけど。」

「はいはい。」

夏凜の言葉を、さらっと流す風。樹も、口には出さないものの「夏凜さん、しょうがないなぁ」といった慈愛の顔だ。

(相っ変わらず素直じゃないわね、この子は。

 さっきまで、友奈が手を出しそうな重い荷物を大急ぎで片付けてたくせに。

 友奈の体に負担がかからないよう、大変そうな仕事は片っ端から全部こなすつもりだったくせに。

 普段はあんなに気合入れて荷物運びなんてしないのに、バレてないとでも思ってるのかしらね。

 ……言ったらきっとむくれるから、言わないけど。)

そんな、素直じゃないけど優しい夏凜の心根がなんだか愛しくて、風は意識せずに気がつけば頭を撫でていた。

優しい手つきで、なでなで、なでなでと。

最初はぽかんとしていた夏凜だが、少し遅れてから、頬が瞬時に真っ赤に染まる。

「ちょ、ちょっと!一体なんなのよいきなり!」

「あ、ごめん。無意識につい。」

「無意識で人を撫でるなんて聞いた事ないわよ!そういう事はアンタの妹にやりなさい!」

「もちろん樹にはいつも家でやっ「おねえちゃん、ストップ。」

 こほん。さ、友奈の事は東郷に任せて、私たちは作業をどんどん進めるわよ。

 あの子たちが戻ってきた時にあんまり進んでなかったら、きっと責任感じちゃうもの。」

そう言われると、夏凜からは話を続けようという意思はなくなった。どこまでも、根は良い子なのである。

「まあ……それはそうね。

 それじゃ、2人が戻る前に全作業を終えてびっくりさせるわよ!

