雑記:文アルとか近代芸術、130


9月10日めも。


ところでリアルタイムは11月…と自動変換されたのですが、月が変わって12月1日、うええ、もう年末かぁ…。
現在主に読んでいるのがええと『座談会 明治文学史』というものなんですが、まあ全部を許容するつもりはないんですが、とりあえず、作品から作家の所属を透視しようとするというような研究手法は皆無でした。
ええ正直、教育とか当人の趣向から作品傾向への影響とかならなにがどう暴発していようが、そりゃ曲がりなりにも研究だと思うしねー。
にゃ、賛同するかどうかは別です。
ただ私の場合、賛同しないって言ってる時はそもそも研究だと見做しています、これは研究ではなくて託宣だな、と思った時は託宣だなということしか語らないです。
情報の取捨選択がちょっと解釈違うかなー、みたいな時も同じく。
作家とか結構適当にその場で話を合わせたりするし、どこに焦点を集めるかなんて個人の自由としか言い様がないからなぁ。
調べれば出てくる情報を作品から還元しようとして、それが見事に元情報と食い違ってるとやっぱり疲れるんだよね、見てるだけでも…。
そんなケースが枚挙に暇がなく、文学史なかなか辛い正直。

意見の違いはあってもなんだかんだと『日本文壇史』もだけど少ないんだよね、あれもこれどうなのー、とは言ってるけど、情報を敷き詰めたあとの妄想ならまあ読み物スタイルならまあいいんでないって思ってるし。
ていうかざっくり、ガチの後輩たちによる文学史語りの本です。


9月11日めも。


ところで『座談会 明治文学史』の参加者のことを無造作に研究者って呼んでいたものの、実際のところはよく身分がわかりません、なんだかんだと全員誰かしらと会ってる様子ではあったし、要するに身分的には編集さんだったりするのかな?
結構登場頻度が高い勝木さんて人なんかは秋声の有名な愛人だった山田順子さんを「差し向けられた」と言ってたんで、もう多少証言がどうでも偏ってても仕方ないよ、それって完全に関係者ってやつだよな!!
生ける一次資料がなにを言っていても第三者がどうのと意見を変えさせるのは間違ってると思っている派です、いや、関係者の意見に他者やら特に研究者なんかが従う必要もまた全くないと思ってるけどね。
自分が関わってることを歪めて伝える分には個人の自由じゃないのかね。
中に出て来た独歩さんの話のように「そもそも特になんの瑕疵もない女に全責任を押し付けてなおかつ声高に断罪したのけた」という、さすがにどうなんだよ案件もあるわけだけどねー、うん、あれは前の時代の家の在り様の価値観を有していればそもそも外から見てもわかるんだよね。
もしかしてそうじゃないのかな、と思っていたものの、わりと近い時代の人たちが盛んに語っててくれたのはちょっと良かったなー、これ。
まああれですね、有島さんもその尻馬に乗った扱い。
女はなんの権利もなく絶対服従って観点以外だと普通にアウトなのよあれ…。

それでも別に、どう語ろうがいいと思うけどねー、とりあえず勝木さんと順子さんに関しては、ええと、また次の日に続きます。


9月12日めも。


勝木さんて人はなんか正直なところ癖があり、時々作家たちに対して「〇〇を書かなかった」ことがどれほど許せないことかってことを猛然と語り始めるんですけども、ぶっちゃけるとあまりセンスが感じられないし賛同者が全くおらず。
例えば徳田秋声の話だと順子さんが愛人なわけじゃないですか、有名な。
彼女がいかに従順で家庭的なところのある女だったのか、女として最も尊いことを書こうとしなかった、と延々延々と怒り狂っていたわけですがね。
そこはそうじゃなくて、世間で悪く見られている女性だからフォローしたいのならば、当時の価値観において美点とされがちだった特性を書いたほうが良かったんじゃないのかな、とそう主張すればいいんだと思うんだよね。
これなら全然正しいじゃない。
もしくは勝木さん当人の価値観にとって最も重要だった女の従順さを書かなかったのが理解出来ないって言い方でもいいよね。

