運命って奴に、あたしはやっと1勝1敗……ようやく星を取り返したばかりなのに、いきなり負け越す訳にはいかないのよ



決して、異端者や強大な力を持つ者には及ばないシェリル。
それでも、彼女が絶対に譲ることのできない――を貫くための咆哮


決死の逃避行の最中、心臓に癒着した銀の呪いによって失われんとする大切な男の命。
その困難に対し絶望しかけたシェリルはしかし、自己の賜力と精神力を最大限に用い、銀の摘出に成功する。

大切な者を現世に繋ぎとめられたことに確かな“勝利”を感じるシェリル。
だが、過去の因縁に従い彼と彼女を狙うバイロンがその生の輝きごと、かつての継嗣である彼女を喰らおうと立ちはだかる。


「私に闘う気がないのかと問うたな? ああ、いかにもその通り。
私は戦士ではなく、吸血鬼として貪っているのに過ぎない。
その胸に芽生えたばかりの、ちっぽけな明日への希望とやらの蜜の味を」


「1909年6月。左鎖骨、胸骨、肋骨切断」

「1886年11月。右耳と左耳」

「1944年9月――鉄の乙女(おとめ)


宣告通りの部位から、何も触れられていないはずの彼女の躯が次々と裂け爆ぜる。
鮮血と共にシェリルは急速に凄惨な過去を引き摺り出されていく。
バイロン曰く、その現象の名は、聖痕(スティグマ)
精神の暗示力が、肉体に物理的な変化を発生させる現象。
たとえ心が幾度その色を変えようと、百年の間にシェリルの肉体に刻みつけられた幾千の敗北の痕は決して消えない。

バイロンという巨大なる「怪物」、その真の恐怖を思い知らされるシェリル。
そして痛みの記憶も止まらない。


もはや残り僅かとなった体内の血。命を紡ぐための源が失われるのを感じながら、シェリルは、それでも流血を抑えんとする。

――心は既に砕け、魂は犯され、命は百年に渡って弄ばれた。
――この吸血鬼(ばけもの)には絶対に勝てる道理がない。

判っている。わきまえている。思い知っている――そのはずなのに。
何故、自分は血を止めようなどと考える? 足掻くのをやめようとしない?


「……そんなの、決まってるでしょ」

「運命って奴に、あたしはやっと(・・・)1勝1敗……
ようやく星を取り返したばかりなのに、いきなり負け越す訳にはいかないのよ」


「かかって来なよ、バイロン───今度こそキッチリぶっ飛ばしてやるから」


掌に握りしめるは、愛をこの手に取り戻した証たる銀弾の残骸。
よろめく足で仁王立つ彼女の身からは、聖痕による鮮血が止んでいた。


魔人はその光景に貪るべきもの(・・・・・・)を今度こそ、喰らい尽さんと。


「ならば、シェリル・マクレガーと名付けられしその命よ。
存分に吼え猛れ。己が領土をこの荒野に切り取ってみせよ。世界の涯てはここにある!」


「朱き命よ、足掻いて血を流せ!
其を啜る我が名こそは吸血鬼──我、貪るがゆえに我なり!」


己の賜力狂人塔楼(ルームインザタワー)の齎す、闇より深き影に獲物を今まさに捧げようとした……。


その時───足音と共にシェリルは聞いた。


「なるほど、同感だ」


背中へと響いたのは、聞き慣れた深い錆を含んだ声で。


「その理屈で言うならば、俺は尚のこと運命とやらに勝たねばならんのだな」


時には陰気と苦言を呈し、時には辛気臭さを揶揄(からかい)の種にもした声。


「何となれば0勝1敗。
おまえと違って、俺はまだ一度も勝ってすらいないのだから」



その愛しき男の声は、満身創痍のシェリルの耳には天上の福音として響くのだった―――。




  • ここのシェリル最高に輝いてたよな -- 名無しさん (2018-01-02 13:51:09)
  • 確かにヌッと現れるところは英雄思い出したけど -- 名無しさん (2019-04-28 00:14:03)
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最終更新:2021年01月07日 00:02