H2・966

「王手~」

ピシっと小気味の良い音を立てて、盤面の駒が一つ動き王手を宣言する。

将棋の対局をしているのは園子と東郷、両方知謀に優れているので一手一手がとても一介の女子中学生のモノとは思えない。

しかしこの対局も都合16度目、現在園子の15連勝中であり今の一手で東郷は16度目の詰みを確信した。

「このままでは......、六、いえ七手先で詰むわ......」

「私の勝ちだね、わっし~」

かなり集中力を要する勝負だったにも関わらず、ほわほわした笑顔を崩さない園子。

流石の東郷も降参せざるを得なかった。

将棋をやろうとは言い出したのは他でもない園子であり、友奈、風、樹、夏凜を次々に屠り、

最後に残った東郷との対局は勇者部全員が固唾を飲む名勝負が繰り広げられたがどの勝負もあと一歩のところで東郷の連戦連敗、

もう1回を繰り返す東郷を生暖かく見守りながら他のメンバーはとっくに帰宅してしまっていた。

「そのっち......、こんなに将棋強かったかしら?」

「大赦の人達と何度か指しててね~。やってる内にすごく強くなっちゃったんだ~」

「......そう、なんだ。やっぱりそのっちはすごいわね」

大赦の人達と――。

つまり大橋の決戦で自分の代わりに戦い、傷ついて、満開を繰り返しろくに動くこともできなくなった、あの状態が東郷の脳裏に浮かぶ。

園子は気にしないでと言うが、あんな身体で2年間も過ごした園子のことを考えるとどうしても胸の詰まる思いがしてしょうがない。

「それにしても、わっしーと二人なのは何だか久しぶりだねぇ」

東郷が何を考えているのか分かったのか、園子が将棋セットを片付きながら別の話題を振った。

「確かにそうね。なんだか昔に戻ったみたい」

「最近忙しかったもんね~、でも毎日楽しいよ~」

「だったら良かったわ、私もそのっちと居られて楽しいもの」

「私、勇者部のみんなも大好きだけど、やっぱりわっしーのことが一番好きだよ~」

ぼんっ、と効果音が聞こえそうなくらいの勢いで東郷の顔が一瞬で赤くなった。

「あはは、わっし~真っ赤だよ~」

「そ、そのっちが変なこと言うからよ!そんな......好き、なんて......」

......。

目を逸らしながらそんなことを言う東郷の余りにも初心で乙女な反応に面食らったのか、

園子もまた口を開けないまま無言の時間が続いた。女友達同士で好きと言い合うことなんて、何でもないはず。

お互いそう思っているにも関わらず、最初に好きと口にした園子でさえその空気がどういうものか分からないまま顔を耳まで赤くしていた。

まるで自分の書く小説のようだと、園子はどこか冷静な頭の中で思った。

色んなジャンルの小説を書く園子だが、とりわけ恋愛小説は昔から好きだった。

ジャンルは特に問わない、はじめは鷲尾須美と三ノ輪銀の二人を見てインスピレーションが湧いたという理由からだったと記憶している。

でも――、

なんであの時二人をモチーフにした小説を書き始めたんだろうか。

昔の自分の考えていたことを正確に思い出すことは難しい、

もしかしたら今の流れに合わせた自分の解釈を勝手に当てはめているだけかもしれない、

それでも聡い園子はパズルのピースが埋まっていくように、テストの答え合わせのように何かが噛み合っていくのを感じていた。

――

あの時、二人を題材にした時。
――

もしかしたら、自分をどこかに投影していたのかもしれない。
隠れた恋心。

自分でも気づかないそれを、気づかない内に形にしていたのではないのか。

そこに自分を登場させなかったのは一種の自己防衛、現在(いま)を壊したくない、

女の子同士の恋愛感情なんてあるわけないという無意識の行動。

だって、鷲尾須美だった少女に再会できた時、あんなに嬉(かな)しかった。

会いたかったのに、やっと出会えたのに、本当の再会は果たせなかった。

自分を知らないと言われた時は心が千切れそうになった。

枯れたと思った涙も、気づけば流れていた。

――

ああ、そんなにも私は。

ジェットコースターが落下していくような速度で急激に恋心を自覚していく。

無言の空間にも関わらず、園子の頭の中は騒がしいパーティー会場のようにぐちゃぐちゃで纏まらない。

つい先ほど将棋を指していた時の冴えた思考はどこにもなく、それはまさに恋に悩む年頃の乙女だった。

「そ、そのっち?大丈夫?」

「だだだ大丈夫――、ひゃわぁ!?」

この空気に耐えかねたのか、それとも園子のいつもと違う様子に気づいたのか。

東郷が一歩園子に近づこうとした瞬間、園子が足を滑らせて思い切り後ろに大きく仰け反った。

「そのっち!!」
ぶつかる――、そう思い目を閉じたがいつまで経っても激突の衝撃はおろか転倒の感覚も訪れず、

むしろ柔らかい感覚が身体を支えていて――、

「全く、本当にぼーっとしてる時のそのっちからは目が離せないわ」

東郷が園子の身体をしっかりと抱きかかえていた。

先ほどまでの初心な乙女はどこへやら。

中腰で衝撃を完全に殺し、背中を腕でしっかりと支えるその技術は見事という他なく、

擬似的なお姫様抱っこのような形になっているその光景は中世の騎士と姫君のようでとても画になっていた。

「あ、ありがとう」

「そのっちを見守るのは私のお役目だから、気にしないで。立てる?」

「――ううん、もう少しこのままがいいな~」

この恋心をどうするか、それはこれから決めよう。

今は、ただ触れ合うそれだけで幸せだから――、

それを存分に噛み締めてから次へ行こう。

だから――、

「わっしー、大好きだよ」

暖かい腕に抱かれながら、聞こえないくらいの声で自分の気持ちを、ただ言葉にした。

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最終更新:2015年06月09日 23:40