恐怖しかないはず、なのに───
今は、少しだけ、胸が熱い。
絶望的な相手に挑もうとする一人の女が、少女に語った、“今の自分を突き動かす何よりの理由”。
穏やかに、マレーネ達の仲間に迎え入れられたエリザベータ。
そして、彼女は恋人となった少年の部屋で、深く想いを交わし合う。
……事が終わり、年下の恋人が穏やかに寝息を立てる中、
エリザベータは身支度を整えて、ある一つの行動に出ようとしていた。
魂にまで染み付いた、己を縛り付けるあの覆帯の音。
それは、愛する男に受け止められ、真に身体と思いを重ねた今であっても、消えるものではなかった。
夕映えのような、青春のような、儚い一瞬の安らぎ……
だから今こそ、自らの手で戦場の呪縛を断ち、彼が与えてくれた美しく優しい時間を、永遠のものに留めたいと誓う。
そして、その時こそきっと……
素顔の自分を、本当の意味で愛せるようになると。
「だから、待っていてね、凌駕。私の愛しい人……」
そう告げて、彼女は部屋を後にしていく……。そんなエリザベータの前に、
「戻るのは自殺が目的か?」
マレーネが現れ、はっきりと彼女の意図を言葉に表してみせた。
目的を見抜かれていた事に一瞬、驚くエリザベータだったが、今の彼女には返すべき言葉は決まっていた。
「いいえ、逆よ――生きる為に」
しかし、あくまでマレーネは
その行動を死にたがりのそれと断じ、
証明として彼女が標的としているであろう、ギアーズ最大戦力・アレクサンドル・ラスコーリニコフの存在を口にする。
討滅部隊総帥、時計機構最強の刻鋼人機の名前、
それはエリザベータの心中に、かつての暴力の恐怖を体現するものとして響いたが、
「……そうだとしても。いや、だからこそ。
だからこそ、私は夢を見る。想像力を駆使し、可能性を拡げる。そしてその為に、死力を尽くす」
「私を終わらない殺戮の歯車から解き放ってやりたい――そう言ってくれた、彼の願いに応える為に。
私は行く。自らの意志で、この歯車を解き放つ」
「……ああ、なんだ。こんなに簡単なこと」
そこで、彼女はようやく自分の想いの形に気づいて―――
「彼に似合いの女になってみたい。
格好付けてみたいのよ、きっと理由なんてそれだけなんだわ」
それが何よりも、胸にしっくり来る言葉に思えたから。
不退の意志を伝え、再び歩み出そうとするエリザベータに、変わらず鋭い眼差しで見つめながら、マレーネは銃口を以て迎える。
その瞳には、司令官としてだけではない、複雑な感情が覗いており……
「いや、行かせん」
「身を捨てて他者に報いんとするような死にたがりを見ると、黙っていられなくなる性質でな。
そして何故か、そんな人間が私の周りには多すぎる……昔からそうだよ」
鋭い視線と照準を向けられながらも、エリザベータは微笑みを浮かべ、立ちはだかる少女との距離を詰めていき……
二人が静かに見つめ合う中、その銃口は女の胸に押しつけられていた。
「―――行かせん、と言った」
その言葉と共に鳴り響く銃声。
「……永久機関は外れているわ。私の勝ちね。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
あなたが本気で向かい合ってくれたこと、どんな形であっても嬉しかったわ」
脅しと、裏切り者への試験、あるいは手向けとしての銃撃。
その事実を見抜かれていたマレーネは、溜息混じりに告げる
「……度し難い。引き金を絞る重みだ、本気で相対くらいするだろう。
死相の出ている相手に、その場限りの賛辞や叱咤が出来るほど厚顔無恥ではないつもりだ」
「きっと、それも優しさよ。あそこには、私を見ようとする意思さえなかったから」
その言葉を最後に、二人は無言で擦れ違う。
女が行動で示した決意に対し、隻眼の少女も背中で敬意を示すのみ。
やがて、エリザベータ・イシュトヴァーンは、目的の場所へと強く駆け出して行く。
そして、彼女が想う少年もまた……
- これって鉛弾を体内に入れたまま闘ったのか? -- 名無しさん (2017-05-27 07:39:55)
- 発信器入りの特殊弾頭でしょ 最後の決め手にもなった -- 名無しさん (2017-05-27 10:01:57)
- なんだかんだヒロインの中では割と凌駕さんとお似合いのイメージはある -- 名無しさん (2018-02-20 20:49:49)
最終更新:2021年01月04日 22:25