夢から覚めろよ。おまえの下には、血だまりの足跡がずっと続いていたんだ……なら、続きを始めようぜ。三本指



シェリル√……ある決意を固め霧の街を歩むトシロー。
そんな彼を突如として裁定者(テスタメント)が襲い――銀の呪いに苦しみつつも怪物を撃破したものの、トシローは意識を失い倒れてしまう。

……トシローが再び目覚めたのは、以前ニナを救うため叛徒と戦った『ツィミーシィ』。
そして、その身を助けたのは───

「ヒーローってのは、死体が見つからない時は生きてるものと相場が決まってるのさ」

『カサノヴァ』と運命と共にしたはずの友、アイザックだった。

初めこそ、バーテンダーとして軽口を叩いていた頃と変わらぬ彼であったが、
やがて表情を引き締め、伝説の同族殺し(カニバリスト)三本指(トライフィンガー)の正体が、トシローであることが暴かれたと告げる。
自分を助けることの危険を説くトシローに、アイザックはおどけながらも、
お嬢なら徹底的にやる(・・)だろう、と言い……既に彼女達の手で、シェリルが殺されたと告げたのだった。


大切な人を失った……最悪の過去が繰り返されたことに激しく動揺するトシロー。

「シェリルの仇を討たないのか?」

その問いかけにも、ただ無益だと、シェリルは戻らないと。
必死に激情を、内なる“獣”を抑え込むべきだとする親友に、アイザックは「説法」を始めてゆく……。


+ ...
俺はな、トシロー。獣性だとか獣欲だとか、そういう言葉で表わされる貪欲さってのは、実は人間の専売特許だと思ってるのさ。

本能の話だよ。破壊衝動や闘争心、略奪欲なんてのに言い換えてもいい。
腹が満たされれば何もしない。貪欲なように見えて、野獣ってのは慎ましやかなもんだ。

だが人間は違う。人間だけが、満ち足りてもなお何かをする(・・・・・)唯一の生き物なのさ。
満ち足りていても傷つけずにはいられないし、満ち足りていても救わずにはいられない。

――壊れてるんだよ、人間は最初からな。物差し自体が狂ってるから、理屈で正そうとすればするほど歪みはひどくなるだけだ。
満たされても満たされぬ、人間特有の貪欲さ……業と言った方がいいか。
器と本能(なかみ)の釣り合いが取れていない。とんだ設計ミスって訳さ。

だから人間は、その業の出力(アウトプット)方法を求めてきた。器が壊れてしまわないようにな。
例えば戦争……例えば慈善……復讐も無論、その一つだ。
かつておまえは、全ての縛血者(ブラインド)を消し去るつもりでいたんだろう? 自分自身を最後の一人(・・・・・)と決めて……

そんなとてつもない業を抱えた者は、断じて獣などではありえない……紛れもない人間のやること(・・・・・・・)だよ。



そしてアイザックは、親友に突きつける───

「間違えるなよ、トシロー。おまえが今殺し続けているのは
()” なんかじゃなく、人間(・・)としての自分自身なんだって事をな」


揺れ動いていたトシローはその言葉に、
縛りなき“人間”として生きようとしたが故に足掻き、そしてその果てに愛する女を失った───否定してはならぬ(・・・・・・・・)「過去」を思い起こす……。
そして、今己の本能(人間らしさ)を止められるというのなら、なぜこれまで(・・・・)そうしてこれなかった(・・・・・・・・・・)のかと、怒り……そして絶望した。
あの時、愛を諦め、幸を諦め、痛みを、縛りを受け入れていたなら――美影は、人として正しいままに墓に入れていただろう。
あの時、転嫁の極みに過ぎない復讐を愚かしいと断念していたなら――シェリルは過去の罪の巻き添えで死ぬことはなかったはずだ。
だが、すべては無残な結末に終わった……自分という極め付きの愚か者のせいで。


本能に歯止めをかけられずに蛮行の血に染まり、大切な者ばかりを禍に巻き込み続ける……
人としての己の業に悲嘆する友に、アイザックは「俺やシェリルと共に過ごしてきた、今までの時間の方が夢だった」と告げ……
一人の女を暗闇に葬り去った「吸血鬼」を滅ぼすために、現実を歪め、
社会を揺るがす大量殺戮者となった目の前の男の「狂気(アイ)」こそ素晴らしいと、陶酔する。


そうして理性と狂気の境界を曖昧にされ、日常を守ってくれていた女を、天秤(ばらんす)を失ったトシローは、ついに────


「ク……ククク……ッ、喜劇としても三流だ」

「吸血鬼を断罪し続けた男は……ただの狂った吸血鬼(・・・・・・)に過ぎなかったとはな」


黝い狂熱が体中を巡り、冷たい滅びのみを希求する、血塗れの鴉が……息を吹き返し始める。


「夢から覚めろよ。おまえの下には、血だまりの足跡がずっと続いていたんだ……
なら、続き(・・)を始めようぜ。三本指(トライフィンガー)

「薔薇の葬列を、死んでいった女たちに捧げるんだ……ニナ・オルロックという大輪の薔薇を」


夢見るようなアイザックの声を背に、トシローは、()のいる摩天楼(カルパチア)へと迷いなく進む────
……シェリルを手にかけた真の犯人に仕組まれたと、気づくこともないままに。




  • 自分を貫いているようで、実は周囲に煽られ流されている。トシローさんの人生を象徴しているようだ。あとなんか変なホモみたいな厄介ごとがしつこく寄ってくるあたりも。 -- 名無しさん (2018-09-10 23:56:20)
  • みたいな…? -- 名無しさん (2018-09-19 12:57:00)
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最終更新:2020年12月21日 15:45