「おまえこそ、何を言っているのだ」
その問いに、心底不思議そうに《伯爵》は首を傾げた。
これは何を言っているのか?睥睨する眼光がそう語っている。
「吸血鬼とは、この世に始祖一人のみ。おまえはどこまで肥大しようと、血に縛られし縛血者。
幻想の破片が、現実へと希釈されただけの劣化品だ」
だから、なあ。何を言っているのだと。追いつこうと走る子の意思を前に、無表情で告げる。
「ならば……あなたはどうなのですか、《伯爵》!その姿と力を以てしても出来損ないだと、
原初の過ちを埋める生贄でしかないと語るのか!――あなた程の、吸血鬼が!」
「然り、私も最後は糧とならん。死は確定している、そう決めているのだ。
決意がある。決めたのならば、後はそのために邁進するのみだろう」
「自らの決断に従い、実践する。何かおかしなことを、私は言っているか?」
見せ掛けの称賛や情はもはや苦痛でしかない。
愛を籠めて語りかけて欲しい。もっと自分を見つめて欲しい。
だが、何よりも望むことは、
焦がれ続けた唯一絶対の存在が
有象無象と同じ
ただの生贄でしかない、などという真実の否定。
純粋な悔しさを胸に烈しく叫ぶ仔の想いは、しかし遥か昔から彼方を見つめ続ける父には届かない。
「―――させぬ」
……ただ一つ求めた相手だけが、絶対に分かり合えない。
人間であった頃と変わらず、何一つ思い通りにならない現実を前に――バイロンは愛しき存在と闘うことを決意した。
あなたを誰にも奪わせない他の女になど寄こしはしない、爪先から髪の一本さえも始祖如き売女に渡すものか。
四肢を粉砕し杭を打ち立ててでも御身を私に縛り付ける。
娼婦のように乳房を押し付け耳元で愛を囁き処女のようにこの身を捧げて時を過ごす。
「私は、それだけでいい。御身と共に在れるなら、柩の中で永劫繋がっていたい……」
口からこぼれる静かな声は、狂えるほどの愛情だ。
嗜虐性と尊敬が混合した上に、女の情と男の獣性がその想いを煮詰めている。
想いを遂げる時だ。胸が躍る。
そのために、愛しい影を破壊するとしても、奪われるよりは余程いいと思えたから。
「故にお教えしましょう───吸血鬼ならばここにいると」
「私と《伯爵》。それのみが、夜を支配する吸血鬼……
常闇の楽園を謳歌する、真の夜族である―――!」
バイロンの足元から、《伯爵》さえも飲み込みかねない暗闇の領域が空間に満ちていく。
歪んだ自己愛と、唯一の他愛。拒絶と緊縛を体現した精神の縮図が、かつてない最大出力で妄執を撒き散らす。
それに対し、父は変わらず“観察者”の体を崩すことはなく。
「いかんな、依存心の調整が行き過ぎたか」
「便利ではあったが、欲をかきすぎても致し方ない。限界も近いとなれば、頃合か……」
「ああ、摘み時だな」
「来いバイロン───その魂、我が内へと還るがいい」
ドス黒い情念に染まりきった影を踏み潰し、悠然と手招きしながらそう告げた。
- ヤンデレファザコン? -- 名無しさん (2018-03-29 19:26:15)
- こじらせてるのは間違いないが、ここまで一途だと立派に見えてしまう気もせんでもない。 -- 名無しさん (2018-03-29 19:40:29)
- 研鑽ではなく収奪に走る辺りが吸血鬼っぽくはあるが、傍迷惑すぎる -- 名無しさん (2018-03-30 07:28:10)
- フツーに問題アリアリなんだけど、こうも一貫してると嫌いになれない -- 名無しさん (2018-03-30 07:51:51)
- 時代背景を考えると結構憐れだし、それを変えようと努力してきた姿が健気で可愛いらしいからな。 -- 名無しさん (2018-03-30 22:35:08)
- いいじゃないか一途で、真っ直ぐで。 -- 名無しさん (2018-07-10 11:49:46)
- アイザックやアリヤに隠れがちだけど、この人も大概愛が重いよね。 -- 名無しさん (2018-07-14 22:53:22)
最終更新:2021年01月12日 16:01