12月24日めも。


2018年と打とうとして2012年と打ちかけました、最近です(もうほとんど今と似たような生活ばりばりにしてたよ、ジャンルだけが比較的ゆっくり変わってく)、年が変わるくらいの時期まで約130日分くらいすっ飛ばしましたが全てに特に意味がないですので気にしないで下さい。
モチベーションが上がるかどうか以外の正当化をしていたら病気なので止めてあげて下さい、まともな意味なんてない。
とりあえずだいたい1年から2年で雑記のタイトルを変えてまして、【文豪とアルケミスト】がメインになるようにしてみました、歴史趣味はもともとあるのですが近代史は古巣なんだっけそうでもないんだっけ、鉄道やってた時期はほぼ同時期だったというところまでははっきりしてるんだよその時はわりと財閥とか電気とか読んでて。
近代文化史は正直なところ「純文学」がなんか生臭くて苦手なんですが、作品が苦手というより、生臭坊主とかの生臭です、俗が苦手なんじゃない、俗なのに変な神聖ごっことかされるのがもっとも苦手です。
苦手っていうか、歴史が捻じ曲げられるのが一番辛いです。
知らなかったりして楽しく読んで、あとから読んでぎゃああああ?! みたいな思いは何度もしたくないです一体なんの話これ。

まああれ、今年もあまりにも神聖な純文学は、売れないなんてことがないんだ他の作品が売れたという事実を奪うこともむしろ正義よ☆ みたいなのは本気で嫌い抜いていくという方針でよろしくお願いします。
何回も言ってるけど売れないが気にしない!!! は嫌いではないです全く。


12月25日めも。


今日も今日とて(かなり日付けは離れてるけど昨日の2018年の2月11日に打ってた分はかなり吹っ飛んだ)、一旦8日分が吹っ飛び、検索で「予測変換入力」と「誤変換データ送信」を切ればいいと出て来たので切って安心して打とうしたらその瞬間に吹っ飛びました、ただよく考えたら切ったあとで再起動もなんにもしてないので設定が切り替わったままだったのかとかいろいろ考え込んでおります。
いやもう、さすがにソフト変えたほうがいいのかなとは思ってるけどね…。
縦と横の文字数がこれが一番楽で慣れてるもんでついつい…。
ところで昨日打ってたのも志賀さんが主で、今日打ってたのも志賀さんが主だったのでなんかもうなんかの呪いかなー、とは思っておりまする。
恨まれる筋合い、あるかなぁ、どうかなぁ。
ていうか志賀さんには恨まれなくても志賀さん近辺の異変を引き起こした人にだと恨まれても仕方ない気はするけど私が悪いんじゃない…。
ていうかあの人、そんなこと気にしそうな神経じゃないよね…(私の好きな志賀さんのエピソードはあれ、戦争のこと完璧に無視った彼です、戦争すら影響を与えられないってさすがにすごいと思うんだ、もはや立派だ)。

えーと、なんか2017年の7月くらいから、間に一部書いた部分を除いて約130日分くらいをすっ飛ばしてこれを書いています、これを書いたところで当日ではないので、なんか年末くらいになにがあったかなぁ、あ、あれか、新思潮イベントか、と考えるくらいしかない。
新思潮イベントはなかなか楽しかったです、2P芥川はもうちょっとなんか区別を付けて欲しかった気もするけども、今までいろいろ出てるから仕方ないか。


12月26日めも。


一度作動が止まったコマンド操作を使ってみました(保存のあれ)、多分無関係なんだけどコマンドを使った時点で作業量が多くなりすぎて落ちてたのかもなぁ、と今は思わないでもない、このまま安定してくれるといいんだけどととりあえず、一旦消えたかなり不穏な内容をリライトしようと今思い出しているんですが。
やっぱり私、これの一つ前の『斜陽』イベントに関しては特に盛り上がれる要因がないのですよね(斜陽と新思潮イベントだけが大型イベントだとなんとなく思ってるんだけど、そういう意味で思い返してる)。
それは嘘付いても仕方ないし、そんなことを騙るとあとあとで自分が楽しくなくなるから避けたいし、とはいえ、興味がないのにだらだら語るってのもやっぱりなんか違うかなぁ、と。
いや、消える前にはぽちぽち書いてたんですけどねー。
すごく端的に「だいたい知ってる」「むしろ周囲も含めて皆知ってる」イベントであり、いまいちどうこうという感慨はないというのが正確かな。
なんというか太宰は普通に有名人だからなぁ、今でも児童番組とかでひょこっと出て来るし名前に言及する時点で解説などのようなものがない(芥川もあんまりないけどこれはあることもある、完全に今って意味で単純な知名度だと太宰のが上じゃないかな、評価って意味だといろいろ複雑だからどうこう言わないけど)。

