二つの影が交わる度に舞い散る血風と皮膚、肉、脂。
「シェリルを殺ってあいつの視線を独り占め?ハッ……させるか、下がれ人間。図に乗るな」
「添い遂げるのは──この俺だッ!」
斬り、避け、激突し、離脱しては再び交差。
「ならば、私も言わせてもらいましょう……囀るなよ臆病者、頽るがいい!」
「彼こそが……私の花婿。乙女の初恋、見くびるなァッ──!」
研鑽した技術に追いすがり、絶叫し続ける妄執。
「ちょっと、冗談じゃないっての……」
シェリルはその二人を目で追えない。いや、目で追いたいと思わない。
血統と年月に左右される縛血者の戦いとはまるで違う、異形の闘争が其処にはあった。
アリヤ√、
突如襲撃をかけてきた発情女にして、
逸脱者の仲間入りを果たした
アリヤに翻弄され、窮地に陥ったシェリルは……
燃え落ちる自らの店と運命を共にしたはずの、腐れバーテンダーの助けによって、かろうじて難を逃れた。
そんな見る者を戦慄させる死闘は、不確定要素を嫌ったアリヤの退却という形で終わり……
「よう、シェリル。元気してたか?」
「最悪の気分。とりあえず……あんたらがまともじゃないのは痛感したわ」
「まったくだ、まともなんて辞めちまえ。碌なもんじゃないぜ?」
『カサノヴァ』に居た頃と変わらない、軽薄な調子で語りかけるアイザック。
「────で? あんた今まで何してたのさ、ねえ……Mr.三本指」
「まさかとは思うけど、自首する代わりにトシローのケツ掘りたいってんじゃないでしょうね?
もしマジだと言ったら、あたしがあんたにブチ込んでやる」
だが、人間どころか
縛血者でもついていけない
狂信者同士の闘いを間近に見たことで、
トシローから伝え聞いた
彼の真の正体に納得したシェリルは、傷つきながらも警戒を解こうとはしない。
そんな彼女を他所に、アイザックは事情が変わったとして、トシローと合流する事を決めた事、
そしてその原因となったもの、息詰まるような空気に覆われつつある
フォギィボトムの現状を作り出した存在――
先程の変態女の師匠の来訪と、彼による藍血貴殺しという事実を告げる。
驚愕する余裕もなく、先の戦闘で多くの血を失っていたシェリルは崩れ落ち……アイザックに支えられる。
それでも一つだけ、新たに相棒への脅威が増えた事を理解した彼女にとって
かつて交友を持ち、今は全く底の見えない目の前の男には問わねばならない事があり……
「……アイザック、あんたいったい何が目的なの?」
彼が連続殺人鬼だというのなら、何故そんな行動に及んだのか。
どうして、死んだことにしたまま逃げおおせず、この混沌とした街に舞い戻ってきたのか。
様々な意図を込め、問いかけた女の言葉に対し……
「言ったろ? 俺は、トシロー・カシマの大ファンなんだよ。
俺もヒーローの力になりたい……なあ、何もおかしい部分はないじゃないか?」
その声色はどこまでも純粋で、眼差しは夢見る少年のように輝き……
嘘など欠片も籠っていない言葉で、アイザックは己の望みを語ったのだった。
そうして垣間見えた男の在り方に、シェリルは最大級の危機感を覚えていた。
こいつもやはり、逸脱者だと────
凄まじい情念の重みに圧倒されながら、彼女は意識を落としていった。
- この時の最大の危機感の中に、トシローを盗られると言う女の勘はあったのだろうか? -- 名無しさん (2019-01-13 10:21:16)
最終更新:2023年11月10日 01:58