鉄道政策(明治2年以降)


暫定ページですよ。
他の項目やどこにも突っ込めなさそうなのを…どこ行ったかな。

明治2年(1869年)11月10日の廟議にて。
「幹線ハ東西両京ヲ連絡シ、枝線ハ東京ヨリ横浜ニ至リ、又琵琶湖辺ヨリ敦賀ニ達シ、別ニ一線は京都ヨリ神戸ニ至ルヘシ」
という決定がされた、とあるんですが、んー?

明治第1次鉄道ブームと第2次鉄道ブーム


明治13年の官業払下げの直接保護から間接保護への転換と共に民営鉄道ブーム到来。
明治23年の日本初の恐慌までその傾向が続きまして。
この時代に出された免許出願が50以上、明治25年までに実際に開業したのが12社。
政府主導の勧業鉄道でのちの幹線としての山陽、九州。
地方鉄道として両毛、水戸、関西、甲武、釧路。
都市近郊型として大阪、讃岐、伊予。
産業鉄道とし筑摩興業、北海道炭鉱。

明治20年5月に「私設鉄道条例」が公布。
ひょっとしたら明治23年の恐慌ってそれこそ鉄道株バブルが弾けたんじゃ…(当時鉄道株と金融機関株しかなかったというのはわりと有名な話だし)。

で、明治26年に景気回復して以降が「第2次鉄道ブーム」と呼ばれるようです。
この二つの流れを第1次って分類する人もいますが、まあ扱ってる内容そのものが違う感じかも。
(その人たちは明治が第1次、大正がメインで第2次、昭和以降が第3次みたいな感じの時代配分。)

以下開業年と、カッコ内は免許を受けたものをざっと。

明治26年、摂津、佐野。(仮6、本9。)
27年、総武、青梅、川越、播但。(仮20、本1。)
28年、豊州、奈良、道後、浪速、房総。(仮11、本11。)
29年、南和、南与、成田、京都。(仮29、本18。)
30年、北越、中越、上野、豊川、南海、太田、阪鶴、高野、河陽。(30仮、本17。)
31年、紀和、西成、七尾、尾西、豆相、伊万里、唐津、近江、岩越、中国、徳島。(仮26、本8。)
32年、河南、東武。仮11、本5。
33年、竜崎。(仮7、本6。)
34年、上武、水戸。
35年、北海道。
36年、博多湾。
(34~39年、仮11、本5。)
最終更新:2015年01月26日 16:51