雑記:文アルとか近代芸術、125


7月22日めも。


文アルとキャラの話4枚めー、2018年分予定で【坪内逍遥】さん。
まああれ、なんの順番かというと思い出した順なんですけどねー、いやー、最終的には一人ずつリスト見てったんだけどそれでも中島くん落としたね…。

えーと、一応お名前は存じ上げていたんですが主にシェイクスピア翻訳に関してで、最初の小説であると言われている『当世書生気質』を書かれていたとはさっぱり知りませんでした、この作品はなんだろう一般人が出てくる!? ということで多大なショックを世に与えたそうなんですけども、うん、よくわからない。
江戸時代にもあったのではと思ったものの、確かに明治時代の人たち、江戸時代の戯作読んでた、つまり、等身大の現代人が小説になるなんてびっくりー!! みたいな話だったらしいんですけども。
言われないでわかるわけがない、こんなの。
まあそれで、各地に多大なパクり作品を作り出す程度のインパクトがあったようです、どこで読んだって地方新聞の紹介で読んだので、もうこれ、社会現象って呼んでも特に遜色はなさそうです。
正直なところこれは典型的な「その後、当然になったので当時の高い評価が失われた」のパターンだよな…、ここまで大規模なものは想定してなかった。
ただ、ゲームでも触れられていたように表現方法としてはまだまだ戯作と大差なく、まあ純粋に現代を舞台にして生活を描いたってところで括るのがいいのかもね。
なんだかんだと小説の立ち上げから関わり、メインの活躍は国文学になるのかな? 演劇改良運動なんかでも知られてるよね、知らなかったけど…!


7月23日めも。


文アルとキャラの話で【二葉亭四迷】さん、わりと最近来たばっかりというか、よくよく考えるとあんまり気楽に並べてると日付け時点でまだいなかった可能性もあるかなと思ったけどまあいいや!!
この人は逍遥さんの弟子って扱いにされていることはほとんどなく。
すごい端的に言うとヒモみたいな表現になっていることもちらほらあるよね…、ただ、この間読んだ本で「困った時以外には手紙を書かない」という分析の本に関しては正直なところ別の名前でやり取りしていたのを別人分類にしていたので保留にしています、そんなド派手な間違えすんのか…。
(私もつられて間違えたんだよ、というかあの節は本当に申し訳なく…。)
というかあれ、親しい友人らだと名前変わっててもなんか普通に対応したり、名乗り変えてても呼び方変えなかったりとかあるよね。
言文一致という括りの中で芸術的に高い評価をされたのはこの人が初めてなんじゃないのかな、こないだ初めて知ったけど、講談筆記も実のところは言文一致なのねあれ…、なんかクドいって後輩文士から言われてるわけだよ?!

ぶっちゃけまして小説をまともな大人の仕事として考えておらず、ということも繰り返し語られますが、まああれ、実際に政治の場からのドロップアウトした人たちが文士の概ねの構成員だったし、政治論説のほうが地位が高いしなぁ。
まあ四迷さんには全く全然向かなかったみたいなんだけどね政治。
ロシア知識も、ちょっと詳しすぎて国に報告して欲しい、新聞の読者は読めない読めない!! と言われてました、なんだろうなこの色んなままならなさ。


7月24日めも。


毎度のことながらキャラが忘れ去られてますが【谷崎潤一郎】さん、さすがに知名度って意味ではこう、太宰芥川漱石さんに次ぐくらいというか、なんだろう、趣味っていうか好みで読んでる人ってこのくらいまでってイメージですね、あとは教養な感じ。
新思潮で括られているのは同時代からなんですが、実際のところいつくらいからそう呼ばれるようになったのかはかなり微妙、だってあれ、そもそも芥川も登場時点でそんな特に新思潮で括られてないしなぁ。
それこそ新思潮作った小山内さんも別にそんな括りになってないし。
余ったからすでにある後発グループの中に突っ込んでおこう程度の意味じゃないかなって思ってるんだけどだいぶ失礼な気もします。
ただ谷崎さん、当時の創作仲間は世に出なかったからね、的なこと言ってるみたいね。
新思潮3、4次はあくまでも、集団で世に出てるからそう呼ばれてるわけだしねー。