 樹も覚悟は良いわね?」

「はい!」

こうして、教室での作業は限りなく順調な速度で進んでいくのだった。



――保健室

「失礼します。捻挫1名。応急手当をお願いしたいのですが」

入って早々に、東郷さんが手早く要件を告げる。

保健室の中には養護教諭のおじさんが1人だけ。

ちょっぴりふっくらとした気の良いおじさんで、私もちょくちょくお世話になった事がある。

「ん?お、おお。捻挫か。

 すまない、診てやりたいんだが、野球部員が怪我をして病院に運ばれる事になってな。

 それの付き添いを任されてしまって今すぐ出ないとならないんだ。

 君、捻挫の応急処置の仕方は……」

「大丈夫です。」

「それはよかった。氷はあそこの冷凍庫のものを使ってくれ。テープはこれを。

 捻挫は応急処置をすればすぐに治るというものではなく、捻挫後2~3日は処置が要る。

 もしよければ経過を診よう。明日また顔を出してくれ。」

「はい。ありがとうございます。」

必要な事だけ手短に言うと、先生はばたばたと慌ただしく出て行っちゃった。

保健室に、私と東郷さんが取り残される。

今の東郷さんはさっきまでの無表情ではなくなったけど、それでも怖い顔なのは変わってなくて。

普段なら嬉しい2人っきりの状況もなんだか緊張しちゃう。

「友奈ちゃん、手を出して?」

「あ、そ、そうだね。お願い。」

私は武術の練習中に手首を捻挫した事もあって、その経験のおかげで応急処置も一人で出来る。

だからって『自分で出来るから、もう平気だよ。東郷さんは皆の所に戻って。』なんて、言えないけど。

なので、黙って捻挫した左手を差し出した。

「友奈ちゃん、お話があります。」

やっぱりお説教みたい。

東郷さんはとっても優しい人だけど、いつも優しいわけじゃない。

優しさと紙一重の所に、厳しさもしっかりと持ってる。そして今、その厳しい面を私に見せている。

「友奈ちゃんは、私たちが心配している事、わかってたよね。

 あれだけ言ったんだもの。それがわからない友奈ちゃんじゃない。

 なんであんな事をしたの?うっかりじゃ済まない怪我をする所だったんだよ?」

そう言いながらも、私の手首を丁寧に処置していく。

凍傷にならないよう、タオルでくるんで適切な温度に調整したのを確認してから、

手首の患部をしっかりと冷却するように、とても気を使って固定してくれた。

声音の冷たさとは反対に、私を手当するその動きはとても優しくて、

愛情を込めて、東郷さんが出来る限りの丁寧さを込めてやってくれているのが伝わってくる。

「ごめんなさい、東郷さん……

 私、寂しかったんだ。」

「寂しい?」

「うん。今まで私がやってたような事は夏凜ちゃんが出来るし、

 部は私が居なくても回ってる。それを見て、なんだか私の居場所が無くなっちゃった気がしたんだ。

 人のためになる事をするどころか、勇者部の皆の手を借りてばっかりの自分が嫌だった。

 みんなに迷惑かけるのも、心配させるのも、もう嫌なんだ。」

自分の行動の理由を、素直に答える。

まるで言い訳してるみたいになっちゃうけど、全部本心だ。

こうなっちゃった以上、真正面からぜんぶお話しよう。

余計に心配させちゃうかもしれないし、呆れられちゃうかもしれないけど。

「友奈ちゃん……」

厳しい表情をしていた東郷さんが、一瞬だけ別の表情を見せた。

多分あれは、なぐさめようとしてる顔だった思う。もしくは、心配してる顔かな?

でも、それは一瞬の事で、またすぐに元の怖い顔に戻っちゃう。

「そう。でもね友奈ちゃん。

 迷惑をかけたくないだなんて、そんな事は思わなくても良いの。

 だって私は、迷惑だなんて思っても居ないんだから。

 私だけじゃなくて、きっと他の皆も。」

東郷さんは優しいから、そう言ってくれる。でも。

「でも、東郷さんには退院してからずっと、本当にたくさん負担をかけちゃってるのに……」

「……そう。友奈ちゃんは、そんなに私の車椅子が邪魔だった?嫌だった?

 これくらいなんて事ないよって、私の定位置だよって言ってくれたのは全部嘘だったの?」

そう言われて、焦る。東郷さんの車椅子を押していた時の私は間違いなく幸せだった。

その事を東郷さんに疑われるだけでも悲しい。

私がずっと車椅子を迷惑に思ってただなんて、絶対にそんな風に思って欲しくない。

「そんなわけ、ない!そんなわけないよ東郷さん!絶対にない!

