7・195-196

『それでは、ただいまより借り人競争を開始します。選手の人は位置についてください―――』

 讃州中学体育祭も後半戦に突入。
 次なる競技は、紙に書かれた内容に合致する相手を連れてくる人間版借り物競争。
 司会の席で私は上機嫌で準備を続けていた。
 偶然にも第一走者は友奈ちゃんと樹ちゃん、更に司会特権で見せてもらった借り人の中身は“尊敬する先輩”と“好きな人”。
 これは風先輩を取り合う2人の姿が見られるに違いない。昼ドラBGMと語りの準備は万全だ。

「と、東郷さんって、意外に見た目とイメージ違うんだね…」
「そうですか?」

 嬉々として準備を続ける運営委員の先輩に応えながら、私は開始の合図を待ちわびる。
 我が国の成り立ちを語れなかった分、ここで色々と取り返さなければ、と気合を入れる。

『それでは、用意―――開始です!』

 流石に初速は友奈ちゃんの方が早いけど、勝敗の分かれ目はここからだ。
 友奈ちゃんが借り人の紙を開く。私は音楽を流す準備を始める。友奈ちゃんは走りだ…さない。

「?」

 何故か友奈ちゃんは紙を覗き込んだ姿勢のままで固まっている。その表情はすごく真剣だ。。
 他にも尊敬する先輩がいるのだろうか。確かに友奈ちゃんは顔も広いけど、風先輩と並ぶほど親しい相手はそういないはずだけど。
 樹ちゃんも少し遅れて借り人の紙を手に取り、こちらは真っ直ぐに風先輩の方へと駆け出す。
 それを見て覚悟を決めたのか、友奈ちゃんも一直線に走り出した―――こちら側、運営委員のテントへ向かって。

『おおっと、結城友奈選手、何故か運営委員のテントに向かって駆けて来ます!果たしてその紙には何と書かれて―――』
「東郷さん!」
『そう東郷さん!私、東郷美森と…え?』

 他の先輩方を全てすり抜けて、友奈ちゃんはがっしりと私の手を掴んだ。

「一緒に来て!」
『ちょ、ちょっと待って友奈ちゃん、私は同級生だから』
「同級生とか関係ないよ!だって、東郷さんが私の一番好きな人だもん!」
『す、好きな人!?///』

 確かに友奈ちゃんの紙には“好きな人”の文字。まさか、配置する人が間違えた!?

『お、おお、落ち着いて友奈ちゃん。気持ちはすごく嬉しいけれど、ほら、私は司会進行の役があるから。
 勿論私も友奈ちゃんが大好きだけど、友達や先輩は他にもいるでしょう?そういう人たちでもいいじゃない、ね?』
「東郷さんへの好きは、他の人とは違うんだよ!」
『え、ええっ!?と、友奈ちゃん、周りの人も聞いて…///』

 …先輩方は完全に祝福の空気になっている。
 拍手をする人、何度もうなずく人、キマシタワーを叫ぶ人、何故か涙ぐむ人もいた。

「周りなんてどうでもいい!私と一緒に行こう!」
『は、はい!どこまでも!///』

 既にゴールに向けて走り出している犬吠埼姉妹を、友奈ちゃんは私の車椅子を押しながら猛追する。
 観客席を見れば、何故か運営テントと似たような空気が全体に漂っており、拍手や喝采が飛び交っていた。
 私はこの時、ようやく自分がマイクを胸元につけたままだったことに気付いた。

『2人の初めての共同作業です!これから長く続く2人歩む道、その最初の走破を勝利で飾ることが出来るか!?』
『夏凜ちゃん!?どうしてあなたが実況を!?』
『いや、なんか大赦から台本付きで指示が来たから』
『あの子ね!?この段階で私が知ってるのはおかしいけど彼女の差し金ね!?』

 遂に友奈ちゃんと犬吠埼姉妹が並ぶ、私はそれを両手で覆った視界の隙間から見ることしかできない。
 勝者は―――!


「いやー、まさか紅白同点で引き分けとはねー」
「先生もすごく珍しいって言ってたわね」
「やっぱり、借り人競争での引き分けが大きかったのかな?」

 勇者部の部室にて、和気藹々と語り合う犬吠埼姉妹と夏凜ちゃん。一方、私はと言うと。

「東郷さん、機嫌直してよ~。だって、好きな人って言われたら東郷さんしか浮かばなかったんだもん」
「し、知らない!明日からどんな顔で学校に通ったら…!」
「友奈の正妻は私ですって顔?」
「風先輩!///」

 全校生徒の前で友奈ちゃんの告白を受けた形になった私は、結局その後まともに司会の仕事をこなすこともできなかった。
 というか、運営テント覆う祝福ムードに耐えきれなかった。いや、認めてもらえることは嬉しいのだけど。
 友奈ちゃんとそういう関係になるのなら、まず結婚できる年になってから私の方より気持ちを告げようと決めていたのに。

「でも、東郷さん」
「なに、友奈ちゃん。言っておくけれど、幾ら友奈ちゃんが相手でも私は怒る時は怒って」
「口元、笑ってるよ」
「!?///こ、これは、その」
「喜んでくれてるみたいで、嬉しい!」

 友奈ちゃんが私を抱きしめる。私は怒りの仮面で歓喜を隠すのも限界で、友奈ちゃんの腕の中で蕩けてしまった。

「よーし!それじゃあ樹、予約はばっちりね!」
「はい!」
「今日は勇者部の打ち上げと、友奈と東郷の祝賀会ね」

 明らかに面白がっている3人を睨むけど、その視線に迫力がないのは自分でも解っていた。
 友奈ちゃんが私の頭を撫でながら言う。

「どこまで、2人で一緒に行ってくれる!」
「もう…断るはずがないじゃない。末永く…よろしくお願いします///」

 ―――この時私は、観客席に商店街の人たちが何人かいたことから、打ち上げ先のお店でも盛大な祝福を受けることを予想していなかった。

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最終更新:2015年03月06日 10:01