突如現れ、
バイロンを
淡々と作業を進めるように殺した謎の
縛血者。
その姿を視認するだけでも伝わる、埋めがたい力量の差を前にして……
それでもと、目覚めたばかりのホワイト・パイルとしての信念を胸にアリヤ・タカジョウは、
ここで命を捨ててでも、“次” の勝機に繋げるための糸口を掴まんと名乗りを上げる。
「……聞いた覚えがあるな。そうか、おまえが《ホワイト・パイル》か」
「感謝している。おまえのおかげで、私の手間も幾らか減った。――礼を言おう、名のある狩人」
「これならば予定より早く済む。柩の娘による、蔓延る血族の一掃は滞りなく進むだろう」
「故に、礼だ。文化や技術の後押しあれども、よもや人の身でこれほどの行動を起こせるとは思わなかった。誇るがいい、おまえは意識の隙間を縫うのが巧い」
しかし精神の隙を見極めるべく放った彼女の言葉に、あろうことかその男は、
同族を狩ってきた自分達の成果に対して、純粋な感謝と敬意を表したのである。
感じたことのない不気味な違和感。それを正確に認識する間もなく、
アリヤは更に、縛血者がバイロンの亡骸から血ではない、魂のような何かを吸い上げるという光景を目撃する。
それと同時に、眼前の男の存在の圧が増大したという結果を前に、彼女の脳裏に最悪の真実が浮かび上がった。
この吸血鬼……《伯爵》と呼ばれる男こそ、同族の死を糧に自身を高める、真正の怪物。
そして、師や自分が人の営みを護るためにやってきたことは、この男を本物の吸血鬼へと生まれ変わらせる手助けでしかなかった。
呆然とする少女を背にして、《伯爵》は遥か高みから見下ろすように、最後に感謝を贈った――
「では、去らばだ若き白木の杭よ」
「私はお前を評価しよう。強固な決意は美しい。
その在り方と信念をかざし、これからも血族に滅びを齎すがいい」
闇に両親を奪われ、師に教えを受け、血を流した末に使命を自覚して……
ここまで、自分という人間が生きるために鍛え続けた想いの全てが、ついに折れた。
崩れ落ちる体。
覚醒の高揚感と共に胸に宿ったはずの烈しい信念の焔は、力を失っていた。
幾度となく挫折し、その度に立ち上がった。
間違いを犯してばかりで、それでも闘いや教訓により、ここまで生まれ変わった。
だが今、その全ての足掻きが……意味のないものだと告げられた気がした。
狩人の存在すら、あの絶対者を生み出すために仕組まれた歯車の一つ。
巨大にして完全な予定調和の欠片でしかなかった。
「師父、トシロー……我々は、いったい何のために」
吸血鬼を滅ぼせば、真の怪物を生み出してしまう。
吸血鬼を滅ぼさねば、己の存在が無意味となる。
白木の杭として成長し続けたアリヤの未来は、終着点に気づいてしまった。
あまりに重たい真実の暗黒に、泣きそうな瞳を向けて……少女の体と心は動けずにいた―――
最終更新:2021年05月06日 22:31