すんごいざっくりと人気作家なので、こう、名前がてんっと表紙に単独で載ってる感じの人で、純文学作家たちが原稿料高いわりに売り上げ低いってされて忌避され始めた時代にもふっつーに評論の連載とか持ってたみたいです(改造の編集さんが触れてた)。
あ、いたんだごめんとは何度か思いました。
この時代がいつのことなのか一切理解出来ない人と、あー、あの頃、とこれだけで理解出来る人と今の時点で半々くらいかな、文アル界隈、まあ昭和初期くらいすよ。
あれだよね、一種のニッチ系作品、ただし時代の変化には特に揺るぎませんレギュラーの座を守ってるうちに周囲がどんどん消えてって地位も高い気もするけど、そんなことどうでもいいから放置!! みたいな感じの人です、羨ましい。


7月25日めも。


えーとあれ【永井荷風】さんですが、この人は普通の文壇関係読んでいるだけだと出てこないので単独の本を読むしかないんじゃないかなー、私が読んだのは戯曲っていうか新劇と歌舞伎の関係で近代の代表的名優と言われた左団次の2代めとの協力関係の本でしたが、こう。
ご友人(なの? 多分いいよね?)の小山内薫さんともども大変な性格に難があるというか、別に派手な女にしか興味なくてもいいんだわ、列女は近寄りたくないほどに嫌いってわりと知られてたのも別にいいんだ。
派手好きの女に金を与えずに閉じ込めて慎ましく献身的に振舞わせようと何度も何度も何度もして何度も何度も何度も逃げられてるのはさすがにどうかなって。
まあ、女性もある程度はわかっているのかもしれないんだけどね!!
(なんだったら普通に身が立てられる女性みたいだし、そういう意味では一体なにを探していたんだか本当に欲しかったのはなんだったのか、なんとも…。)
ちょくちょくこう、俗臭があるって言われてるけど、まあ、しゃあないよな。

菊池さんの本で荷風さんが噛み付いて来たって言われてる分にはさしてなんとも思っていなかったものの(荷風さんが名前間違えたのは菊池一族に関してです、その間違えは普通確認するだろって嫌味の一つも出てもそんなには…)。
荷風さんの本でも唯一噛み付いたのが菊池さんって書いてあってホワイ? とさすがに、あれか、あの世に知られた毒舌はあくまで日記の中のことであって死後まで知られておらず、日記の中の人格ではあるんだけども。
表に出したのは菊池さんに対してだけ? どうしたの一体。


7月26日めも。


続いて【佐藤春夫】さん、どうも彼の属していた出身母体が見つけ出せていないらしくてなかなか存在の大きさがわからないんですが、検閲コレクションでも槍玉に上がってることもあったし複数人の編集さんが他社のことであっても言及していたりして、まあ有名人、てことでいいんじゃないかな…。
宣伝で大きく名前が出る範囲とかそういうことまではちょっと未確認。
(自社でしか言及しないとか、言及しても名前だけとかだとあんまり参考にしてないです、谷崎と佐藤さんに挟まれて気まずかったー! とかもあったような。)

というかあれ、同時代にある程度知られていたんだろうなと思うのは『星座』という新思潮4次のあとくらいの時代の同人誌で特筆されていたりとか、まあ、作家を持ち上げるためとは思えない硬派な場所で見てるからですね。
そもそも読む人が好事家であって、そこで偏った記述してもしょうがないというか。
ただ、経歴を見てもなんのことやらよくわからない。
あちこちの芸術コミュニティを渡り歩いているらしいものの、そういう人を文士では見たことがなくわからない…、一番近くて芸術コミュニティ運用してる白樺かな。
あとあれ、慶応大学関係の本を読んでいたら荷風さんのあとの文学部を支えていた馬場孤蝶さんの亡くなったあと、筆頭として挙げられていたんだよね佐藤さん(ちょこちょこ他大学の人います、井伏さんも要するにここに参加してたってわけかな)。
孤蝶さんの生徒たちは焦るとか急ぐとかの人材が一人としておらず、結果的に誰も特に出世しなかったけど、まあいいよねー、みたいなことが言われてまして。
まあいいよねー、うん、彼らが芸術の徒って言われると納得出来る…。


