H3・248

――――導入

「一緒に居るよ、ずっと。」
「友奈ちゃん!」

 とある病院の中庭。そこで2人の少女がお互いの存在を確かめるかのように、きつく手を握りあっていた。
―――1人は心をすり減らしながらも最愛の人の帰りを待ち続け
―――1人は帰還不能かと思われた状態から、最愛の人の涙を止めるために帰還を果たし
そして今、とうとう2人は再会し、そこには余人の入り難い神聖な空間が形成されている。

「おかえり、友奈ちゃん」
「――ただいま」

涙を流しながらお互いの手を握りしめ――直後にカシャン!と、まるで手錠をかける時のような音が東郷の耳に届く。

「あら?今の音って」
「音?」
「うん。なんだかカシャッって金属みたいな」
「私には聞こえなかったけど、車椅子が軋んだのかな?」

辺りを見渡すも、この場には友奈と東郷の2人以外には存在しておらず。音を発するような物もない。

(友奈ちゃんが帰ってきたのが嬉しすぎて、変な空耳してしまったのかしら。)
「……ううん、なんでもないわ。友奈ちゃん、一旦病室に戻ろう?お医者様に診てもらわないと」
「うん!家族や勇者部のみんなにも連絡しないとだね」

気を取り直して手を離そうとするも、2人の手はぴったりと重ね合わさったまま離れない。

(東郷さん、こんなにぎゅっと私の手をにぎってくれてる。嬉しいな。でも――)
(友奈ちゃんが、私の手を離したくないって思ってくれてるのかしら。嬉しい。でも――)

「東郷さん、そろそろ手を離して病室に行かないと」
「友奈ちゃんこそ、そろそろ手を――」

そう言いながら、お互いに手を引っ張ってみるが、やはり離れない。
そもそも、友奈は現状では力を込めて手をにぎるという行為にすら難儀するありさまなのに。
2人が手のひらを開いてもそれは変わらず、お互いの手がまるで吸い寄せられるようにピッタリと張り付いている。

「な、なんで!?接着剤!?」

と今になってようやく驚く友奈に

「そんなはずないわ!だってさっきまで台本を持って……!」

と慌てる東郷。
しかしいくら押したり引いたりしても変わらない。
ぐにぐに、ぷにぷにとお互いの手の感触と、勇者部からのプレゼントである押し花の感触だけが返ってくる。

「このままじゃ押し花も駄目になっちゃうから、どうにかずらすようにしてちょっとずつでも……!」

と手を擦るようにしてスライドすると、東郷の手のひらが友奈の手から腕へと移行し、2人の手にあった押し花が解放される。
しかし、どうやっても東郷の手のひらが友奈から離れる事はなかった。

「だめだぁー。なんなんだろうこれ。不思議だね」
「ええ……」

話しながらも東郷の手は友奈の体の表面を移動し続ける。やはり接触している場所をずらす事は出来ても離す事はできなかった。

(接触してる場所は変わったけれど、やっぱり離れないわ。こうなると物理的な要因ではなく何かしらの霊的な力なのかしら。
 しかも、この異常の起点になってるのは私の手のひらのようで、これだけはどうあっても友奈ちゃんから離れない。)

東郷はつい考えこんでしまうが、答えは出ない。

「タイミングを考えると、さっきの音が何か関係あると思うのだけれど」
「そうなのかな?私は聞いてないからどんな音だったのかわからないけど」
「怪談話だと、こういうのは妖怪のいたずらだったりするわね。それとも精霊かな」
(それに、口に出すつもりは無いけれど――
 友奈ちゃんの意識が戻った直後のこのタイミング。考えたくはないけど散華の影響の一つなのでは)

東郷は深く考えこむが、友奈はこの事態を楽天的にとらえていた。
もちろん、長く続くようだとお互いに困るのは分かっている。このままでは東郷は制服から、友奈はパジャマから着替える事もできない。
しかし東郷とくっつく事自体は嫌でもなんでもないのだ。むしろ嬉しいとすら思う。

「もー東郷さんってば心配性だなあ。大丈夫、きっとなんとかなるし、それに東郷さんと離れないなら大歓迎だよ!」
「友奈ちゃんったら……」

久しぶりに聞く何気ない愛の言葉に東郷の頬が赤くなり、それに釣られて友奈の方も少し照れを感じる。

「と、とりあえず病室戻ろっか!」
「そ、そうね。車椅子を押すのは任せて」

そういって東郷は車椅子を押そうとするが、しかし

(どうしよう、手をつないだまま後ろに回りこむと友奈ちゃんの腕を捻り上げる形になってしまう)

