ああ、そうだニナ────俺は、君のために、死んでいい。君のために、死にたいのだ



相棒背を押され……ホテル・カルパチアの主の下へと参上(・・)したトシロー。
そうやって、掟を、領分を犯してまで訪れた彼に対し、
少女は必死に、傷ついた素顔を“公子”という今やボロボロとなった仮面で覆い隠し、毅然と対応しようとする。

「っ……何を、告げに来たのですか?
このような騒ぎまで起こして、馳せ参じたなどと。戯言を」

「去りなさい、トシロー。返答次第によっては、あなたは――

ニナがそうして今も、公子として“強く、誇り高く在ろう”と諦めずもがく姿に、
トシローは自分のこの選択に間違いはなかったと、目の前の主への信を一層深め……
今回の鎖輪の混乱、その中心にいる三本指”の真実を彼女に届けようとする。

「……明かそう、この俺が何者であるのかを。
先の凶事を担った贋作ではない。我こそは、奴の求めた冥府の鴉――

───三本指(トライフィンガー)。それが、此処へ流れ着く前の(あざな)であったのだ」


「……この期に及んで虚偽の発言まで吐くのかしら? あなたに―――


「殺せる。藍血貴(ブルーブラッド)程度、物の数ではない。
力に驕るものほど、容易く討ち取ることが可能だった」


心臓に絞られた、研ぎ澄まされた殺気は、弁を弄する以上にニナへ、トシローの言葉が真実であることを信じさせ……
そして、彼は続けて、
この状況こそ、(三本指)に執着する贋作が、この鎖輪を掌握せんとするバイロンの影で暗躍した結果であり、
自分とニナを追い詰めるために仕組まれたもの。故にバイロンこそがこの争いの中で最も警戒すべき存在なのだ、と告げる。

その“元”部下の言葉に、


「それが……それが何だというの!」


ニナは、怒りと共に堪え続けた素顔の思いを曝け出し始める。


「名探偵ね、大したものだわ! 真犯人はバイロンと組んだ偽物で、証拠はないけど注意しろですって? ……馬鹿にしないで!」

「私だって気づいていたわよ!バイロンが怪しいということも、彼こそが今の窮状における元凶だってことも……でも……でも、どうしようもないじゃないっ!」

「現場を押さえなければ意味がない。いえ、押さえられたとしても糾弾を跳ね除けられる!
それだけの力と権威を持っているのよ、バイロンは!」


「先読みができない情報を与えられて、それでどうすればいいと言うの!
解決策も出せてない、なのに今更そんなことを……伝えられたって」


トシローの前に在ったのは、一人の傷だらけの少女。
鎖輪という、何世紀にも亘って積み重ねられた文明文化、その重圧に歯を食いしばって耐えている幼子の姿だった。


――そんな彼女だからこそ、力になりたい。
――どれだけ辛くとも、苦境にこれまでも耐えてこられたニナならば、きっと生まれ変われると信じる故に。


「ああ、だが……これで君に真実の一端を伝えることができた」

「不足していた情報は、確かに決定打足りえんだろう。
よって最期に今一度、君の手足として役割を果たさん」


「手柄は、ここにある。そう―――


トシローは、己の首を掻っ切るジェスチャーと共に、


三本指(トライフィンガー)の首という功績、無視できるものではあるまい」


己の全てを君に捧げると……どこまでも自然に、主へと告げた。


「なに、を………トシロー、あなた───


「正気だ」


───どうか伝わってくれ、ニナ。俺は君にこれだけの価値を見出している。


「真贋の別なく、遍く咎を俺が背負おう。
掃き溜めの全てを押し付けてくれ。その穢れが重い程、君に捧げる供物となる」


───気づいてくれ、ニナ。これが俺から君へと送る、忠誠の全てだ。



「ああ、そうだニナ────俺は、君のために、死んでいい」


「君のために、死にたいのだ」



会えなかった時間が募らせた想い。
それは、甘い砂糖菓子(れんあい)ではなかったけれど……
トシロー・カシマは確かに、ニナ・オルロックという主へ真摯な想いの全てを告げる事ができたのだ。

……最後に、記憶の中の最愛の女性へ、さよならと呟いた。
離別の果てに止まっていた時間は、今動き出した。
ここで死んだとしても、その僅かな生を、俺は誇れる。 


「ふっ……ふふ」


その余りに重い、男の言葉に対し、銀の髪の少女は───優しく笑みを零しながら今の胸の内を明かした。



「本当に、どこまでも勝手な男ね。あなたって」


「勝手に決めて、勝手に明かして、
勝手に押し付けて……決めろ決めろって急かして来る」



「……迷惑だったか?」


「いいえ、そして……うん、そうね。
だって、私よりも詰め寄る本人が苦しそうなんだもの。
私はあなたの主君だもの、辛くなんてなかった」

「変な話だけど、だから私は安心できた。
過去の痛みで足掻いているあなただったから……
こんな自分でも頑張れるんじゃないかって思えた」


あなたの傷痕に救われていた─────
告げられたその想いに、トシローは拳を強く握り、その心は打ち震えた。


そうして、幼い主君にとっての決断の時は来た。


「決めたわ、トシロー。――今からあなたに付いていく」


「この場に残って出来ることはない。
ようやく踏ん切りがついたわ。父の鎖輪(いさん)を守り抜くために、私は私の道を行く」


その姿に見え隠れするのは決意と恐怖。
今まで築き上げてきた、公子の理想像から外れると知って尚……
震えながらニナ・オルロックは自身の意志で、幼くも一歩を踏み出す事を決心したのである。




  • スパルタだよなぁ…… -- 名無しさん (2018-03-13 17:12:21)
  • 痛みとは糧なのだから! の項目でも言われてるよね。自分の中ではトシローさんはすごいスパルタだけど乗り越えられれば確実に大成出来る試練用意してて、大成したのが偶々敵なように思える。ひょっとして教育者に向いているのでは……? -- 名無しさん (2018-03-13 20:40:12)
  • ↑自分で書いてて良くわかんなくなった。なんつーか、成長させんの上手だよねってこと -- 名無しさん (2018-03-13 20:47:49)
  • そりゃまあ、ラスボスも成長させてしまうお方ですから・・・ -- 名無しさん (2018-03-14 09:31:09)
  • まぁだから来世であるムラサメ師匠はアッシュの敵に回ったのだろう -- 名無しさん (2018-03-14 15:35:55)
  • ↑トシローさんヴァルゼライド見たら絶望しそう -- 名無しさん (2018-03-16 16:27:28)
  • ↑2 さらっと師匠の前世扱いは面白いw。確かに新西暦版トシローとも言われてたけどw -- 名無しさん (2021-02-11 12:19:54)
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最終更新:2021年10月26日 21:43