杜志郎様は……やはり意地悪で御座います……

発言者:高遠美影
対象者:鹿島杜志郎


トシロー……鹿島杜志郎がまだ、純粋に明日の訪れを喜んでいることができた日々
真っ直ぐに剣の腕を磨いて、“士”の道と人の“愛”が、乖離することなど微塵も疑っていなかった時間。
一振りの剣で大切な人を、理想を守れると無邪気に信じられた……美しくそして心を縛り付ける思い出である


………


「杜志郎様。今日は、父上と何を話されていたのですか?」

「さて……何だったかな?」



――ある早春の日、鹿島の屋敷、その沈丁花に彩られた庭を共に歩く一組の男女の姿があった。
男の名は鹿島杜志郎。そして、その傍らを歩くのは彼の許嫁、美影。
藩の重役であり美影の父、高遠内膳丞と共に早朝から釣りに出かけていた杜志郎。
その帰りを待ち構えていたように、美影は屋敷を訪れていた。


「その……父上から、何か……」


朝、父と杜志郎の交わしたであろう話の内容を問う美影の頬は、桜の色に淡く染まっていて……
ここ最近のどこか夢心地にいるような彼女の様子も考え合わせて、
杜志郎には、美影が自分達の祝言の日取りを知りたがっているのだろうと予想がついていた。


そんな、逸る彼女の乙女心を可愛らしく感じ、杜志郎は少しばかりの悪戯を思い付く。


「応、そうじゃ」

「っ!」

「今晩にでも屋敷に取りに来いと、内膳殿はそう申されていた」


明かされた内容に、美影は大変慌て、同時に羞恥に顔を赤らめ……


「こ、今晩で御座いますか……っ!? そんな、いきなり……!」

「し、しかも……と、取りに来いとは……
父上ともあろう御方が、そのように露骨な物言いを……
色々と、その、様式というものも御座いますれば……」


そう恥ずかしげに告げる彼女の姿を前に、杜志郎は一層勢いづいて……


「俺も早くこの手にしたい。そして心ゆくまで愛でたいと思うておる」

「と、杜志郎様まで……っ、なんという、大胆な……っ」


慕わしく思う男からの、続け様の「大胆」発言に、
美影の瞳は蕩け、その心は幸福に包まれ、まさに天にも昇らんという様子であった。
そして、続く杜志郎の話にも気付かぬまま―――


「何しろ肥後同田貫と言えば、室町より名高き剛直無比の合戦刀。
戦場(いくさば)で有用なるが故に、戦国の御世で大半が使い潰され、
現存するのは数打ちの駄刀も少なからずというが……
内膳殿秘蔵の一刀は、正しく戦国を生き抜いた真打ち中の真打ちと聞く」


「しょ、正直……女子の身としましては、心の準備が欲しゅう御座いますが……」

「そ、それほど強く、杜志郎様がお求めになるのであれば……
わたくし、どうなろうと構いませぬ………っ」


「ただ拵えの重厚さ故に、介錯、処刑に用いられる事も多かればこそ、
首切り刀という忌まわしい名も頂戴しており……
婚礼の祝儀に賜る品としては、ちと縁起が悪いのが玉に疵とも言えるがな」


