あの方が信じた私を貫くしか、仔として報いる選択肢(みち)はないのよ



北米西部鎖輪公子という位を、期せずして受け継いだニナ。
そんな彼女が、「相応しくない」と…未熟さ弱さを突きつける困難を前に、想起する誓いであり戒めの言葉。


未だ人の寿命の半ばも踏破してはいない若輩……そのような身でありながら、
己よりも数段優れた異能(チカラ)を持ち、己の何倍もの年月(場数)を踏み、
一つの選択に迷い惑うことなく、確固たる誇り(プライド)に基づき行動する……
そんな、無限の住人たちの筆頭に立つという、血族の常識では異端と言える己の存在。

12年、共に苦難を味わってきた仮初の契約者トシローは、
藍血貴からの圧力や、一般の縛血者からの無思慮な視線など、様々な苦難に直面しながら、
その度に立ち上がり、抗ってきた少女に対し、成長を重ね…そして今も強くなろうとしていると、
志を常に高く持ち、研鑽に努めているその純粋な若者らしい在り方を含め称賛の言葉をかけるが―――


「まだよ……今のままでは届きもしない」

「いくら私でも、そこまで現実を無視して夢見がちではいられないわ」

「私が届かないと言っているのは、父上ではなく……
 父上が私の中に見たはずの、最低限の可能性に対しての事よ」

「私を認めてくれた人が抱いた期待……
 そのスタートラインにさえ立てていないと、無力を噛み締める度に私は思うの……」


そう語るニナの本音はしかし、「完全な」父親のように成りたいという願い(・・)に近く……
若く迷いがちな指導者を常に厳しく戒める家令ゴドフリさえも、
決断を迫られる場面で見られる彼女のこうした理想を高く掲げ過ぎる部分を、
あまりに完璧すぎる存在を間近で見過ぎた故の欠点であろうと嘆息している。


そして……その姿は、誰よりも“過去”を見つめ続けてきたトシローにとっては、不安を感じさせるものがあり……


「ただ、これだけは信じているわ。
 父上は身贔屓で私を選んだ訳じゃない。断じて、そのように愚かな人物じゃないと――」

「だからこそ……私に、自分を疑うことは許されないの(・・・・・・)
 あの方が信じた私(・・・・・・・・)を貫くしか、仔として報いる選択肢(みち)はないのよ」


そう、確かに彼女は誓いを胸に、無力感に抗い、自力で立ち上がっている。
だが……その誓いは、胸に抱く使命感がいつか過剰になりはしないであろうか。
かつて、少女はこうではなかった。部下である自分の前で、己の脆さを露呈していたのだ。

選択肢(みち)はない――今のニナの目は上以外を見る事を徹底的に排除している。
その迷いのなさは、確固たる信念から生れ出たものとは信じ切れず――
まるで生まれ立ての赤子のような……過去というものが一切存在しない(・・・・・・・)空白、そんな不自然さを感じている、と。

そして……この手で討ち取った狩人の少女ように。
信じる親に与えられた(・・・・・)生き方を、疑うことなく、己はこう在るのだ(・・・・・・)と肯定し……
内なる弱さに向き合えないまま、強者の仮面を背負い続けた果てに、何時か無残に朽ちるのではないか?


――愚痴をこぼす余裕位は出来ているのではないだろうか。

そう仮の主の軽口に応じながらも……
トシローの脳裏には、縛りゆえ軽々に答えの出せない、不吉な未来図が広がっていた―――


+ ...
……ニナは夢の中、柩の中、父が死んだ日の光景を思い出す。
何者も敵わない、真の夜族であった父の死因は――――自殺。
もはや理由を問うこともできず、ニナは遺骸を前に呆然と立ち尽くすのみ。

独り取り残された少女。涙は河のように流れ、感情は冷たく凍り付いた。
そして、与えられたものと言えば、死の数日前に父が指名していた次の“公子”の位。

少女は願った。
せめて、あの人の残してくれたものだけは守りたいと。
掟に背いてでも、幼い自分を後継者に選んだという事実。
そこには何か、特別な意味があると信じたかった。
父から娘へと残す不器用な愛情だと、夢想したかった。


だから――ニナ・オルロックは、誉れ高い公子と成らなければならない(・・・・・・・・・・)のだ。


不夜の薔薇を与えてくれたその愛に報いたいから。
死の彼岸にまで届くような、私は栄光で在らねばならない。


けれど、と。仔としてのニナは、呟く。

本当は……違うの、お父様。

私が欲しかったのは、あなたの残した誇りじゃないの。

あなたが築き上げた、煌びやかな玉座なんかじゃなかったの。


ただ、あなたの優しさが嬉しくて。
ただ、もう一度、その手の平で柔らかく……


「私を、撫でて欲しかった」


望んでいたのは、たったそれだけだったのに―――


………血の絆を何よりも欲した少女は、今も静かに涙している。






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最終更新:2021年06月06日 20:55