「ならば目を背けるなッ。 胸を張れよ、なぁ超人!
君にしか出来ないことから、いつまでも逃げているんじゃないッ!!」
凌駕達と分断された礼とそれを助け出した切。
そこで何者かの気配に加え、礼の永久機関は自分の“過去”を知ると告げる存在からの呼び声を受け取っていた……
「……あるいは今の彼ならば真理に至り、特異点の少年をも凌ぐやもしれない。
面白い――ああまったく面白い。人間とはやはり、かくも素晴らしきものなるかな」
「ならば導きを与えてみよう。今の彼とかつての彼――その対決と相克。このオルフィレウス、観測したいと心の底から渇望する」
凌駕、そして礼という真理到達候補の覚醒を促すべく、天空から地上全ての刻鋼人機には、オルフィレウスから心装永久機関にまつわるあらゆる真実が開陳される。
その上で、今回の闘争実験の最後の一押しとして、立場・所属を越えて最後の一人となるまで殺し合え、という強制力を伴った宣言が下される。
ギアーズが間引きのためのネイムレスによって、組織として 分解させられる中、
礼は切に支えられながら、自分を呼ぶ声へと向かい、ついにオルフィレウスの操るアポルオンと邂逅を果たす。
“どんな過去が待ちうけようとも、向き合ってみせる”………
そう切へと、前向きに、これまでの仲間達とのつながりを胸に、己の決意を示してみせた礼はしかし………
アポルオンを介して語られる真実の闇により、彼の中の輝く思い出ごと徹底的に心を砕かれることとなる。
「緋文字礼」の過去
+
|
では一息に核心を語ってしまおうか───── |
「……僕自身の傲慢だった過去に失望したから、じゃない。
僕が、これほど死にたい気持ちになっているのは……」
《真っ白な自分》
その先にならば、きっと
口元が自虐の笑みに歪んでいくのが判る。
あの日の夕暮れのベンチで、彼に出逢う前の自分が浮かべていた空虚な嗤いを。
そうだ、自分は変われた。変わることができたはずだった。
確かにその手ごたえを感じていたのは嘘じゃない。
けれど、その記憶が煌びやかなだけ自らの卑小さが魂を軋ませるのも、事実だから。
親友が手に入る。
愛のために奮起できる。
友情のために死ねる。
仲間と共に肩を叩いて笑える。
「一から積み上げてきた、築いてきたと思っていた絆は……
最初から裏切りの黒い手で汚されていた紛い物だったんだ。」
そうすれば、そうすれば、そうすれば……
「僕自身の、傲岸不遜で歪んだ選択……
そして、あの支配者の描いた理想の通りに導かれた予定調和……。
そんなものを、人生の宝物として後生大事に抱えてきた僕は……は、はは」
己は今度こそ真実掛け替えない、輝ける存在になれる
滑稽で、憐れで、道化だけれど。そんな緋文字礼という男よりも。
「彼に、仲間たちに……どう詫びればいいと言うんだ。
僕という白痴を、オレという屑を、今も信じてくれている人たちに……どうやって」
「こうまで巻き込んでおきながらッ………!」
ああ、それこそが最も辛い。自分は苦しんで死ねばいい。
地獄の責め苦を受けることで償えるなら、喜んで五体切り刻まれ穢れた命を捧げよう。
大切だった、輝いていたから。
それが光を放っている分、乾き切った嗤い声は泣いているようにしか聴こえなかった。
明かされた礼の真実……
それは機構からの逃亡者などではなく、自分から志願して改造を受け、さらに意図して記憶喪失となった機構側の人間。
反抗勢力に合流することによって刻鋼人機同士のパワーバランスを平行線へ調整し、戦闘を激化させる役割を持った無自覚なバランサー。
オルフィレウスによって放たれた、真理を得られる者への誘引剤。
秋月凌駕という黄金の精神を持つ“強者”……その在り方に惹かれ、魅せられたことによって、
無自覚なまま支配者の掌中に彼を差し出し、逃げ場なき闘争へと送り込んでしまった存在であった。
彼は元々「緋文字礼」とは異なる名前、立場を持つ非常に優秀な人間で、
努力を惜しまぬ上に才能を持っていたものの、その才能ゆえ何事にも葛藤を抱かない存在でもあった。
そのせいか、彼は次第に「これほどあっさり得た勝利に意味はあるのか」という信念のない強者特有の哲学を持つようになる。
やがて、時計機構の存在を知ったことで、
「人間の才能程度、いずれ発達した科学社会が単なる誤差範囲に変えてしまう」という結論に至り、自己を苛む虚無感に耐えられず自殺。
その才を惜しんだ機構によって刻鋼人機として蘇生された後、
「全てを忘れて没入できるような刺激的な人生」を渇望し、結果自分の記憶を捨て去り、機構との絶望的な闘いへ身を投じる選択をとった。
空っぽとなった彼は雄々しく闘い、その身に敗北を刻まれながらも生還、再び記憶をリセットするという繰り返しの中に生きた。
その中で、「彼」は才能だけではない、より高度な戦闘者として磨き上げられていったのだった……
礼が影装に到達していながら、なぜ不完全な発動しかできなかったのか。
それは、礼自身が知覚せぬ深層心理において、
驕り高ぶり他者を見下し続けた自分の過去、