まあ、彼が吠えれば吠えるほど、秋声にとっては女の従順さや家庭的な一面というものに全くの価値を感じなかったという認識しか抱けなかったしね。
ぶっちゃけると他の座談会のメンバーもそうだったんじゃないのかなぁ。
とりあえず個人的には当人から言い出して大人しく殴られていた、という話をうっとりと陶酔されながら言われても普通に気持ち悪かったです。
ただ順子さんにとってはその手の男のほうがいいってことなら別に責めたりはしないけども、老人の秋声よか古臭いっていうかオヤジ臭いなー、と思う分には罪もないよね。
ただ勝木さんは女複数抱えて威張ってるわけではないのでまあいいんでないの。


9月13日めも。


なんか変な話になりましたが『座談会』の話、とりあえずなんかでは見たな、みたいな人がぽちぽちは混ざっているものの、実際のところはそれなりに年齢差もあるんだろうし個人的には荒さんて人と柳田さんと猪野さんて人のご意見が結構肌に合って好きかも、あれです、勝木さんもなんかどうにもこうにも暴走するけど。
ただこの人、面白いこともめっちゃ言うし、意見もかなり斬新で宗教関係の知識が非常にきちんとしているのでちょっと捨てがたいものがあります。
一回だけ一葉さんがテーマの時にちょくちょくお見掛けする和田芳恵さん(新潮社の大衆雑誌『日の出』の名物編集さん)がいらしたんですが、周囲が全く逆らえないところがなんかもう。
しょうがないよな、多少意見が大胆であっても一葉さんの妹さんと一緒に片付けしてたりするようなどう見ても遺族公認の研究者だしね…。
一葉さんに関してはなんというか大荒れしていたんですが、個人的には好意の持てる今までの既成の考えられ方を覆そうという意思を感じて悪くなかったです。
あと、意見が割れていたけどそこが良かったのは藤村に関してかなー。
意見が一旦割れたけど、意見が統一してからのほうが良かったのが鴎外さんに関してですかね、今まで読んだ中で一番詰まらなかったのが漱石さんで、柳田さんと荒さんと猪野さんだけでもう一回仕切り直してくんないかな…。

あのだって、その漱石さんがどの作家が好きとか、どういう同時代の宗教に関わりに行ってたとか、木曜会でなにを弟子たちに勧めてたとかが最初っから完全に度外視されてたんだもん、結論まとめで軽く触れてたけどスタートにしよなんなのあの内容?!!


9月14日めも。


ところで漱石さんと言えば『座談会』で面白かったのが漱石さんが若干ホモセクシュアルなところがあるのでは、みたいな話をしていて、芥川のこともそういう意味合いだったんじゃないのかなぁ、ということを言ってたんですが。
要するにあれ、芥川の美貌って比較的近い世代は普通に知ってたのね。
まあねこ可愛がりされてたぽいし、そういう発想はわからんでもないよねあれ。

ただ、芥川の場合、ぶっちゃけてそういう相手には比較的慣れていたわけだし、それならそう仄めかすじゃないのかなって気もするし、そんな相手を信用することも特にないような気もするんだけどなー。
芥川から漱石さんへの尊敬どうのって話は同時代のことではなく、別にそんなに悪く言うとかもないけど、結構シニカルに語ってたりするよねー。
いや芥川って「尊敬すべき」年上男性にはだいたいそんな感じなので珍しくない。
どっちかというと漱石さんに対してはわりとマシです。
乃木さんの本性がどうのとか、新渡戸さんの真実がどうのという作品書いた芥川になんか今更っていうか、モデルにされた側サイドがぽかんとして特にまあ感想はないです的な斜めっぷり作品とか書いてること考えるとねー。
どっちかというと情がないって態度を取ってた程度で可愛いもんじゃないの。
むしろ晩年に至ってだんだん漱石さんの態度や言っていたことが身に沁みるようになっていった、という流れを見ているとあんまりそうは思えないかなー、とはなるものの、とはいえ、そういう話をぺろっとしてしまうところはやっぱり面白い。
てか漱石さん、面食い趣味はあるのないの? 芥川以外いまいち見てない。