太宰が可哀想なイベントって言われてもなんか盛り上がれない。
いやうん、あれは芥川賞イベントではないんだよね、あくまで斜陽イベントで感情のトリガーは志賀さんであって川端ではない。


12月27日めも。


すごい嫌なことを言うと、もっとも業界で偉い志賀さんに楯突くなんてお仕事干されちゃったわよね、可哀想…、とか言われても、あれなんですよね。
(芥川賞に関しては戦前、『斜陽』は戦後の発売だからかなりズレてる。)
川端にあんまり果敢に反論するとそのバックにいる「業界トップである菊池寛への批判と思われかねない」が、最盛期が大正末でその頃にすでに創作はあんまりしていなかった志賀さんだと、まあ、なんだ。

志賀さんの出した批判の雑誌と、太宰が出した反論の雑誌との格差がね、ちょっとね、「太宰が出した雑誌のほうがだいぶ部数が多いような」(@子牛調べ)みたいなのが、全てではないけど現実としてありまして。
そもそも戦後の売れっ子と戦前の作家比べる段階でなぁ…。
部数とか売り上げとかという意味で桁が違うというか業界規模そのものが違うというか、なんともこう、複雑な気持ちになり軽く引き攣った感じでたまに流れてくる(同レベルの人が多いのでそういう感想もあんまり聞かない)感想を見てたんですが。
とはいえ正直、太宰がそんな売り上げの差とかを考えて相手を見て喧嘩を売ったかというと別にそこまでは思わない。
まあ楯突くとやばい、という感覚はなくても少なくとも大先輩、あるいは伝説的な作家だと思っていた可能性はあるので(志賀さんご当人はそんなこと言ってないです)、この温度差がさー、この温度差そのものが…。
この温度差が戦後と大正の…知名度あっても食べられない時代との、となるわけですね、なのでまあ、イベントに文句があるわけではないんだ、だが盛り上がれない。


12月28日めも。


結局書いてしまったんですが『斜陽』イベント、ほどほどに生々しさが消えてたからまあいいかな、ちょっと前に打ってたやつ生々しすぎたからな…。
というところでまた強制終了しました、さすがになんかやばいなどうしよう。
一応冒頭まで打ったところで保存したので数行消えたかどうかなんですが、もう昨日から合わせて10回以上落ちてることになるよね、問題の動作も消したんだけど…なんか同じページにあったやつもついでに消しておきました効果があるかわからないんだけど。

なんか効果あるかわからないと思って消した機能がなんだったのかはわからないながら、メモ帳と別のソフトを切り替えるたびに出て来ていたよくわからない表示が消えたのでなんか今度こそ比較的上手くいきそうな気もしないでもないんだけどどうなんだろう、まあ、さすがに一日分ずつ保存だけはしていく所存でございまする。
えーとあれ、そもそも普段から文学史において語られていることはそもそも売り上げなどの評価を完全に度外視しているようなところがあり、別にそれ自体は構わないと思うんだよね、ただなんというか「大衆小説に食べさせて貰う純文学」の構図が完全なまでに出来上がってるところに純文学でなければ文学ではないというようなことを言い出すのでなんかあっちこっちの歴史が歪んでるというか。
他人の人気や売り上げをしゃあしゃあと純文学作家に背負わせてるみたいな案件、あんまりたくさん見たくないんですよね…。
というか、作家自体がそういう差別してるんなら仕方ないんだけど、作家はしてない、作家はなんかこう、思い描いた説明を作るためのパズルみたいな使われ方で…。
正直、そういうところをまざまざと感じたイベントだったので、まあ、なんとも。


