「ああ───本当に、おまえと言う奴は」
何よりもよく、俺という愚か者の事を判っている。
友の遺言を成就するために、真の幻想を斃し生きるのだと……今、俺の魂は猛り狂っているのだから。
本当によく言ったものだよ、アイザック。俺達は滑稽なまでに、“何か” のためにしか生きられないらしい。
美影のために、おまえのために……唯一の我侭は己自身の過去絡みぐらいか。嗤えてしまう、何だこれは。
断言してもいい、俺以上に縛血者が向いていない人間はいない。
無限の生は、無限の過去を約束する。未来を見詰められない己にとって、永遠の時間は地獄の代名詞だったから。
―――超越者としての未来を欲したアイザック。
―――昏く忌まわしい過去を棄て去りたかったトシロー。
その決着は、何の奇跡も起きることなく……トシローが瀕死のアイザックを下す、そんな呆気ない終わりを迎えた。
「……俺も、そう願っていたよ」
愛する者を守れなかったのは自分の不甲斐なさによるものだと、あの日にも奇跡は起こり得たのだと。
そう証明されることを欲して………
そのためならば
ここで死んでもよかったと、半ば本心から望んでいたトシローは、刃から伝わる冷たさに現実の無情さを感じ―――
敗れたアイザックは、突きつけられた結果に力無く納得しながらも、
最後まで
追い求めた生き方を貫くために、
己の賜力を、彼の魂を全て注ぎ込んだ血をトシローの心臓に流し込む。
自分の胸の銀の呪いを取り除こうとしている、そう目の前の男の目的を悟ったトシローは、
痛みを、後悔の証を失うことを拒否しようとしたが―――
「知らない、ね……俺は、おまえのために、何かがしたい……それは、それだけは俺の意思だ」
「友の命を吸って、三本指は……華々しく新生する。……はは、最高じゃねえか」
“己の魂を、生涯を渡すに相応しいのは、出来合いの吸血鬼なんかじゃない。
やるべき相手はただ一人、己にとっての最高の偽物――トシロー・カシマだ”
そんなアイザックの頑なな意志を示すように、決して引きはがすことはできなかった。
――――やがて流れ込むのは、トシローの識らない視点、意識。
鮮血と屍を踏み越えた、忌むべきかつての自分を仰ぎ見る眼には……熱い憧憬が宿っていた。
感動としか言いようのない心、福音にすら似た響きが胸を満たす。
自分にとっての後悔は、他者にとっての救いであったのだと、そう理解せざるを得なくて。
「そう、さ―――俺は、やっと、やっと………」
ああ、アイザック。 おまえは、こんなにも―――
「三本指に、成れるんだ……」
これ程までに、あんな三本指に憧れていたのか。
俺が否定することしか出来なかった、あの日々に。
……間違っているし、誤っている。
だがそこからでも、人は感じ入るものがあるのか。そのために生きようとすることが出来るのか。
――どれだけ過小評価しても、1人の人間が他者にとってどれだけの重さを持つのか……初めて判った。
……故に、トシローは、重々しく口を開き、問いかけた。
「アイザック……教えてくれ、痛む」
おまえを斬ると。俺はこうするのだと。
決着に向けて固めたはずの鋼の意志は、既に脆く崩れ去っている。
胸にあるのは刃の柄から伝わる、二度と戻らない“喪失”への恐怖。
「おまえは、俺の過去に執心する羅刹だった。
俺という個人のために、数多の命を奪った悪鬼だった……」
だから、その命を奪った事に悲しみや後悔などあるはずがない。
そう疑いなく信じ、意志を貫こうとした、そのはずだ。
だというのに―――
「――辛い。苦しむおまえの姿が、何故、こんなにも胸を刺すのだ……!」
「止めろ、ふざけるな! 今更、何を俺は……後悔などっ」
それにアイザックは、
どんなクズであろうと親友を亡くすのは辛いことだろ―――そう、「何もかも判っている」と言うように笑み返し。
「――駄目だ、逝くな。逝くんじゃない、アイザック!」
「幻想でいい、偶像で結構だ!
たった一つでもいい、俺がそう生きたいと思えるものを教えてくれ!」
「何も言わずに、死ぬな!
“後は自分で考えろ” などと、そんな、あまりにおぞましい言葉を言わないでくれ!」
認めざるを得ない、
親友への本音を、美影の時のように、“こう生きるべき何か”を求めて、トシローは叫んだ。
決定的な
場面を直接見ていないだけで、己を陥れようとした事実を実感できないために、
変わらず、アイザック・フォレストという男を、トシロー・カシマは掛け替えのない友と今でも感じていると。
決意や誓いが、一時の感情にみっともなく振り回され揺らぎ、砕け散ってゆく……
そんな人間の心の在り様をトシローは、否応なく突きつけられる中、
アイザックは憧れた目標であり、無二の親友の心に深く刻まれた事に、満ち足りた表情を浮かべながら―――
「な?――嫌なもんだろ、“人間” なんて」
「自分の、感情さえ……思い通りにならないんだから、さ―――」
「おまえこそ、不死身の超越者。
闇の底で、産声を上げた……人と魔の黄昏。
ひれ伏せ、徒人――血袋の分際で、頭が高いぞ……なんて、な。ははっ」
それこそが、おまえだよと微笑んで。
「じゃあ、またな……“生きろ”よ……トシ、ロー………」
命の火が……消えた。
アイザックの手が、胸の心臓をなぞる。
これからは此処にいると示すかのように指先がなぞった後、力なく宙へと垂れ下がった。
――それが、友情の終焉。トシロー・カシマの同類にして、仄暗い影であった友の死だった。
- このシーンは結構胸にくるものがあった。そして対伯爵戦の美影さんと一緒に出てきた時の違和感よ(いやアレはアレでトシロー奮起させるのに必要なんだけども -- 名無しさん (2018-02-21 22:25:26)
- この時点で最高の親友にして過去から追い縋った妄執そのものに対する決着としては百点満点の終わり方だった。まさかのワンモアしかも最愛の人との邂逅にしれって混ざってるという形での再登場である。やはり原初のホモは格が違った(確信) -- 名無しさん (2018-02-21 23:06:54)
- ここは今でも覚えてる.....またプレイするか -- 名無しさん (2018-02-22 00:39:21)
- 超越者って書いてパンパイアって読むのかっこよすぎる -- 名無しさん (2020-09-15 11:40:17)
- 最後に「生きろよ」っていうのがまた切ない・・・ -- 名無しさん (2020-09-15 11:41:20)
最終更新:2022年01月03日 23:49