ああ、初めて俺は…… “人間” を知れたような気がしたから



マレーネルート後半、鵺乱丸暴かれた秋月凌駕の異常性。
お前の正しさには誰も付いてこれない、のみならず、それは近しい人追い詰めてさえいるのだという指摘。

己こそが異端なのではと、自分には「普通」など何一つ見えていなかったのではないかと、かつてないほど揺らぐ凌駕。
そんな状況の彼を自室で待っていたのは、数刻前に非情な現実に傷を抉られたばかりのマレーネだった。

「待っていたぞ、凌駕。改めて、今後の方針を話し合っておきたいと思ってな」

淡々と、いつもと何一つ変わる事のない様子で作戦を告げていく。
そんな彼女が、しかし心の奥では哭いていることが、今の自分には分かってしまったから。
彼女を抱きしめ、凌駕は告げる。
無理して強がる必要なんてない、痛みが消えなければ泣いたっていいじゃないか、誰にもそれを非難させたりはしない……

だが、

「……そんな風に、慰めないで!」

「兄さんみたいに、優しくしないで……お願い、凌駕……ッ」

マレーネは涙を流しながら、凌駕を拒絶する。
それに対し、彼は詫びながら、なおも言葉を継ぐも……

「……駄目。無理をしなくちゃ、強くなくちゃ……駄目、なのっ」
「そうじゃなければ……立ち向かえないから、立ち上がれないから……」

「凌駕の傍には、いられないから……っ」

こんな痛みなんかに泣いてられない。今すぐ立ち上がらなくちゃ、凌駕に置いていかれちゃう……!」

「─────」


その言葉に、少年は心臓が砕け散るような衝撃を味わった
……今度こそ、凌駕は正面から突きつけられる。自分の(いびつ)さが今まさに、愛する少女を追い詰めているという現実を。
正しい道を迷わず選び続けることのできる超人。そんな自分に必死で追いすがろうと、彼女は血を吐くような苦しみに耐えていたのだと。

自分たちの間に横たわる「強者」と「弱者」という断絶の残酷さを思い知り……
―――それでも、今の彼には、それを乗り越えたいという願いが芽吹きはじめていた。


「マレーネが立ち上がれなくたって、俺は何処へも行かないよ」


立ち竦んだままの彼女をもう一度抱き寄せながら、凌駕は生まれ変わり始めた自分の想いを告げていく。

「ただ単純に、放っておけないだけなんだ。だから、マレーネが立ち上がるまで俺はいつまでも待っている。
もう闘えないって言うんなら……それでもいい」

「マレーネに立ち上がってほしい、強くなってほしいとは思うよ。
けれどその願いと、俺がマレーネの事を好きな気持ちとは別なんだ」

「俺は、マレーネが強いから愛しているんじゃない(・・・・・・・・・・・・・・)……どうか、信じてくれ」

「いや――違うな。信じさせてみせるよ、俺に何が足らないのか少しずつ分かってきたから」

告げられた言葉に戸惑い、自分は科学者としての能力以外に何もない……
高嶺のように女の子らしいことなど何一つすることができないだから自分は歪だ、欠けていると小さくなるマレーネ。
だがそんな少女の言葉に対し、凌駕は


「いいんだよ、全部含めてマレーネが好きなんだから」


そう言いながら彼女の眼帯を外し、そこに刻まれた傷―彼女の兄がマレーネを守り抜いた愛の証―を、確りと見つめ……

―――誰より正しく、誰より歪であった男は、


「…………でも、こんな」

───綺麗だよ、その傷痕(いたみ)も。今はそう思える、弱さも過去も誇りだと」

「ああ、初めて俺は…… “人間” を知れたような気がしたから」


「俺を信じてくれ。傷があっても、強くなれなくても、俺はマレーネを愛せるって事を」

「そして、頼むよ。俺にもマレーネを教えてくれ。
正当性ばかりで、足らないものばかりのこの馬鹿野郎に」


もう決して、彼女を知らぬ間に追い詰めたりしないと、人間の強さだけを見はしないという、確かな誓いを胸に抱いた。


「俺はマレーネの兄さんにはなれない。彼は、その左眼に宿っているんだから……妹を守った誇りと共に」

「だから俺は、一人の男としてマレーネを支えていくよ。その左眼のハインケルさんと一緒に」


こうして、超人(かいぶつ)であった秋月凌駕は、「人間」となるための最初の一歩を踏み出していく。

「もっと寄り添ってくれないか……マレーネ。温もりを、感じたいんだ」

「……凌駕でも、そういう可愛らしいことを言うんだね」

「言うさ。俺は、ポンコツな理想主義者だったらしいから……」


同じような「生まれついての精神的強者」であった後年の作品英雄違い、彼は大切な人たちのために己を曲げることができたのである。




  • 精神構造がキモいだけでいい男な凌駕さん -- 名無しさん (2017-04-18 01:33:19)
  • ↑確かに。感動したのに、最後の一文が全てぶち壊した。 -- 名無しさん (2017-04-18 07:36:23)
  • なんやかんや言って、やっぱ凌駕にもヒロインズが必要なんやな。 -- 名無しさん (2017-04-18 08:04:11)
  • やっぱり弱さと傷痕の肯定はこのラインの重要テーマなんだなぁ。それが出来なかった英雄や光の亡者達は破滅していくし -- 名無しさん (2017-04-18 10:18:46)
  • 弱さと傷痕の肯定は人間である象徴だしな -- 名無しさん (2017-04-20 11:18:41)
  • トシローさんもゼファーさんも、過去の傷痕を肯定できたからラスボスに勝てたって感じだよね。逆にラスボス勢は強さとか未来だけを目指した果てに主人公に負ける -- 名無しさん (2017-04-20 22:57:18)
  • ↑ 本当の意味で背負ってるか否かだよね -- 名無しさん (2017-05-02 19:35:56)
  • ↑2トシローの場合は傷自体の肯定というより、傷も痛みも込みで「生きる」こと、生きてきた過程を肯定できたからこその勝利だと思う。意味を認めることと、それ自体を肯定するのは別の話だろうし(御影が苦しめられたことを肯定的に捉えてはいないが、それら過去がなければ伯爵に立ち向かうことなどできるはずがなかった)。アイザックから返った影響も感じられつつ、また異なるトシローの答えとして確立してるのが本当好きだわ -- 名無しさん (2017-05-02 19:52:22)
  • アッシュ&ナギサが強さと弱さの両方の肯定に至ったのが、このラインのテーマの集大成なのかな -- 名無しさん (2017-05-03 08:08:19)
  • ギルベルト「ああ、私は久しぶりに……“普通の人間”に触れた気がするよ」 -- 名無しさん (2017-12-10 07:26:11)
  • ↑お前の口から出ると碌でもない状況にしか聞こえないんだよ! -- 名無しさん (2018-03-29 00:50:33)
  • ↑3今のところはそんな感じだな。アレ以上の答えは今までのテーマじゃ難しそうだし。 -- 名無しさん (2018-03-29 14:40:38)
  • セリフだけ見るとすげえラスボスっぽい -- 名無しさん (2020-02-19 19:11:11)
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最終更新:2020年06月18日 22:59