痛みとは───糧なのだから!




――贋作が憧れを前に狂える喜びを剥き出しにし、それを真作が否定し……血戦の火蓋はついに落とされた。
三本指(トライフィンガー)”の名を賭けた二人の決闘。
出し得る限りの技を、力をぶつけ合う男達。

アイザックは、瞬間ごとに自己の限界を突き破りながら、惑ってきた友がようやく手にしたであろう、今の『答え』を問う。
それに対し、トシローは確かに、惑っていたかつての時間以上の意義を己は得ることができた、と返すが……
贋作(アイザック)は、少女ニナの命令に黙して従う――そう在ることを望んできたトシローにとっては楽だろうが、
彼女にとっては、その選択一つ一つの重さを全て背負わされる苛酷な道となるだろうと指摘する。


「あなたの為に死なせてください?ヒはッ、そりゃ随分と残酷な台詞だなァーーッ!」

「守って斃して生き残る。余計な重荷は俺のものだ。
君には何も背負わせない。そう吼えるのが、男の意地ってもんじゃないのか?」

「理屈を超えて背負わせる。情けないぜぇ──三本指(トライフィンガー)!」


それに何より、トシロー・カシマという男の生はもはや長くない。


「かわいそうだな、お嬢は……また残される、また置いていかれる」


「死期に陥った身で、女の希望になるってか? 親よりひどいな。さぞや深い傷が残るだろうぜッ!」


その、生き方の矛盾を貫く咆哮に対し―――

「そうだ───だからこそ、傷つかなくてはならない(・・・・・・・・・・・)

トシローは、ろくでなしの自分は彼女を傷つけるつもりなのだ、という最低(・・)の答えで応じるのであった。

かつて美影という女に向き合ったように、あらゆる障害、傷から守り抜き、永久に寄り添う。
ニナと己の間の関係がただの“愛”ならば、自分はそうしていた、と。

だが、ニナ・オルロックは“公子”である道を選び、そんな彼女に己は“忠義”を捧げんとしている。
ならば……


「脆弱であることは許されない。
彼女は茨の道を往くと決め、そして俺は、そんな彼女の一助たらんと誓ったのだ」
「故に───いずれ死ぬ者が死んだ、その程度で止まってはならない(・・・・・・・・・・・・・・)
 乗り越えるべきだ。喪失も、痛みも、絶望も」

「逃げてはならない! 誰よりも気高く、何よりも貴く在る為にッ!」


……その言葉を放った自分自身を最悪だと、反吐が出そうになる。

理想に挫折した身でありながら、前途あるニナにその道を歩ませんとする下種の所業。

けれど、それでも―――自分が見た月光(・・)、ニナ・オルロックならば歩んでゆけると願い、そして信じている故に。


「超えていかねばならん。
乗り越えるべきだ。その苦痛こそが心を鍛えうる」


「痛みとは───糧なのだから!」


この険し過ぎる道を往く、彼女はそう決めた。
だから、己はその背を支えることはしても、苦難を受け持とうとはしない……そう身勝手にも決めたのだ。


……その決意を前にして、驚愕と共にアイザックは歓喜の雄叫びを挙げる。


「く、はははは! そいつは酷ぇな、最悪だ!
スパルタ主義にも程がある、悪辣で酷薄で救いがないぜ。
何重苦だよ───ああ、流石だ!」

「やはりおまえは悪鬼さ、トシロー。容赦がない、ゾッとする。
愛する者にも、滅ぼす者にも、揃って試練を投げかけやがる……!」

「そら超えろ。やれ超えろ。貴様はだからクズなんだ、
悔しかったら覚醒しやがれ、さあ逆襲だよ前を向け……ってなぁ。くく」


──だからおまえは毎度毎度、色んな手合いから嫌われるんだ。
上から目線で説教されたら、そりゃ嫌な気分にもなるよなァッ!


トシローという男を見続けてきた存在として。
その在り方が、「夢見がちな」縛血者にとって如何に異端であるかを友に突きつけながら。
その上で―――アイザック・フォレストは叫ぶ。