そしてその果てに形成されたのが、最悪の裏切り者の自分である、という真実を忌み嫌い、
友や仲間に対し、己が真実を明かすことを何よりも恐れ、怯えていたからに他ならない。
|
礼の真理到達への一方的な期待の言葉を残し、アポルオンは去ってゆく。
自らの卑小さ、いやそれ以上に親友や仲間、自分よりも大事な仲間達を無差別の殺し合いという最悪の状況にまで、
引きずり込んでしまったことへの罪悪感に、礼はそれまでの決意も、何もかもを喪失し、朽ち果てる時を待つばかりかに見えた……
だが、そんな砕け散る寸前の彼に向けて、
切は、自分こそ闘争の裏側を知りながら、 「何もしない」選択を選んだ裏切り者だと告白する。
そして、彼女は自分と近しい立場の礼、その真実を知りつつも、
諦めてしまった自分にとって、ひたむきに、明日を、未来を勝ち取れると……
そう信じて闘う礼の姿に、何よりも眩しく焦がれていた、という誰にも明かさなかった想いを吐露した。
こんな愚かで、惑い続けた自分の姿が、目の前の傷だらけの 女性に救いを齎していた────
ささやかな、しかし彼にとっては何よりも尊い事実を知り、礼は 今一度立ち向かうことを切に誓う。
死闘の涯に斃れたイヴァンから、足掻き続ける 人間の 思いを受け取った礼は……
「君が知っている緋文字礼とは、君の言葉が生み出した幻像なんだ。
君のような人間になりたいと、憧れ、足掻き続けた悲しき成りそこない」
「だからもう、僕に押し付けるな……そんなものを。
──そんな憧れは間違っている。迷惑だ。だから綺麗さっぱり捨ててくれ」
「僕もまた、ぶち壊す───“秋月凌駕と出逢ってからの緋文字礼”を、
完膚なきまでに破壊する。 その為に君を打倒し、乗り越える」
「それが、僕が僕になるという事の……本当の意味だから」
今も親友と思う心を仮面に隠し、凌駕に苛烈な攻撃を加えながら……
誉も恥も受け入れて、それでも惑い揺れてしまう人として、
自分の為、そして目の前の変わり始めた男の為、緋文字礼は己の弱さに立ち向かい続ける。
「秋月凌駕。僕の友達、僕の憧れ、僕の始まり……そして偉大なる壁」
君に追いつきたくて、肩を叩いて笑い合いたくて、対等に生きてみたいんだ。
君の速さに自分が付いていくんじゃなく。君が僕に合わせて速度を落とすんじゃなく。
自然に同じ地平を歩んでいきたい。
誇るべき、最高の親友として。
「……出来る訳ないだろう、そんな事。
どうして俺が、この手で礼さんを傷つけなくちゃならないんだよ……?」
「礼さん……何故ここまでして俺と闘いたがるんだ?」
「俺はずっと、あなたを慕って尊敬していたのに……!
これからもずっと、あなたと共に歩んでいきたかったのに……!」
……それでもなお、「親友」との命のぶつけ合いに、遠慮や容赦を捨てきれない凌駕。
ボロボロになった彼が絞り出した・・・縋るような訴えの声に、礼は激怒を以て応える。
「黙れッ!!」
「いつまでもいつまでも……優越感に浸ったままでおこがましいぞッ!
君はいつまで、僕の事を無意識に見下している!」
――君に追いつきたくても追い付けないのは、誰より自分が判っているんだ。
「導きながらも共に歩みたいなどと、
矛盾したことを言っているのがその証拠だ────舐めてくれるな秋月凌駕!」
――だから、手を差し伸べられる自分がただただ情けなくて。
「礼さん、礼さん、礼さんと……
敬う振りをしていながら他人行儀に呼ぶんじゃない!」
――追い付けぬ君との距離を、否応なしに感じさせられてしまうから。
「この力が羨ましいんだろうがッ!?
なら、いつまで利口な仮面をつけてやがる!」
――もう、僕に気を遣う必要などないと判ってくれ。
「そうやっていつまでも澄ました顔だから……
こうして僕ごときの蹂躙に身を任せるしかない、無力なままでいるんだろうが!」
――君は、こんなところで足踏みをしていていい男じゃないんだから。
「悔しかったら吼えてみろ。この僕に、君にしか見出せない境地を!」
――出来ると僕は信じている。だから、容赦はしないぞ秋月凌駕!
その叫びに籠めた、傷だらけの男の願いは、ついに“傷”を知った友の胸へと届き……
――天に最も近い頂で、今、二つの宇宙が並び立つ。
お前に勝ちたいんだ───礼。
その中で親友は、対等に名前を呼び捨てる。
一人の男として、最強の敵に勝ちたいと心から願って。
そして、お互いの魂を賭した激突がまさに始まらんとするその時。
友との決戦に滾る戦意の裏で、礼の心はもう一人、自分に思いを託した女の事を想う。
諦めを宿した彼女の眼に、強くなれた、輝きを掴み取ったこの姿がどうか届くようにと祈って。 緋文字礼は、友との決戦に命の全てを撃ち込むのだった。
切、僕は行くよ。 彼が、僕を待っているから
――往く道を定めた男の足を、もはや女に止める理由はなく。
ウン。行ってらっしゃいな、礼クン。
いつもの謎めく表情ではない、晴れやかな微笑でその背中を見送った。
約束……忘れちゃ駄目だよ───
……そう呟かれた願望は、白い輪郭が闇に消えてから静かに流れた。
|