9月15日めも。


『座談会』における漱石さんの話引き続き。
漱石さんに関しては彼の錯乱が奥さんのせいではないかっていう見解もあるのは聞いていて弟子たちなんかは完全にその方向らしく、勝木さんなんてのは自分の先生に複数漱石さんの弟子がいるのでちょっと頭が上がらない…。
と自己申告していたのでまあそれもそれでいいんじゃないかと思うんですけど。
癇癪が起こったのって結婚前からでしょ? ほらやっぱり無関係だよー、とさっくり言ってたの誰だっけ、彼に賛同したいんだよね、えーと、柳田泉さん!
(高い評価なのでフルネーム書き、まあ検索に掛かってもいいや的な。)
というか孫娘さんが言ってたようにすごいざっくりした繊細さのない女性なんだよね、漱石さんのお嫁さんの鏡子さん。
でもだからこそ漱石さんにはそれが良かったんじゃないかって、ぶっちゃければ鏡子さんって一回は殴られてしまっても次からは殴り返しそうなんだもん。
孫娘さんは「だから」漱石さんは自分を止めてくれる相手として鏡子さんを選んだって言っててね、それって健全な感覚だと思うんだよね。
まあ鏡子さんには災難だけど、出世もしたし当時は珍しくもないし、実際のところは止められることを望んでる人ならそこまで悪くもないんじゃないのかなー、とまあ。

鏡子さんが殴られてやり返す人だった「から」狂ったっていうのはさすがに女に全責任がありすぎて感心しないし、ぶっちゃけて孫娘さんの語る漱石さんのほうがはるかにまともで人の心があるじゃん、トータルで。
個人的には研究ってそこから初めて欲しいんだよなー、孫弟子はさて置き。


9月16日めも。


リアルタイムは12月1日です、いや別に日付け変わってないけどもなんとなく、えーとあとなんだっけか、鴎外さんに関しては別に繰り返すほどのこともないし(医者の鴎外さんに「体系的に文学を習って来なかった」という非難はどうなんだよと全員に勝木さんがフルボッコされてたのよ)。
ああ、そうそう独歩さんに関しては、この間からもしかしてと思っていたことがほぼ肯定されていたので一安心。
明治時代に新しく作られた女に絶対服従を求め、全ての権利を認めない「新家父長制」ってあれキリスト教が契機にはなっているものの、ぶっちゃけると各制度から男にのみ都合良く改変されたいいところ取りとしか言い様がなく、ミックスクズとしか…。
女性の権利が拡張して江戸時代並みになった!! みたいなことも実はよくあるんだよね正直…、未婚女性の権利に関してはそこは確実に増えてるんだけど。

えーとねー、家を主体で動く文化にはよくあるんだけど、女が家と一体化するという犠牲を払わせる分、家を拒絶することは飢え死を覚悟するほどの重罪扱いはされるものの、家と一体になった女には正直権利が結構分厚い構造になってるのよ。
独歩さんの最初の奥さんが家を維持することに対して特に問題のある行動を取っていない以上、責める筋合いとかないんだよね。
というか、独歩さん「が」奥さんの実家をぶっ壊しておいて被害者面って、なに考えてるんだとしか言い様がないんだよね、旧価値観で考えると。
そのため、新価値観においての罪人に仕立て上げないと断罪は出来なかったってのはわかるんだけど、普通に人としてあり得ないって意見が一致して良かった(一致したー)。


9月17日めも。


えーと、『座談会』だらだら。
どっちかというと感心したのが花袋かなー、誰がよく庇っていたのかな、あのですね、全てにおいて甘いって言われてはいるんだよね、ただ、当人は本当に救いを求めて身体でぶつかっていったんじゃないか、という形で掬い上げている方が一人いて、ああいう庇い方ってありだよねぇ…。
いやまあ、正直馬鹿にされるのも仕方ないくらいどれもこれもなんか浅いし、なんか妙に体系だってないし、みたいなところはあったけど。
ただ、作品としてはともかく、人間としてはいいよねー、というあれ。
女性に対してめっちゃ惚れっぽいんだけど、女に対しても貞節なんか特に求めてないんなら私は別に気にしない。
自分が非常に禁欲的態度であるから、自分の連れ合いになる女にもそれを求めたい、という男も私は全く嫌いじゃない、そんなん当然の権利だよな。
で、こういう観点で花袋と秋声がまとめられてまして、この二人には一夫多妻でも一夫一妻でもないんだよね、みたいなの。
自分がふらふら他所の女に目移りするから、女もそんなもんだよね、という感覚かな。
嫉妬くらいはするけど、それはそれでいいんじゃないの、自分が真剣なのに相手が応えてくれないと悪感情くらいは抱くよね。
友人に関しての嫉妬と同じ程度の表明なら、抱いていいと思う。

