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フランク王国


フランスの中世前期はこのページに集約する予定。

クローヴィスから始まるメロヴィング王朝。
シャルルマーニュを排出したカロリング王朝とがあります。

すごく大雑把にメロヴィング王朝は神の血を引いている、と言われていまして(ちょっと変わってて王族は髪の毛を切らなかったらしいんだよね、おかげで隠れるの大変だったみたい)。
カロリング家が乗っ取りを企てた時もその血を流すことは、と躊躇ったらしいです。
この辺は「ピピンの寄進」ってのがまずトピックとして挙げられてるんですが。

まあ要するにローマン・カソリックとの関係が薄れたので現地から不満が出たらしいです。
それが元で王が挿げ替えられちゃったみたい。
フランク王国はあれです、王家はフランク族だけど国民はガロ=ローマ族が主だしね。
(ガリアとローマの混血民族です、ガリアってのはケルトとかと同族、ケルトの末裔名乗ってるところは今もあります、ブルターニュとかねー、シードルが美味いとこらしいです)(ワインが美味いボルドーがあるところは「ブルゴーニュ」。)
(あとイギリスにのこのこと乗り出してったノルマンディーもケルトらしいけど、この辺はガロ=ローマ族とはまた別だろうね、ガロ=ローマはアイデンティティともども混血してったのかな?)

というかこの地域は時々信仰心が暴走するっぽくて、このあとの時代の十字軍なんかもそれっぽい。
なのでまあ、王家の血筋はそんなに熱中してなかったってのもそういう文脈の模様です。
(行ったフランス王もいるけど、途中で帰ってくるわ、これ以上は行かないって締めくくってくるわ。)

すみません、カッコ書き多いね? 時代はあちこち飛んでるので注意して下さい。
そういやワインの産地(この当時は作ってないけど)のブルゴーニュは実はブルグンド王国という国がすでに存在してまして、メロヴィングの初代王のクローヴィスのお嫁さんはそこのお家から貰ってます。あんまり仲良くなかったみたいなんですけどね。
まああれだ、父親が殺されてその弟が王位に付いてたから多分恨んでたんだと思うよ…。
で、次の代のクローヴィスの息子の代の時に仇取りました、ああまあ、仕方ないね。
ところでカタツムリ食うのってここの伝統らしいです。
(なんかイギリス人たちがフランス人のこと「カタツムリ」って呼んでることがあってね!)

ブルグンド王国はわりとなんというか伝統とか受け継いでたとこらしく、インテリだったっぽい。
というかそもそもなんかクローヴィス氏は「カソリックの嫁さんが欲しい」と希望してたらしく。
当時のカソリックはなんか難しすぎて学問みたいだったからどうしてもそういう階級になったのかもね。
この頃には東ローマから王位貰ってたし、国を追われる形の姫みたいなものだし、釣り合いは取れてたんじゃないかと思うんですが、このお嫁さんは結構ずっとブルグンド王国の併合を訴えてた模様です。
概ね一生、クローヴィス氏は受け流してたっぽい。
基本的にこの人はそういう感じです、だいたい戦争回避の行動を取ります。
ただし戦争回避のために暗殺とかの手段を選んだこともあるので、ちょっと不思議なところはあるかも。

話はすっ飛びますが、このフランク族は実は分割相続でした。

おかげで結構ぼこぼことフランク王国が分割するけどまああんまり気にすんな!
この当時の統括能力ではこの広さは本来直接統治は難しかったのではないかと言われてるので良し悪しですね。

で、あとなんか、国内の知識の低下がだんだん起こってたらしいです。
カソリックと聞くと反近代性みたいに感じる人もあるいはいると思うんですが、当時は唯一の学識集団。
(難しすぎて意味わかんねぇww とか笑いものになるくらいに難解だったから弱体化したと思ってるけどね!)
クローヴィスは理由は判然としないんですがカソリックに好意的だったんですが、だんだんそれも変わってってしまったようで、そういう部分もあるいは家宰だったカロリング家の台頭を招いたとも言えるんでしょうか。

クローヴィスでもう1ページ作ります(流れと直接関係ないこと他にもあるので)。
あと、カロリング帝国で項目作るのがいいかなぁ?

フランス・中世