※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

七道駅路(古代)


大雑把に律令制の頃の公道です、「五畿七道」って分類されてたっぽい。
ええと、66国と2島(壱岐・対馬)かな。
日本で最初に定められた公道、というか、この次で全国規模なのはざっくり江戸時代みたい。

見付かったのがわりと最近。最近。
なんか平成に入ってかららしく、道に関してはところどころ記録に残ってはいたものの肝心の道そのものを作った記述がないので物理的に機能しているものとは思われていなかったみたいです。が、幅2メートルほどの直進道路がずっと続いていたんだってさ。
多分現在進行形でぽちぽち見付かってるんじゃないのかなぁ。
いろいろびっくりするよね…(ノ´∀`;)
というか当時の日本の国力から見て多分オーバースペックすぎて続かなかったんだろうな。
(高速道路にすごく似てるって本当に高速道路作ってた人が言ってたからなぁ、古道の専門家の方よ。)

東海道から時計と逆周りで東山、北陸、山陰、山陽、南海、西海。
(北海道はこの当時に統治下になかったんですが明治に「北海道」って名前になったのはその名残りね。)
この七道に機内以外の国が所属してました。
九州の大宰府と機内を結ぶ山陽道が大道。
蝦夷地との対抗拠点として東山道、東海道が中道。
残りが小道として指定されていたのかな? 西海道(九州ね)以外は特に国同士のつながりや自治はなかったらしいんですけどね、建築協力みたいなケースはあったみたいにも聞くかな。

東海道は伊賀・伊勢・志摩(三重県)、尾張・三河(愛知県)、遠江・駿河・伊豆(静岡県)、甲斐(山梨県)、相模(神奈川県)、武蔵(西暦771年に東山道より編入)(東京都・埼玉県・神奈川県東端)、安房・上総・下総(千葉県・茨城県西南)、常陸(茨城県)。

東山道は近江(滋賀県)、美濃・飛騨(岐阜県)、信濃(長野県)、上野(群馬県)、下野(栃木県)、陸奥(福島・宮城・岩手・青森県)、出羽(山形・秋田県)。

北陸道は若狭・越前(福井県)、加賀・能登(石川県)、越中(富山県)、越後・佐渡(新潟県)。

山陰道は丹波(京都府・兵庫県の一部)、丹後(京都府)、但馬(兵庫県の一部)、因幡・伯耆(鳥取県)、出雲・壱岐・石見(島根県)。

山陽道は播磨(兵庫県)、美作・備前・備中(岡山県)、備後・安芸(広島県)、周防・長門(山口県)。

南海道は紀伊(和歌山県・三重県の南端)、淡路(兵庫県)、阿波(徳島県)、讃岐(香川県)、伊予(愛媛県)、土佐(高知県)。

西海道は筑前・筑後(福岡県)、豊前(大分県・福岡県の一部)、豊後(大分県)、肥前(佐賀・長崎県)、肥後(熊本県)、日向(宮崎県)、大隈・薩摩(鹿児島県)。ここに壱岐・対馬(長崎県)の2島が所属、と。

この辺理解するには多分西日本と東日本の間くらいにある山脈理解したほうが早い気がする…。
東日本には南から東海道(川がち)、東山道(山がち)とありましてこれが西日本とつながってます。
もう少し北に北陸道があってこれが東山道と合流してたのかな?
山陽道と山陰道はまあ地域名に残ってるからなんとなくわかるとして。
南海道が四国、西海道が九州って感じかな。
沖縄とか北海道はこの頃は別の国ですねー、東北は徐々に北進してたみたい(東山道の陸奥がやたらと大きいのはそのせいですね、平定途上だったんだよね)。