7月27日めも。


下のお名前が正確に思い出せなかったので「三好」と打ち込んだら普通に出てこられず詩人って足したら無事出てきてくれて安心しましたが、まああれですね、作家勢に対しての検索汚染ってあんまり起こってる印象はないかもなぁ。
これは文アルの規模の小ささもあるんだろうけど、もともとの市場がそれなりにあるってのもあるんだと思うんだよね。
いちいちキャラ名でフルネームは止めておこうね検索されてるよ!?
みたいなあれも関係あるかなと思います、果てなき荒野を行くみたいなジャンルに幾つかいたことがあるので、もっと小さいジャンルでもわりと検索汚染が出来ることは知っていますって関係ない話が半分ですみません。

の、【三好達治】、ただこの人の詩はなんか民話っぽいというか、ストーリーがある感じで詩がいまいちわからないって人にも受けがいいんじゃないかなぁ。
なんというか、菊池さんが唯一気に入っていた詩人ってのもなんとなく意味がわかるんだよね、で、ちょい若いのにピックアップされていたとは言われてますね。
どこでって言われる戦時組織で、まあ、詩人いなかったからなあの組織…。
犀星呼んでたんだけど逃げたんだよ…。
他で見掛けるのは馬込文士村でですかね、宇野千代にアタックしてた青年の一人というか、男性陣には爽やかな人格者なのに女性にはなんかやばい赤ちゃんプレイの強要者めいたところがあって、あと師匠って呼ぶこともある朔ちゃんに対してもかなりやばい感じに妄想入ってたみたいですよね。
多分これ、文アルのキャラまんまなんだよな、なんぞ分離しとる。


7月28日めも。


わりと最近詳細を知った【梶井基次郎】さん、あれですね、桜の木の下に死体が埋まっているんだよ、というフレーズは大抵誰でも知っているんじゃないかって思うものの、元の作品があくまでその幻想だけで出来ていた話だとは知らず…。
正直あれ、単体で読んでもなんかの伝説だと思っただろうなぁ。
この作家さんがほとんど同人誌から世に出ることも叶わなかった、とはちょっと思ってなかったです、正直ちょくちょく本屋で見てたしなぁ。
にゃ、同時代の埋もれた作家として語られてたのは見てたんだけども、想定よりもちょっと…商業出版皆無とは…よく世に知られたよなぁ。
ただこの時代、純文学作家は一旦世に出た人であっても一部のすでに名前の知られた作家であっても似たり寄ったりに仕事がなく、そういう意味で同人誌はかなり隆盛の模様。
まあ、そういう前提を考えると同人誌のみで終わってもそれなりに名前も知られているというのもそこまで不思議ではないわけか。
ほとんど自費出版から少しずつ名前が知られていった作家っていうと、中島敦とか中原中也とか宮沢賢治とかもいますが、この辺の人たちはわりと出版社関係見てると出てくるんたよね、梶井さんは正直なところ、同人関係でないと見たことがないので彼らともちょっと違うのかな。

いや、ちょっとずつ有名になってると努力の痕跡が残ってるんだけど…。
そのあの…死後川端が手伝った辺りで知名度が特に段階を踏まずに一気に上がったんじゃないかなっていう感じの話なんですけどね。
ただ、もう少しでも長生きしていれば普通に知られてたろうね、勿体ない。


7月29日めも。


あー、【高村光太郎】さんで、この人は詩人なの? 詩人なの? という疑問をわりとゲームの初期に聞いてまして、私も正直、彫刻家としての知名度が高く『智恵子抄』はなんとなく詩人というイメージでもないというか、なんだろう、あれなんか違うじゃん、いやなんだろう、私小説じゃないんだけど私的領域というか。
わりと普通に詩の雑誌の主要面子にカウントされてましたね、うん。
犀星さんなんかはもう完全に格上の詩人として『スバル』に紹介してくんないかな! みたいなことまで語ってましたがあれいつの時代に書かれた随筆なんだろうね(さすがにもうスバルはないとは思うけど)。
彼のお父さんの高村光雲も正直教科書で記憶に残ってまして、猿のあれ、すごいの。
東京美術学校の講師をされていたんですけども光雲さん、学長の追放事件に連座して辞めることになりまして、ご当人が全く気にしてなさそうなのであんまり語られてないんですけども、光太郎さんは自分の学校でもあるんだよなー。
なんとなく反体制的な言動があるのもその関係なのかどうか気になる。

