マレーネ√、
己の大事な人を守り、生かすため、死して
鋼に変わり果てた兄を撃ったマレーネ。
その一撃で、苦しみから解放されたハインケルが、妹の成長した姿を喜び、彼女を支えてくれる少年に家族の未来を託した後……
自分がいなくても妹が大切な人と寄り添って強く生きていけることを確信し、安堵と共に告げた別れの言葉。
事態の根源たるオルフィレウス、天空に坐す彼を引きずり出す手がかりを求め、凌駕とマレーネは二人、電波塔まで赴いていた。
そこにも、何等機械神の居城につながるものは見当たらなかったのだが……しかし、二人は思わぬ存在と対面を果たすこととなる。
そう、アレクサンドルと死闘を繰り広げ、多大な損傷を被り
マレーネの前からも姿を消していた、アポルオン――ハインケルがそこにいた。
傷つき、既に限界寸前の躯でありながらもなお、彼は妹を守るという一念を抱え、凌駕に対し攻撃を打ち込もうとする。
その恋人の兄の痛ましい姿に、凌駕はしかし、反撃をするという選択を選ぶことは出来なかった。
彼の心に浮かぶのは、今まで自分が選んできた“正しさ”への迷いなき選択などではなく……
「俺に……マレーネの兄さんを、殺せるわけがないだろう……!」
たとえ死していたとしても、大切なマレーネの家族を、彼女の眼の前で、自分が殺してしまう事に対する躊躇いだった。
戦場における緊急避難だから。どの道放っておいても死んでいたのだから。
俺がそうする事を正当化する理由ならば、幾らでもあるだろう。
――けれど……俺がそうする事にマレーネが耐えられるかどうかは、別の話じゃないか。
傷を受けたのなら乗り越えろ、痛みならば慣れてしまえばいい、甘えるな強くなれ克服しろ――
世において躓いた者に、慰めと共に投げかけられる言葉は多くがそうしたものだろう。
実際、そうしなければ誰も生きていけないのも判っている。
けれどそれは、何処まで行っても強者の理でしかないのだ。
俺は……少なくとも今の俺には、マレーネにその理を強いることは出来なかった。
たとえ、心の底からそれが正しいのだと理解していても。
この胸に刻まれた真新しい傷のような何かが、その安易な道を選ぶ事を許さない。
……そんな凌駕に振り降ろされようとする鋼の拳。
だが、その寸前、マレーネはアポルオンに向かって、一発の銃弾を撃ち込む。
「凌駕を傷つけるのは、誰だろうと許さない……」
「誰、だろうと……だって、生きてる、から」
「あなたはもう、壊れるしかなくて……
救ってあげるには、これしか……こんなことしかないからッ」
己が愛を貫くために、少女はその手で自分の大切なものを打ち砕いたのだ。
ゆっくりと崩れ落ちる兄の身体。
マレーネはその身体に縋りつき嗚咽と共に、たった今、己が犯した所業に対し打ち震える。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
「撃って、しまった……!私、兄さんをこの手で撃ってしまったぁ……っ!」
「許して……ッ!兄さん……っ」
そんな彼女に、凌駕が手を伸ばそうとしたその瞬間―――
「いいんだよ……マレーネ」
在りし日の優しかった兄が語りかける。
「強くなったね……マレーネ。兄さんは嬉しいぞ……」
鋼鉄の亡霊などではなく、妹を心から慈しむ、一人の兄が……。
「兄さん……っ」
「出来たんだね、大切な人が……」
「ああ、良かった。本当に、良かった……」
そのまま、ハインケルは、妹の大切な人である凌駕を呼び寄せる。
彼は、凌駕の瞳を真っ直ぐに見つめながら微笑んで……
艱難、絶望、喪失――そんな巨大な負を小さな背中に背負ってきたマレーネ。
だからこそ、妹のこれからの人生に、幸福、希望、獲得……そんな強い想いを与えてやってほしい。
出来るはずだ――君ならば……。
そう、確かな信頼とともに生者である凌駕へと、妹の未来を託し、
その願いを受けた凌駕も、必ず果たしてみせると力強く頷いた。
そして、泣き続けるマレーネに視線を戻して、兄は少しの厳しさを乗せ告げる・・・
「死人の為に、もう泣くんじゃない……
死んだ者など、さっさと墓に葬って、花でも捧げて、忘れ去ってしまうんだ……」
「それでいいんだ……永い人生の折りにでも、ふと気まぐれに思い出したなら……
枯れた花を替えてくれれば、それでいいさ……」
「生きている者の笑顔を奪う……
そんな罪悪を、死者に背負わせたまま逝かせる気かい……?」
「それは少し……意地悪が過ぎるというものじゃないのか……
マレーネは、あんなに聞き分けのいい妹だったのに……はは」
その言葉にマレーネは涙を止め、毅然とした顔を見せる。
そうしてハインケルは、マレーネの成長――
望んだものを掴むために、傷つき、時に己の手を汚してでも決意する心の強さを得てくれたと感じ、
同時に大切な人と歩んでいく未来のために、
彼女が背負った科学の罪人としての証、“フランケンシュタイン”の名を捨て、
己の妹だった、“マレーネ・ヘルツォーク”として生きてくれと願う。
そんな兄の願いに妹は――
「うん、判った……けれど」
「それは全てが終わってから。私と凌駕の闘いは、まだ終わっていない」
「私と兄さんの本当の敵を……科学の暗黒面を、まだ斃してはいないから」
鋼青の隻眼に強き輝きを宿し、未来へ生き抜こうとする意思を示した。
その姿を認めたハインケルは、穏やかな表情で微笑みを浮かべながら、目を閉じる
「ああ―――」
「思い残す事は……本当に何も無くなった……」
ゆっくりと、鋼の躯……その内部で歯車の回転と流れる電流が途絶えて――
「さようなら――マレーネ」
此処に、アポルオン――ハインケル・ヘルツォークの魂は煉獄より解放された。
もう二度と、誰に苦しめられるでもなく。
終わりのない悪夢の中で、妹を守るため戦い続けることはなくなったのである……。
- マレーネがヒロインとして輝いたシーンだった -- 名無しさん (2017-07-07 10:28:19)
- そして直後の礼さんである -- 名無しさん (2017-12-09 08:17:01)
- 凌駕「さようなら、マレーネ……」 -- 名無しさん (2017-12-09 08:37:04)
- ↑ハインケル「何でこんなこと書いた!言え!」 -- 名無しさん (2017-12-09 12:19:28)
- ↑2医者<御臨終です -- 名無しさん (2017-12-09 13:54:14)
- ↑いいや、まだだ! -- 名無し (2017-12-09 22:15:07)
- ↑天寿全うして穏やかに老衰死ならヘリオスさんもまだだ!せんだろ -- 名無しさん (2017-12-09 23:44:59)
- ↑まだ悪を殺しきれていないだろう? -- 名無しさん (2018-02-04 00:39:08)
- >「 死んだ者など、さっさと墓に葬って、花でも捧げて、忘れ去ってしまうんだ……」ヴァーミリのグランドと言い、バロックと言い、多分これが昏式さんの死者への考えなんだろうな。何時までも引きずらずに区切りをつけて生きていけって -- 名無しさん (2018-02-04 07:02:04)
- 仮に生き返ったとしてもその人っぽい誰かにしかならないって考え方は共感出来る -- 名無しさん (2018-02-04 07:32:32)
- いいシーンだったんだけどそのあと礼さんが僕こそが君の運命だよとかいって全部持ってっちゃったからなぁ… -- 名無しさん (2018-02-04 08:50:07)
最終更新:2020年05月01日 00:27