と停止する。

「東郷さん?」
「ごめんね、ちょっとどうやって押したものか考えちゃって」
「あ、そっか。このままじゃ押せないよね。大丈夫、私これくらいなら」

車椅子に座ったまま器用に後ろのグリップに手を伸ばす友奈。

「よかった。これで……」

車椅子を押そうとする東郷だが、再びその動きが停止する。

(友奈ちゃん、後ろに腕を回してるから下着のラインがくっきりと出ちゃってる。それに――)

友奈の顔を見る。

(友奈ちゃん、苦しそう)

体中の筋肉が弱り切っている状態で無理な姿勢に固定しているのだから当然だった。
友奈は辛さや苦しさをあまり表面に出さない子ではあるが、それが東郷に通用するはずもない。
いつだって、誰よりも、東郷は友奈の事を見つめ続けてきたのだから。
なので東郷は

「ううん、そんな事しなくても大丈夫だよ。ほら」

言いながら、友奈と接着されている自分の手のひらをスライドさせていく。
片方の手を肩まで移し、もう片方の手を腕、肩、背中、お尻、脚と。
友奈は車椅子に座っているので、それを持ち上げながら手を移動させているのはまるで体を揉んでいるかのような動きになる。

(腕、やっぱり少し細くなってる。お尻や脚の肉付きも違う……
 友奈ちゃんのお尻はもっと指が埋もれるくらい柔らかかったし、ふとももからは健康的な弾力が返ってきていたのに。
 ほっそりとした友奈ちゃんも勿論可愛いけれど、友奈ちゃんの元気な魅力は、もうちょっとこう)

散華する前の友奈の体の感触はしっかりと東郷の脳に刻み込まれているので、体をまさぐりながら1つ1つ当時と今の感触を比較していく。

「東郷、さん?」

さすがに恥じらいを感じたのか、友奈が少し上擦った声を挙げ、それを聞いて東郷は我に返った。

「待ってて友奈ちゃん。こうやって、と」

片手は手を握ったまま背中を抱きかかえ。もう片方の手は脚に回し、背中側から友奈を抱き上げる。
俗にいうお姫様抱っこの形になった。

「これでよしっと。じっとしててね、友奈ちゃん」
「東郷さんすごい!……でも平気?足もまだ本調子じゃないよね?」
「うん、このくらいなら大丈夫。友奈ちゃんは軽いもの」
「えへへ、そうかな。でも、なんだか王子様とお姫様が逆になっちゃったね」

東郷は一瞬きょとんとし、それからすぐに以前演じた劇の配役に思い至り微笑む。

「そうだね。それでは……こほんっ。
 『私についてきてほしい…いや、ついてこい』」
(うわぁ、東郷さんすごく格好いい。ええっと、続きはたしか……)
「『…その言葉を待っていたわ、王子。過酷な道でもそこに貴方がいるなら…どこまでも、ついていきます』」

そこまでキリッとした顔で言い終えると、2人は耐え切れなくなったかのように吹き出して笑う。
実際には東郷が友奈を腕に抱きかかえているのだから、ついていくも何も無いのだが。

「あぶなかったー。東郷さん、よく私の方の台詞すぐに出てきたね?」
「ふふっ。友奈ちゃんだって。
 それに、忘れるわけない。忘れたくないよ。友奈ちゃんとの事ならなんだって」

東郷はそうやって、じゃれあいながら友奈を抱えて病室へと進んで行く。
腕の中に居る愛おしい子が少しでも安らげるように、傷つかぬように、慈愛を込めて。
――もし友奈が傷つくような事があれば、今度こそ自分の目の前から居なくなってしまうんじゃないかと。そんな錯覚に怯えながら。




―――トイレの話


その後は大忙しだった。
まずは病室からナースコールで看護師を呼び出し、中庭に置いてきた車椅子の回収をしてもらい、担当医師の診察を受け(なお異常は何も見つからなかった)
連絡を受けて飛んできた――文字通り、とんでもない短時間で訪問してきた――友奈の両親と涙の再会を果たし。
そしてその度に

「医者として、快復を喜ぶ気持ちは尊重したいのだけれど。その、これから診察するのにその体勢はちょっと」
「お母さん、2人の関係をとやかく言うつもりは無いわ。嬉しいのもわかる。でもね。やっぱり少しは人目をはばかる事も覚えないと」