「だが、それがいい(・・・・・)
そうさ、だからこそトシロー・カシマは、俺にとっての超越者(ヴァンパイア)なんだ!」

「耐えられないんだよ俺達は! 自分はこんなにすげぇんだ、怪力がある、超能力を持っています、
そんな風に叫ばないと自身を肯定することができない……!」

「そんな(もの)を頼りにしないと、自分を受け入れてやれないのさ。
せっかく吸血鬼になったんだからって、今度は吸血鬼であることに縛られる」

「バイロンも、俺も、有象無象の縛血者(ブラインド)───全てがだ。
信じられるか? その中で、おまえだけが違うんだよッ(・・・・・・・・・・・・)!」

「力の強弱なんかじゃない、視認すべき視点にズレがある……
そんなものは何だ(・・・・・・・・)と、心の底から口にしている。否定する権利を持ってやがる……!」

「“出来る” ってことはそれぐらい甘美なんだよ!
おまえだけが捨てられる。骨の髄から、異能(チカラ)へ唾を吐きかけてるんだ……!」

「見たいんだよ、俺も、その位置から。睥睨しているその視点が、ただ只管に羨ましい!」


「すげぇ、憧れる。尊敬するよ。だから、さあ───三本指(おまえ)の全てを、俺にくれ……!」


―――妄執の翼は止まらない。
―――銀の忌呪に縛られたトシローの限界値を超えて越えて。
―――暴走する異能に肉体が自壊しながらも、この瞬間こそが己の全てだと、
アイザックは秒刻みで自己を強化し、目前に迫る、憧れと一つになるその刻だけを目指し続ける。




  • 愛する者を失って伝説の同族殺しに変貌した人が言っていい台詞ではないような……自分の二の轍は踏まないと信じているのか、重いわ! -- 名無しさん (2018-02-28 20:59:22)
  • 実際、ニナが途中で挫折したらどうするんだろ、トシローさん……………。 -- 名無しさん (2018-02-28 21:01:50)
  • ヴァルゼライド閣下ならばできたのだ、だからこそこの世の全てに不可能などない -- ??? (2018-02-28 21:19:08)
  • ↑3アイデンティティの根幹を成していた「伯爵の遺したディアスポラを守る公子」という部分を砕かれた上で立ち直って、死ぬ危険性も相当ある仕事をトシローに命じることができるまでに成長したからってのはあると思う。でも、間違いなく重いもんでもあるよな。ゴドフリ然り、忠義自体がそういうものってのもあるが -- 名無しさん (2018-02-28 21:44:11)
  • 覚醒して逆襲しろ……?何それ天奏も真っ青 -- 名無しさん (2018-03-01 08:41:44)
  • 人間は皆んなが皆んなそこまでMじやねぇよォッ!? -- 名無しさん (2018-03-01 09:17:27)
  • ギルベルト「痛みとはーー糧なのだから!(ガンマレイを食らって)」 -- 名無しさん (2018-03-01 09:51:17)
  • 逆襲かつ前を向けってきつすぎない?ゼファーさん哭いちゃうそう。 -- 名無しさん (2018-03-01 22:19:28)
  • ↑ゼファーじゃなくてもふつうの感性を持ってる人なら泣いちゃうと思う -- 名無しさん (2018-03-01 22:33:02)
  • ↑5ナギサちゃんならできたぞ? -- 名無しさん (2018-03-01 22:35:20)
  • ↑3哭きながらどうにか乗り越えちゃうのがゼファーさんだし「だからクズなんだ、悔しかったら覚醒しやがれ」と「ふざけんな出来るわけねえだろ勘弁してくれ」を同時に思ってるような人間でもあるからホントこの主人公たちは2人揃って面倒くさい -- 名無しさん (2018-03-01 23:14:31)
  • トシローさんは「できる奴に嫉妬する己は屑だ」じゃね? -- 名無しさん (2018-03-01 23:20:18)
  • トシロ―さんとゼファーさんが邂逅したら、さらに面倒くさくなりそう -- 名無しさん (2018-03-01 23:36:48)
  • 直とトシローならいい方向にいける、か? -- 名無しさん (2018-03-02 01:11:14)
  • 直と邂逅したらトシロー凹むんじゃねえかなあ。なまじ「愛する人を失って暴走した」という点で共通点有るから、暴走した姿の差と実はかなり強い直のメンタルに大打撃受けそう -- 名無しさん (2018-03-02 02:42:56)
  • トシロー側がボスやってても違和感ねえなセリフw -- 名無しさん (2018-03-02 10:39:50)
  • けど(普通に死の危険が常に付きまとう世界と簡単に比べるもんでもないけど)「何でも助けてやればいいってもんじゃない。上に立つのなら覚悟や決断が出来る強さも身につけてもらわなきゃ困る」ってのはわりかしただの一般論だよな。それを殊更「下種の所業」「おまえは超越者だ!」って、やっぱ現実に比べたら幻想は甘えなんやなって。正しいことは痛いんやなって -- 名無しさん (2018-03-02 16:48:34)
  • ↑ある意味、創作っていうのは、現実と比べて「もしこういう生き方があったら~」って夢想して楽しむこともあるしね。創作で見たモノを糧にしたり、創作は創作で楽しんで自分の現実に向き合ったりしないなら、「それは現実逃避と何が違うの?」って言われても仕方ないし、「ただの一般論」という現実の方が遥かに厳しくて正しいのは順当なことなんだと思うよ。 -- 名無しさん (2018-03-02 18:39:42)
  • 実際、ニナがトシローやアイザック、覚醒アリヤと同じ域の逸脱者になったらどうなるのだろうか。このルートの未来ならその域に到達しそうだし -- 名無しさん (2018-08-20 15:01:43)
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最終更新:2021年12月19日 18:11