だから――好きにすればいい。



惑い揺れ、傷だらけの己の軌跡を振り返り、
相対的な現実の中、唯一の解を得る事も、我侭を可能とする力もないと……もう、己はどうすれば判らぬと嘆く男。
そんな不器用な男に、彼にとっての安らぎ()修羅(憧憬)が贈る、身勝手で、そして思い遣りに満ちた、言葉


内面世界での魂の対話……
憧れに揺れ続けていたと、無い物ねだりをしていたと、その“普通”の事実をトシローへと伝える美影。

そして、微苦笑を口元に浮かべながら、彼女の言葉を、
自分達が厭いしかし捨てきれなかった“人間”の在り方だと言葉を継ぐのは、願いを託したアイザック。


そのまま………
今も感じる、トシローという人間に対しての「真実の想い」を語り出す―――



『共に杜志郎様の事を想っていながら、かける言葉も、願いも……重なりません』

数多の自分(ペルソナ)は出会いの数だけ存在する。おまえはその中で、こうであるべき自分(・・・・・・・・・)しか見ていない』


―――どうか愛しい人よ、その苦しみから解放されんことを。
―――憧れとして、あの吸血鬼をブッ倒して欲しい。

―――忘却を望んでいるわけではない。
―――重荷となりたいわけではない。

―――逃げてほしい、という訳ではない。
―――その勝利を望んでいない、という訳ではない。


―――ならば!」


いったい何が真なのか。

個人解に溢れた世界。絶対の道などありはしない。
かつての武士道(価値観)は役に立たず、純粋に我侭を可能とする力もない。


「俺は、どうすればいい! 何をすれば、おまえ達に報いることができるのだ!」


せめて心だけは一点に定めておきたいというのに……それさえ個々で異なっている。


「願った己とかけ離れた、この傷だらけの自分を……
何の答えを以ってすれば、肯定することができるのだ!


正しい一歩は不明なまま、それゆえに歩み出すことが恐ろしい。


トシローは心からの苦しみを、痛みを、慟哭を二人の魂にぶつける。
それに対し、二人は―――


『ああ、それこそ』

『俺達が一番報われることなんて、一つしかない』


ただ、穏やかに。



『あなた様と共に、生きたかった』

『おまえと同じで、在りたかった』



そんな───単調夢を届かない最高の理想だと、微笑みかけた。


『叶わない願いです。あの日に夢見た未練です。けれど、これ以外の解はありませんでした』

『だから、もう正誤を問うのは止めにしよう。
哲学は出口のない迷宮さ。壁に穴を開けて、ここが出口だと威張るしかない』


唯一の解などありません。それは、生涯得られぬ夢幻の偶像。
胡蝶であると納得できぬなら……痛みは永劫、身体の芯を巡りましょう。

だが納得すれば安息と引き換えに考え方は停まってしまう。成長の放棄だよ。
どっちがいいかなんて結局この時点でメチャクチャさ、終わりがない。


……そんな儘ならぬ現実(せかい)でも、そこで生き、死してもなお彼を求めたヒトとして。


『だからこそ、寄る辺なき御霊となっても、私は願います。
傷だらけの杜志郎様に、どうか救い(・・)の待つ生涯を』


『俺は逆だ。花火のように華々しく、
閃光のように輝かしく、暗闇を往く三本指(トライフィンガー)となってほしい』


重ならず、正反対の装飾を纏った祈りは、しかしトシローにとって一つの本質を告げていた。



『だから私の想いなど、気にしないで』

『だから俺の願いなど、気にするな』



『どの道を選ぼうと、私は杜志郎様を受け止めます。
――私だけはずっと、あなた様の愛でいたいから………』

『俺はまあ……適当にやるだろうな。次があっても、前と同じだ。
勝手に巻き込むだろうから、おまえもその時は好きにすればいい』


好きにすればいい(・・・・・・・・)こちらも好きにする(・・・・・・・・・)。全ては矛盾なのだからと。


ああ――それは、なんという身勝手な願い(エゴ)だろうか。
自らがそう思っているために、現実もそうなって欲しい。そうしたい。そうで在りたい。
胸に秘めていた想いの吐露は、俺自身へ向けた異なる感想だ。
自らの願いを他者(おれ)に勝手に託して、乗せて……結局答えは、自分で決めろという始末。

けれど……何故だろう。己の心は確かに澄み渡っている。
胸を締め付けている痛みは消えていないのに……その痛み(過去)がある事実を受け止められていた。


――そんな勝手で、しかし己を解き放つに足る、思いやりに満ちた二人の言葉に、トシローが決めた“願い”とは………




  • ーーーーお前達、長年付き合ってきた友人かの様に息合い過ぎだろう…(困惑 -- 名無しさん (2018-02-26 17:25:35)
  • アマツはこの境地に至るべきなんじゃないのか。 -- 名無しさん (2020-06-02 16:04:54)
  • 二人の願い、何方も叶ったな -- 名無しさん (2023-02-17 08:13:55)
  • ↑止揚ってやつだな -- 名無しさん (2023-10-25 13:17:51)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年10月25日 13:17