12月29日めも。


また志賀さんに関して打ってる段階で消えました、なんなんだ一体。
というか、マジで一日分ずつ保存しないとアウトになる模様です、今回は3日分くらい消えたかな、多分こう、自分でも絶対量わからないけど何十日分も消されてなんでそんなに粘るんだと自分でも思わないでもないけど。
何回も書き直すのもそんなに悪くないかなと呟いていたのすら消えたな。

と、打ってる間に強制終了された上、「誤変換データ送信」を何度も何度も何度も何度も(多分5回くらい出てる、こんなに連続して出るっけこれ??)出されて正直ぷちっと切れそうです、勘弁して諸悪の根源…。
というか消えたの全部志賀さん関係なんだけどね、悪いこともあったかもだけどいいことも相当量あったんだけどなぁ、ううん残念。
ていうか以前から消えてるのもあれだよね、よく消えるんだ彼。
とりあえずまあ、一旦再起動して、文アルを同時に立ち上げずにやってみようかなと思いまする。
あいつはなんか謎の重さがあるからね、うん。
で、消えちゃった分が途中経過はともかくとしてそんなに結論が悪くなかったので今思い出そうとしているんですが。
多分あれ、意外と志賀さんがキーワードなんだよね、多分だけど。>斜陽イベント
すごく簡単に言うとなんか志賀さんて文学界の隠者みたいな人なんですが、実際の生活は隠者でもなんでもないです、だいたい白樺と寄り添って生きてる、ただ、人付き合いというか社交が苦手なのかあまり権力の座にはご縁がない。続く。


12月30日めも。


前日からの続き、白樺メインの方なんかが表現する志賀さんのお人柄は「まあそういう」な感じの暴れ馬で、最近わかって来ましたが彼のことを暴れ馬的に扱ってる人は褒め称えてても全然信用出来るみたいなの。
そもそもなにが信用出来ないかというと、ちょっとややこしいんですが。
なんというか、権威権力に全くおもねらないけども、意外と逞しく生きてく系の作家さんみたいなんだよね、志賀さん。
白樺っていう、文壇の本流ではないながら比較的大きな集団に属していたからかもしれないんだけど、総合芸術系のそことも若干違う感じで。
なんというか、まあ暴れ馬です、大きな出版社ともどうも感情の問題であんまりっていうか、処遇がいまいちっていうか。
あと、純文学の中では比較的に反応は悪くないんじゃないかと思うものの、それ以前に一般人気を得ていたというわけではないので、中間文学の時代にも大衆文学の時代にももはや活動の機会があまりなかったらしく。
ただ、どうも逸れ者の作家勢の人気は高かったみたいです。
むしろそこの漠然とした「権威とは無縁の作家ら」の中ではトップみたいなの。
ここまではいい、ここまではいいんだ、なんの問題もないんだ。

どこで始まったんだかわからないんだけど、志賀さんを「文壇のトップ」と書き換えて文学史を構成する人たちが出て来たようで…ようでっていうか結構いるんだけど、志賀さんメインじゃないと気楽にその前提で書かれてたりするんだけど。
(人によっては判断保留なのか志賀さんの存在が消されてます、…ああうん。)


12月31日めも。


昨日からの続き、を前提として文アルの『斜陽イベント』を考えると、文壇の才能ある放蕩児である志賀さんが、いつものごとく飛び出て来た新人を叩いたところ(よくあるっていうか私の知ってる作家はほとんどされてる、まあ、メインだからな…)、なぜか今までの受け流されるのと違って全力で抵抗して来た、なんでだろ、みたいな。
芥川もそういうつもりで、なんでだろ、と思ってると、なんかこう、まあ。