「杜志郎様っ……わたくしも武士の妻となる身なれば、常在戦場の心構えを忘れず……っ」

「今宵、美影は……貴方様のものになる覚悟を―――え?」


「と、杜志郎様……今、何と?」


「だから今夜、内膳殿の元へ貰い受けに行くのだ。秘蔵の同田貫正国をな」


「た、たぬき……? そ、それは……もしや御刀のお話で御座いますか……?」


茫然とする美影に、杜志郎は実に楽しそうに笑みながら。


「いかにもその通りだが、先程から一体何の話だと思っていたのだ?」


許嫁の手玉にとられていた―――喜びが大きかった分、その反動もまた大きく。


「…………杜志郎様ッ! わたくしをからかっておいでだったのですね!?」


「はは、済まぬ。余りに心急く様子が可愛らしかったもので、つい悪戯心でな」


「酷い……杜志郎様は意地悪で御座います!」


そんな憤る表情や仕草にも隠せぬ可愛らしさを見せる許嫁に対し――
ようやく杜志郎は、真っ直ぐに向き合いながら、“本当に大事な話”について語る。


「この沈丁花が散り、桜が咲く頃までには……我らは晴れて夫婦となれようぞ」

「そのように、内膳殿……いや、父上殿(・・・)から言づかってきた」


その、ずっと待ち望んでいた言葉に、臍を曲げていた少女も、
表情を綻ばせて……瞼から、透き通った雫が一すじ、流れ落ちた。


「これ、門出を前に何故泣くのだ」


許嫁のその言葉に、美影は嬉し涙と共に、困ったように告げる―――


「杜志郎様は……やはり意地悪で御座います……」


やがて来たる春を風の中に感じ、愛する者の笑顔を傍らにして。
杜志郎は……心の底から願った。

この刹那(とき)よ、永遠に続けと。

やがて訪れるであろう幸福の瞬間を信じて、
優しく照らし出す朝陽の下、彼は彼女と共に歩んで往けることを疑いもしなかった。



だが───彼らの望んだ祝福の春は、終に来ることはなかったのだ。




  • 永遠の刹那呼ぶしかないかな -- 名無しさん (2018-03-10 21:25:53)
  • ↑あの人も幸福が遠いんだよなぁ… -- 名無しさん (2018-03-10 21:31:43)
  • lightって幸福になれる主人公少ないような…… -- 名無しさん (2018-03-10 22:00:26)
  • 中二だけがlightじゃないよ?! -- 名無しさん (2018-03-10 22:04:32)
  • どれもこれも高濱ァと正田の二大邪神が悪いんだよなぁ -- 名無しさん (2018-03-10 23:23:27)
  • ↑この主人公を創ったのはその邪神たちとも違う某墓の主だけどな -- 名無しさん (2018-03-11 00:31:51)
  • 墓石王(ノーライフキング)昏式のなんと恐ろしい事よ -- 名無しさん (2018-03-11 01:39:42)
  • ↑ピッタリだな、その渾名!今度からそれで呼ぶとしよう。ノスフェラトゥやリッチーの読み(ルビ)で「墓石王」や「墓所の主」って書くのもアリな気がするけど(笑) -- 名無しさん (2018-03-11 01:51:30)
  • 「た、たぬき・・・?」の破壊力 -- 名無しさん (2018-03-11 11:50:04)
  • この頃のトシローはひねてないなぁ・・・ -- 名無しさん (2018-03-12 01:28:40)
  • 爽やかささえ感じる好青年というか -- 名無しさん (2018-03-12 08:11:46)
  • もう全部NTR とした藩主が悪い。ちょっとタイムスリップして暗殺してくる -- 名無しさん (2018-03-12 09:17:15)
  • ↑支援 っ吊し上げ用の丸太 -- 名無しさん (2018-03-12 20:00:05)
  • ↑2暗殺した結果、トシローさんが疑われて結局同じ末路、みたいなことを創造神達に倣って妄想してみる。(眼鏡スマイル) -- 名無しさん (2018-03-12 20:21:45)
  • ↑疑いがトシローさんに向く前に自白します -- 名無しさん (2018-03-12 20:55:48)
  • そうだ、トシローさんが藩を脱藩するのは避けられないにしても、外国に行く商船ではなく山奥の農村辺りに逃走させれば良いのでは? -- 名無しさん (2018-03-12 21:30:51)