 だって私は、大好きな東郷さんの役に立てる事が嬉しくて!一緒に居られて楽しくて!それに――」

なおも言葉を続けようとする私の唇に、そっと東郷さんの指が当てられて、それ以上の言葉は続かない。

「ごめんなさい、意地悪だったね。友奈ちゃんならそう言ってくれるって、私知ってた。

 友奈ちゃんが本当に楽しそうに車椅子を押してくれるからこそ、

 私はいつだって素直な気持ちで全てを友奈ちゃんに委ねられてたんだから。

 その時の友奈ちゃんの気持ちと、今の私の気持ちはきっと一緒だと思う。」

東郷さんはそう言うけど、全てに納得はできない。

だって、東郷さんほど素敵な女の子を、私は他に知らないから。

私が東郷さんを頼るのと、東郷さんが私を頼るのじゃ、なんか不公平な気がする。

そもそも、東郷さんが車椅子の頃だって、私は結局ずっと東郷さんのお世話になりっぱなしだったんだから。

「それにね。私たちを心配させたくないって言ったけれど、私は友奈ちゃんが怪我をしたあの時、とても心配したわ。

 ううん、心配なんてものじゃない。怖かった。また貴方を失うんじゃないかって。

 友奈ちゃんが自分を大切にしてくれないなら、これから先もずっとずっと心配し続けると思う。」

「だ、大丈夫だよ東郷さん!今日は失敗しちゃったけど、体が元気になったら――」

そう弁解するけど、東郷さんは首をふるふると振った。

「違うわ友奈ちゃん。怪我をしそうになった事が問題じゃないの。

 友奈ちゃんが、自分の事をないがしろにした事が問題なの。

 友奈ちゃんは寂しいって言ったけれど、頼ってもらえない私たちも、寂しいんだよ。

 ね、友奈ちゃん。もっと自分を大切にして。

 弱ってる時くらい、私たちに寄りかかって。

 私の手なら、いくらだって貸してあげる。きっとそれは、他の皆も。

 友奈ちゃんだって、逆の立場だったらそうしてたよね?」

東郷さんの言ってる事は、もっともだ。

私だって、もし部員の誰かが怪我をしてるのに、ぜんぜん頼ってくれなかったら寂しいって思う。

ううん、なんでそんな無理してるの!って怒っちゃうかも。

でも、それで納得出来ない、変な気持ちが胸から消えてくれない。

「……良いのかな。私なんかが、そんな風に思って貰っても。

 皆に寄りかかりっぱなしの今の私が、勇者部に居て良いのかな。」

そう言うと、東郷さんはなんだかとっても悲しそうな顔になった。

「友奈ちゃんは、本当に……人からの好意に疎いよね。」

そう言って、さらっと私の髪を撫でる。

「居て良いとか、悪いとか、そういうのじゃないの。

 私は、友奈ちゃんにずっと側に居て欲しい。

 それは友奈ちゃんが役立つからじゃなくて、友奈ちゃんが好きだから。ただそれだけなの。

 前に言ってくれたよね。『笑える時はいっぱい笑おう、泣きたい時は一緒に泣こう』って。

 それは私も一緒。友奈ちゃんが苦しい時は、その苦しさを私にもわけて。」

言いながら、私をぐいっと抱きしめる。

東郷さんの体のふにょふにょとした柔らかさと、独自の体臭が伝わる。

「東郷さん……?」

「焦って体の調子を戻そうなんて、しなくて良いの。

 リハビリが必要なら、私がいつだって手伝う。私に出来る事なら、何でもする。させて欲しい。

 辛い時だって、苦しい時だって、一緒に歩いて行きたい。

 だからお願い、友奈ちゃん。何度も言うけど、自分を大事にして。

 友奈ちゃんの傷は、友奈ちゃんが大切にしたい人たちの傷と同じだと思って。

 お願いだから……」

そう言う東郷さんの声はなんだか弱々しくて、切実な響きを帯びていて。

私の軽率さが東郷さんにこうさせているのだと、ダイレクトに伝わってくる。

自分が東郷さんに大切にされてるんだって、ものすごく実感できてしまう。

……私、一体何やってるんだろ。結局また、こうやって東郷さんを悲しませてる。

こんな風に東郷さんを悲しませてまでしたい事なんて、何一つあるわけないのに。

東郷さんが悲しむのなんて、やだ。どんな時だって、悲しみを止めてあげたいんだ。

そう思うと、自然と体が動いた。右手を使って、ぎゅっと東郷さんを抱きしめ返す。

本当は左手も使いたいけど、東郷さんがせっかく処置してくれたんだ。

動かしてしまったらそれを無為にしちゃう。

「ごめん……ごめんなさい、東郷さん。また悲しませちゃった。

 私、東郷さんが私の事を大事に思ってくれてるって知ってるはずだったのに。

 今まで何度も実感してきたはずだったのに、それがどういう意味かわかってなかった。

 自分が傷ついたら東郷さんが悲しむ、それだけの事もわかってなかったんだ。」

「友奈ちゃん……」

「たぶん私は、これからもしばらくは色々と皆のお世話になっちゃうと思う。

 心配させちゃう事もあると思う。

 でも、焦らないでゆっくりと調子を戻していっても、良いんだよね?

 そのために、東郷さんに寄りかかっても、良いんだよね?」

「うん。もちろんよ、友奈ちゃん。」

「ありがとう、東郷さん……不束者だけど、これからもよろしくねっ。」

「ふふっ、こちらこそ。」

そういって、しばらくぶりに微笑んだ東郷さんの笑顔はとっても綺麗で。

この笑顔をもう二度と曇らせるもんかって、そう思えた。



――空き教室

患部の冷却や固定をじっくりやった事もあって、この教室を出てから30分くらいかかっちゃった。

ガラガラ、とドアを開ける。

「結城友奈、東郷美森!ただいま戻りました!」

「なによ、思ったより元気じゃない。」

「おかえりなさい!」

「おかえりー、友奈。東郷。怪我は大丈夫だった?」

「はい。東郷さんが丁寧に応急処置してくれて、これなら悪化する事も無さそうです。」

「それは何より。こっちもちょうど終わった所よ。」

「えぇっ!?もう終わったんですか。早いなぁ……」

「ふんっ、これくらいなんてこと無いわよ!

