「なぁ、シェリル……過去はもう、あっちに、いった……」
「だから、これからも、君は……君の、ままに………綺麗な、一輪の花の―――」
それでも、死者への想いを悠長に噛み締めている時間は、シェリルやニナにはなかった。
トシローが一人独断で離脱した事で、無数の
『裁定者』の脅威がより危険性を増して接近している。
最初に作戦を立案した指揮官役であるニナは、感傷を押し殺し、上に立つ者として……
今も俯いている女に向けて
「立ちなさい」――そう厳しく命じる。
「―――る、さい」
―――その時、沈黙を破ってシェリルは立ち上がった。
「うるせ───!!!ああもう、
これだから男ってやつは……ふざ、けん、なァッ!!!」
拭えぬ死者への涙を浮かべながら、しかしその言葉は怒りと、決意に燃えていた。
「女を舐めるな! ……知ってんのよ、それぐらい。
私が何年、どれだけ、あいつと相棒やってると思ってんだ!」
「惚れた女のために死ねば、そりゃ男は満足だろうね!
花だの蝶だの言って、安らかに眠ればいいよ!」
「……けどね、あたしはいい女なの!
惚れた男を更生させるのなんてラクショー、余計なお世話!」
でも、だからこそ、アタシはそんな『遺言』に頷いてなんかやらない。
「───あいつのケツをひっ叩くのを、やめてやらない!」
「そういうの全部ひっくるめて、
私はトシローを引っ張ってるのよ。文句あっか!!」
――与えられた言葉を肯定せず、今もこうして立ち上がろうとする彼女の姿。
それこそが、モーガンが惹かれた「明日」を連想させる強さ、美しさだった。
月に向けた全力の叫びは、「これから」に対する宣言。
自分に懸想して、自分の愛する男を馬鹿にされたことに対する、シェリルなりの果たし状だったのかもしれない。
そして、足を戦場に向ける前に、彼女は彼の死に顔に呟く――――
「見てなよ、モーガン……あたしが花?
ふざけんな、そんなか弱く可愛いらしいものになんて、絶対なってやらない」
「ダンディで、愛想がよくて、ぐうの音も出ない程イカした男に……
あの朴念仁を矯正してみせるんだから」
「勝手に満足して死んだこと、後悔させてやる………」
そんな、シェリルの誓いに、ニナは思わず苦笑して……
「……ふふ、知ってる? トシローの母国ではそういうの、“鬼嫁” って言うんですって」
その言葉に振り返る顔には、もう哀しみの色は欠片もなく……いつもの力強い眼差しだけがあった――――
「―――いいね、上等! もうお色気路線はやめやめ、
これからは飼い主の躾方針で行くって決めた!」
眼前に広がるのは獣共の群れ。充実しているのは気力だけ。
たった二人の縛血者という戦力では、現状を打開するのも難しいだろう。
けれど、シェリルとニナの瞳には、微塵も恐怖は宿っていない。
思い上がりでも、幻想でもなく、この先も生き延びられると信じている。
――身勝手な男の我侭を許し、頬にビンタと説教をくれてやる。
それこそが、デキる女の条件だ。
「―――絶対追いつくわよ。そして、勝手な誰かさんに一発食らわせてやりましょう」
「オーライ……そんじゃここらで、いい女の底力を見せてやりましょう、ってね!」
信念は胸に刻まれた。こんな冷たい暴力装置がなんだと、笑い飛ばしてやれる。
叫びと共に、魔獣の群れに飛び込む二人。
全ては、そう、追いつくために。譲れない矜持のために。―――今を生きるために。
- いい女なんだ、いい女なんだけどなぁ…… -- 名無しさん (2018-12-29 02:32:30)
- ホモ共には勝てなかったよ………… -- 名無しさん (2019-02-19 01:02:49)
- ダンディで愛想が良いトシローさん…?それは一歩間違えばギャグ時空行きなんじゃ…? -- 名無しさん (2019-05-21 23:48:42)
- ↑『俺は童貞だ』『美影ェェェ!おまえに夢中だ!愛してる!美影ェェェ!!』 -- 名無しさん (2020-01-04 12:08:18)
- ↑2 性格反転時空にいそうだな…問題はその時空だとアッパッパーなやつしかいないことだろうな… -- 名無しさん (2021-07-23 22:11:36)
最終更新:2021年07月23日 22:11