二人の主従――その初めての出会い。
「私が、北米西部鎖輪公子――ニナ・オルロックです。
―――貴方が、噂に聞く“サムライ”ですか」
それが、紛争に揺れる鎖輪に現れた来訪者への、公子ニナの最初の言葉だった。
他者にそう見えることを意識して形作った、凛と張り詰めた表情と物腰。
その為に費やした努力の量。それを支える動機と精神力。
それら代表者として評価されるべき美点。
────同時に、そのどれもがどこか浮足立っているという危うさ。
それが
過去を隠し、生き場を求めて流れ着いたトシローの、ニナ・オルロックに対する最初の印象であった。
直に接触してきた公子に元々の鎖輪、自分達に協力してきた目的を問われても、真意の掴めない回答を重ねるトシロー。
ただ……彼が日本、その闘いの技と深く関わりがあると告げ、本名を明かすと、ニナは、一人の素直な少女のように目を輝かせた。
「トシロー……だなんて。有名なサムライ映画の俳優と同じなのね。つい奇遇に思って」
「……サムライとは、一度忠誠を誓った相手は決して裏切らないと聞いています。
―――本当にその通りなの？」
その最後の問の言葉に、強い思いが籠っていることをトシローは見逃さなかった。
トシローは、眼前の公子に武士、武士道について、自分の考え――
名誉を美徳とする戦士階級にして、その「道」とはその生き方を規定し、縛りを与える概念である――を説いた。
その上で、目の前の女性の真なる望みを見透かすように、
士は、死すらも厭わず尽くす……
しかしそれは深く己を理解し認める存在に対してであって、誰しもがその資格に値するものではないと告げる。
「ただ命令のままに動く剣。それが侍と思ってもらっては困る」
そしてトシローは、邂逅の初めから気になっていた点に切り込む。公子という大任を負うにしては、どこか縛血者として幼さを感じるニナの雰囲気に。
その答えは―――
彼女がまだ洗礼を受けて二年……まだ幼童の時期を抜けたばかりの縛血者にして、血親より地位を継いだ、というもの。
それは、鎖輪の基本的な慣習――血統と経年を重んじ、かつ中立公正を保つため公子位は世襲を避ける――からは信じがたい「異常な」事実であった。
少女・ニナはその問いに怒りを交え、同時に自分に必死に言い聞かせるようにして告げる。
「しかし、私を公子に任じたのは、父上……先代にして初代公子であるベラ・オルロック卿その人です」
「彼は偉大な統治者でした。その父上が……オルロック卿が、
私ならその務めを果たせると認めてくれたのです……！」
「故に公子としての私に対する侮辱は、その父上の聖断を侮辱する事……決して許しませんよ」
彼を力強く見据え、ニナは彼がこの土地で見せた剣の腕前を評価しているとし、その上で改めて告げる。
――私には貴方の力が必要です。サムライとして、私に忠誠を誓ってくれますか？
答えは……拒絶。言葉を無くすニナにしかし、トシローは別の答えを提示しようとする。
「だが、御身の剣にはなろう。その意志のまま振るわれる剣には」
「侍としてではなく、一振りの剣として……そう扱ってくれて構わん。
理も由も問わず、斬れと言われた敵を斬ろう。ニナ・オルロックの命じた敵を」
そう語るトシローの脳裏に過ぎるのは、
かつて愛する者と引き換えに武士としての道を棄てた苦い過去。
仕えるべき主君を、掟を裏切った不忠者……そんな過去を抱えた己には、未来永劫侍として生きる資格などない。
ただ誇りを持たず、命令のままに動く剣として、生きることがふさわしいのだろうと。
当然、その語られぬ過去など知る由もないニナにとっては、男の答え、そこに秘められた願いは掴めず……
それでも、公子としての道を違わず歩み続けるために、屈辱を噛み殺して。彼女は冷たい眼差しを向けて、答える。
「判りました……私では、サムライとして仕えるに値しない主君と言う訳ですね」
「では、トシロー・カシマ。
ならば貴方の身柄を私が買います。今日から、私だけの剣になりなさい」
「身の丈に合わぬ椅子に座る私。何処の誰かも明かせぬ貴方……
ここでは共に、異端たる醜い家鴨の仔……
故に、我々を取り囲むあらゆるものが潜在的な敵と心得なさい」
「私たちは一蓮托生にして、共犯者……裏切りは、決して許しません」
「今日、この瞬間から────」
その宣言は、冷たく響いた。
――孤独に苦しみ、しかしその痛みに耐え忍び続ける道を選んだ少女の、秘めた心の叫びを滲ませながら。
- 俺もニナ様に買われたい -- 名無しさん (2020-05-12 13:40:22)
- ↑伯爵に薔薇は不似合いだで殺される枠かな？ -- 名無しさん (2020-05-12 13:45:57)
最終更新：2020年05月22日 21:11