などと言われる事になるのだ。
なにせ、医者が友奈の医学的な観点からの現状説明や注意事項をしている時も、友奈の家族と涙ながらに語り合ってる時も、
ずーっと2人は両手をしっかりと繋ぎ合っており、一時たりとも離れる事が無かったのだから。
そういった反応をされる度に、2人は東郷の手のひらが友奈にくっついて離れない事、物理的な現象ではない事などを繰り返し説明していくのだった。

幸いにして、入院しているのが大赦管理下の病院だったためにそういった不可思議な現象もあっさりと信じてもらえた。
今は病院を通して、大赦本部への連絡をしてもらっている。明日には返事が来るだろうとの事だ。
また、当然ながら勇者部のみんなにも連絡を入れたが、今日の面会時刻は既に過ぎてしまったために親族でない友人達との再会は出来なかった。
東郷が今この場に居るのは単に引き離す事が不可能だから仕方なく許可されているに過ぎない。

それら全てを終え、くっついた体で四苦八苦しながらドロドロのおかゆのようなものを口にし、現在時刻は夜の8時過ぎ。夜はとっぷりと暮れていた。
今は友奈と東郷、2人で友奈の病室のベッドでくつろいでいる。
両手をとりあって、至近距離で向き合って座っている形だ。

「なんか慌ただしくなっちゃったね、東郷さん」
「仕方ないよ。友奈ちゃんが帰ってきてくれたと思ったら今度はいきなり私の手が友奈ちゃんから離れなくなって。
 意味が分からなくて私もびっくりしたもの」
「まだ離れないね……なんでだろ?
 でも、このおかげで東郷さんと一緒にお泊りが出来るんだから嬉しいな」
「そうだね。その事は私も嬉しい」

なにしろ友奈は入院中の身。本当であれば、東郷はおとなしく家に帰らなければならなかったはずだ。
しかし、この不思議な現象のおかげで自宅に帰れと言うわけにもいかず、晴れて東郷は友奈の病室にお泊りとなったのだ。
ずっと待ち望んでいた再会の直後なので、一緒に過ごしたい気持ちでいっぱいの2人には渡りに船だった。

「明日になったら大赦の人からの返事が来るらしいから、今日はこの事で悩まないでお話しよ?
 東郷さんとお話したい事、聞きたい事。たくさんあるんだ」
「こっちもだよ、友奈ちゃん。
 友奈ちゃんの居なかった時の事、たくさん、たくさんある。
 ……でもね」

途中まで優しい声色で語った東郷だが、不意に言葉を切って言いにくそうにする

「東郷さん?」
「その、とても言いにくいのだけれど」
「うん」

と、東郷の言葉の続きを待つが、東郷の口からはなかなか次の言葉が出てこない。

(東郷さん、どうしたんだろう。何かあったのかな)

東郷は物事を悪い方へと考えてしまう癖はあるものの、だからといって優柔不断な性格ではない。
言うべき事はしっかりと言うし、思い立ったら即実行する行動派でもある。
なのでこうも言いよどむ東郷の姿は珍しく、友奈は戸惑いを覚える。

(東郷さんがこんなにもじもじとして言い淀むなんて、よっぽどの……あれ?もじもじとして?)

見ると、東郷は何かを我慢するかのように、足を細かく動かしている。

「東郷さん、もしかして――」
「その、あのね、おトイレに、行きたいの」

(やっぱり)

友奈はその事を完全に失念していた。なにせ友奈は全く動けない体でずっと入院していた身だ。
排尿はカテーテルを通して行われ、友奈自身のふとももに据え付けられた尿バッグへと蓄えられている。
意識が戻ったとはいえ自力ではトイレを使うどころか到達する事すら出来ない身なので、それは今現在でも変わっていない。

「うん、一緒におトイレ行こう、東郷さん」
「友奈ちゃん……」

東郷の顔は羞恥心から耳まで真っ赤に染まっている。
東郷美森は、心根の清楚な女の子である。このような状態は人一倍羞恥を感じていた。
ましてや、せっかく最愛の人との再会を果たしたというのに、その当人が相手なのだ。

幸いにして、友奈の入院先している部屋は大きな個室であり、トイレも部屋に備え付けられていた。
誰にも邪魔される事なく2人でトイレに入る。

「東郷さん、手のひらが私から離せないんだよね?」
「はい……」
「それじゃ、私の手首を掴んで。それなら私の手が使えるから、手伝ってあげられるよ」

東郷は相変わらず顔を真赤にしたまましばし逡巡すると、そのまま小さくコクリと頷いた。

(は……恥ずかしいっ……!!!)

