『カサノヴァ』に通っていた素性の知れない男――
ポーカー勝負で老店主に勝ち続けたことをきっかけに、彼は狙いを定められる。
博打で退屈な時間を紛らわしていたはずのこの“縛血者”は、賭博狂いの男が放つ独特の雰囲気に魅せられており……
何処までも勝負の“スリル”を求める店主の提案により、
店の権利書と命を賭けたポーカーとロシアンルーレットを組み合わせた危険極まりない勝負が人知れず始まったのだった。
「……ほんと変わった奴だよな、あんた。そんな瀕死の癖して、どうして未だ楽しげなんだよ」
「そりゃおまえ、死にそうだからに決まってんだろ。スリルがあるさ、たまんねぇ……
この瞬間に病み付きだ。女の柔肌なんぞより、百億倍は夢中になれる」
「老い先短い人生、建設的に生きた方がいいんじゃねえの？ 中毒者」
「ハ、阿保ぬかせ若造。取りも直さず、俺は死ぬさ。
アルコールでとっくに肝臓はお陀仏だ。この間の大戦で撃たれた足には、今頃ガタが来てやがる。
肺もまあ……この調子だと真っ黒だろうよ。ならあれだ、後は好きに生きるしかないだろうがよ」
「いやいや、そこは普通節制するところじゃないのかよ？」
「それの何が楽しい。好きなだけ酒に溺れて、飲んだくれの穀潰しを蹴り飛ばして、
満足感に包まれながら葉巻を味わうからいいんだよ。そうでなきゃ、“生きてる” って言えねえ。
───なあ、オイおまえさん、俺をゾンビにしてえってのか？」
負けを重ね、何度も引金を引きながらも、生と死の交差する瞬間瞬間を笑いながら愉しむ老人の語りに対し、
縛血者の男は、ますます魅せられつつ……死に難い肉体という“イカサマ”を密かに働いている己を恥じていた。
対等の勝負でなければ、今眩しく輝いているこの男の生き様を、格好よさを穢してしまう――
軽々しく誘いに乗ってしまった事を悔やむ縛血者の内心の葛藤を知ってか知らずか、
五度目の勝負を終え空砲を鳴らしたばかりの老人は、乱雑にカードの山から札を抜き取り、おまえを殺してやると睨みつける。
そう――規模や形式の違いこそあれども、誰もが、他の誰かの運を、幸福を喰らって自らの糧にしている。
それは、人が同じ人を喰らう生き物だって事は、“当たり前”の事であり、
老いも若きも関係ない、勝った者が全てを得て、負けた者は容赦なく奪われる。
「そう、勝負───勝負はいいぜぇ、たまんねえ！
勝利に得られる充実感も、敗北に歪む相手の顔も、
負け越して蹂躙されることも、次こそ負かせてやるって息巻くのも。
全てが博打の醍醐味だ。奪って喰らって相手の持ち物、根こそぎ自分のもの。
生き物はそうやって、周りを栄養に変えながら成長してきたんだからよ」
そして―――彼は、こう語ったのだ。
「ま、長々と言ったけどよ。重要なのは単純なことだ。
″敗北を忌み、勝利を求めろ″！
色々と屁理屈こねて、ボクちゃん負けても幸せなんて言う奴は死んでもいい。
勝つってのはな、そんな安いもんじゃねえ。
もっと崇高で、刹那的で、快楽的で───麻薬のように甘美な破滅で彩られてないとよ」
賭博に全霊を注ぎ、降りかかる栄光も破滅も、等しく受け入れた男が悟った理……
それは対峙している男が隠す“縛血者”という現実に刺さるものではなかったが………
「―――なあ、ジジイ」
「どうした、若造」
かつて覚えがある超越者の気概。
捻くれ者の縛血者は……震える程「イカしている」人間へ、最大の敬意と、狂えるような勝利への渇望を抱く。
先程までの曖昧な笑みは何処にもない、弱気な考えは頭から吹き飛んでいる。
この闘いに己自身を全て捧げても、惜しくはない。
喰うか、喰われるか―――ここからが真の勝負だと、揺るがぬ凶念の持ち主に立ち向かう腹を決めた。
「負けたくねえ、勝ちたい。だからブチ殺させてくれ、死んでくれ。
俺は―――あんたを喰ってみたい」
勝っても負けてもどうでもいいなど、口が裂けても吐きはしない。
喜べ人間───おまえは吸血鬼という怪物に、決定的な敗北を刻み込むことができるのだ。
先程とは別物の、獣性を隠さない咆哮に、しかし一切怯むことなく老人は、対等の相手の戦意を歓迎する。
「よいぞ、俺に勝てたら俺を喰え。奪え、毟れ、丸呑みにしろ！
この店、財産、職業、経歴────
何から何までそっくりそのまま……おまえの物にすりゃあいい！」
そして最後の、六度目の勝負がなされ――銃声と共に鮮血が舞った。
- 浮気…？ -- 名無しさん (2019-05-06 17:06:09)
- アイザックの精神的なブレーキをぶっ壊しただけのただの人間やで -- 名無しさん (2019-05-06 18:37:07)
- この爺さんは白木の杭的には「人間」でいいのだろうか……？ 未プレイだけど気になった。 -- 名無しさん (2019-05-21 20:12:27)
最終更新：2021年05月10日 22:53
