御伽話からそのまま出てきたような怪物「伯爵」。
総てが容易い力量、総てを見通す彗眼、総てを知る賢智を持つ彼はまさに人間と 縛血者が想い描く吸血鬼物語の究極。
しかし彼には一つだけ確認した事が、憶測した事が、所有した事が無かった。
それは自分の起源を知ること。
彼には原初の記憶というものが存在しなかった。
それどころか ある縛血者に 指摘されるまでその事に疑問すら抱いていなかったのである。
まるで────それを思ってはならないと命令────いや、 入力されていたかのように。
そして、 リリスの再誕を行う自分の元へ辿り着けた 縛血者によりその答えを明かされ、記憶を思い出す────
否──記録を再生した。
記録、再生を開始します
荒野、およそ「美」という言葉とはかけ離れた一人の女がいた。
肉を材料に、血を注いで異様な物体を形成。
狂気を糧に、復讐を胸に、栄光を夢見て。
身に刻まれた呪詛をこそ呪いながら、彼女は思い描いた誇大妄想へ現実の姿形を与えていく。
やがて、出来上がったのは、己の分身であり、贋作であり、願いを叶える為の、物言わぬ3体の 人形。
────魔槍が出来た。此をカーマインと名付けよう
────聖骸布が出来た。此をマジェンタと名付けよう
────聖杯が出来た。此をスカーレットと名付けよう
そして、最後に………
容器が、要る
さあ、残る躯を材料に造り上げなければ────
それは───そう。
伯爵という最高の自動人形。
────伯爵とは、ただの器
リリスが造り出した自身の再誕の為だけの使い捨ての道具なのである。
絶対者としての《伯爵》の全ては、完璧に再誕の準備を遂げ、その事に疑問を抱かない道具として最高のスペックをリリスに与えられただけである。
その事実を突き付けられ、吸血鬼(せいぞうひん)は動けず───
迫り来る一刀に吸血鬼(つかいすて、まてりある、いけにえ)は───
「は、はははは…… はははははははははははは───!」
「データがバグにより変更されました」
その悲しき運命の前に、膝を屈せず、ただワラッタ。
「そうか、ただの器か!ただの道具か!」
伯爵は笑う。
「滑稽な、ただの道具風情が、王を気取って!」
伯爵は嗤う。
「最初から完全で、間違えるべくもなく、己に疑問を持たぬ者が必要だ……」
伯爵は哂う。
「よって、私は遂に破綻した」
ただ、ただ───伯爵はワラウ。
そんなことリリスは伯爵に入力をしていないのに。
嘲笑や愉悦を入力されていないのに、伯爵はワラッタのだ。
「嗚呼、素晴らしいぞッ!私は今や、吸血鬼の心を得たようだ!よかろう母よ、私は───その運命を受諾する!」
己に課された哀しき宿命を受諾し伯爵は覚醒を遂げたのだ。
「全てを誇る。先程おまえが私に告げた言葉だ。心震えたぞ」
「物体、物質……ああ良かろう。受け入れるとも、それが偽りなき真実ならば。それらは些事であると、今の私ならば断言できる」
目の前にままならぬ現実の壁が立ちはだかろうとも、自ら存在意義を肯定し、その中から誇りに思えるものを選択して勝ち取る。
「母よ!よくぞ私を生み出してくれた……!こう生きて、そう死ぬとしよう。
誇らしいぞこの機能。───私は、生命を生める唯一の血族と言うことではないか!」
伯爵がどう足掻こうと己が道具であるという事実は変えられない。ならばとばかりに、その不条理から己の生きる意味を救い上げてみせた。
伯爵は自分の始祖リリスを生まれ変わらせるための人形という機能を「自分は命を産むことができる唯一の血族である」と、己がリリスの道具であることを覆さぬまま誇りとして存在意義を肯定したのだ。
「……おや? 驚いているのか、母よ。
こんなことは想像していなかったと、童のように震えているのか。私の求めた理想すら、これほど変化するのかと?」
「なに、訝しむことなど何もない。人心とは複雑怪奇、
言葉や数字で割り切れるものでもなかろう。嘆いて否定するは稚児よ、在るがままを受け止めねばな」
「よって、私は今や満たされている。あなたの回帰が、我が死と等価であることさえ受け入れられる……!」
「くく、人心を語るか、この私が?───喜ばしいぞ、感動的だ。さんざめく大気さえ讃美歌に聞こえる!」
この瞬間、伯爵は吸血鬼であり人間、現実に適合した幻想という弩級の存在へと変貌した。
其は、黒き夜陰を歩む者
其は、白き牙をもて狩りなす者
其は、赫き命に渇えし者
月影を伴侶とし、暁を仇とする者。輪廻の車輪を逸脱し、久遠の旅路を往く者────
「おまえこそ、我が最強の宿敵であり……最高の宿敵だった」
これは、吸血鬼という装置でしかなかったモノが自分の運命を受諾し、モノの足跡に誇りと御名を授け「伯爵」として真に吸血鬼となる物語。
「そうだ───焼き付けてくれ、この終幕を」
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