東郷は頭が真っ白になっていた。さっきまでは良い雰囲気だったはずだ。
なのに何故今こんな事になっているのか。
友奈の前で用を足すという、受け入れがたい流れを回避しようと必死に頭を巡らせる。

(おしっこしてる最中を見られる事はないにしても、音とか、臭いとか)
「はい東郷さん、スカートちょっと触るねー」
(音姫は無いか……病室の個室だものね。ああでも水を流せば)
「少し腰を浮かせて?ショーツ下げるから」
(よし、だいじょうぶ。これならどうにでもなる)
「はい、準備できたよー♪」

東郷がしばらく錯乱している間に、気がつけばあとは東郷が排尿するだけという体勢が整えられていた。
まるで赤ん坊のような扱いである。
東郷の羞恥は最高潮に達し、頭は完全にパニックになっていた。

(恥ずかしい!!けど、早く出しちゃわないとずっとこのまま)
(早く、早く終わらせないと……!)

焦りながらも、ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めて下腹部に力を入れる。
東郷の尿道口から、ちょろろろ……と黄色いおしっこが流れだし、周囲にその臭いが立ち込めた。
それらを全て友奈に認識されていると思うと、いっそ自分の腹を切ってしまいたい衝動に駆られる。

(うわ、ああ……なんて事……焦ったからって、水を流す事を失念していたなんて)

更に焦燥するも、早くこの拷問のような時間を終わらせるために更に下腹部に力を強く込める。
東郷のおしっこは勢い良く尿道口から噴出し、シャァァァ!と強い音を立てた。
しかし、膀胱がいっぱいになるまでずっと我慢していた東郷のおしっこはしばらく止まらない。
早くこの時間が終わって欲しい一心で、やたらと長く感じる時間をぎゅっと目を閉じたまま耐え続けている。
そのため東郷は気が付かなかった。その羞恥に震える姿を目にして、友奈が上気した顔でぽーっと見とれている事に。

東郷は、自分のおしっこする姿なんていう汚い物を友奈に見せたくないと考えていた。
そんなものは当然友奈だって見たくないに決まっているのだから、自分が何を言うまでもなく目を閉じて顔を背けるだろうと。
出来る事なら耳も鼻もふさいでしまいたいだろうに、そうしてあげられない事に申し訳無さすら感じている。
しかし、友奈からしてみれば普段目にする機会のない東郷の姿というものはそれだけで何よりも魅力的なものなのだ。当然目を背けるはずなど無い。

(東郷さんのこんなに恥ずかしそうにしてる顔、初めて見た。
 それにもちろん、おしっこする姿も……やっぱり、東郷さんはいつだって綺麗)

もちろん友奈には、女の子のおしっこを見て興奮するような変態じみた特殊性癖など備わっていない。
見知らぬ女の子の介護として今と同じ状況になったのなら、素直に目を閉じただろう。
しかし、東郷の事となれば話は別である。

友奈は東郷の事を、何よりも美しい存在だと思っている。その気持ちの強さは信仰と言っても良い。
出会った瞬間から、こんなに可愛い子がお隣さんになってくれたという事に喜び
髪を触らせて貰っている時は、そのさらさらとした髪質に感嘆し
一緒にお風呂に入れば、その美しい裸体にため息をつき
初めて変身した時など、神々しさすら感じる姿に戦闘の事など忘れて見入ってしまい
白魚のような肌の綺麗さに至っては、我を忘れて思わず舌を使って"味見"してしまった事すらある

ずっと一緒に過ごして、日常の中での東郷の様々な顔を知っている友奈ではあるが、トイレの中だけは共にした事が無い。
出会った頃には既に車椅子用トイレの使用に慣れていたし、東郷家や讃州中学といった生活圏はバリアフリーが充実しているのだから。
今この瞬間の東郷の姿は、今まで友奈が目にする事の出来なかった数少ない姿なのだ。
きっと自分には見られたくないと思っているであろう東郷に、心の中で謝る。

(ごめんね、東郷さん。でも、私は東郷さんの全てが見たいんだ)