  • 大昔の身分差でかかった時代でいきなり農民とかできるモンなのか?特に美影さん。ていうか、身分は絶対、下は問答無用で涙を飲め、な時代で脱藩ぐらいじゃ逃げられないと思う。それこそ国外逃亡とか、ルールが全く違う場所に行くしかなかったんじゃないかと思う。 -- 名無しさん (2018-03-12 21:42:07)
  • ↑なるほど。つまり、せめて乗ったのが縛血者の船じゃなかったら、としか祈れんのか。世界って残酷だなあ……凌駕さんが中庸目指すのもわかる気がする。不幸も幸福も、何事も程ほどが一番だよなあ -- 名無しさん (2018-03-12 22:37:17)
  • ↑今でこそ、海外に行くのは飛行機一本だが、昔の海外渡航は段違いの難易度だから、正直、美影さんが人間のまま耐えられたのかは微妙なところだと思う。ある意味、縛血者になって一時でも一緒に居られた本編が、もしかしたら最善のルートだったのかも……。 -- 名無しさん (2018-03-12 23:28:24)
  • くそったれ、どう足掻いても詰んでるじゃねぇかてん -- 名無しさん (2018-03-13 14:51:01)
  • そうだ、そもそもNTR藩主が存在しなければ良いのでは? 回帰して発生要因を潰すのだ……! -- 名無しさん (2018-03-13 14:58:50)
  • どう足掻いても幸福はいつか失われるもの。せめてトシローさんは本編の時点で十分に幸福だったと思おうぜ……。 -- 名無しさん (2018-03-13 17:32:10)
  • 同田貫…日の丸相撲かな? -- 名無しさん (2018-03-14 19:32:29)
  • ホモの神・相撲の神「「てへぺろ♪」」 -- 名無しさん (2018-03-14 19:37:51)
  • ↑何を笑っていやがる…! -- 名無しさん (2018-03-14 20:03:04)
  • この幸せを描きながら、墓石王は墓の準備をしているのだった……。ホント慈悲もねぇな!?(誉め言葉) -- 名無しさん (2018-03-14 21:28:07)
  • 墓の王ってどっかで聞いたような、と思ってたら獣殿の創造じゃん。獣殿と水銀の2ライター制によるエロゲ、とか思い浮かんだけど、考えてみればあの二人がシナリオを考案した、という意味ではディエスが正にそうなのか。 -- 名無しさん (2018-03-24 22:05:52)
  • このライン、例えやり直しが出来るような奇跡が起きたとしても、運命と本人の面倒臭さのせいで碌な事になりそうにない人が多過ぎるような… -- 名無しさん (2018-03-24 22:09:57)
  • ↑そもそもやり直してどうにかなりそうな主人公いなくね?ほぼ全員生まれからして詰んでる -- 名無しさん (2018-03-24 22:23:40)
  • ↑運命から、というか、自分の面倒臭さからは逃げられない、と創造主達が微笑んでいるのが見えるよーだ……。 -- 名無しさん (2018-03-24 22:55:10)
  • トシローさんは脱藩後に長崎に行かなければなんとか……トシローさん人間時代が江戸のいつ頃なのか分からんけど、脱藩浪人はそう珍しくもなかったというし。 あとはもういっそ、美影を斬って直後に自分も腹を切るとかね。周囲の親族まとめて不幸にするだろうけどね。武士道とはシグルイなり。 -- 名無しさん (2018-03-24 23:08:53)
  • ↑トシローさん一人だけならなんとかなりそうな気もするけど、問題は美影さんな気がする。追手かかりそうだし、箱入りお姫様な美影さんが逃避行に耐えられなさそう。精神的じゃなくて肉体的に。 -- 名無しさん (2018-03-24 23:16:01)
  • ↑2失ってしまった武士としてのアイデンティティを美影との愛を貫くことで埋めてる精神状態だから美影を斬ることはできない -- 名無しさん (2018-03-24 23:43:32)
  • ↑「私と武士道、どっちが大事なの!?」 きっと、トシローさんが恋人に言われて困る質問はこれ。まぁ、美影さんと武士道なら、美影さん選ぶ気もするが。 -- 名無しさん (2018-03-25 00:06:18)
  • 美影選んだから本編に進んだんだぞ -- 名無しさん (2020-04-02 14:30:22)
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最終更新:2021年11月19日 12:47