ぶっちゃけ、本当に志賀さんが「文壇トップ」だと全く感心しません。
が、文壇で常に人気でちやほやされて引っ張りだこみたいな存在に一言ちくっというみたいな、そもそもが業界のうるさ型だったら別に、ねぇ。
ただこういう観点でもどう見ても読んでない小学生の読書感想文みたいなのは止めたほうがいいんじゃない?! とは別口で思うんだけどね。
他の作家や評論家がなにも言えないような時代に、てことなら私はまあ、それはそれでいいんじゃないかなって思うんだよね。
で、前日分雑記。
志賀さんの自認識はこのまんまなのに、外部評価になんか妙なのがあり、本当に文壇の重鎮だと思ってた人にある日いきなりそんな態度を取られていた場合。
太宰やら無頼サイドのパニックも、まあわからんでもないんだよね、そうなると。
安吾がその場にいないのも、安吾は戦前から文壇にいる人で業界事情なんかにも詳しいみたいなところがあるので、そこでパニックは起こさないと思うんだよね。
そういう目でイベントを見ると。
盛り下がるね、ごめんね、もっと酷く盛り下がったかもしんない、うん。


2018年


1月1日めも。


ところで関係ないながらっていうか、これ以上『斜陽』の話を続けても泥沼るだけなのでいっそ志賀さんのほうにシフトしたいのですが私の好きな志賀さんの話。
いや好きですよ、なんというか、途中までは、暴れ馬なんだけど武者さんが可愛がってる白樺系の人たちの世話なんかはわりとやってる志賀さんは普通に好き。
ある程度以上のところは別にご当人にはなんの責任もないしなあれ…。

で、好きな話。
それは戦後のことでした、うにゃむにゃむにゃむにゃな理由で菊池さんは公職追放を受け、積極的な戦争賛美まではしていなかったものの、彼の行動によって多くの文士が積極的な行動に至ったというところまでは否定しようがなく。
その公職追放の最中に彼が死んでしまった時のことでした。
まあなんというか、死後追悼する特集も文藝春秋ですら組めず、どういう理由なのか特に付き合いのなかった志賀さんのみがその直後に菊池さんへの弔文としての文章を書いてくれました、これがまた、面倒なことに志賀さんは「社会主義に好意的な存在」として戦時中に危険視されていた代表格の存在であり。
その結果、戦後は神輿として担がれるようなことがあったようです。
そんな立場だから戦争責任の相手にも平然と文章送れたんじゃないかと思うじゃん? 一言なりと苦言言ってると思うじゃん?
一回批判したけど言い過ぎた、一回会ったけど人柄悪くなかった、もうちょっと付き合っても良かったかなってそれだけの内容でした。マジで。他が重く沈黙する中で。
志賀さん、こないだまでやってた戦争どこやったのって内容でした。


1月2日めも。


そしてこれで最後、なんというか、同時のその志賀さんの菊池さんへの死後の文章を読んだ時点で、「まあこれは出世は無理だな」とも同時に思わざるをえなかった、空気が読めなさすぎて、なんかもう、文筆業とかも難しい域じゃんそれ。
ただ、多分近代日本で一番大きな出来事だった戦争も、そこであったさまざまな活動も、当人が関わったことも、その前後からの影響も、そういう時代に本当に業界のトップにあった菊池さんに対してなんにも言わないんなら本当になんも思ってないんなら、それはもう、そこまでならそれはそれでいいんじゃないかって一芸じゃないかなって思うんだよね正直。
菊池さんの公職追放中の死に対して、多分敵対するのだろうもっとも自分が利益が出せるのかもしれない立場にいても、かけらほども利用しようとも考えなかったっていう。
変な吊し上げみたいな熱狂の最中の出来事だったんですけどね。
文藝春秋の社史でもない限り多分触れてないと思うんだけどもね、あと、その文章もなんじゃいこの薄いのって正直思っちゃったんだけども。

まあ、大した健全さだよなぁ!!! とさすがに思うんだよね。
故人のこと書けって言われたから、自分の立場も知らん相手の立場も知らん、自分の言ったこと、相手と会ったこと相手の反応、それだけ。
で、その後、この業界がどうなったか知らん、だってなんかよくわかんないし。
しかしまあ、志賀さんのその文章が、下手すりゃ文士狩りすら起こしかねない中にかなり大きな波紋を残した一石だったんじゃないのかなぁと。
だからまあ、この人の反逆は全て「そういうもの」って思うしかないんだよね、私も。

(文アルとか近代芸術、104)