H3・254

シスターウインドの懺悔室。
今日も迷える子羊が、シスターウインドの元を訪れます。

「お名前は?」
「東郷美森と申します」

今回シスターウインドに懺悔にやって来たのは中学2年生の東郷美森さん。
聞けば彼女は2年前に記憶喪失となり、一部の記憶を失っていたとか。
しかし最近失っていた記憶も徐々に戻りつつあり、今回ここに来たのもその記憶のことなのだそう。

「シスターウインド、私は2年前に窃盗をしてしまったことを懺悔に来ました」
「窃盗……穏やかではありませんね」
「はい……つい最近記憶が戻ってきて思い出したのです」
「何を盗んでしまったのですか?」
「……その前にこの本を見てもらえますか?」

彼女が差し出したのは、『鷲尾須美は勇者である』と書かれた小説だった。

「この本の109ページ。この子をどう思われま――」
「――かわいい!」

彼女の質問に食い気味に答えてしまったが、脊椎反射で言葉が出てきてしまうほど、そこにいた女の子は可愛かった。

「この天使の如く愛らしい女の子が、私の親友乃木園子です」

どうやら腹筋をしているようで、表情から察するに「ふにゅう~!」と声を出していそうだ。
その頑張っている顔が可愛くて仕様がない。
妹が生まれてからずっと妹一筋だったこのあたしを萌えさせるとは、恐ろしい子だ。
ずっと見ていると心を持っていかれそうだったので、すぐにスマホを取り出し、妹の極秘ショットを見て心を落ち着かせた。
うん、やっぱり樹が最高に可愛いわ。

「私はこの天使そのっちから盗みを働いてしまったのです……」
「この子から……」
「はい。まだそのっちにはバレてはいないのですが、しっかり謝ろうと思っているうちに記憶を失ってしまう事態に陥り、
 彼女のことを2年も忘れてしまっていて……謝る機会を逃してしまって……」
「そうでしたか……そうね、今さら言いづらいとは思うけど、誠意をもって謝ればきっと許してくれるわよ。親友なんでしょ?」
「それが……その、盗んでしまったものが、ちょっと……」
「何を盗ってしまったの?」
「この絵にも写っているものです」
「この絵……ハッ!ま、まさか……!!」
「そうです。そのっちの……夏場の鍛錬でたっぷりと汗を吸った……スパッツです」
「な――ッ!」

あまりのショックに『前後不覚』という言葉を人生で初めて身をもって体感した。
あ、ごめん嘘。両親が亡くなったと聞いたときも体験してます。
しかしまさか親友の、しかも同性のスパッツを盗むなんて……。
あたしですら妹の私物を盗んだことなどない。
妹の靴の匂いを嗅いだり、妹の箸をペロペロしたり、妹のお風呂の残り湯でお茶を淹れたりはしているが、
さすがに盗みは引くわー。
え?お前の場合同じ家に住んでるから盗む必要がないだけだろって?
失敬な!……ほんと失敬だよ!うん、ほんとほんと……うん。失敬失敬。

「しかし、これには理由があるのです!」
「お、おう。邪まな理由ではないということね?」
「私はこの天使と夏の間ほぼずっと一緒にいたのです。もう、ムラムラしてしまって仕方がなかったんです!」
「やっぱり性欲じゃねーか!」
「も、もう一つ理由が……!」
「なによもう……」
「この直前に、私は親友を亡くしまして……」
「話が変わった。続けて?」
「とても明るく優しくて、勇気のある子でした……。彼女が亡くなって、私の心にはぽっかりと穴が空いてしまっていました」
「辛かったわね……」
「はい……。それでその心の穴を埋めようとスパッツを盗みました」
「うん、繋がってない。繋がってないよ~話が。親友が死んで悲しい→スパッツを盗む。まるで道理が通ってない」
「親友の死が、私から正常な判断力を奪っていたんです!つまり、そのっちのスパッツを盗んでしまったのは銀のせいなんです!」
「うわ最低だよ!最低だよお前!死んだ親友に自分の性欲の罪をなすり付けて!」

もう酷いってレベルじゃない。
これでは亡くなったという銀さんとやらも、草葉の陰で泣いているか憤慨しているだろう。

(須美……お前がそんな奴だったなんてな……失望したよ)

!?なんか聞こえちゃいけない声が聞こえた気がしたけど、いいぞ!言ったれ言ったれ!

(そのスパッツ、どうしてわたしの墓に持ってきてくれなかったんだ!あ、お前のパンツでもいいぞ!)

うわぁ……なんなの?先代の勇者チームってまともな奴いなかったの?
つーか、どうすんのよこれ……収拾がつかないじゃない。

(心配はいらないよ、シスターウインド)
(こいつ直接脳内に……!心配はいらないってどういうこと?)
(だってこれ、須美の夢オチだもん)
(は――?)
(あんたは須美の夢の登場人物。既存の人物を原型に作り出された架空の存在だから、須美の目が覚めればあんたは消えちゃうよ)
(ああ、だからあたしシスターウインドなんて名乗ってたのね~。あたしはシスターになった覚えもないし、名前は犬吠埼風だし)
(ん、そろそろ朝だ。須美が目を覚ます。じゃあね、シスターウインド。本物じゃないって分かってるけど、須美と園子をよろしくな)
(……まさか、あんたは本物の――)

朝6時、私は毎朝この時間に起床する。
なにか夢を見ていたような気がするが、なにも覚えていない。
でも、懐かしい人が出てきたような……そんな気がする。
今日も一日が始まる。朝の準備をして、友奈ちゃんを起こしに行かなくちゃ。
でも、その前に……。
私は部屋の隠し金庫を開けると、中からあるものを取り出す。
記憶が戻って鷲尾の家の隠し場所から回収してきたものだ。

「んん~……そのっちぃ……///」

2年の歳月は残酷で、もはやそのっちの残り香すらないが、こうやってスパッツを顔に押し当てるとそのっちの匂いを鮮明に思い出せる。

「はぁはぁ……///」

こんなこと絶対そのっちには話せないわね。
でも、知らせないことも一つの優しさだって大赦の人も言ってたわ。……こうやって汚い大人になっていくのね。

「ともかく、このことは墓場まで持っていく。そのっちごめんなさい……私、汚れてしまったわ」

そうひとりごちて、私はまたスパッツを鼻に押し当てた。







(墓場まで持っていっても、あの世でわたしがばらすけどな)

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最終更新:2015年06月22日 10:19