産経の把瑠都に対する記事。


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産経の把瑠都に対する記事。が非常に気になるのでここに取り上げます。
何か怨みでもあるのでしょうか・・・。

不謹慎発言の把瑠都、快勝も厳重注意に表情冴えず 2011.5.11
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110511/mrt11051120010011-n1.htm
 立ち合いの張り差しで安美錦を捕まえ、押し出すまで、わずか1秒6。把瑠都が相撲巧者の相手に、まさに“鎧袖一触”の快勝を収めた。
 だが、いつも陽気に冗談を飛ばす男の表情はさえない。「いい相撲だった」と聞かれて「ハイ。前に出ればと…」と言葉少な。過剰なほど言葉に慎重になっていた。
 理由は初黒星を喫した前日の発言だ。「この場所は遊びみたいなもの」「稽古総見みたい」「タダだから(お客さんが)たくさん見に来てくれている」…と、現在の角界の状況を踏まえない不謹慎な言葉を連発した。
以上抜粋。
この発言に今も怒っているのか?

「悪いけど遊びの場所」首相に匹敵するKYな把瑠都 2011.5.12
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110512/mrt11051210490000-n1.htm
 「ナントカ直人がくれたのかと…」。岩手県陸前高田市の避難所で、真新しい赤いランドセルを目にした菅首相が、「伊達直人」にひっかけた悪い冗談を口にしたのは4月はじめだった。1カ月以上たっても記憶に残る。まさに“綸言汗のごとし”。責任ある立場の人が一度口にした言葉は汗と同じで、二度と体内には戻らない。
 技量審査場所3日目、豪栄道に投げ飛ばされ初黒星を喫した把瑠都の「悪いけど遊びの場所」発言も、大関という立場の重さをまったくわかっていない。津波で泥だらけになったランドセルを手に悲しみにくれる被災者もいるのに、「ここでそれをいうか」と周囲を凍り付かせた首相に匹敵するKYぶりだ。
以上抜粋。
菅直人首相に例えて批判するとは・・・。

把瑠都、立ち合い変化 ため息誘う全勝 2012.1.20
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120120/mrt12012000100000-n1.htm
 優勝を争う注目の取組は、ため息を誘う寂しい内容に終わった。稀勢の里と手を付く呼吸が合わず、待った寸前の空気が流れたとき、把瑠都が合わせて立つ。次の瞬間、左に動きながら相手の首根っこを両手で上から押さえつけて勝負あり。わずか1秒の出来事だった。
 多くの観客は、連勝が伸びるにつれ思い切りの良さが出てきた把瑠都に対し、2敗で追いすがる新大関との熱戦を期待していたのであろう。勝負が決まると、館内はざわつき、一部からはやじまで飛んだ。対照的に、笑顔を浮かべ花道を小走りで帰ってきた把瑠都は風呂場で「よっしゃ」。悲願の初優勝に向け、なりふり構わぬということか。
以上抜粋。


把瑠都の綱とりに横審委員長が苦言「狙う資格がない」「品格が大事なんだ」2012.1.22
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120122/mrt12012221270017-n1.htm
 大関把瑠都が綱とりに挑む来場所に向け、日本相撲協会の放駒理事長(元大関魁傑)は「それは審判部が判断することだ」と具体的な成績などについての明言を避けた。
 昇進問題を預かる審判部の貴乃花部長(元横綱)が「今場所が終わったばかりで、来場所にならないと分からない」と言葉を濁すなど、周囲のムードはいまひとつ盛り上がりに欠ける。
以上抜粋。


まるで“町の相撲大会” 技術なし、感動なしの把瑠都に負けた力士にも責任がある 2012.1.23
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120123/mrt12012310190000-n1.htm
 大相撲初場所は把瑠都の初優勝で幕を閉じた。11日目までは結構盛り上がっていたが、12日目の把瑠都(対稀勢の里)、日馬富士(対白鵬)の立ち合い変化2番を境に土俵は一気に“大寒”に入ってしまった。揚げ句に13日目の把瑠都の優勝決定。残り2日で満員御礼が出ても中身のある“土俵の充実”とはほど遠かった。
 優勝した把瑠都はもろ手突きに威力はあっても、相変わらず肩越しに上手を取って振り回すなど荒削りの取り口ばかり。本来、大関に求められる技術的なものはほとんど見られない。「力自慢がまわしを取って振り回す、町の相撲大会みたいで体力だけで勝っている」と指摘する親方もいる。
 胸に響くような相撲を取って人を感動させるのが優勝力士だが、それもない。特に稀勢の里戦の変化は最悪で、日頃の稽古不足の象徴のような感じだった。把瑠都ひとりの責任ではなく、稽古の大切さや技術面を教え切れなかった師匠や周りの親方たちにも責任があり、体力勝負の力士にやすやすと優勝をさらわれたほかの力士や指導者も同様だ。
以上抜粋。
この記事も・・・。たしかに荒削りの取り口ばかりとの指摘は多くあるようではあるが・・・。なんか怨みでもでもあるの?。力任せな相撲は外国人力士では皆そうですよね?。
「立ち合いの変化に頼った」っは確かに横綱にするには昔から問題あるとされてきた。だが、力任せなのは豪快な把瑠都らしくて良いと思うのですけどね・・・。

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