H2・906

「~♪」

「......」

夕焼けの海岸。さざ波が柔らかく押し寄せる砂浜に二つの人影があった。

一人の少女は対の木刀で剣舞を。

舞に思考の淀みは感じられず冴え渡り、それが一朝一夕の鍛錬によるものではないのが見るだけで分かる。

真剣による舞ならばその剣技は尚、輝きを増すだろうと思わせられる見事な舞だ。

もう一人の少女はその舞を楽しそうに眺めている。

心底楽しそうに、こちらもまた淀みを欠片も感じない笑顔である。

舞う少女は別に見ている少女へ舞を献上しているわけはない。

彼女にしてみれば、この剣舞はただの訓練でしかないのだから。

また見ている少女も別にこの舞を捧げられている等とは思っていない、

主従関係でもなしにそんなことをする必要はない上に彼女らはまだ中学生であり、友人同士である。

ただ見たいから見ている、そういうシンプルなものだろう。

「――っふぅ」

「お疲れ様だよ。にぼっしー」

剣舞をしていた少女――

三好夏凜はたった今見ている少女の存在に気づいたのか、僅かに驚きの色を顔に浮かばせた。

「居たのね園子、こんなの毎日見に来て面白い?」

園子と呼ばれた少女は、元気よくもちろんだよと答えてのける。夏凜はここで毎日鍛錬をしている、

そしてここ最近は園子がそれを見に来ていた。

夏凜は何度か理由を問おうとしたが”見たいから見ている”という答えしか帰って来ないので理由を聞くのをやめた。

「まぁ、別にいいけど......。帰るんでしょ、乗って行きなさいよ」

木刀を袋にしまい、園子を帰りに誘う。もはや数週間に及ぶこのやり取りに言葉は必要ない気もするが、一応夏凜はそうしている。

「ありがとう~」

夏凜が自転車に跨がり、ついで園子はその後ろに座る。

神世紀では自転車の二人乗りはマナーを守る限り許されている。

自転車も前世紀よりも機能が向上して二人乗りでも安全な構造へ進化しているから無問題だ。

「......余りくっつかない方が良いんじゃないの。汗かいてるわよ私」

「んーん。あったかくて気持ちいよにぼっし~」

タオルで軽く汗を拭いてはいるが毎度、こうして腰に抱きつかれるのはどうなのだろうと夏凜は思う。

本人が気にしていないというのなら別にいいが、

自分も女子の一人として何となく汗をかいたまま抱きつかれるというのは矜持がどうだのという気持ちになる。

そして、もう一つ夏凜には思う所があった。

園子が自分に抱きついている時、

どこか壊れそうな雰囲気を纏っているのを感じるのだ。

どこにも行かないで、一人にしないで、そんな感情が園子の身体全体から伝わってくる気がしてならない。

乃木園子は普段ぼーっとしている、所謂ゆるふわ系と言われるふんわりした雰囲気の少女だ。

しかし中々どうして決める時は決めるというか、とても鋭い一面も持っているのを夏凜は知っている。

だが今伝わってくるこれは、乃木園子が普段見せているものとはかけ離れていて困惑を感じざるを得ない。

しかし夏凜も間抜けではない、実際のところ大まなか検討は付いていた。

三ノ輪銀。

先代勇者の乃木園子と鷲尾須美、今は東郷美森という名だが、その二人の同士――、

その三人で夏凜が使ったものよりも一回り劣る勇者システムでバーテックスと激闘を繰り広げたという。

夏凜を含む勇者部全員はその時の話を掘り返したりはしなかったが、

大赦と関わりの深い夏凜は独自のルートで個人的に調べをつけていた。

三ノ輪銀が戦死したこと、その端末を自分が引き継いでいること。

要するに、園子は自分に銀の面影を重ねているのだろうと夏凜は当たりをつけていた。

銀の顔も性格も知らない夏凜にとっては分からない話ではあったが、

別にそれで迷惑がかかっているわけでもないので特に言及はしなかった。

(ま、こんな形でも誰かに頼られるのは――悪くないわね)

「にぼっしー。今日泊まりに行ってもいい~?」

そんな夏凜の思考を読んでいたかのように、園子が甘えた声で聞いてきた。

「良いけど。着替えとか取りに行く?」

「にぼっしーの服を借りるからいいよ~」

「......取りに行くわよ」

そういえば最近は友奈や東郷よりも園子が泊まりに来る数の方が増えたな、と夏凜は何となく思った。

(園子用の下着とか服とか、用意しといたほうがいいのかな。そのうちマジで何も持たずに家に来そうだわ......)

自転車を軽快に走らせながら、思考を巡らす。

――まずは園子の家に行って色々用意してもらってから、自分の家へ。

料理は東郷に教えてもらったのを実践してみようかな。

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最終更新:2015年06月09日 23:42