友奈の目に東郷の女性器が映る。肌の白い東郷とその女性器、そこから出る黄色い液体のコントラストが友奈の脳をゆさぶる。

(これが、東郷さんのおしっこ。
(当たり前だけど、色は黄色だよね。けっこう濃い)
(ずっと我慢してたからかな、すごい勢い……)
(それに臭いも結構強い。おしっこの臭い。なんでだろ、臭いのに東郷さんのだと思うと癖になりそう)

視線を少し上げると、真っ赤になって震えている顔が視界に映る。

(恥ずかしがってる東郷さんも綺麗だなー)
(目なんてぎゅっと思いっきり閉じちゃって、耳まで真っ赤)
(肌がとっても白いから余計に赤く見える)
(きっと私がこんな事を考えてるだなんて、東郷さんは想像すらしてない)

ちくりと、小さな罪悪感が友奈の胸に刺のように刺さる。

(でも――)

しかしそれ以上に胸を占めるものは、不思議なときめきだった。

(可愛い)
(いくら言葉を飾っても足りないくらい、可愛い)
(きっとこんな東郷さんは、私以外は知らない)

それは友奈の持つ、東郷に対する独占欲の1つの形だったのかもしれない。
他の誰も知らない、東郷の姿をもっと見たい。
他の誰にも、東郷のこんな姿は見てほしくない。

当然ながらそんな友奈にとっての至福の時間――東郷にとっての羞恥の時間――はそう長く続くものでもなく、
次第に東郷のおしっこの勢いが弱くなっていき、最後に小さくぽたぽた、と女性器から雫をしたたらせるとそこで排尿は終わった。

(やっと、やっと全部出てくれた……)
「……終わったよ、友奈ちゃん」

とてつもなく長く感じた時間が終わり、東郷は目を開いて友奈に告げる。
実際にはわざわざ告げずとも友奈はしっかりその事を把握していたのだが。

(友奈ちゃん、私の事でガッカリしてないかな。みっともないって思ってないかな。
 ううん、友奈ちゃんは優しいもの。きっとすぐに忘れてくれる。これでもう――)

安心した所に、にこやかに微笑んだ友奈から声がかかる。

「それじゃ、ちゃんと拭かないとね。東郷さん、足開いて?」
(――――え?)

羞恥から解放されて安堵した所にかけられた言葉に、再び頭が真っ白になる。

「ま……待って友奈ちゃん!さすがにそんな事友奈ちゃんにさせられない!」
「でも、ちゃんと拭かないと汚いよ?」
「それはそうだけど、でも……あ、ウォシュレットと乾燥機能で」

名案を思いついたとばかりに明るい声で提案するも

「ここ、ウォシュレット無いみたいだよ?」

の一言で撃沈される。

「恥ずかしがる事ないよ、東郷さん。これはしょうがない事なんだから」
「でも」
「それにね?きっとこうして話してるより、さっさと拭いた方が早く終るよ」
「うう……」

こうまで言われては仕方ないので。東郷は泣く泣く受け入れた。再び羞恥の時間である。
トイレットペーパーを持った友奈の手が、優しく丁寧に東郷の女性器をぬぐっていく。

(これが、東郷さんのアソコの感触)

一緒に入浴した時など、それを目にしたことは何度もあった。しかし、触れたのは初めての事だ。

(やわらかい……東郷さんの体はどこも触ると気持ちいいな)

またひとつ、新たに東郷の事を知った事に感激し、
東郷の手が自分から離れなくなった謎現象に対して内心で感謝する。

「友奈ちゃん、もうそのくらいで」
「あ……うん、そうだよね」

その感触につい夢中になってしまった友奈は東郷の声で我に返ると、
慌ててトイレットペーパーをトイレに流した。
そして2人でまた共同作業でどうにか手を洗うと、トイレを後にする。
東郷は半ば放心状態で。友奈は東郷の姿を心の中で再生しつつ。

友奈は気付いていない。今の東郷の姿はほんの少し未来の自分の姿でもあるのだと。
すっかり筋力の衰えた友奈は、車椅子用のトイレであっても他者の力無しでは一人で用を足す事は出来ないのだと。
さすがに排泄の最中は個室の外に出て貰えるが、トイレのたびに東郷の手を借りる事に友奈は強い羞恥と申し訳無さを感じる事となる。
そして、恥じらう東郷の顔を見て幸せを感じていたこの日の自分の事を深く反省するのだった。

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最終更新:2015年06月22日 10:44