座談会でも花袋の例えば『蒲団』などが事実かそうでないかって話してたけど、別にどっちでもいいよねあれ、そこに拘らない人のほうが好きだな研究者だと。


9月18日めも。


えーと『座談会』引き続き、で、わりと最初のほうにあった根本的なところを忘れてましたが、あるじゃないですか逍遥さんの『小説神髄』、何年だっけか、明治18年ですかね、硯友社もこの年って言われてたけどそう覚えていいのかしら。
ていうか硯友社のなんの年だかすっかり忘れてしまいましたがね!
すごく大雑把に小説神髄というのは政府が文化の改良と教育効果などというものを要請しまして、それに呼応する形で作られた小説サイドの話らしく。
やっぱり戯作って言われてるらしいんだよね、小説と呼んでも意味は同じ。
詩は芸術だけど小説は別に芸術ではない、というところからスタートしたようです、で、小説神髄をなんか近代文学の最初と見るみたいな流れがあるみたいなんだけども、ぶっちゃけ、硯友社って逍遥さんに呼応はしたものの、生まれたのはまた全然別のきっかけでもあるよね。
どっちかというか小説神髄を同時代の一旦まとめとして見るほうが、流れとしてはわかりやすいってことになるのかなー。
にゃ、個人的にはこの時点をなんらかのメルクマールとするのは賛成です。
だってざっくりわかりやすいから。

あとあれ、本の内容とはまた別なんだけども、改良運動もその前の段階の政府の文化への協力要請にしたところであんまり評価されていないみたいなんですが。
大衆文化史のほう見るとそうでもないよ!!!
いやマジ、なんかちょっと危なっかしいので、止めたほうがいいと思う。
この辺はインテリ視点じゃないほうがいいんじゃないかなー、と考えた所存。


9月19日めも。


まああれ、逍遥さんって四迷さんにも惚れ込んでるけど、実は露伴先生にもきゅーきゅー言っててぺたぺたしてたとか…ああうん、そういう人なのね!!
あと、奥さんへの態度もなんか好きです教育のない芸者さんを落籍させて、生活能力ない死にぞこないって呼んでたらしいんだけど、一生死ぬまで大事にしてるなら他人が口出しするようなことではないからね!

露伴先生はなんか晩年に近付くに従って紅葉先生のことを語るのが甘ったるくなってったみたいと数人で同意してたりとか、ちょこっと表現変えましたが、まあそんなに大差はないと思う。
だってはるかな高みに立ってたしなにもそんな…とかいう話してたけどなー。
文学とはまた別のところで評価しているためになんか曖昧な言い方になったみたいなんだけどもね。
あーまあ、学識って意味ではすごいと思うけど、前に読んだ道教の研究とか、なに読んでんだよwww みたいな意味で本当にすごかった、だってあれ、雑多なしょうもない本がたくさん…いや熱意あるよなぁ。
学者として偉いから、通俗小説の走りみたいな作品を書いた人間に興味なんか持ってもしょうがないのでは? という感覚は私にはさっぱりわかりません、だって私の家は文学のほうがよくわからなくてどっちかというと研究者気質に近いから。
そこで人間の偉いとか偉くないを分類する気持ちがさっぱりわからない。
とりあえず、生前は特に好意も見せてなかった紅葉先生を、なんかめろめろ語ってた露伴先生は確かにインタビューでも見た! そこだけ覚えとくなありがとよ!!

(文アルとか近代芸術、130)