見た目で気になるのが元ネタがかなりの筋骨隆々の男性だったらしく、だいたい全体的に大きくされてるキャラが多い中であれだけ小さい人は珍しい。
なんとなく年齢がいじられてるのかなってキャラも他にいるんだけどね。
あれって奥さんの智恵子さんが混ざってるのではないかな、というのはこれは妄想というより推測としてかなり昔から語られてまして、言われてみるとまあそう、どう、どうなんだろう。
覚えてるの覚えてないの?! みたいな案件もぽちぽちあるよなー、このゲーム。


7月30日めも。


続いてあれ【若山牧水】さん、あんまり存じ上げません、正直なところ「文豪の友情逸話」ってあんまり好きではないんですが…、あの、背景知らないと確かに楽しいんだけど前後背景知ると大抵生臭いんだよ…私のレベルが高いどうのって話じゃなくて軽い話だけが知られてた時に萌えてた人が詳細が判明すると逃げるってことも実際多いんだよこのゲーム界隈の人とかもな!!
なんでかというと文士が財政的にめっちゃ厳しいからだと思います、萌えがどうとか通り越して相互扶助じゃないと飢え死にしたりするんだよ明治マジで多くて…。
友人だけど笑えないレベルにむしり取ってくとかもあるよな…そのまま友人ですよ、だってそうしないと死ぬし…。
あと乗り換えることが結構あって、地位の差が出来ることも結構あって、大抵その、萌え続けることが出来ません、大抵ニッチ趣味の人だけが残るよね…。

そんな中で唯一萌えの範囲で収まってたのが白秋さんと牧水さんで、なんていうんだろう、あくまで助け合いの貧乏だけどそれを覚悟の美しい同居生活だったからかな!!
正直今、萌えた話をしているはずなのに辛くなってきたのはなんでかな。
お名前も作品っていうか短歌? もぽちぽち聞いているものの、来歴を聞いてもなんというか、なんとなくピンと来ないのは争わない人だからかな。
私のイメージってあれ、芸術至上主義って牧水さんとか慶応学閥の人なんですけどね、評価求めたり他人を蹴落としたりするのって芸術とはなんの関係もなくない? となるんだよな、にゃ、人としてならよろしくないとか言いたいわけではないです。
芸術は誰が作ってもいいって態度のほうが…芸術に対して誠実じゃないかなー、とそんな感じ。


7月31日めも。


ところで大変に借金ネタで有名な【石川啄木】さん、こないだ友人らへの借金一覧を作っていた人がいらしたんですが、一人数万みたいな桁が並んでいて、これは、どこかで見たようなとなってしまったんですけども。
彼の逸話読んでてもそんな感じでした、ああうん、他人から借金してプレゼントしまくるってまんま同じだわ、ああいう人っているもんだな…。
文アルでも彼の借金ネタが初期から結構多かったもので、正直なんかあらぬ人たちが怒っていて、もともとのファンがげらげら笑ってるよなー、と言われていたんですが、いやぁ、彼のファンであり続けられる「他人事」の人は逸話に対して過敏ではなくて、啄木のファンではなくあの逸話のほうに傷付く人がいるってことそのものにはそんなに違和感はないかなぁ。
ただこう、まあ、元ネタのほうが酷いもんは酷いな…だいぶ規格外だった。
とはいえ繰り返されると面白いかというとそうでもないですね、確かに元人物もあんな感じの頻度ではあるのですが、頻度ではあるのですが、同じネタならやっぱり繰り返さなくてもいいんじゃないかと思います。
どっちかというと完全にメインに据えてってくらいの「物語りとして意味があるほど」の扱いにしてあげて欲しいなー、と。
おつまみ程度の借金ネタの頻発とかやっぱりちょっと面白くないよ、うん。

ところで私も借金ネタばっかりだけど、なんというか頭の悪い人などではないです、正直家庭環境もいいし教育もちゃんと受けてる、政治発言での評価が他のジャンルでも読めます、なんで一か所だけ壊れてるんだろうか…不思議な…。

(文アルとか近代芸術、125)