 それより友奈。随分とすっきりしたみたいな顔になったわね?

 東郷のお説教は無かったのかしら。」

「あはは、夏凜ちゃんにもバレちゃってたんだ。

 ううん、お叱りはちゃんと受けたよ。もっと皆をちゃんと頼れって。

 ……私、夏凜ちゃんにも頼って良いのかな?」

「ハッ。そんな事。良いに決まってるじゃない。

 私がちょっと人に頼られたくらいで、どうにかなると思ってるの?

 そんなヤワな鍛え方してないっての。」

夏凜ちゃんは、ツンっとした態度とは裏腹にとっても優しい事を言ってくれる。

「私たちも同じよ。友奈。

 特に私は先輩なんだから、もっとちゃんと頼りなさい。」

「わたしも、頼りないかもしれないけど、頑張ります!」

「風先輩、樹ちゃん……」

掛けられた言葉は、今日の部活開始前に言われた事と同じような内容だけど、

それを受け止める私の心は随分と変わってた。

あの時は、皆を心配させてるのが嫌だって思ってたけど、今は素直に皆の好意が嬉しい。

「皆……ありがとう!」

そう言って、笑った。なんだか、久しぶりに心から笑えた気がする。

『――――!!』

あれ?何か変だったかな。東郷さんと夏凜ちゃんが固まってる。

「あ、あれ?どうしたの?」

「な、なんでもないわよ。ただちょっと、久しぶりにアンタが笑ったのを見た気がして。

 そう、びっくりしたの。それだけ。」

「うん、やっぱり友奈ちゃんは、花のような笑顔が似合ってるなって。」

「えへへ、そんなふうに言われるとなんだか恥ずかしいね。」

少し離れたところで、風先輩が呆れたように見てるのが気になるけど、まあいっか。



――帰り道

 夕暮れの中をみんなで歩いている途中、不意に風先輩と2人きりになった。

他の3人は、ちょっと後ろの方でお喋りしてる。

「けど友奈。夏凜も言ってたけど、思ったより元気だったわね?

 東郷が怒ってたみたいだから、てっきりしょぼんとして帰ってくると思ったんだけど。」

あ、さっき教室に入った時夏凜ちゃんが言ってたのって、怪我の事じゃなかったんだ。なんて今更気付いた。

「もちろん反省も、後悔もしてます。東郷さんを、もう二度と悲しませたりしません。

 でも、東郷さんのお説教ってそれだけじゃないっていうか……」

「って言うと?」

「東郷さん、優しさのすぐ隣に厳しさがあるけど、その厳しさも優しさの種類でしかないんです。

 怒るのはいつだって、その相手のため。理不尽に怒鳴られた事なんて、私は一回もありません。

 怖い顔をしてみせるのだって、注意をするのだって、ぜんぶぜんぶ誰かのため。

 今日の保健室で一通りお話をしたら、後になってからその事を実感しちゃって、嬉しくて。

 私は本当に、東郷さんに愛されてるんだなって。

 ……東郷さんが怒ってるのに嬉しかったなんて、とても言えないですけど。」

「そっか。そうよね。

 いつだってあの子は、愛の人だもの。」

そういって、2人で振り向いて東郷さんを見と、ちょうど東郷さんもこっちを見てたみたいで目があった。

急に2人に見られて不思議に思ったのか、「?」って首をかしげてきょとんとしてる。

そんな東郷さんがなんだか可愛くて、胸から愛しさが沸いてきて止まらなくなる。

いつだって優しい東郷さん。

優しさと厳しさが紙一重だけど、その厳しさも、結局は優しさから来てる。

その優しさに釣り合う何かを私はあげられるのかな?なんてちょっと不安に思うけど、

そこは私の頑張りだ。私だって、東郷さんにありったけの愛と優しさをあげられるはず。

ニコニコ笑顔の時も、ちょっぴり怖い時も、ぜんぶぜんぶひっくるめて。

大好きだよ、東郷さん。これからもずっと、よろしくね。

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最終更新:2015年08月21日 23:39